第69話 大冒険が終わった夜
「せっかくイイ感じのコト言ったんだからさあ」
「
なぜか俺はミアたちに怒られていた。
泣き疲れたのか、先生は壁に置いてあった椅子にもたれかかって顔を俯かせている。寝てしまったのかな。
「もうなんていうか、すごい戦いっぷりだったわ」
「鬼みたいだった」
「盾役の後ろに
熱を込めて話す
タンクを前に置いて、その後ろからヒーラーが回復する隊形でゴリ押しようとしたわけか。なのにそのさらに前方で鬼が暴れたと。
窮地に陥っていた俺たちをいち早く助けに来てくれた
あの二人は最後の方でカエル相手に大暴れだったから、納得の結果かもしれない。むしろあれだけの魔獣を相手にしていたのに、階位が上がったのがそれだけだったという方が不思議なくらいだ。
「それはお前らを探すことしか考えてなかったからだよ。トドメとか言ってる場合じゃなかったし」
「ああ、俺たちも最後の方はそんな感じだったかも」
古韮はちょっと悔しそうだ。三階位のパーティで二層の魔獣を倒しきるのは時間がかかる。足止めと進軍を優先した結果か。
みんなには悪いことをした。経験値的にはもったいないことをさせたな……、あれ?
「じゃあ先生は?」
「五階位だってさ」
「え?」
野来は今なんて?
「だから五階位。ハルも横でサポートしようとしたけどさ、近づく隙もなかったよ」
自分のことを『ハル』と呼ぶ春さんが、両手を広げて呆れた顔をした。
「そのころにはもう横と後ろから『丸太』がたくさんでさ。騎士さんたちはそっちで手一杯。だからハルたちだけでも前に進もうってね」
みんながバラバラに話すものだから展開の前後関係に混乱する。
最初の内こそ騎士先導だったのが、最後の方は学生だけになっていたということか。これはもうアレだな。『ここは俺たちに任せて』展開ってやつだ。熱いじゃないか。
「そしたら先生が先頭になっちゃっててね」
「先生が先頭で戦闘」
「ちょっとナツ」
「なんだよ春姉。場を和ませようって──」
ボーイッシュな春さんと女子っぽい夏樹の双子は、顔は似ていても性格が全然違う。そこが見ていて面白いところだ。
楽しい。みんなの輪の中で聞きにまわる俺と
生きて戻れたってことだけじゃない。この輪の一部になれている実感が湧くから嬉しいのかな。
「無力化するのには、急所を狙うのが一番だっただけですよ」
そんな俺のほんわりした気分は、すぐ傍から聞こえた一言で吹き飛んだ。もうちょっと浸っていたかったのに。
先生、いつの間にか起きていたのか。そしてなんて物騒なセリフだろう。
ちょっと照れが残っているのかな、いつもよりキリリ度が上乗せされているような気がする。
先生からしてみれば素早く敵を倒しきってからまかり通るのが一番手っ取り早かっただけで、階位が上がったのはその結果でしかないと。完璧ですごい理論だな。
「八津君やミアさんならわかるんじゃないですか?」
俺とミア? 共通点は……。
「集中力デス!」
「……視野の広さも、か」
気付きはすぐだった。先生は早い段階で【視野拡大】と【集中力向上】を取っている。
持ち前の技術にこっちの技能を組み合わせた結果がそれか。
「道中で【反応向上】も取りましたからね。
「『仮初』だって……。カッコいい」
先生の男前なセリフに文学少女の
単語がカッコいいのか、先生の在り方がカッコいいのか……。どっちもか。
「白石さんの歌声こそ素敵だったじゃないですか。心が湧きたちましたよ」
「……先生」
ダメだ。男前というよりジゴロのセリフになっている。顔を真っ赤にした白石さんの鼻息が荒い。
野来さ、気持ちはわからなくもないけど、泣きそうな顔をするの、止めてくれないか?
いやいやいや、それどころじゃない。先生って【反応向上】も取ったのか。実に羨ましい。身体系技能の中で俺でも出そうなタイプだったから、ずっと目を付けていたのに、結局最後まで──。
「うえぇぇぇぇっ!?」
「どうしたの?」
「わ、わた、わた」
横にいた綿原さんが怪訝そうな表情でこちらを見ている。
なんとか返事をしたいのだけど、脳みそがバグってうまく言葉が出てこない。【平静】と【集中力向上】、がんばれ。
「……ふぅ」
「意識して技能を使うと表情がコロコロ変わって、見ていて面白いというか、コワいというか。迷うわね」
「まあまあ、落ち着いて聞いてくれ」
「わたしはずっと落ち着いているんだけど」
そりゃそうだ。七転八倒していたのは俺の方だった。
「それで?」
「【反応向上】がある」
「候補にかしら」
「ああ。そうだ」
いやあ驚いた。いつの間にって感じだ。
普通、新しい技能が生えた時は頭の中でピコンといった風に、意識ができる。頭上で豆電球が光るアレみたいに。
気付かなかったのは不覚だけど、いったいどのタイミングでだ。
少なくとも最終決戦で
「
綿原さんがわかってくれている。うん、これは嬉しい。
「でもまあ、とにかくおめでとう。受け流しをがんばっていたものね。取るのは五階位になってから?」
「あ、ああ、そうだね」
なんだこれは、すごく嬉しいぞ。【反応向上】が出たこともそうだけど、綿原さんが俺にがんばったって言ってくれたこと自体が、なんでこんなに。
「それならわたしも白状するわね。迷宮からの帰り道で出たんだけど」
ん? 白状?
「ほんの少しだけ言いだしにくかったから、助かったわ」
「どういう……、ことかな?」
「実はね、わたし【身体操作】が出てたの」
なんてことだ。綿原さんはすでに【身体強化】を取っている。
そのうえ【身体操作】まで候補に出した!?
俺たちの中では【身体強化】と【身体操作】を前衛系基本セットということで扱っている。
実際、前衛系神授職メンバーは全員が候補に出しているし、五階位になった段階で全員が取得を終えている予定だ。ということは。
「もしかして【鮫術師】って前衛系?」
「……そんなわけないでしょう。ほら、わたしの場合、中学で陸上やっていたからかなって」
ああ、そういえばそうだった。そんな話もあったな。
「だから思うの」
「なにを?」
「わたしの場合、最初から【身体強化】と【身体操作】が出ていてもおかしくなかったって。ほら、春さんとわたし、中学時代の身体能力なら大した変わらないんだから」
「なるほど、たしかに」
綿原さんも春さんも、ついこの間まで中学で同じ陸上部だった。長距離と短距離の違いはあったとしても、立派な運動部には違いない。
「……何か理由があって、出そうな技能が隠れているってことかな」
「そうなのよね。考えてもみて。
野来の神授職は【風騎士】だ。どうやら【風術】を使う騎士らしいけれど、アイツはバリバリの文系だったはず。それなのに【身体強化】は取り終わっているし、技能候補に【身体操作】もちゃんとある。
「元々あった才能、もしくは『神授職』が無理やり制限したり引っ張り出している」
「わたしもそう考えた。だけどそれじゃ……」
綿原さんがそこで言いよどんだ意味がわかってしまった。
「気にしなくていいよ。俺に身体系が出ないのが元々の才能不足だったとしても、【観察】には感謝してるから」
「だけど八津くん、迷宮であんなに一生懸命戦ったのに」
なんだか話が重たくなってきた。最初のうちはお互い冗談を言い合うみたいな技能自慢だったのに。
綿原さんの顔もしまったと言わんばかりに曇りがちだ。これはいけない。
「大丈夫大丈夫。よくある展開なんだよ。【観察者】っていうジョブは一見ハズレっぽいけど、いざピンチって時に謎の覚醒で大活躍」
「男子のいう燃える展開?」
綿原さんは気を取りなおすように、表情を変えて明るく返してきてくれた。そうでなくちゃ。
「そうそう。それにほら【反応向上】を取ったらさ、中宮さんの剣だって見切って避けられるかもしれないし。避けキャラ最強を目指せばいいだけ」
「ならわたしはパワー系の術師を狙えばいいわけね」
「いいね。力で敵を抑え込んで、そこにサメをぶちかますスタイル」
「それよ!」
よかった、話題が明るくなってくれた。
俺はこういう気遣いができるタイプじゃないから、上手くもいけばホッとする。やっぱり綿原さんには笑っていてもらいたいから。
「わたしの剣がどうかしたの?」
「中宮さんっ!?」
どうして乱入してくるのかな。
「それがね中宮さん。八津くんが、あなたの剣を見切って躱せるんだって。どうするの?」
「
「ええー!?」
俺、五階位になったら【反応向上】を取るんだ。
◇◇◇
さて今回の一年一組がクラス召喚されて二十日から二十一日目に起きた事件だが、誰一人欠けることなく無事に離宮まで戻ることができるというハッピーエンドで終わった。
結果としてウチのクラスは全員三階位以上を達成。俺、綿原さん、上杉さん、草間、中宮さん、春さんの六人が四階位、そしてミアと
ウォータースライダーから始まり、俺と綿原さん、ミアと上杉さんで戦い抜いた大冒険は、四人の経験はもちろん、失敗談や魔獣の特徴、倒し方なんかをクラスにもたらすことになるだろう。
さっきは雑談みたいな冒険譚で終わったけれど、明日はちゃんとした打ち合わせをやる予定だ。
せめて今日の夜は大雑把にダラダラしていたい。
「なあなあ、八津。お前、女子三人と丸一日一緒だったんだろ。どうだった?」
苦しいことがほとんどだったけれど、良かったことも確かにあった。戦闘経験とかそういうゲームチックな話じゃない。
ミアや上杉さん、なにより綿原さんと、なにかが通じ合ったような気がしている。
「おーい、八津よお」
クラスのみんなが一丸になって助けに来てくれたのも嬉しかった。もちろん騎士の人たちもだけど、あれは一年一組が俺の居場所だって思えるような光景だった。
「聞かせろよぉ。上杉のこと、とくにさ」
先生を泣かせてしまったのは反省だ。だけど、先生がどれだけ俺たちのことを想ってくれているのか実感できたのは良かったかな。
「古韮さ」
「お? 話す気になったか」
「もう寝よう」
「えー?」
「……まあいいか。なにを聞きたいんだっけ」
「おう! いやなに、上杉がどうだったかなー、くらい?」
そういえば召喚初日、俺の傍でずっと話しかけて励ましてくれていたのはコイツだったっけ。
『俺たちはクラスメイトだろ』
たしかにそうだったよ。今ならあの時の言葉を信じられる。
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