第358話 体裁を整えるというのも大事なことで
「──ということで委員長の階位上げを優先したいと思います。もちろん小型の魔獣は後衛に流すけれど」
立ち上がった
こう言ってはなんだが、騎士としての委員長はほかの四人に比べると一段落ちる。
当たり前といえば当たり前だ。なにせ騎士とヒーラーの両立を目指しているのだから、技能が追い付かないのは当然だし、元々の体格だって俺と大した変わらず頑強といった方ではない。
ガタイのいいヤンキー【重騎士】の
ついでにこれまた俺と一緒でバリバリの文系な委員長は、運動が得意な方ではないのだ。ここまで付き合ってきたらわかる。技能や階位を抜きにしたら、俺と一番身体能力が近いのって多分委員長なんだよな。
そして五人目。ここまで名を挙げた四人と比較すると、身長が百六十五くらいと小柄で線が細く、微妙に影が薄いのが【風騎士】の
元々やる時はやるタイプだった野来は【風術】を習得して以来、機動騎士を目指して頑張っている。同じく風使い系の【翔騎士】ガラリエさんの直弟子として、ピョンピョン飛び跳ね、それを見守る文系少女な
そんなキャラ分けがされているウチの騎士たちだが、最近では神授職ごとでも色分けがハッキリしている。以前から傾向が見えてきていたことではあるが、ここで再確認しておくとだ。
自己ヒールでゾンビナイトプレイをしてしまう【聖騎士】の委員長。
風を使った高速移動で戦列の維持に役立ってくれている【風騎士】の野来。
大盾に【魔力伝導】を使うことで盾捌きが上手くなり、さらには魔獣をデバフする【霧騎士】の古韮。
鍛えた筋肉に加えて【治癒促進】で少々の怪我をものともしない【岩騎士】の馬那。
そして【剛力】をウリに、パワーで押し通す【重騎士】の佩丘。
こういう同系列でありながら違いがあるメンバーを並べるのって大好きなんだよな。アニメとかでも選び抜かれた十騎士とか、そういう感じのが。
「僕は視覚系が遅れているから、そっちを取りたいと思ってるんだ。最初は【視覚強化】かな」
綿原さんに促されて一歩前に出た委員長が、決意表明というより、具体的な成長方針を皆に伝える。
どうやらすでに女王様の護衛については受け入れているようで、どこか諦めを感じる表情だ。ミームス隊の人たちが眩しいモノを見るような目をしているぞ、委員長。さすがは勇者オブ勇者だな。
そう、勇者の中の勇者、【聖騎士】なのが委員長の弱点でもある。委員長自らが発言したとおりで【聖術】系技能を取っているぶんだけ、身体系技能の取得が遅れているのだ。
とはいえ【身体強化】【身体操作】【反応向上】【頑強】は網羅しているので、あとは視覚系と盾系で十分だし、自己ヒールという強みもある。周りを助けながら崩れない盾ということで、指揮する俺としても本当に助かっているんだよ。
「優先度を上げてもらえるのは素直に助かるかな。みんな、よろしく頼むよ」
「おーう!」
「ちゃんと接待するんだぞー!」
軽く頭を下げた委員長にクラスメイトたちは元気な声を掛けるのだ。
余計な一言を付け加えたのは古韮か。
これが一年一組のやり方だ。さすがに俺も慣れ切ってはいるが、こういう状況で誰を優先してレベリングするのかをキッチリと話し合えるあたりが、毎度のことながらすごいと思う。
この手のお話だと主人公だけが逆境や謎チートで伸びたり、俺が俺がといった感じで自己主張をするヤツがいたり、しまいには抜け駆けしそうなヤツとかが普通に出現しそうなものなのに、ウチのクラスではそれがない。
中学の頃にこんな話を聞かされていれば、俺も友人もあり得ないと断じただろう。そんなのでは物語にならないじゃないか、とも。
もしかしたらそんな連中のコトをキモいくらいは思ったかもしれない。いい子過ぎて寒気がする、なんてな。
だけどここだけはハッキリしておきたいのだが、ウチのクラスの連中はシッカリとした個性を持っているし、けっして聞き分けがよくてお行儀のできた連中ばかりなどではない。俺のイメージする高校一年生の集まりだ。むしろ札幌の高校にいたならガキくさいとまで思うかもしれないくらいに。
一部どこか超越しちゃっている人、具体的には委員長とか聖女な
クラス召喚なんていう超常現象に巻き込まれたからこそ、こうして団結せざるを得ないでいるのかな、なんて最初の頃は思っていたのだが、今となれば違うとわかる。
コイツらはたぶん山士幌でもこんな調子だったのだろうなって。
各人に個性があって、好き勝手を言って、ぶつかり合ったりもするけれど、一番大事な境界線だけは守ることができる集まり、とでもいうのだろうか。
十年来の付き合いがあって、さらにはたまたまこういうメンバーだからこそ起こりうる奇跡なのかもしれないが、ならばこそ俺は見届けたいと思うし、溶け込みたいと願うのだ。
我ながら恥ずかしいことを考えてしまったぞ、なんてな。
「藍城君、わたしも女王陛下が前に出た時は護衛に回りましょう。八津君いいですか?」
そこでポンと委員長の肩に手を乗せた
問い合わせ先が俺なのは、隊長だから仕方ないんだろうか。委員長は嬉しそうに頷くだけだし。
「あ、はい。いいと思います。ただ火力不足な箇所ができたら──」
「ええ。隊長の判断に従いましょう」
先生の申し入れは、いろんな理由でアリだ。
「タキザワ先生がいてくれるのは心強いね。アイシロでも不足はないが、実力でも体裁でも万全だ」
ヒルロッドさんまでもが、光を見つけたような表情で大歓迎の姿勢を隠せない。
先生が女王様の護衛を買って出てくれるメリットは、こんな俺でもいくつか思い付く。
今さっきヒルロッドさんが言ったように、ひとつは実力。
女王様が魔獣に直接手を触れる距離ともなると、それはもう超ショートレンジだ。そこは言うまでもなく先生の距離で、出し惜しみさえしなければたぶんこの場にいる誰より強いと思える。
それこそ十三階位で固められたヒルロッドさんたちミームス隊よりも。
もうひとつは格、すなわち政治だな。
これまたこの場にいる誰よりも爵位が高いのは先生だったりする。正式名称は『緑山』団長、ショウコ・タキザワ男爵だからなあ。
こういう格式張ったことを女王様自身は、たぶんまったく気にしないだろう。何度か話しをしてみて、あの人が人格込みの能力主義なタイプだというのは想像できる。
だからといって体裁というものもあるのだ。俺もアウローニヤでいろいろ学んだので、そういう考え方もあることを知った。
今回行われる女王様の来訪は、前回のような王女様の迷宮避難とは意味合いが異なる。そもそも総長たちとの戦いの経緯なんて、記録に残されない可能性が高いくらいだ。
だけど今回は違うんだよな。第三王女がリーサリット女王陛下となって初の迷宮行ともなれば、むしろこれは立派に歴史に残される行事になる。
このあたりは事前にアヴェステラさんから聞かされていた。
女王様は勇者たちとの最後の交流を望み、お供としてこれまた勇者を育て上げたミームス隊を選んだという筋書きだ。もしかしたらヒルロッドさんたちに箔を付けたいなんて意味すらあるかもしれない。
「いやあ、タキザワ先生まで名乗り出てくれるとはね。これならヘルベット卿も納得してくれるだろう」
「シシルノ……、いや、いまさらか」
それを台無しにしたのがシシルノさんで、直接被害を受けかけていたのがヒルロッドさんというわけだ。
もしかしたら女王様に【神授認識】を使ってもらおうと提案した段階で、シシルノさんはこういうオチになるところまで読んでいたんじゃないだろうか。
たとえ女王様本人が気にしなくても、残される記録と三層まで送り届けることになっているヘルベット子爵、つまりミルーマさんが納得するかどうかは別問題だ。まあ、ミルーマさんなら女王様が言いつければ渋々でも了承しそうだけれど、受け入れやすい態勢を作っておくのは悪くない。
ヒルロッドさんの顔色が悪かった理由のひとつがこのあたりだな。魔獣そのもので女王様が怪我をするのもヤバいし、ミルーマさんも怖い。聞いた話では『赤忠犬』なんていうあだ名があるくらいらしいし。
「ヒルロッドさんや藍城君にばかり負担を掛けるわけにもいかないでしょう。『緑山』の騎士団長が直々に護衛となれば──」
「体裁も整うというものだね」
ため息交じりな先生のセリフを、シシルノさんが軽々と受け継いでみせる。
もしかしなくても先生はこういうオチを想定していたのだろう。
たとえ俺と綿原さんが委員長を誘導しなくても、今晩あたりどこかでそうなるように話を持っていったような気がする。しかもそうなることをシシルノさんも想定していたんじゃないかな。
先生とシシルノさんのやり取りを聞いていると、どうしてもそんな気がしてしまうのだ。
同時にヒルロッドさんたちが心底ほっとした顔をしているのを見て、やっぱりミームス隊は政治向きじゃないんだろうなあ、とも。なるほど、クーデターの時に無謀でもアヴェステラさんが同行するはずだ。
「じゃあまとめますね。女王様の護衛はヒルロッドさんとガラリエさんが基本で、魔獣に近づく時は先生と委員長も参加ってことで。それでいいんですよね?」
「美談になるよねぇ。自ら迷宮の謎を解き明かそうとする女王陛下と、その意思に賛同して協力を惜しまない勇者たち」
疲れたようにまとめに入った綿原さんの言葉を、ベスティさんが茶化すように飾ってみせる。
なんでもかんでも勇者絡みで美しい話に仕立て上げてしまうのが、女王様サイドのやり方なんだろうか。
「こりゃあ俺たちが追放される理屈って、どんなコトになるんだろうな」
「魔王討伐とか言われたりして」
「あるある」
近くで古韮と野来がオタトークをしているが、本当にありそうなのが怖いところだ。
「ベスティさんがいやらしいですけど、もうそれでいいです」
「なんでわたしが悪いみたいになってるのかなぁ。元凶は──」
「シシルノさんです。けど、シシルノさんの気持ちもわかるので、この話はこれでおしまいにしましょう。そろそろ出発してもいいかしら、八津くん」
綿原さんがベスティさんをイジりながら休憩時間の終わりを告げる。
この状況でシシルノさんの気持ちがわかるなんて言ってしまえるのは、アウローニヤでは少数派のはずだ。けれども俺たち一年一組の感性はむしろシシルノさん側なんだよな。
迷宮で疑問があれば調べたくなるし、もしかしたらそれが帰還へのヒントになるかもしれない。そこまでは期待できなくても、魔獣の弱点を見つけられるだけでも十分な成果になる。このあたりの考え方は迷宮新参な俺たちと、普段の仕事として常識に則って対応している現地の人たちの差かもしれない。どっちが偉いというわけではなくだ。
「よっし、じゃあ大型魔獣は委員長で、小型は上杉さんと、悪いけど俺に回してもらえると助かる」
新たに【聖盾師】の
次点で後衛魔力タンク組になるが、そこは調整次第だな。
「前衛は余裕があれば十階位組が積極的にラストアタックで。経路は三番を続行。作戦は『丁寧に』のまんまでいいかな」
「おう!」
妙な方向に話題が飛んだせいで長くなった休憩を終わらせて、俺たちは移動を再開した。
◇◇◇
「よおっし。押せぇ!」
「どっこいしょぉ!」
「ハト、やっばぁ」
「術師ー、術師ー」
「とうっ、デス!」
「柔らかいヤツを護れっ!」
「ヒルロッドさん、後衛の防御っ、お願いします!」
「ああ。任せてくれ」
呆れるほどの大騒ぎが繰り広げられていた。
『丸太が二体と、小さいのが八体かな。小さいのはなんだろう? 動いてないんだけど』
移動を再開して五分も経たないうちに【忍術士】の
三つ又丸太が二体というのは委員長のレベリングには最適なのだが、小さい八体というのが気になったので、ヒルロッドさんに確認してみたところ。
『止まっているなら……。【単眼単脚鳩】だろう。こちらを見つけたら素早く飛んでくるから気を付けてほしい。とくに角には』
などという返事がやってきた。
資料でハトの存在は知っていたし、四層を歩くならば避けられるわけでもない存在だ。
で、チャレンジしてみた結果が現状なんだけど。
「おらおらあ。とっととトドメ刺せ、委員長!」
ヤンキーな佩丘が委員長に怒鳴り声をぶつける。
「あ、ああ」
それに答える委員長が短剣を丸太の急所に突き立てようと必死になっているが、集中ができているようにはとても見えない。
「なにしてんだ。うしろ気にすんな!」
「ごめん。そうだよね」
普段以上にイラついた佩丘のがなり立てに、委員長の焦りが増している。
二人とも、それくらいハトがヤバいと思っているのだ。
【単眼単脚鳩】。見た目はまあ、ハトと言えなくもない。
一本足だがハトっぽい胴体があって、両脇に羽が生えているあたりは立派に鳥をしているように見える。ただし羽は左右に二枚ずつで合計四枚だし、頭はなくて代わりにユニコーンみたいな角が生えているのだ。十五センチくらいで真っすぐなヤツ。
では目がどこについているのかといえば、胸の真ん中に大きいのが一個。所謂鳩胸ってことだろうか。そこが弱点部位なのだけど、動きが速すぎて後衛組では捉えきれないでいる。もちろん俺も。
「毒がないのが救いだけど、これはっ、怖いな。三・一キュビっ」
「んっ。どっらあぁぁ!」
俺の指差した先に【白砂鮫】が出現し、そこにハトが突っ込み減速する。すかさず綿原さんが雄たけびを上げながらメイスを振り抜き、ハトは床に叩きつけられた。
「ミームス隊はそのまま後衛組の防御! 攻撃は術師がメインで。アタッカーは避けて! カウンターが取れそうな人は好きにしてくれっ!」
ここまで数分の攻防を経て、現状で最適と思える指示を出す。
ハトだけに相手は飛ぶ。
草間は動いていないとか言っていたが、それはそうだ。俺たちを察知するまで床に座っていたのだから。そして戦闘状態になった瞬間、ヤツらは四枚羽を使って助走もなしに空を舞った。
これまでジャンプ攻撃をしてくる魔獣はたくさんいたのだが、空中を自在に飛ぶとなると初めてかもしれない。強いていえば鮭やキュウリは空中で軌道を変えてきたが、アレは飛ぶというより跳ぶと表現すべき相手だった。
繰り返しになるけれど、ハトだけに本当に自在に空を飛ぶのがこれほど憎たらしいとは。
「えいっ!」
「ナイス、
「へへっ」
ミームス隊の盾に守られた弟系男子な夏樹の石がハトに直撃し、急激に速度を落としたソレをチャラ子な疋さんのムチが捉える。
いい連携をするじゃないか。
迷宮の魔獣の繰り出す攻撃は、基本的に体当たりだ。全てといっても過言ではないくらい、体当たりは魔獣のメイン攻撃になっていて、そこに噛みつきや毒が混じるといった感じになる。
だからこそ重たい金属製フルプレートは防御力でオーバースペックとされ、軽量で動きやすい革鎧が迷宮探索装備として推奨されているのだ。
ただしハトはヤバい。
これまでも角や牙攻撃を仕掛けてくる魔獣はいたが、メイン武器として使ってくるタイプは少なかったし、俺たちの高級革鎧で防げてしまうものばかりだった。
だけどハトは真っすぐな一本角を使って空から攻撃してくるのだから、始末が悪い。絶対に貫通されるわけではないが、当たり所によっては『刺さる』可能性があるのだ。
結局は体当たりだし、毒がないのでその点は安心なのだが、速くて、軌道を変えて、鋭い攻撃は勘弁してくれ。味方の血なんて見たくないぞ。
ヒルロッドさんたち騎士職ならば大盾で受けてからの攻撃なり、避けるなりをしてのけるが、ウチの後衛組だとそうはいかないのが大問題だ。
結論として『緑山』騎士組は上に注意をしながら三つ又丸太の相手を、それ以外のメンバーは術師の遠距離攻撃をメインに対空防御という形を取った。ヒルロッドさんたちミームス隊はシシルノさんやウチの柔らかグループの護衛をお願いする。
「見事じゃないか。ここまでやれる術師は希少だと思うよ」
「ヒルロッドさんは落ち着いてますね」
「それはまあ、経験だよ」
ヒルロッドさんがウチの対空攻撃を褒めてくれているが、どうしてそう冷静でいられるのだろう。
俺たちも迷宮に入りまくって一端を気取っていたが、こういうシチュエーションになると経験の差を思い知らされるなあ。
「ほーら
「はい」
背後から疋さんの上杉さんにトドメを刺せという声が聞こえてくる。
たしかにハトの急所である目玉は柔らかそうに見えるし、胴体も直径三十センチくらいで短剣の長さは十分に届く。あとは本体の硬さと魔力ガードなんだけど。
宝剣を託しているとはいえ、もしも上杉さんで倒せるならば──。
「あっ、倒せました。これ、宝剣じゃなくても【身体補強】があれば、たぶん」
珍しく高揚したような声色になった上杉さんの報告がみんなの耳に届く。
前言撤回だ。美味しいじゃないか、ハト。
大量に唐揚げでも作ってやろうじゃないか。上杉さんと佩丘に頼んでな。
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