第77話 負けてはいられない




「どうした、息が荒くなってんじゃないか」


「な、なにをっ!」


「はっ、こっちは最初っからだけどなあ」


 こちらも息が上がっている佩丘はきおかが、それでも不敵に相手を嗤った。


 残り一分となったところで、確かに貴族連中の息が荒くなっているのが目に見えてわかる。

 馬鹿みたいに木剣を振り続けて、しまいには受け流されては体勢を崩していたのが効いてきたのかもしれない。

 そういえばアイツら、訓練場の端で俺たちを嘲笑っていたメンツだったな。しかも結構な頻度で。


「サボりはダメだろ」


「どうしたの?」


 いきなり変なことを口走った俺に、綿原わたはらさんがきょとんとした顔を見せた。


「あの貴族たち、いつもサボっていたなって思ってさ」


「ああ、そういう。八津やづくんはなんでもお見通しね」


「なんかそれ、変な意味になってないか?」


「まさか」


 からりと笑っているけど、本当に大丈夫な会話なんだろうか。俺は監視や覗きは趣味じゃないぞ。



 そういえばアイツらの担当は『貴族様用』の教導部隊だった。


 第六近衛騎士団にして教導騎士団、通称『灰羽』にはいくつかの部隊がある。

 俺たちを担当しているミームス隊はヒルロッドさんが部隊長で、本来は『平民』担当だ。


 この国の制度では、正式な近衛騎士になれば、自動的に騎士爵がくっ付いてくる仕掛けになっている。軍で見どころがあるような兵士が近衛にスカウトされる形で、その準備としてこの訓練場に放り込まれるわけだ。

 ミームス隊はそういう軍上がりの平民を教育している。

 訓練だけでなく貴族としての最低限の教養も教えているらしいけど、どこでどうしているのかは知らない。


 ならば今、古韮ふるにらたちが相手をしているチンピラ貴族連中はといえば『灰羽』でもまた別の、そちらは貴族対応専門の部隊が面倒をみている。

 さらに上位貴族を『接待』するのはケスリャー騎士団長直轄の部隊で、こことは別の訓練場でご指導しているらしい。さっきの会話に出てきた『朱の広場』だな。

 今目の前で先生とやりあっているハウーズがそれだ。



 ちなみにヒルロッドさんは『灰羽』の副長だが、正確には第四副長とかいうらしくて、序列は最下位らしい。


 そんなヒルロッドさんがどうして俺たち『王家の客人』の担当になったかといえば、よくわからない。政治が絡んでいるのは明らかだし、当然理由など聞けるわけもなしだ。


 それでも俺たちはヒルロッドさんが担当になってくれて良かったと思っている。

 こちらの素性を知った上で高飛車でもなく下手に出るでもなく、ごく自然に教官をやってくれているからだ。

 誰がヒルロッドさんを選んでくれたのかは知らないけれど、その人は見る目があると思う。


 そういう意味ではアヴェステラさんとシシルノさんも良い人たちだと思う。だとしたら誰が──。



 ◇◇◇



「くそっ、くそっ!」


「へ、へへ、ど、どうしたのさ」


 チンピラ訓練騎士の罵倒に野来のきの声が被る。

 ビビりながら煽ってるなあ。そういうキャラじゃなかっただろ。


 もはやチンピラに最初の頃の勢いは無かった。

 六階位の騎士がたった十分でとも思うけれど、ヤツらはすぐに叩き伏せるつもりでデカい木剣を振るい続けていたわけだろうから、それはもう手足にクるだろう。


 アイツらが【疲労回復】を持っていないのは確実として、たとえ【体力向上】があったとしても、キッチリ足腰や持久力は鍛えておかないとダメだということだ。魔力だけがすべてじゃない。これは立派な反面教師だな。俺も精進しないと。



「うりゃーあっ!」


 俺がそんな自戒をしていた時、訓練場に甲高い叫びを響き渡らせたのは金髪貴族のハウーズだった。


「ど、どうだ。私を愚弄するから──」


「時間ですよ」


「なっ!?」


 先生が手にした大盾を軽く振るうと、ハウーズの手から木剣が離れた。

 それはいい。ただし大問題なのは、盾に木剣が『刺さったまま』ということだ。あのクソ貴族、やってくれたな。


 手ぶらになったハウーズは唖然としたまま立ちつくしている。そこにあるのは先生への、畏怖か?



「【剛剣】と【鋭刃】でしょうか」


「……」


 先生が問いただすも、相手は黙ったままだ。


 最後の最後でハワーズがやらかしたコト、木剣を技能で強化して思い切り突きこんだだけだ。それだけなのだけど、対人訓練でやることではない。


【剛剣】は手に持った武器を硬くする。七階位くらいになった騎士候補たちが木剣をガンガン使っても折れないですむのはこの技能のお陰だ。こっちはまあいい。

 問題は【鋭刃】の方。武器の切れ味を上げる技能だが、これは模擬戦用の武器にも効いてしまう。木剣はもちろん、酷いことに俺たちが使っているメイスですらモノを斬れるようになってしまうのだ。鈍器に施したところで、切れ味は最悪らしいけど。


『技能で鋭さが増すって、意味がわからないけどやっぱり魔力かな』


『武器に魔力を纏わせて、っていう資料はあるけど』


 技能について調べていた時の野来と白石しらいしさんのやり取りがこんな感じだった。

 まさに魔力万能論だな。


 不殺を誓っている俺たちだから、そもそも取る予定がない技能だ。そのぶんほかにいくらでも欲しい技能はある。



 この技能は木剣をなまくらな剣にしてしまうくらいの、ヤバい性能を持っている。

 事実、先生の持っていた鉄板張りの大盾は貫かれてしまった。これは訓練だぞ。やっていいことと悪いことがあるだろ。


「あ、いや、その……、熱くなってしまった」


「いえ。以後気を付けていただければ」


 温度を感じない先生の視線に圧されたのか、ハウーズはどもりながらも謝罪っぽい言葉を口にした。さすがにマズいことをしたという意識はあるのだろう。

 悔しそうではあるけれど、それ以上に先生が怖いのか、目を合せようとしない。


 魔力ありきのこちらの世界の人たちからしてみれば、先生の強さは異様に感じられたはずだ。

 だけどそんな先生だって相手の攻撃を完封してはみせたものの、かなり神経を削った戦いだったはずだ。その証拠に先生の頬には大量の汗がつたっている。


 本来盾職じゃない先生が、俺たちに手本を示してくれたんだ。

 先生だけでなく古韮も佩丘も野来も、そして必死に踏ん張った馬那まなも、それぞれ体格も違えば性格も別モノだから、やったことは同じでも少しずつ違う戦い方を見せてくれた。


 それはもう、たくさんの『予習』を見せてくれたんだ。

 たとえば俺ならそうだな、先生と野来の戦い方が参考になったかな。



「戦っていたみんなには申し訳ないけど、絡んできた貴族をいい出汁にできたわね」


「そうだな。ちゃんと俺たちもアレをできるようにならないと」


「あら、わたしはけっこうできてるわよ」


 そこそこサイズの胸をふんぞり返らせて綿原さんがドヤ顔をキメている。なにかこう術師のクセに盾職に目覚めていないか?



 ◇◇◇



「いやあ、疲れたわー」


「おつかれ、早く治療したほうがいいよ」


「だな。悪い上杉うえすぎ、頼めるか」


 模擬戦会場から戻ってきた古韮が、それなりに軽口を叩いた。痛いだろうし疲れているだろうに、それでも無理やり余裕っぽいコトを言うのがコイツらしいな。上杉さんを指名するあたりも。


「はいはい、じゃあ鎧を外してくださいね」


「おう」


 留め金具をパチパチと外して、古韮が革鎧を脱いでいく。肩から腕にかけてのパーツがけっこう壊れているな。修理の申請書類って俺たちで出さなきゃいけないルールなのが面倒くさい。

 先生は無傷だけど、野来、佩丘、馬那もボロボロだ。委員長や田村たむらが【聖術】で治療をしている。



「ほうほう、なかなかやるじゃあないか」


 そんな治療風景を感心した風に見ているのはシャーレアさんだ。


 滑落騒動で一年一組に三人の【聖術】使いがいることは公表してしまった。

 訓練場にはいちおうシャーレアさんも待機していたのだけど、彼女は俺たちの治療に手を出さずに、むしろ興味深げに観察している。『クラスチート』がバレないといいけど。


 体力もそうだが、大いにプライドが傷ついた貴族訓練生たちは、少し離れたところで俺たちを睨みつけているけれど、だからといって二番、三番勝負を申し出ようとはしてこない。

 そんな気概は木っ端微塵だろう。ざまあみろだ。


 アイツらって結局なにをしたかったんだ?



「これはこれは、どうした状況ですかな」


 訓練場の入り口の方から聞こえてきたその声はしゃがれていて、いかにもおじいちゃんが喋ったとわかるものだった。


 俺たちがこの世界に召喚された初日以来、二度目になるおじいちゃん、アウローニヤ王国の宰相、名前はたしかバルトロア侯爵だったか。彼は後ろにアヴェステラさんを引き連れて訓練場に入ってきた。さっき走っていったミームス隊の誰かが知らせてくれたのかもしれない。



「そちらの訓練騎士たちから対人戦闘訓練を申し込まれました。第六騎士団長の強い推奨もありましたのでお受けしただけです。今さっき終わったところですよ」


 一歩前にでた委員長が堂々と言い放った。


 委員長、ずいぶんと気合が入っているな。ここにアヴェステラさんだけじゃなく宰相が現われたということに、なにかしら理由があると感じたのかもしれない。そんな委員長の目はいつになく鋭い。

 普段は温厚なのに、あんな表情もできるのか。


 対する宰相は、見た目は枯れ木みたいに細いおじいちゃんだ。髪は真っ白で、顎から長めの髭を伸ばしている。

 彼は穏やかにほほ笑んでいる。だけど目の奥の光が隠しきれていないぞ。後ろに控えたアヴェステラさんはいつもの微笑みが消えて、完全な無表情だ。



「それはそれは、私の孫がご迷惑をおかけしたようですな。成り代わってお詫びしましょう」


 そう言って宰相は軽く頭を下げた。


 孫、孫ときたか。あのチンピラハウーズは、宰相の孫だからあそこまで高飛車にできて、ケスリャー騎士団長に我儘を言える立場だということか。

 で、その孫をこの場合、宰相はどう扱うのか。


「あやつには私からも強く諫めておきましょう。できますればご寛恕を」


「……僕たちとしても有意義な訓練だったと思っています。最後だけはいただけませんでしたが」


 宰相と委員長は表面上穏便な方向で終わらせようとしている。ここでムキにならないあたり、さすがだな。俺なら熱くなって喧嘩を売ってしまいそうだ。

 しかもハウーズが使った【鋭刃】については釘を刺しておくことは忘れていない。



「申し訳ないことをしてしまったようですな。それについても強く言い含めておきましょう」


「僕たちはこの件で遺恨を残したりはしません。その点は明言しておきます」


「これはこれは、勇者の皆様は寛大な心をお持ちですな。皆様が王国に降り立ったことを、私は嬉しく思っておりますぞ」


『嬉しく』のあたりでふざけるなと言いそうになるが、それはできない。委員長が踏ん張ってくれているんだ。邪魔をする場面ではない。



「それでは私はこれで。これハウーズ、話があるので来なさい」


「は、はいっ!」


 少しの間を置いてから宰相が退場を宣言した。

 どうやらハウーズも連れ出してくれるようで、実に助かる。できればあっちで悲壮な表情になっている残りの四人も処理してほしいのだけど、そちらは完全無視のようだ。



「八津はどう見た?」


「うーん、謝ってくれたのはどうでもいいけど」


「どうでもいいんだ」


 宰相の背中を見送りながら、委員長が俺に確認をしてきた。【観察】でなにかを感じたか、期待しているんだよな。


「悪気とかは感じなかったかな。むしろ動揺してた気がする。もちろん面に出さないようにしていたけど」


 この場に来ていた宰相だけど、ハウーズの姿を見てほんの少しだけ眉をひそめていたような気がする。悲しみや同情じゃなく、あれは失望していたような。


 訓練中の事故を装うには使うコマが間違っていると思う。こっちは一人二人じゃなくて二十二人なんだから、宰相への悪感情が残るだけで得がない。本気なら平民訓練生でも買収して、もっとうまくやらせるはずだ。


 総じて計画的になにかをしていた、という感じは無かった。



「そうか。面倒くさいよね」


「だね。俺たちは早いところ強くなりたいだけなのに」


 委員長は空を見上げてため息を吐いた。俺も一緒になって上を見る。

 本日の爽やかな青空が、逆に白々しく感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る