第400話 旅立ちの朝



本日は三話連続投稿となります(こちらは1/3)。

設定資料集となる401話と402話は21時頃を予定しています。



 ◇◇◇



佩丘はきおか、不貞寝してやがる。ダセえ」


「言ってやるなよ。俺だって気持ちわかったくらいだから」


 短い髪をした海藤かいとうがベッドでそっぽを向いて横になっているヤンキーな佩丘を笑うが、そこに嘲りはない。むしろからかいが強いので、こちらも恥ずかしくなってしまうくらいだ。

 佩丘と似たようなノリになってたもんなあ、俺も。


「【睡眠】ってやっぱり神だよな」


八津やづは【安眠】だもんなあ」


 不貞寝とはいえ【睡眠】を使えば普通に眠ることができる。狸寝入りみたいなマネをしないですむのが最強だ。


 しかも海藤の言うように、俺は神を超える技能【安眠】を取得している。

 とはいえ、なんかいい夢を見ていたなあ、っていうくらいの違いでしかないのがちょっと惜しいかな。熟練を上げたら狙った夢とかを見れるようになるかも、などという妄想をしている俺である。じゃないとコストを支払ってまで取得した意味が薄れてしまう。


「羨ましいなら海藤だって取ればいいのに」


「それくらい言えるなら上等だな」


【安眠】を取った、というより取らされた経緯を考えれば、俺の言葉は暴言に近いかもしれないが、それでも海藤はニヤリと笑みを返してくれる。

 俺の言動が強がりなのか、本当に立ち直ったのか、あの事件から二日しか経過していないので、時々探るような会話をされることも多い。それでも今日は地上とはいえ、皆の前で【魔力観察】を使ってみせたし、今の軽口だ。


 少しでも安心してもらえたかな。



 藍城あいしろ委員長が華麗に勇者ムーブをしてから程なく、最後の夜は解散となった。

 女王様はひとりで隠し通路から立ち去り、アヴェステラさんとヒルロッドさんは離宮に通じるただ一本の通路を堂々と、ってところだ。

 表ではキャルシヤさんが警備をしてくれていたはずなので、アヴェステラさんの帰還も問題ないだろう。


 それ以外の担当者、具体的にはシシルノさんと旧メイド三人衆は女子部屋に泊ることになった。

 今頃はまだ女子トークをしているかもしれない。願うならば、俺をネタにしてくれていないといいのだけど。


 ついでに女王様たちの去り際にちょっとしたネタバレがかまされた。


『あ、そうだ、アヴェステラさん』


『どうされましたか、ナカミヤさん』


『これ、寄せ書きなんですけど、シャルフォさんたちに渡しておいてもらえますか?』


『……伝え損ねていましたね。旅の護衛ですが──』


 などという副委員長の中宮なかみやさんとアヴェステラさんのやり取りで、旅のお供がガラリエさんだけでなく、シャルフォさんたちヘピーニム隊であることが発覚した。色紙は自分たちで渡せということだ。


 本来はべつの部隊が予定されていたそうなのだけど、シャルフォさんたちが『緑風』の参加を受け入れたことで急遽差し替えられたらしい。

 なんでも地上の旅でも勇者のやり方を見届けろとか。



 この手のお話で旅路となれば魔物に襲われるとか、賊に襲撃された貴族のお嬢様が乗った馬車救出なんてイベントが想像されるが、ちょっと考えにくい。

 なにせ俺たちはガラリエさんを加えて二十三名。そこにシャルフォさんたちヘピーニム隊が二分隊プラス斥候を出してくる予定なので、追加で十四名だ。

 合計四十名近くで、しかも全員が十階位クラスの集団となれば、これを襲う賊などどれだけ命知らずかということになる。


 というか、もしも襲ってくるとしたら相手は軍か近衛としか思えない。賊というより刺客だろう。

 王国側もその点を考慮して旅のルートやら宿泊地の計画を立ててくれたようなので、偶発イベントが起こる可能性は極薄だ。


 ちなみにこの世界だけど、『地上に魔獣』はいない。

 普通に鹿とか熊とか狼はいるらしいけれど、ワイバーンの襲撃なんてことは起こり得ないのだ。


「ロマンが足りないよなあ。先手でテンプレ潰してくるとか」


「何言ってんだ、八津」


「いや、なんでもない」


「ほれ、寝るぞ。明日は四時起きだ」


 海藤に促された俺は、素直に横になって【安眠】を使う。


 こうして王城における最後の夜が終わった。


「おやすみ」


「ああ、おやすみ」



 ◇◇◇



「男子宿泊部屋、チェック終わってます」


「女子部屋も完了~」


 整列した仲間たちの中から、文系男子な野来のきとチャラ子のひきさんが宣言する。


 翌朝、六時ちょっと前。

 俺たちは談話室に集まり、滝沢たきざわ先生、藍城あいしろ委員長、中宮副委員長の三人に対峙する形で、二列に並んでいるところだ。


 すでに朝風呂と朝食、そこからの簡単な清掃を終えて、クラスメイトたちは迷宮用の革鎧を着込んでいる。


「保管庫、空っぽです」


「厨房も確認は終わっています」


 忍者な草間くさまと料理長の上杉うえすぎさんが持ち場の最終確認をしたことを声に出した。


「食堂も見たぞ。問題なしだ」


 昨日のラストでやらかしかけた佩丘だけど、一夜明ければいつも通りのふてぶてしさを取り戻している。


「談話室……、忘れ物、無し」


 俺は【観察】と【視野拡大】を使って、みんなが整列している部屋を見渡し、誰かの私物が残っていないかを確認した。

 うん、大丈夫。もちろん離宮の備品であるテーブルとか椅子は壁際に寄せたままだけど、俺たちが持って行くべきモノは残されていない。



「では、出席番号零番、滝沢昇子たきざわしょうこ、持ち物確認完了しています」


 先生が自分の体の各所をポンポンと叩き、最後に王国からもらった革鞄を手にして宣言した。

 革鞄には先生が日本から飛ばされた時に来ていたスーツやワイシャツ、その他私物なんかが詰め込まれている。


 書類上はまだ抹消されていない『緑山』のシンボルカラーとなっている萌黄色の革鎧に濃緑色の軍用コート。背中には背嚢、ヒップバック、腰のベルトの背中側には横に刺した短剣、左太もものベルトにサバイバル用のナイフなどなど、所謂迷宮基本装備に加え、先生の場合は黒いフィンガーグローブを装備している。


 このまま迷宮に突入できそうな感じだが、今日はさらに念入りだ。


「出席番号一番、藍城真あいしろまこと、持ち物、問題ありません」


 委員長の場合は、先生と違い革鞄とフィンガーグローブが無いのだが、その代わりに腰には鉄製のメイスがぶら下げられ、左腕には大盾が装備されている。

 追加でこの世界では場違いな形状をした学生鞄と、体操着や制服の入った大きなバッグを二つ合わせて左手にぶら下げ、右手はフリーという常在戦場状態だ。


「出席番号二番、上杉美野里うえすぎみのり──」


 ほかのメンバーも委員長と似たり寄ったりではあるが、装備にはやや偏りがある。

 疋さんならムチだし、中宮さんなら木刀の二本差し、ミアなら弓。盾にしても各人が使い慣れた種類になっていて、俺なんかはいまだバックラーだ。


 迷宮装備でオミットされているのは、布団代わりになる胸部クッションくらいだけど、そちらは荷車に積み込んでこの後で合流することになっている。



 本当に最後なので、忘れ物はシャレにならない。

 もちろん迷宮に入る時だってそうなのだけど、今回はいつ戻るかもわからない旅立ちだ。普段以上に念入りなチェックが行われているというわけだな。


「出席番号二十番、八津広志やづこうし。問題無し」


「出席番号二十一番、綿原凪わたはらなぎ。砂も合せて万全です」


 俺と綿原わたはらさんの宣言で、各自の持ち物チェックが完了した。

 忘れ物はなし。チェックリストは昨日の段階で、二重に塗りつぶされている。


 ちなみにこの場にアウローニヤの人は立ち会っていない。

 昨日女子部屋に泊っていったシシルノさんたちは三十分くらい前に離宮を立ち去り、入口で俺たちの登場を待ってくれている手筈になっている。


 この場を日本人だけにしてくれるという気遣いだ。

 思ってみれば、最初の頃は聞き耳を立てられているんじゃないかと警戒して、あえて日本語と変な言葉遣いを混ぜたりしていたっけ。

 この場も日本語ではあるが、あの頃とは違って、故郷の言葉を使う感覚を忘れないようにという意味がある。



「これからの生活は、旅もペルメッダもですけど、環境が大きく変わることになります。ありきたりなセリフだけど、ハメを外さないように気を付けましょう」


「はーい!」


 各人のチェックが終わったところで、委員長から視線を受け取った中宮さんがお手本的な訓示を述べる。

 黒髪サムライガールで風紀委員なイメージを持つ彼女らしい言い方だ。


「旅の途中は基本的に迷宮と一緒だね。移動中は八津やづで、休憩や宿泊では綿原さんの指示が基本。もちろん口出しは自由だから、気になったことがあったら言ってほしい」


「うーっす!」


 中宮さんからセリフを引き継いだ委員長が、俺と綿原さん、つまり迷宮委員のお仕事が継続することをみんなに伝える。


 このあたりは議論になったのだけど、やはり俺の視界と指示、そして綿原さんの取りまとめは委員長たちの負担を軽減するという意味でも大切だということになったのだ。そこには地上であっても外なのだから、迷宮を行くのと同じくらいの警戒をしていこうという意味もある。

 もちろん料理番は上杉うえすぎさんと佩丘が担当するし、道中で二度お世話になる予定の貴族への対応は委員長と中宮さんがやることになっている。


「キャンプかぁ、久しぶりだなあ」


「迷宮でやったじゃん」


「夜空だと違うんだよ。夜空」


「キャンプとくれば、ワタシの独壇場デスね」


 旅の道中では、二日目の夜にキャンプが予定されているのもあって、一部のメンツのテンションも高い。とくにミアなどは野生を思い出したのか、謎の気迫にまみれているくらいだ。



「では先生、お願いします」


 そんな雑談ムードに苦笑いを浮かべていた委員長だけど、たった一言で場は静かになった。


「山士幌からこの世界に呼ばれて、今日で七十五日になります。そのあいだ、わたしはみなさんと共にあれたでしょうか」


「はい!」


 先生の言葉に全員が大声で返事をする。


 初日に先生を辞める発言をした先生だけど、最初から今日までずっと先頭を歩いてくれていたと思う。武力でもそうだし、俺たちの心の支えとして。


「わたしにとって、みなさんは大切な生徒である以上に、大事な仲間です。これからもそうであっていいでしょうか?」


「はい!」


「……みなさんはわたしの誇る、最高の仲間です。これからも一緒に頑張りましょう」


「はいっ!」


 俺たちが先生の誇りだなんて、最高じゃないか。


 王城で過ごす最後の朝、離宮の談話室に今までで一番大きな声が響いた。



 ◇◇◇



「やあ、おはよう」


「おはようございます。キャルシヤさん」


 離宮から通路を渡り王城に続く門の前で、警備をしていたキャルシヤさんたちイトル隊が一年一組に笑いかけてくる。

 どういうシフトをしたのかはわからないが、もしかしたら昨日の夕方からずっと寝ずの番をしてくれていたのかもしれない。


 皆がそれぞれ朝の挨拶を交わしていく。


「お仲間はすぐ向こうだ。ああっと、最後にいいかな?」


「はい、どうぞ」


 門の前に立ったキャルシヤさんが何かを言いたそうにして、委員長がそれを促した。


「世話になった。君たちの目標が達成されることを祈っているよ」


「はい!」


 キャルシヤさんらしい本当に短い送る言葉に、俺たちは大きな声で返事をする。今日は朝からこんなのばかりだな。


「ほら、朝から大声を出すものじゃない」


 苦笑いを浮かべたキャルシヤさんが、扉に手を掛け、開いていく。


「あの、キャルシヤさん、いろいろ大変でしょうけど」


 そんなキャルシヤさんに声を掛けたのは綿原さんだった。


「やれやれ、わたしは心配をされる側か」


 今回の騒乱で偉くなった人の筆頭格がキャルシヤさんだ。

 子爵から伯爵、一気に近衛騎士のトップだからな。豪放な人だし、平民騎士とも仲良くやれているようだけど、むしろ貴族相手の方が大変だと思う。


「あの、その。それとキャルシヤさん、いろいろ失礼なコトを言ってしまってすみませんでした」


 けれども綿原さんが本当に言いたかったことはどうやら違ったようだ。


 キャルシヤさんが俺に執着しているとかで過剰反応をしてしまったこと、まだ引っ張っていたんだな、綿原さん。


「いいさ。ワタハラ、ちょっと……」


「なんです?」


 扉の取っ手を片手に、キャルシヤさんが指先だけで綿原さんを呼び寄せた。


「んなっ!」


 素直に近づいた綿原さんの耳元でキャルシヤさんが何かを囁いた瞬間、我らがサメ使いの顔が真っ赤になって妙な声を上げたのだけど、何がどうなったのやら。

 俺は何も気付いていないのだ。うん。


 だから周囲、俺と綿原さんに視線を向けるな。



「ほらミームス卿、客人はたしかに渡したぞ」


「はい。受け取りました」


 開け放たれた扉のすぐ向こうには、シシルノさん、アーケラさん、ベスティさん、そして俺たちと同じ旅装のガラリエさんがいて、さらにはヒルロッドさんたちミームス隊が勢ぞろいしていた。

 総長代理に対し、ヒルロッドさんは穏やかに礼をしてみせる。


「ではな、勇者たち。活躍を期待しているぞ。それと、夫と娘によろしくな」


「はい。行ってきます」


「ああ。行くといい」


 背中を押すようなキャルシヤさんのセリフに、顔に赤さを残したままの綿原さんが別れの言葉で答えた。


 実は旅の一日目、最初の宿泊予定はイトル領にあるキャルシヤさんの本宅だったりするのだ。

 代官をやっているキャルシヤさんの旦那さんと娘さんが出迎えてくれることになっている。昨日の戴冠式には来ていなかったので顔は知らないが、どんな人なのか、ちょっと楽しみな俺たちなのだ。


 キャルシヤさんたちの見送りを背に、俺たちは早朝の王城を歩き始めた。



 ◇◇◇



「ジェブリーさんとヴェッツさんたちがよろしく伝えてほしいと言っていたよ」


「そうなんですか?」


 前後をミームス隊に守られながら一年一組は静かな廊下を移動する。王城からの出立は船でアラウド湖を渡るので、使う予定のはしけまでは三十分くらいの距離だ。


 もう少しで目的地といったところで、俺のすぐうしろを歩くラウックスさんが小さく声を掛けてきた。


「昨日の夜のあいだずっと、城内を確認してくれていたんだよ」


「ありがとうございますと、伝えてもらえますか。お世話にもなりましたって」


「もちろんだ」


 どうやら上杉さんが黒く想像していた『ネズミ狩り』はジェブリーさんたちカリハ隊が担当してくれていたようだ。

 さすがに結果を聞く気にもなれないのでそこは曖昧にして、最後まで一年一組に気を掛けてくれたことに感謝しよう。


 本当ならミームス隊の人たちと賑やかに会話をしながら歩きたいのだけど、せっかくの秘密行動が無意味になってしまうのはいただけない。

 あちこちからヒソヒソ声が聞こえてくるが、誰もがお礼の言葉を並べているようだ。


 ミームス隊の担当は艀まで。

 アラウド迷宮でも地上でも、ミームス隊には本当にお世話になった。さっきのキャルシヤさんだけじゃなく、ジェブリーさんもヴェッツさんも、そしてラウックスさんにも。


 こうして連発した別れの会話が続くとなると、どうしたって感傷的にもなる。

 山士幌に戻りたいという気持ちと、お別れが寂しいという気持ちは同居するわけで、なんとも複雑な感情に包まれてしまうのだ。


 気付けばそれくらい、俺たちはこの国に入れ込んでいたんだな。



 ◇◇◇



「それでは、我々はここで」


「お勤め、ご苦労様でした」


「はっ」


 数分後、到着した艀で待ち受けていたのはミルーマさんたちヘルベット隊に守られた、女王様とアヴェステラさんだった。


 女王様から労いの言葉を受けたミームス隊はヒルロッドさんを残し、素早く立ち去っていく。

 お世話になった人たちの背中は、直ぐに小さくなって曲がり角に消えていった。


 これから船に乗る予定もあって、ヘルベット隊はフルプレートではなく近衛制式の革鎧だ。白いフルプレートとは違ういかにも『紅天』といった感じな薄紅色のその恰好を見るのは初めてになる。

 いや、綿原さんが【霧鮫】を披露した時、三人くらい混じっていたか。思い返せばアレって女王様の隠れ護衛だったんだな。


 対するアヴェステラさんはいつもと同じ文官服で、女王様といえば……、以前も見たことがある文官コスプレだったりする。

 技能実験島、アラウド=レスヴィに渡ったあの日と同じく、茶色のカツラとメガネ、念入りにそばかすまで入れているというハマりっぷりを見ると、そこに女王様の性格を加味したら、もしかして本人の趣味なのかもしれない。



「前回と同じくです。五組に分かれて乗船してください」


 アヴェステラさんが指示を出し、俺たちは言葉を交わさず船に乗る。

 そういえば前回も五艘だったか。


「階位を上げて力持ちになったのでしょう? どうかしら、かいでも漕いでみる?」


「では十一階位のわたくしが」


 全員が乗船し終わったところでミルーマさんが冗談を飛ばせば、それに真っ先に食いついたのは女王様だった。まったくこのお人ときたら。


「ダメです。お手が」


「ならば勇者の皆様方にも失礼でしょうに」


「それは……」


 なんか主従コンビの漫才が続いているが、ウチのクラスの連中も何人かがオールに手を伸ばしている。

 舟を漕ぐのも楽しそうだもんな。ましてや階位を上げた力自慢だし。


「ボートなんて久しぶりかな」


「とっとと行くぞ」


「っしゃ。やるか」


「おう」


「あ、僕も」


 メンツとしては委員長や佩丘、古韮ふるにら馬那まなか。それを見た野来のきも慌てたように参加するようだ。

 騎士職メンバーが総出か。野来が微妙に出遅れたのが文系サイドのアイツらしい。せっかくの【風騎士】なんだから、むしろ【風術】で船を動かすくらい挑戦してみればいいのに。


 艀に用意されていた船には帆が張られていない。一艘に十人以上が乗れるくらいなので結構な大きさがあるのだけど、左右二本ずつのオールで進む、完全な人力ボートだ。

 階位のある力持ちの存在が前提なところに、ちょっとした異世界感があるのが面白い。ここに【水術】を加えて推進力を得るらしいけれど、ウチのクラスの【水術】使い、すなわち深山みやまさん、藤永ふじなが笹見ささみの三人も軽く挑戦をする様子だ。無茶をしない程度で頼むぞ。


 五艘の船が王城の壁に囲まれた艀をゆっくりと離れ、俺たちは水上の人となる。



 ◇◇◇



「うひゃあ、風が気持ちいいね!」


 隣の船からロリっ娘な奉谷ほうたにさんのはしゃぎ声が聞こえてくる。


 なぜか船の先端部、舳先っていうのだっけ、そこに立った彼女は真っすぐ前を向いて両手を左右に広げていた。どこぞの映画をソロで真似ているような状態だけど、アレで彼女は【身体操作】持ちだし、バランスを取るいい練習になっているのだろう。腰には疋さんのムチが巻き付いているので、見た目は微妙だけれど安全確保もバッチリだ。

 隣の船にはメガネな草間くさまが同じく舳先に立って腕を組んでいる。さすがは忍者、たぶん風を感じているのだろう。



「綺麗」


「ああ。東側だもんな」


「言い方がなにか無粋ね」


 同じ船に乗っている綿原さんが正面を向いて呟いた。

 船が東側に向かっているのもあって、真正面には朝の太陽が登っているのが目に入る。光がキラキラと湖面に反射し、視界は眩しい光でいっぱいだ。


 こっちの世界に来て昼間に城から外に出るのは初めてだし、開けた場所で受ける風は一味違う。



「あんなに大きかったんだな」


「王城……、あれが離宮かしら」


「だな。この角度だと突き出た部分が頭みたいで、本当に『水鳥の離宮』だ」


「七十五日。長かったわね」


 ふと振り返れば、俺たちの暮らしていた王城の全容が視界に入る。


 左右で二キロくらい、奥行きは三キロの島そのものがそのまま石の城なのだ。あちこちに尖塔が突き立ち、城壁も真っすぐではなく島に沿った歪な形をしているのが印象的だな。

 その一角、細い石橋を経由した小島らしき上にあるのが『水鳥の離宮』だ。俺たちが居た場所。


 いろんなコトがあった。

 陳腐でありきたりな表現をすれば、辛いことや苦しいこと、悲しいことも楽しいこともあったな。


 それでも俺にとって、外様な上にハズレジョブの【観察者】な高校一年生にとって、とても大切な時間だったと思う。それこそ一生涯忘れることなどできるはずもない思い出だ。


 クラスメイトたちと話して、行動して。戦って、泣いて、笑って。仲間になれて。

 綿原さんと打ち解けあえて。



「さあ、泳ぎなさい」


 マントの内側に仕込んであった砂を振りまいた綿原さんが、嬉しそうな声で命じる。


 空に散らばった砂が一瞬にして三匹の白いサメと化し、輝く水面スレスレを走り始めた。

 それじゃあ泳いでいないだろ、と言うのは無粋なんだろうな。


「負けないよっ!」


 隣の船から声を掛けてきた夏樹なつきが、石を三個、自在に宙を走らせる。

 綿原さんのサメが水面ならば、こちらは空高くか。


「ね、ねっ。【風術】使ったら水の上とか走れるかなっ」


「それは忍者の役割デス」


 陸上少女のはるさんが微妙に実現できてしまいそうな無茶を言い出せば、ミアから謎なツッコミが入る。


「ん」


「おおっ、流氷っすね、深山みやまっち」


「砕氷船ごっこ」


 深山さんは自分の乗る船の前方に薄氷を張り、そこに船体がぶつかってパキパキと音を立てるのを見たチャラ男の藤永ふじながが絶賛だ。


 まったく、ウチのクラスは騒がしくて楽しい連中ばかりだな。



「ふふっ」


 モチョっと笑う綿原さんを横目に視線を前に向ければ、眩しい太陽の下に、向こう岸と緑の丘、遠くには青い山が見える。上空にあるのは怪しく光る迷宮の天井などではなく、広く青い空。


 その日、山士幌高校一年一組の二十二人は、ひとりも欠けることなく、全員が一緒に王城を旅立ったのだ。


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