第75話 盾を構えろ
「対人戦闘訓練に参加するのは、タキザワ先生、ハキオカ、マナ、フルニラ、ノキの五名だね」
なんやかやのやり取りの結果、そういうことになってしまった。
むこうの貴族訓練生五人と、こちらからももちろん五名。一対一の同時並行対戦形式だ。
微妙に硬いヒルロッドさんの声はどちらの心配をしているのだろう。
隣でニヤついているケスリャー第六騎士団長との対比が酷い。
対峙している野来の膝が震えているのは見なかったことにしておこう。【風騎士】なんていうカッコいい神授職になったことを恨むといい。
大丈夫だ、ちゃんと
『こうなってしまった以上は仕方がありません』
先生があえて日本語で語る。
『向こう側の、とくに騎士団長の思惑について、今は置いておきましょう。それよりもです』
疑問はあとで解決すればいい。先生はそう言い切る。
もしかしたら今回の顛末を聞きつけるか、それとも知っているかして、アヴェステラさんが今夜あたり訪問してくるかもしれないな。
『これから予習をしましょう』
そう、直接対戦するメンバーはもちろんだけど、これは一年一組全員がするべき『予習』だ。
それなりの待遇を受けている俺たちだが、全部が全部、王国を信用しているわけではない。
王様や第一王子の尊大な態度、その以外でも召喚された時に見た偉い人たちの目つき、今回も含めて訓練場にいた訓練騎士から浴びた嘲笑などなど。三班が受けた【聖術師】のサボりから発覚した排斥派の存在もそうだ。
貴族がナチュラルに見せる平民への対応、先生や委員長たちが調べたこの国の法律や税制。まだまだあるぞ。迷宮に入る時の『運び屋』たちへの対応、ネズミ肉の扱い。
知れば知るほど信用してはいけない根拠が溢れ出てくる。
その中には第三王女とアヴェステラさんの微妙な行動だって含まれてしまう。
ここに来てから付き合いがある人で、俺がほぼ白だと考えていいのはシシルノさんくらいのものだ。あの手のキャラは研究マッドなだけ、というメタい判定だな。だから現実的にはあの人もグレーだ。
ヘタをすればヒルロッドさんですら上の命令次第で敵に回ると、俺たちはそう考えている。メイドさんたちも同じ理由でダメ。
所詮俺たちは拉致されて離宮に囚われた籠の中の鳥だ。
一歩間違えれば、一年一組は国に都合のいい戦力を当てにするだけの存在になりかねない。
ならばこの国の戦力を知っておくことも必要だということになる。見るだけでなく、実際に体感することでわかることもあるはずだから。
俺たちは、いずれどこかで対人戦闘を経験をしておくべきだという結論に至った。もちろん不殺の誓いは続いているけど、そういう意味でも訓練という体裁は好都合ともいえる。
保険であり下調べ。学生風にいえはすなわち予習ということだ。
ついでにいえば、こういうコトを吹き込んだのは、俺を含む所謂異世界転生オタク組だ。ありがち展開ということで念のためだったのだけど、先生がものすごく同意してくれたので採用に至っている。
◇◇◇
「わたしが出てもよかったのに」
「
「わかっているわ。『まだ』あっちの方が強いことくらい」
「相手は親玉が七階位で、残りが六。受けきれればそれだけでもすごいと思う……。先生以外は」
実況の綿原さんと解説の俺といった役回りだろうか。
対人戦闘訓練とやらに直接参加しない一年一組のメンバーは、訓練場の観客席に皆で並んで座っている。【観察】持ちだから前で見ておけと先生から言われた俺の右隣りに綿原さんは陣取った。
「勝ち負けなんかじゃない。こっちは素人なのに……」
反対側に座っているのは
「中宮さん、大丈夫だよね? 乱入したりはダメだからね」
「わかってるわよ。わかってる」
さらにその隣には
現実的な委員長の役割はもうひとつ、中宮さんを諫める係でもある。責任は重大だ。
「ウズウズしマス」
「落ち着けってミア」
「燃えるねー」
綿原さんを挟んで右側にいるのがミア、
俺はここまで前向きにはなれそうにない。穏便、はもう無理だけど、無難に終わってもらえれば。
「騎士には騎士をというか、時間稼ぎよね」
「相手は六階位だし、攻撃技能で対応できるのなんて先生かミアか、中宮さんくらいだよ。受けにまわれば綿原さんもいけるかな」
「八津くんだってやれるでしょ?」
「たぶん一発目で吹っ飛ばされて終わりだと思う」
綿原さんが俺を評価してくれるのは嬉しいけれど、こっちは四階位であっちは六。しかも【身体強化】の差もあるから、たぶんスピード要素でお話にならないと思う。
貴族出身の騎士系神授職持ちなら、まず間違いなく【頑強】の他にも装備系の技能を持っているはずだし、俺の攻撃は絶対に通らないだろうな。
技能を持ってきっちり装備をしている六階位なんて、三層の魔獣相当だ。
俺たちがどうこうできる相手じゃない。ただし五階位の先生とミアを除く。
だからこそ先生は『受け』を選択した。
◇◇◇
「時間は始めの掛け声から、砂が落ちきるまでの間だけだ。致死はもちろん、後遺症が残るような怪我も認めない。いいね?」
「加減が難しいですよ。相手が弱すぎるとね」
砂時計を手にしながらヒルロッドさんが念押しするのに対し、貴族訓練生たちはニヤつきを止めないで減らず口を叩く。
「それを調整するのも訓練だよ。君たちはそれを学ぶべきだ」
「ははっ、手加減の訓練とは」
言いたい放題のハウーズとかいう貴族の視線は、対面に並んだウチのクラス代表を向いている。
「精々最後まで立っていてくれたまえ」
「努力しましょう」
嫌味を言い放つハウーズに、こちらは『大盾を持った』先生がさらりと返した。
そんな先生の態度が気に食わないのか鼻を鳴らすハウーズだが、だったら言わなければいいのにと思う。普段どれだけ丁重な扱いを受けているのかが透けて見えるぞ。
「みなさん、いいですね。防御に専念してください」
「……おう」
「は、はい」
先生の言葉に返事をした
当人たちは【平静】をフル回転させて、ついでに
選出されたメンバーは見てのとおり、戦闘能力や気合で判断されたわけではない。そんな基準なら
理屈は単純。騎士系であることがメインだけど、もうひとつ重要なのは【痛覚軽減】の有無だ。
男女平等うんぬんを抜きにしても、痛めつけられるのが前提の訓練で【痛覚軽減】を持っていない女子三人を出すのはちょっと、となったわけだ。
ただし委員長は治療役もできるので、念のためにと除外された。なぜその代わりが
「みんな、がんばれ」
委員長が吐き出すように呟くのが横から聞こえた。順当な選抜基準だったとしても、自分が出してもらえなかったのが悔しいのだろう。そんなところがカッコいいと思う。
「それでは、始め!」
ヒルロッドさんの片手が挙がり、対人戦闘訓練という名の試練は始まった。
砂時計の時間はだいたい十分。
ついさっきミームス隊の隊員さんが、みんなの目を盗んで訓練場から走り去っていったばかりなので、助けが来るより砂時計が落ちきる方が早いだろう。それにしたところで、騎士団長が二戦目三戦目を言いださなければだ。
◇◇◇
ガインゴインと重たい音が訓練場に響き渡る。
巨大な木剣が鉄板に覆われたカイトシールドに打ち付けられている光景を、俺たちはそれぞれの表情で見守っていた。
「らあぁぁ!」
「ぐっ」
「ほらほら。ちゃんと受け止めないと怪我するぞ」
「つぅう」
対戦している五つの組は全部が同じような展開になっている。
もちろん木剣を振るってやりたい放題しているのが貴族側、ひたすら大盾で耐えているのが一年一組だ。仲間の苦しそうな声に、思わず拳を握りしめてしまう。
こんなに腹が立つものなのか。事前ににしていた想像の倍はいら立つ。
相手は両手持ちの木剣のみで盾は持っていない。近衛騎士を目指す者として、それはどうなんだ。
こちらは大盾と申し訳程度に腰に差した木製メイス。ただし両手を使って盾を維持していて、メイスは抜いてもいない。予定通りだけどひたすら苦しい、本当にただ耐えているだけで時間が進んでいく。
その中には【豪拳士】の
「わかってはいたけど、見ていてつらいわね」
「悔しいな。けど、みんながんばってるよ」
「……そうね」
悔しそうな綿原さんと気持ちは一緒だ。ホントに悔しいな。
先生以外のこちらの四人は全員が三階位で、【身体強化】と【痛覚軽減】を持っている。かろうじて馬那が【身体操作】を持っているけれど、残り三人はまったく同じビルドだ。
対する相手は六階位で【身体強化】と【反応向上】【頑強】は間違いなくて、たぶん【硬盾】か【大盾】の防御系、それと武器強化系の技能も取っているはずだ。
こちらから攻撃に出るなんてできるはずもないし、そもそも防御すら危なっかしい。
「それにしても相手のアレ、本気なのかしら」
「どうなんだろう。たぶん本気だと思うんだけど」
敵の行動に綿原さんが怪訝そうだけど、【観察】を使っている俺から見るとアレが本気だとわかっていまう。
相手の攻撃が荒い。いや、荒すぎるし、この場合は粗い、か。
技術もへったくれもそこには見当たらなかった。あれじゃただひたすら身体能力に身を任せて木剣を振るっているだけだ。
その証拠というかなんというか、中宮さんの表情が非常によろしくない。武術を侮辱するかと、今この瞬間にも殴り込みをかけそうな空気だ。どっちの味方なのやら。
俺としても、こっちに来てからずっと先生や中宮さんの動きを見て、体の動かし方を教わってきた。だからこそわかってしまう。あれじゃ子供のケンカと変わらない。
「それよりさ、みんなの盾はどう見る?」
「いいわね。足腰がちゃんと使えてるから、キチンと流せてる」
盾の扱いには定評がある綿原さんだ。受け流す一辺倒の俺とはワケが違って説得力があるな。
「みんな、がんばれ」
「負けるな。いや勝てないけど負けるな」
「たぎりマス」
戦っている連中がうめき声しか出せないぶん、見ている仲間たちは声をだす。
こんなのに勝ち負けなど意味がないから、安い応援なんてしたくない。それでも一緒に戦っているくらいの気概で俺たちはアイツらを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます