第76話 技というもの
「まだ半分かよ……」
視界の端に映り込む砂時計を【観察】して、呻いてしまった。
体感ならとっくに終わっていてもおかしくないくらいの時間が流れたような気がするのに。
そんな五分くらいの戦いを見て、実感してしまったこともある。
俺たちが最初に訓練を見学した日、あれはなんの化け物集団かとビビった記憶が残っている。
あの時は、どうやったらああなれるのか想像もできなかった。
それがどうだ、階位を三に上げて【身体強化】を使えば、重くて持ち上げるのすら大変そうだった大盾を普通に扱えている。【平静】や【痛覚軽減】、
普通の高校一年生がだ。
怖い……、というより畏れかもしれない。
この世界のシステムが俺たちを造り変えようとしているのがわかってしまう。たとえそれがこちらでは当たり前の現象でも、俺たちが生きて帰るために必要なことであっても。
◇◇◇
こちらがシステムで強くなったというなら、相手もそうだった。
しかもあちらは六階位だ。持っている技能も当然多いはず。
「まだまだだ。俺はまだやれるぜぇ」
「……ああ、まだだ」
苦しいからこそ無理をして笑おうとして、だけど微妙に失敗している。
「きっついなあ、これ」
「【痛覚軽減】【痛覚軽減】」
何度か食らってしまった打撃の痛みが残っているんだろう、大きくはない体をカイトシールドの内側に入れて、必死になって時間経過を祈っているような状態だった。
五組の内、四つの組み合わせは概ね似たような展開で、貴族訓練生が振るう木剣をクラスメイトが盾で必死に受け止めるばかりの内容だ。
相手の雑さがあるからなんとか盾が間に合っているが、それでも打撃を貰ってしまうこともある。
頭だけは絶対に守るように言われているし、攻撃側の技量が低いので足元は狙われない。大きな盾が胴体を隠しているから、剣を食らうのは肩や肘がほとんどだ。
階位の差はあるけれど、こちらのメンバーも【身体強化】を持っているのが救いだろう。
──それに受け継いだ『技』がある。
「生意気な目だなっ」
「……」
そんな中、先生とハウーズとかいう貴族の対戦だけは、ほかとは様相が違った。
まずは両者の表情だ。
ハウーズはいら立ちを隠そうともしていないし、先生は氷のように冷たい目をしたまま口を開かない。
音も違う。
ほかの組がドカンバカンだとすれば、こちらはガリッという木材をこすりつけたような響きだった。さすがにカンナ掛けとまではいかなくても、鉄板の上に木をムリヤリ滑らせているような、それくらい軽い音だ。
「くっ、いいかげんにっ!」
攻めているのはもちろんハウーズだ。先生はそれを受けているだけ。
なのに声だけを聴いていれば、まるでハワーズがダメージを受けているような、そんなイメージになってしまう。
「すごい……」
「でしょう?」
思わずこぼれてしまった呟きを
どうして先生のことだってわかるのだか。
「二階位差だから、だけじゃないよな」
「そうよ。あれが技。あそこにいる十人の中で、独りだけ飛び抜けてるから、ああなるの」
その言い方じゃ、ちょっと佩丘たちが可哀相な気もするけれど、それはまあいい。
訓練騎士たちが六階位で、古韮たちは三。その差は三階位。
比べて先生の五階位に対してハウーズは七階位だから二階位の差なのだけど、それだけがあの光景の理由とは思えない。
上手い、としか言いようがない。
先生の持つ大盾は相手の攻撃を受け止める瞬間、少しだけ引いて、そこから角度を変えていた。だから相手の攻撃は流されてしまう。その時に発生する音こそが、先生の技術を証明していた。
打ちこむごとにハウーズの木剣は盾から流れて、危うく地面を叩きそうになっている。
ヤツが癇癪を起した声に、思わずざまあと言いたくなるくらい、綺麗な受け流しだ。
もう遠い昔みたいだけど、昨日繰り広げた二層での戦いを思い返す。
俺は【観察】と【集中力向上】に【一点集中】を全部使って、魔獣の攻撃を逸らす戦い方をしてきた。
だからこそよくわかる。二層の魔獣よりはるかに速くて無軌道な攻撃を、先生が易々と捌いているのが【観察】があるからこそ全部見えている。
先生はあれでまだ、本気を出していない。
「初めてここの訓練を見たとき、どうなることかと思ったわ」
「中宮さん、キレかけてたよな」
「なによっ。……まあいいわ。あの時、こんなの勝てるわけがないって思ったの」
ああ、超人運動会にしか見えなかったものな。中宮さんの気持ちはよくわかるよ。
「わからないでしょうね。武術家を気取っているのに、自分の技が通用しないのが戦ってもいないのにわかってしまう悔しさ」
ごめん、全然わかっていなかったみたいだ。
「理不尽な速さで全部が潰されるのが事前にわかるのよ。やってられないって思ったわ」
中宮さんの目は、鋭すぎて怖いことになっていた。けれどすぐに、今度は強烈な笑みに変わる。
「誰だったかしら。『レベルを上げて物理で殴る』って言ったの」
「た、たぶん、いろんな連中かな」
俺を含めて五人以上は確実だ。
「わたしは『レベルを上げて技を使う』わ。それを今、先生が見せてくれてる」
「それが中宮さんの答えなんだ。いいね、カッコいいと思う」
「そう」
お互いずっと正面を見ながら目線を合せない会話だったけれど、中宮さんは一瞬だけ俺の方を向いて、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑っていた。
ちなみに俺の【視野拡大】は、中宮さんとは反対側から向けられた
なんかこう、口元をもにゃらせているのが面白いな。
◇◇◇
「ぐがっ」
「まだまだいくぞ。どうしたぁ」
残り時間はたぶん二分くらい。古韮たち騎士組の苦戦は続いていた。
その中でも一番キツそうにしているのは、意外にも馬那だ。クラスでもトップを張れる体格をしているのにどうしてなのかと考えれば、持っている技能の違いしか思いつかない。
馬那は【身体操作】を取る代わりに【体力向上】を持っていない。
【身体操作】は扱いが難しい技能だ。身体を思ったとおりに動かせる技能といえば凄まじく有効に聞こえるが、『思ったとおり』というのが実は難しいらしい。俺は持っていないどころか候補にもないので伝聞なのが悔しい。
『すごいぞこれ。もしかしたらプロってこういう感覚でプレーしてるのかもな』
というのが野球少年、
なんとも難しい印象だけど、体の動きと脳で考えていることを一致させ易いということかもしれない。ただし普段から体の動かし方を意識していればだ。
【身体操作】を持っていてこういうのが上手いのはやっぱり運動系の部活組で、ピッチャーをやっていた海藤、陸上の
ちなみに先生は取っていない。今の段階では必要ないとか。それであの盾捌きなのだからどうしようもないな。
結論としては、動かし方をわかっている人間が【身体操作】を使うと体の操作精度が上がって、それに付随して疲れにくくなるということだ。
ガタイがいいお陰で元々体力があった馬那が【体力向上】を後回しにしたのは、間違っていないと思う。筋トレマニアだけど意識をして体を動かすような訓練をしてこなかったアイツの【身体操作】が、まだ途上というだけだ。
「馬那くん!」
中宮さんが声を上げた。悲痛でもなければ、悲壮でもない。
込められているのは叱咤だ。
「疲れた時ほど丁寧に体を動かして! 大丈夫、ちゃんとできてる! それをそのまま。今そこで憶えてっ!」
わかりにくいけれど、それが彼女なりに渾身のアドバイスなんだろう。
一年一組には二人の師匠がいる。
片方はもちろん、空手家の
二人の教えは、実は共通している部分が多い。基本は『背中から下』。
腰から下というフレーズはよく聞くけれど、彼女たちは背骨を重視している気がする。
『対人だとまた別モノだけど、迷宮ならね』
基本、迷宮の魔獣は攻撃パターンが単調だ。とくに二層まではその傾向が強い。
ヒルロッドさんからそれを聞いた中宮さんは、体勢を崩さないコト、そのために体幹を意識することを最初に意識付けしようとした。当然先生も合意の上でだ。
それこそが、俺たちの受け継いだ『技』だ。
足さばきについては基本になるステップのみ。以前中宮さんが俺に見せた奥義的なのは遥か先のお話だ。
俺たちは夜中の談話室で裸足になって、ダンスステップまがいの練習を繰り返してきた。もしかしたら滑落事故の時、俺と綿原さんが盾役をできたのは、それのお陰かもしれない。ミアは天然でやってのけたと思うけど。
「相手の攻撃は単調というより、粗雑一辺倒。魔獣を相手にするのと変わらない」
拳を握りしめた中宮さんは断言する。
これはもう格上の魔獣と対峙するのと変わらないと。
「『対人訓練』を経験するって話だったよね」
「それはもういいじゃない。相手の程度を知るのも『予習』よ」
委員長のツッコミをさらりと流して、中宮さんは鋭く訓練場を睨みつけている。先生以外全員の動きを確認しているんだろう。実に師匠しているな。
「むっ、コイツ」
「……むぅ」
馬那が相手の攻撃を受け止めて、そのまま横に逸らせることに成功した。
ゆっくりで稚拙だけど、隣で先生がやっているのと同じ形だ。
練習が生き始めた。なんども言われて、手本を見せてもらって、意識して繰り返して、今やっている実践。それこそが【身体操作】に意味を持たせる展開だ。
技能は実戦でこそ熟練度が上がりやすいというのが経験則で、俺たちの想定だ。あの場で戦っているメンバーの中で、馬那だけが持っている【身体操作】が効き始める。
「動きはゆっくりだけど、上手くなってる」
「ああ。やるな、馬那」
両手の拳を胸の前で握りしめた綿原さんが、キンとメガネを光らせた。どうやったんだ。
「わたしたちもああだったのかな」
「さあ、俺たちは【身体操作】を持ってなかったし」
「そっちじゃないわ。誰かの声が聞こえるから、頑張れてるってこと」
そういうことか。なにも技能だけの話じゃない。
迷宮二層で生き延びるために、俺たちは必死で声を掛け合った。今だってそう。
「やれ!」
「残りもう少しよ!」
「勝てないけど負けるな」
「
どうせ防御だけだと最初の内は消極的だったのに、応援は大きくなる一方だ。
ははっ、野来を応援している白石さんなんて、今にも歌いだしそうな勢いじゃないか。
野来、古韮、佩丘、そして馬那。ちゃんと聞こえているんだろう?
「あと一分だ!」
いつの間にか、俺も大きな声を出していた。
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