第74話 ノーブル・エントリー




「これは勇者のみなさんに悪い言い方をしてしまったかな」


 四人の男を引き連れてこっちにやってきたソイツは、意外と若かった。ヘタをすると俺たちと同年代かもしれない。

 だからその口の利き方は、威圧というよりヤンチャに思えてしまう。


「あ?」


 とはいえ、こちらにも跳ねっかえりがいないわけではない。

 たった一文字で不快感を表してみせた佩丘はきおかを筆頭に、田村たむらはるさん、そして中宮なかみやさんが露骨に反応した。

 ぶっこみそうなミアは……、キョトンとしているだけだ。いい心臓しているよ。


 それでもなんとか留まってくれてはいる。

 訓練当初から煽られたお陰で、いつかはこういうことがあるかもしれないという意識は共有していたからな。当然その時の対応も。相手の狙いがわからない以上、変につっかかるわけにはいかない。



「どうしたんだい? なにか不快な思いをさせてしまったかな」


「……」


 黙っている俺たちを見てなにを思ったのか、ソイツは顔に厭らしい笑顔を貼り付けて近づいてきた。これはマズいパターンだろ。


「いやあ、話は聞いたよ。勇者ともあろう者たちが遭難騒ぎを起こしたとか。困ったことだ」


「……ご迷惑をおかけしました」


 なるだけ冷静に聞こえるように努力した声で、藍城あいしろ委員長が代表して返事をした。

 相手はふんと鼻を鳴らして肩をすくめるだけだ。いちいち態度が気に食わない。



 以前から懸念はあった。


 俺たち一年一組はアウローニヤでは異国の出身で『王家の客人』待遇だ。ついでに『勇者』とまでされている。

 訓練場に出てくるようになって最初のうちこそ、平民上がりの訓練生からは見ない顔をした異国人だと不思議がられていたらしい。事情を家から聞かされていた貴族子弟組は腫れ物を嘲笑うという器用なマネをしていた。彼らからしてみてば、俺たちの特別扱いが気に食わなかったようだ。


 どうにもこの国、アウローニヤは異国人に対する当たりが強いと思う。

 勇者が建国したのだから無条件で他国より優れているなどという、意味不明の優越感を持っているように見えるのだ。

 こちとら黒髪黒目の勇者カラーなのに、アウローニヤ人じゃないからというだけで侮蔑の目を向けられやすい。


 もちろん城下町にいる平民の人たちはそこまで気が回っていないだろうけれど、訓練場にいるのは『騎士爵が約束されている勝ち組平民』なので、変なプライドを持っている人もけっこう混じっていたりする。


 以前の繰り返しになるけれど、この国ではとにかく平民と貴族の差が大きい。まるで別生物を扱っているように思えてしまう。もちろん俺たちからすれば、不快この上ない光景だ。

 会話しているぶんには気さくな平民上がりのヒルロッドさんやジェブリーさんまで、そういうものだと受け入れているのが、正直気持ち悪い。


 王様が勢いで決めてくれた『勇者との約定』だけど、もしアレがなかったら俺たちがどうなっていたか、想像するだけで恐ろしくなる。その点だけでは王様にちょっとだけ感謝したくなるくらいだ。



 そしていま目の前にいる五人組は、間違いなく貴族関係者だ。


 リーダーらしき人物は見たことがない。こんなに目立つ風体だ、イヤな意味で見れば忘れることはないと思う。

 騎士訓練生お揃いの革鎧こそ着ているものの、どこかしらに改造がしてあるし、たぶん実家の紋章やらそういう感じの意匠がそこかしこに貼られている。スポンサー契約でも結んでいるのか?


 残り四人は、一応記憶に無くもないかな。訓練場で俺たちを嗤っていた連中だったはずだ。



「ああそうだった、名乗りが遅れて申し訳ない」


 じっとりこちらを眺めまわしていた貴族のにいちゃんが、胸を逸らせるようにして微笑んだ。別に名乗りなど期待してもいないぞ、すごくウザいな、その態度。


「私はハウーズ・ミン・バスマンという。君は?」


「アイシロ……です」


 下の名前を言う気にならなかったのだろう。どうせ向こうは委員長の名前などどうでもいいのだろうし、変にフルネームを名乗って面倒を招きたくないのはよくわかる。

 蛮族のくせに生意気だとか言いだしそうだし。



 それより相手の名前、とくにミドルネーム。


 べつに『ミン』というフレーズに意味があるわけではない。家ごとに意味はあるらしいのだけど、それはどうでもいい。

 問題なのはこの国でミドルネームを持っているのは貴族家当主か、次期当主のみということだ。

 たとえばアヴェステラさんのフルネームは『アヴェステラ・フォウ・ラルドール』。れっきとした子爵家当主だ。本来は男爵家なのだけど、王室付事務官という役職に就いたときに自動的に昇格した形で、一代限りの爵位となるらしい。


「君が知るはずもないだろうけれどね、バスマン男爵家の者だよ」


 つまりバスマン男爵そのものではない、と。

 知らないだろうと言いながらずいぶんと自慢げだ。そんなにメジャーな家なのか?


「……そうですか」


 委員長がお茶を濁すように返す。

 なんで男爵家の次期当主がこんなところで訓練生をやっているのだろう。近衛騎士を志望する貴族関係者は三男四男とか、家を継げなくて肩書が必要な連中だと聞いていたのだけど。



「ハウーズ。彼らには──」


「これはこれは、ミームス殿。昨日は災難でしたね」


 見かねたのだろう、ヒルロッドさんが間に入ってきてくれた。それでもハウーズとかいうヤツは悪びれた様子がない。


「君は『朱の広場』にいるはずでは?」


 眉をしかめるヒルロッドさんは、たぶん本当に困っているのだろう。教導隊長の騎士爵と男爵家次期当主で訓練生。いまこの場でなら偉いのはヒルロッドさんのはずだけど、今後を考えると無下にできないといったところかな。


 こういうイヤな部分の知識も持っていないとやっていけないのが面倒なところだ。

 これでも俺たちは離宮に半隔離状態で、王国の闇とかからは守られているらしいけれど。



「なに、これは出稽古のようなものだ。ミームスが気にすることではない」


 さらに別の声がした。今度はおじさんか。


「……団長。しかしこれは」


「よくあることではないか。立ち処に関わらず共に鍛え上げる。近衛騎士が持つべき、大切な理念だろう?」


 そう言いながら近づいてきた人物を俺たちは少しだけ知っている。

 第六近衛騎士団『灰羽』団長、ケスリャーなんとか男爵。四十代後半くらいで髭が立派な細身のおじさんだ。

 普段はこんなところに登場しないで、騎士団詰所か『朱の広間』とかいう上位貴族専用の訓練場にいるらしい。俺たちはまだ二回しか会ったことがない人だ。

 こちらには関わりたくないものだと思って安心していたのに。


 ちなみに俺はこの人がときどき二階の窓から覗いていたのを知っている。もちろんクラスの全員にはそのことを伝えておいた。



 これでクラスメイト以外でここに集まった人間は七人。ヒルロッドさん、第六騎士団長、それとハウーズたち貴族訓練生五人だ。あたりにいた訓練生たちも立ち止まってこちらに注目している。


 この状況で一番偉いのは騎士団長だ。

 厳密な格だけなら『王家の客人』たる俺たちになるのだろうけど、所詮は訓練生だし。

 昨日の後始末もあって、アヴェステラさんとシシルノさんが同行していないのが痛いな。いやこれはまさか、アヴェステラさんがいない時を狙った?



「八津くん。これってもしかして、いじめ?」


「どうかなあ」


 皆の注意がヒルロッドさんと騎士団長に集中した隙を狙っていたのか、綿原わたはらさんが小声で話しかけてきた。この状況だとなんとも微妙なキーワードだな。

 どちらかと言えば嫌がらせだけど、いじめといえばそうなるかもしれない。


 どうにもピュアな綿原さんの言葉だけど、ウチのクラスメイトは小学の頃から今まで、ずっといじめとは無縁でやってきたらしい。喧嘩や仲たがいはあっても、致命的なところまで到達する前に周りがたしなめてしまっていたとか。

 ここでいう周りというのが同級生だけじゃなく、親兄弟や近所付き合いまで含まれるから恐ろしい世界だ。ゲンコツと町全体のネットワークで、いじめなどは発生しそうな段階で封殺されてしまう。


 お陰でウチのクラス連中は、スクールカーストなんていうのは物語の存在だと思っている節がある。

 中学の時にいろいろと見てきた俺としては、異常な健全さだなあと感嘆するばかりだ。



「──それは、対人訓練、ということですか」


「敵より城を守るための行いだ。近衛の基本だろう?」


「それはそうですが、彼らは、その」


「『王家の客人』か。だが訓練騎士として扱えとのお達し。何の問題が?」


 綿原さんの天然さに少し癒されている間に、あっちは非常にヤバげな話題になっていた。

 ヒルロッドさんの顔がいつにも増して歪んでいくのが可哀相だな。いかにも苦労人って感じで。


 つまり騎士団長は俺たちの誰かと目の前の貴族とで、訓練という体裁の殴り合いをやれと言っているわけだ。



「八津、これってこの前あったパードさんのアレと同じ……」


「どうなんだろう。裏があるとかはわからない」


「だよねえ」


 偉い人たちがやり合っている間を縫って、委員長が近くに来ていた。


 パードっていうのはアレだ、野来のきひきさんの治療をサボろうとして問題になった【聖術師】の一件。委員長は今回のコレも、あの時と一緒で王女の仕込みじゃないかと疑っている。

 当然そんなのは俺にわかるはずもない。委員長だって今は不明だとわかっているけれど、それでも言ってしまっただけだろう。気持ちはよくわかる。だってさっきからなあ……。


 先生が黙ったまま、変なオーラを放出している。『対人訓練』というフレーズが出たあたりからだ。

 ヒルロッドさんはさておき、ほかの連中は気付きもしていないけど、アイツらバカなんじゃないか?



「くどいぞミームス、当事者に聞こうではないか。タキザワ殿だったかな、君はどうかね?」


「タキザワ先生……」


 いよいよ騎士団長はヒートアップしていたようで、埒が明かないとわざわざ年長の先生を指名してきた。穏便にコトを済ませたかっただろうヒルロッドさんが、すごく申し訳なさそうにしている。余程のコトでもないと先生が前に出たがらないのを知っているのだし。


「そうですね……」


 ご指名を受けて、先生が一歩前に出た。すでに不穏当なオーラは霧散している。対外モードだな。


「安全に配慮していただけるのなら、お受けしたいと」


「それはもちろんだとも!」


 先生の言葉に意を得たりと騎士団長が声を上げる。実に嬉しそうだな。

 横に並んでいる貴族連中の口元が吊り上がったのがよく見える。ああ、しょうもない。


 訓練中の事故とかは本当に勘弁だぞ。



「こちらからも提案が」


「……なんだね?」


 なにを言いだす気かと、騎士団長が先生を睨みつけた。

 一瞬で態度が変わりすぎだろう。そんなので騎士団長は務まるものなのか?


「わたしたちは未熟者の集まりです。勉強をさせていただくという趣旨で、こちら側が受け手、そちらは攻めということでどうしょう」


 どうしても対人訓練が避けられないと判断した先生が出した条件がソレだった。

 こちらからは手出ししないから、そっちは好きにしろ、と。


 それを聞いたヒルロッドさんの顔が引きつって、先生の提案次第では文句を付けようと構えていた騎士団長はあっけに取られている。ざまあみろ。



 こうして迷宮事故から戻った翌日にも関わらず、めんどうなイベントが発生した。

 題して『チンピラ貴族が絡んできた』パターン。ありがちで迷惑この上ない展開だが、先生ならこれを有意義にしてしまいそうな気がする。


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