第308話 思わぬ援軍




「申し訳ありませんでした。ヤヅ様」


「えっと……、いえ、お互いに納得しているから大丈夫です」


 アラウド迷宮一層への階段を降りる途中で王女様が俺の背中に話しかけてきた。


 というか、なんで俺なんだ。たしかに迷宮内では俺が代表のひとりだし、フォーメーションでは王女様のすぐ近くにいるのだけど。

 軽く視線を動かして王女様を視界に入れたら、同時にシシルノさんが悪い顔で笑っているのまで見えてしまった。なんなんだか。


 それは置いておいて、申し訳ないというのは第三王女の野望を、そっくりそのまま勇者の願いとしてしまったことだろうか。

 王女様から出してきた提案だったが、乗ったのは俺たちだ。いまさら謝ることでもないし、ああするのが手っ取り早いというのは理解できるからなあ。


「事前に話してくれてましたから」


 俺の右後ろを歩くメガネ文学少女の白石しらいしさんもフォローを入れてくれる。白石さんもやっぱりそう受け止めたのか。

 王女様のすぐ横でガラリエさんと一緒に護衛を担当している野球少年の海藤かいとうもうんうんと頷く。海藤はわかってやってるんだろうな?


「もう全部、勇者が望んだ、で押し通せたりしてね~」


「ヒキ様、本当に申し訳──」


「あ、ごめんごめん王女様。気にしないでいいっしょ。アタシなんてちょっと楽しいくらいだし」


 最後方で階段の上側を警戒しているひきさんまでもが会話に加わってくる。


 チャラ子の疋さんだけどけっこう察しはいい方だと思うし、事実、話の筋は押さえているようだ。しかも自身の軽いノリを使ったフォローまでしてくれているし。



 階段でのフォーメーションは、問答無用でヴァフターたちを先行させている。そのうしろをウチの騎士組が続き、ヴァフター一味が変なコトをしでかさないか目を光らせている状態だ。

 中衛はいつも通りで、ここには巨大サメを引っ込めて紅白サメに切り替えた綿原わたはらさんもいる。メガネ忍者な草間くさまも中衛にいて、全周警戒の態勢だ。便利だよな、草間って。


 特徴的なのは後衛で、一番うしろが【聴覚強化】を持つ疋さん。その横にいるガラリエさんがバックアタックへの警戒となる。うしろから二列目にシシルノさん、ベスティさんがいて、さらにその前が海藤、王女様といった配置だ。

 シシルノさんの扱いについては微妙だが、うしろから王女様を襲おうとしてもガラリエさんの盾と疋さんのムチ、ベスティさんの氷をくぐる必要がある。これが後方警戒態勢だな。


 で、そのすぐ前を歩くのが俺を真ん中に左右に白石さんと奉谷ほうたにさんという、いつもの副官サンドイッチだ。ここまでが後衛といえるかな。

 なので王女様の位置取りは俺のすぐうしろ、それこそ一メートルくらいしか離れていないのだ。だからといって名指しされるのは緊張するのだけど。



 前回俺たちが拐われたような階段での襲撃事件。あんなコトは二度とごめんだし、今回は王女様が同行している。疋さんの加入で軽い調子になっている会話をしながらでも、『緑山』一行は一切の油断をしていない。


「それとひとつ、ミルーマには黙っていてほしいことがあるのです」


「なにを、です?」


「わたくしが以前言ったことです。わたくしには話せる相手がいなかった、と」


 どうやら王女様と俺の会話は続くらしい。今度の話題はミルーマさんか。


 話せる相手……、ああ、そんなこともあった。

 アレは確か王女様が離宮でアウローニヤの改革について語った時だったか。


「彼女の根底にある常識はアウローニヤの近衛騎士そのものです。わたくしの考えを話したとして、彼女は全肯定するでしょう。その上で現状との乖離に気付き、苦しみ、暴走する可能性があるのではと考えてしまったのです」


 俺たちの知る限りで王女様が信頼し、明確な第三王女派は四人。

 アヴェステラさん、ベスティさん、ガラリエさん、そしてつい昨日知り合ったばかりのミルーマさんだ。もちろんほかにも信用している相手はいるのだろうけど、王女様の考えていることに最後まで賛同できた人はいなかったはず。というか、アウローニヤ人で一番納得していたのがシシルノさんという有様だ。



「それはあり得ますね」


「あるねえ」


 ミルーマさんが暴走する可能性について、付き合いが長いはずのガラリエさんとベスティさんがハッキリと同意してしまった。


 前回の来訪で薄々感づいてはいたけれど、ミルーマさんは察しがよく、そしてベスティさんとは違ったタイプで王女様の信奉者だ。だけどまて、てことは──。


「彼女は、ミルーマは、わたくしの望みに気付きながらも、それでも待っていたのだと思うのです。わたくし自身からの言葉を」


 神妙に語る王女様の言葉に、クーデターの第一段階成功でちょっとアガっていた空気がしんみりしてしまう。なんでまたこんなコトをこの場で。


「彼女は確かめたかったのでしょう。勇者の皆様方が、わたくしの夢を預けるに値する人物なのかを。だからわたくしは許可を出しました」


 クーデターの前日にやることかという話でもあるが、お互いに納得することは大切だ。

 そうか、ミルーマさんの場合、俺たちが王女様の護衛にふさわしいかどころか、夢を共有できるのかまでも見極めようとしていたのか。


 だとしたら。



「戻ってきたミルーマは言っていました。不思議だけれど、信じてしまいたくなる、と」


「それって合格もらえてるんですか?」


 どうやらミルーマさんは俺たちに微妙な評価を下していたようだ。思わず問い返してしまった俺に、王女様はクスリと笑い声を上げる。


「どうなのでしょうね。ですが彼女はこうしてわたくしを皆様に託し、自分が為すべきことをしています」


「じゃあ合格なのかな?」


 微笑む王女様に、元気な奉谷さんが笑いかけた。


「すべてが終われば、わかるのではないでしょうか」


「フラグだ」


「フラグ……」


 王女様のヤバい発言に俺と白石さんが同時に反応してしまう。だってなあ。


 そんな俺たちを見て、キョトンとする奉谷さんとケタケタ笑う疋さん、海藤は頭を掻き、シシルノさんは悪い顔だ。


「『ふらぐ』ですか。たしか資料では、何かが起きる切っ掛けのような会話、でしたか?」


 どこまで資料を読み込んだのだか、王女様はシシルノさんと同じく日本語の理解にも熱心のようだ。

 というか、誰だよ。そんなコトまで資料にしたの。シシルノさん……。


「良いことも悪いことも起こり得て、勇者の皆様方はそれらを全て乗り越えてきたではありませんか」


「あーっと、そういうのもフラグっぽい会話になります」


「奥深いものですね」


 なんなんだろうな、この会話。

 俺が口を挟むたびに嬉しそうにするのだが、フラグ製造機みたいな言動が王女様の得意技なんだろうか。



「隊長さんよ、そろそろだぞ」


 前方からヴァフターの声が響き、俺は意識を前方に戻した。どうやら階段も終わりに近づいたらしい。


「基本陣形はこのままで、草間だけはちょい前。広間に出たら横幅を広めに」


「ん、八津やづくん。階段下の広間に人がいる。七人、かな」


 俺の指示に従って少しだけ前に出た草間が、緊張を含んだ声で伝えてきた。


「そこまでわかるのかよ」


 前に出たといっても位置関係は、草間よりヴァフターたちの方がまだ先行している。

 十三階位ともなれば視覚や聴覚だって階位相応に強化されているのに、そんな連中が察知できないモノを草間はみつけてしまう。


「僕は【忍術士】ですから」


「斥候系とはいえ、すごいな」


 ちょっと誇らしげな草間に対し、ヴァフターは素直に答える。


 こっちに寝返ってからは普通なんだよな、ヴァフターたちの態度は。

 この状況で裏切って得はないだろうし、ストレートに戦力としてカウントできれば助かるのだけどなあ。



「どうするんだ? 隊長さんよ」


「ヤヅでいいです。ヴァフター『さん』たちが先頭で突入します」


 捕まった時の会話で名前を呼ばなかったのを根に持っていたのか、隊長と連呼するヴァフターにさん付けをしてやれば、嫌そうな顔を見届けることになった。お互い様だろう。


 だがなんにせよ、この場で留まるという選択肢は無い。この先にいるのが敵でも味方でも、迷宮を進まなければならないのが俺たちの実情だ。

 どうしても引っかかるのは、時間的にもこんなタイミングで一層の、しかも階段付近に人がいるとは考えにくいことなのだけど。



 ◇◇◇



「……お待ちしていました」


 一層で待ち受けていたのは前回の迷宮で共同訓練という形でお世話になった、シャルフォさん率いるヘピーニム隊の人たちだった。


 全員が戦闘態勢のまま突入したものだから向こうも慌てていたが、こっちだって驚かされたぞ。

 敵か味方かと聞かれれば、ほぼ味方だと信じたい面々ではあるが、それでも警戒を解くことはできない。


 相手はシャルフォさんをはじめとする八名。全員が前回の迷宮で知った顔だ。その内ひとりは斥候で、前に階位が上がって喜んでいた【聖術師】のおじさんは見当たらない。一分隊プラス斥候ってところか。



「ええっと、シャルフォさん?」


 政治か迷宮戦闘かで担当が難しいところだが、臨戦態勢でもあることだし、俺が代表して確認をする。


「わたくしは聞いていませんが」


 そんな俺の想いを他所に、王女様の冷たい声が響いた。


 王女様が知らないということは、敵なのか?

 まさか、シャルフォさんたちが……。


「こちらはゲイヘン軍団長からです。王女殿下にと」


 王女様の指摘を受けたシャルフォさんたちは、迷宮の中だというのに全員が膝を突いた。

 そして、一枚の羊皮紙が差し出される。王都軍団長からということだろうか。


「ガラリエさん、お願いできますか」


「はい」


 さすがに直接受け取るのもためらわれたし、ヴァフターにやってもらうのも何か違う。

 ならば『緑山』最強の騎士として、ガラリエさんにお願いすることにしたわけだ。彼女ならイザとなっても最速で退避できるだろうし。



「味方、ですか。殿下、ご確認を」


 受け取った紙をチラ見したガラリエさんは味方と呟き、ふわりと王女様の下まで舞い戻って、ソレを手渡した。何度見てもすごいな。俺が言うのもなんだけど、うしろに目が付いているような動きだ。ガラリエさんの場合、直前の状況確認を元にやっているという話だけど。


「……印は本物ですね。筆跡も」


 手紙を確認する王女様だが、こっちもすごい。筆跡鑑定なんてことができるのか。


「ゲイヘンはイタズラが過ぎますね」


 ため息を吐いた王女様が誰にでもなく呟いた。


「軍団長閣下は殿下を心配しておいでです。少しでもの手助けとしてわたしたちヘピーニム隊から一分隊をと」


「あの者らしいですね。迷宮での助力は不要と言っておいたのですが」


「わたしたちは十階位ですし、勇者のみなさんとも面識がございます。ヤヅさんならば使いこなしてもらえるかと」


 どうしてシャルフォさんと王女様の会話の中に、俺の名前が出てきてしまうのかな。


 今回のクーデターで王都軍の果たすべき役割は多い。

 第一に宰相一派の捕縛を目的に『白水』の制圧と捜査。これは味方になった『黄石』のカリハ隊なども協力することになっている。

 第二に各行政府の掌握。こちらはそれほど難易度は高いとされていない。なんなら後回しでも問題ないだろう。

 そして第三に、これが重要なのだが、王都軍内部における宰相派の無力化だ。これは絶対条件となる。


 王都軍は三個大隊を擁する巨大な組織だ。近衛騎士団がまるまる三つくらいの規模で、人数ならばそれ以上。所属する兵士の階位自体は五階位から十階位が多く、近衛騎士よりは劣るが、それでも十三階位クラスの部隊もしっかり存在している。

 数は力だし、もし王都軍が全て味方なら、今回のクーデターは楽勝だったろう。



 だが現実はそうではない。王都軍内部には派閥が入り乱れているが、近衛騎士と違って平民兵士が大多数になるため、日和見が多いのが実情となる。時間ギリギリまで王女様と宰相が引き抜き合戦をやっていたはずだが、明確な宰相派はある程度リスト化されていたはずだ。


 ゲイヘン軍団長のやるべき最大の仕事は、宰相派兵士の指揮官クラスを抑えること。

 幸いにして三人の大隊長に明確な宰相派はいないので、部隊単位で抑えることが可能ではあるが、第一目標となる宰相の捕縛と同時進行だ、味方の人手はいくらあっても足りないだろう。


 そんな状況で、ゲイヘン軍団長は王女様に内緒にしながらシャルフォさんを送り込んできた。



「喜ぶべきか責めるべきか、悩むところではありますが、こうなった以上は仕方ありませんね」


「申し訳ございません。軍団長閣下に成り代わり──」


「いいんですよ。あなた方も勇者の色を付けているではありませんか」


 そう、王女様の言うとおりで、シャルフォさんたちは右腕に黒布を巻いていた。


 もちろんそんなモノが何の保証にもならないのは全員が承知だ。

 だけどまあ、こんな風に真正面からの出会い方をしたのだ。仮にシャルフォさんが敵の刺客だったとして、あっちは八人、こちらは三十三人。俺の【観察】の性能を知っているシャルフォさんからしてみれば、不意打ちすら難しいだろうことはわかっているのだろう。


 逆説的だが、敵ではないということだ。そういうことにしておきたいという心があるのも認めよう。


「ヤヅ様、よろしいでしょうか」


「どうして俺に振るんですか」


「指揮官ですから」


 王女様が俺に向き直り、シャルフォさんの同行を確認するけど意味不明だ。なんでいい笑顔になっているのかなあ。



「綿原さん、どう思う?」


「八津くん、どうしてわたしに振るのかしら」


「迷宮委員だから」


「そ。わたしはいいんじゃないかって思う。みんなは?」


 なんとか仲間を増やそうと綿原さんを引きずり込んでみれば、彼女はしっかりと俺の期待に応えてくれた。


「あははっ。だってシャルフォさんでしょ。信じるよ、ボク」


「ワタシの勘が味方だと叫んでいマス」


「前の時も回りくどかったんだ。もういいじゃねぇか」


「僕もシャルフォさんたちは味方だと嬉しいな」


「異議なし」


 クラスメイトたちがてんでバラバラな言い方、考え方だが、それでも反対意見は見当たらない。


「反対は無いようだね」


「了解だよ、委員長」


 最期は藍城あいしろ委員長がまとめてくれた。まあ、そうなるよな。もちろんヴァフターの意向などは関係ない。



「じゃあシャルフォさん、お願いできますか」


「はい。では、シャルフォ・ヘピーニム以下、ヘピーニム隊特設分隊はこれより『緑山』の指揮下に入ります」


 なるべく普通な言葉で同行をお願いしてみれば、シャルフォさんから返ってきたのは随分とお堅い宣誓だった。

 軍隊っぽいよな。ミリオタな馬那まなの目が輝いている。マネするとか言い出さないでくれよ?


「……暫定ですがヘピーニム隊は三列目、ウチの騎士組のうしろについてください。状況次第では別行動をお願いするかもです」


「了解しました」


 本当なら一番うしろにヘピーニム隊を置いて後方警戒を任せたいのだけど、それだと王女様との距離が近すぎる。

 三列目なら一年一組の騎士グループとアタッカーのあいだに挟まる形にできるので、とりあえずそのあたりが無難な落としどころかな。全員の能力はだいたい把握できているし、いざとなれば分割して左右に回したり、もっといえば別の部屋の探索とかにも活躍してもらえそうだ。それと斥候職がひとり増えたのもデカい。



「周辺は確認済みです。二層までの経路に人影はありません」


「……助かります」


 真面目顔のシャルフォさんが爽やかに情報を伝えてくれれば、俺としても感謝するしかない。手際のいいことで。


 当面の目標は三層への階段。そこで味方を増やし、王女様をレベリングする。

 初手で『召喚の間』を抑えたので、クーデターの情報はまだ迷宮内には伝わっていない。今のところ後続から人が来る気配もないので、先を急げば王女様と勇者のご威光で勝負ができる。


「行きましょう。ヴァフターさん、先頭を。速さは俺の指示通りで」


「了解だよ、ヤヅ隊長」


 四十人以上の集団となった俺たちは、迷宮一層を速足で駆け抜ける。


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