第371話 魔力が見えるから




「ほう。ここは中々だね。クサマくんはどう見る?」


 魔獣の気配が無かったその部屋に入った直後、シシルノさんが口の端を吊り上げて草間くさまに問いかけた。


「……十二くらいです」


「わたしも同感だ。気が合って嬉しいよ」


 とっくに【魔力察知】を使っていたのだろう、すかさず返事ができるメガネ忍者な草間もこういうのには慣れたものだ。


 とはいえ、草間の言う十二という数字は、結構重たい。

 かつて三層で『魔力部屋』と呼んだ広間と同じくらいの魔力量がここにはあると二人は言っているのだ。俺の【魔力観察】では魔力の量を見切ることができないので、最初から行使を諦めざるを得ないのがちょっと寂しい。せっかく取得したのに、こういう場面では出番が無いというのがちょっと。


 トラップの確認にも使える【魔力観察】ではあるが、普通に【観察】で区別できてしまうのがなあ。

 ここは二か所か。


「そことそこ、罠なので気を付けてくれ」


「おーう!」


 とりあえずこれで一仕事完了だが、俺には本来やるべきことがある。

 とくにここが『魔力部屋』であるならなおさらだ。


「魔獣を呼び寄せている可能性だよな。周辺を索敵しよう」


 指示出しっていうのが偉そうでムズ痒いんだけどな。


 上手くすれば、ここにいるだけで勝手に魔獣がやってきてくれるかもしれないのだ。

 俺たちがこの場にいる限り、どんなに部屋の魔力が高かろうといきなり魔獣が発生することはない。人の目の前で魔獣が出現したり、その場にあるモノが消えたりすることはないというのが王国の持つ経験則だ。そして何度も迷宮に潜り、様々な体験をしてきた俺たちもそういう現象に出会ったことがないのだから、たぶんそれはそうなんだろうと思う。


 だからこそこの場ですべきことは、どれくらいの魔獣が付近に存在しているかを調べ、時間的猶予を含めて今後の行動の決定だ。



「じゃあ草間、はるさん、中宮なかみやさん、偵察お願いできるかな」


「ここで待ち受けるんだよね。了解だよ。範囲は?」


 打てば響くとばかりに草間は返事をしてくれる。


 お互い随分と迷宮慣れしたものだ。前までなら『魔力部屋』っていうだけで身構えたものなのにな。

 この場に留まるという選択肢は確実にアリだ。扉が四つもあって、ここからの経路は選び放題。入ってきた門からは当面魔獣はやってこないだろうし、そちらは階段への最短ルートだからそのまま逃走に使える。


 これくらいの規模を持つ『魔力部屋』ならば、女王様の【魔力定着】を上回る魔獣の誘引が見込めるだろう。なにせ部屋そのものだ。

 ついでに各員の魔力回復速度も上がるしで、落ち着いてさえしまえばいいことづくめですらある。


「ここから、こっち。草間は四の七から九までで──」


 地べたに地図を置き、偵察に向かってもらう三人に分担を説明していく。


 気配を消せる草間と足のある春さん、中宮さんは……、武力があるってことにしておこう。そんなメンバーそれぞれに適していて、無茶にならない範囲で戻り時間も考えながら。



「じゃあ行ってくるね」


 俺の説明を聞き終えるや否や、素早く動き出した草間たち忍者隊を見送るのだが、ホントカッコいいな。『戦隊長』なんていう肩書はどうだろう。『隊長』の俺、『リーダー』の夏樹なつきに続く第三のトップとか、そういう感じで。


 そういう妄想はさておき、この場にはサブ斥候のひきさんに残ってもらい、イザという時のための保険にしておいて、とりあえずはここで待ちとなる。


「みんなは魔力回復の様子をみながら技能回しね」


「うーっす!」


 綿原わたはらさんが嬉しそうにサメを泳がせながら、この瞬間にも熟練上げを推奨するのだが、クラスメイトたちの半分くらいはとっくに始めていたんじゃないかな。



 ◇◇◇



「十一階位でもキツかったのがなあ」


「芋煮会は続行ってことね」


 偵察待ちのあいだ、各自が技能を回しているのを見渡しながら俺がボヤけば、隣でサメを躍らせている綿原さんが苦笑する。


 さっきアヴェステラさんが十階位を達成した時に、念のためということで十一階位の上杉うえすぎさんと俺とで生のジャガイモを倒してみようとしたのだが、かなり手こずってしまったのだ。

 絶対にムリというわけではなかったが、これなら茹でた方が倒すまでの時間が短いんじゃないかというくらいには手間がなあ。


 結論として【身体強化】を持たない柔らかグループは、十一階位になっても芋煮会を開催した方が手っ取り早いという結論になってしまうのだ。とても世知辛い。



「戻ったよ」


「……草間お前、ワザと【気配遮断】使って戻って来るの、止めろよ」


「それが忍者の基本でしょ」


 そんな風に綿原さんと雑談をしていたら、突如すぐ傍に草間が出現した。


 メガネ陰キャムーブをしていながら、コイツはこういうイタズラを好む。今回は正面からだったからまだマシな方か。

 いや、背後からだと綿原さんのサメに襲われる未来を見た可能性もある。何気にそういう機転の利く男なのだ。


「見てきたわよ」


「あ、草間に負けちゃったかあ」


「僕も今戻ったところだよ」


 タイミングをほとんど同じくして、中宮さんと春さんも別々の扉から戻ってきた。

 出発してから五分といったところか。みんなの行動も素早いし、我ながらいいルートを提示できたと自賛しておこう。


 それと草間、デートの待ち合わせみたいな言い方をしないでくれ。なんか悔しくなるから。



「僕の方は牛や馬が十体くらいかな。ここを目指すかもしれないって位置にいる。四の八」


「あっちに野菜の集団がいたわ。最大で二十くらい。四の十三と十五ね。それなりに離れてるけど、ここの魔力に引っかかるのかしら」


「ハルの見た範囲では魔獣はいなかったよ」


 草間と中宮さんが当たりで春さんがハズレみたいな報告内容だが、この場合は当選もなにもあったものではない。魔獣の位置関係と種類が重要だ。


 三層で検証したことだが、人を見つけた場合と魔力差による移動では、魔獣のアクティブさが違ってくる。

 魔力部屋の存在は遠くからでも魔獣に感知され、ゆっくりとそちらに向かうのに対し、なんらかの形で人を見つけた場合はこちらに即全速力だ。


 迷宮を『彷徨う』モンスターとしては、実に模範的行動だよな。


「たぶん草間の見つけた方が先か。ちょっとは時間に余裕があるかな。十五分から三十分ってくらいか」


 迷宮の魔力に基づく魔獣の移動速度は、これが正解だという資料が存在していない。方角は当てられても、到着時間までは難しいし、なにせ種別によって移動速度や行動パターンに差があるからな。

 あんまり待ちすぎて時間をロスするよりも、どこか迎撃しやすい場所まで移動するのもアリか──。



「ちょっと口を挟んでもいいかな」


「シシルノさん? どうぞ」


 さてどうするかと皆で考え始めたところに、微妙に頬を緩めたシシルノさんが割り込んできた。


 嫌な予感がしまくりだけど、同時に謎の期待を持たせてくるのがこの人のやり口だ。さてどんな言葉が飛び出してくるのやら。


「これだけの魔力がありながら、この部屋には魔獣がいなかった。しばらく四層など放置されていたにも関わらず」


「……ですね」


 両手を広げて部屋を見渡すシシルノさんのセリフに相槌を入れたのは大人し系男子の野来のきだ。視線を受けていたものだから、返事をするしかなかったのだろう。


 大人し系女子な白石しらいしさんと並んで、シシルノさん担当者として名を馳せている野来に、この時点でみんなの期待が集まる。

 そういう表現をすると、とても大事なロールを背負っているかのようだな。


「三層の『魔力部屋』は迷宮の奥で、群れとは離れた場所にあったが、ここはどうなのかな」


「えっと、それって。……あ」


「どうかなノキくん。見解は」


「周りにそこそこ魔獣がいるのに、どうして『今は』空っぽなのか、です」


「そのとおりさ。理由はわかるかな?」


 シシルノさんと野来がポンポンと言葉を交わしていくことで、この場に集った面々も状況の異常性に気付き始めた。

 さざ波のように、小さな動揺が皆に伝播していく。


「……いろいろありますけど、一番あり得そうなのは、この部屋の魔力が短時間で急激に増えたんだと、思います」


「わたしも同意見だよ」


 つっかえがちではあっても、どうやら野来の回答はシシルノさんのお気に召したようだ。

 証拠にシシルノさんの笑みが深くなっている。毎度のことながら邪悪っぽいよなあ。



「あの、それだとなにか問題になるんですか?」


 なにかとんでもないことが起きているような雰囲気の中でも、元気に質問をできてしまうのが弟系男子の夏樹だ。

 純真な夏樹の表情に対し、したりとばかりに頷くシシルノさんの微妙なウザさが際立つ。


「それをこれから考えるんだよ」


「だよなぁ」


 なんとなく答えが見えていた一部のメンツの中から、古韮ふるにらが楽しそうにツッコミを入れた。


 俺もそうなるんじゃないかって思っていたよ。そしてシシルノさんがつぎに言うセリフも想像できる。


「ヤヅくん」


「【魔力観察】ですね」


 みなまで言わせる前に俺は【魔力観察】を発動させて、部屋を見渡した。


 ここまで検証してきて俺の使う【魔力観察】は魔力の量ではなく、質を見るのだということは理解できている。要は『違い』だ。

 みんなの姿や装備に白っぽい色が付き、部屋一面が赤紫で覆われていく。目星を付けておいたトラップは色の濃さがハッキリとした。


 ここまでは予定通りなのだけど、ここからさらに【観察】を被せて、状況次第では【視覚強化】もだな。幸いここは魔力部屋なので、魔力消費が重たい行動をとっても、リスクは低い。

 昨日から押しっぱなしの全体スケジュールはさておき、魔獣の接近については時間に余裕があるし、ここはじっくりと確認していこう。


「あっ」


「なにを見つけたのかな? ヤヅくんは」


【観察】を重ねたところで『ソレ』に気付き、思わずといった声を上げてしまった俺を見て、シシルノさんが嬉しそうに先を促してくる。


 そちらは楽しそうで何よりだけど、俺としては穏やかじゃないぞ。どうしたものだろう、俺以外には見えていないはずだし……。いや、待て。


「シシルノさん【魔力視】であの辺り、見てもらえますか?」


「いいとも……、いや、わたしには普通の『床』にしか見えないね。罠でも見つけたのかな?」


 俺の要望にすぐ応えてくれたシシルノさんだが、【魔力視】では、つまり魔力量では判別できないようだ。

 そもそも罠だなんて、シシルノさんも思ってもいないだろうに。【魔力観察】でしか見つけられないトラップなんて、迷宮のルール違反にも程がある。しかもアレ、部屋のど真ん中だぞ。


 ……まさかアレを予想していたのか、シシルノさんは。


「ヒルロッドさん、盾を構えて前を歩いてもらえますか」


「俺がかい? 物騒だね」


 単独で近づくのはさすがに怖い。となればこの場にいる最強の盾を頼りたくもなるというものだ。


 事態についていけずに顔をしかめたヒルロッドさんだが、それでも俺の斜め前に立ってくれた。

 ほかの連中もつられて動こうとしているが、どうしたものか。近づきすぎない程度なら、まあいいか。


「悪いけどみんな、ヒルロッドさんと俺より前に出ないでくれ。警戒は続けて……、あ。草間、【気配察知】は?」


「シシルノさんの【魔力視】と同じとこで使ったよ。気配はなし」


 さすがは草間、斥候精神が身についている。


 全員で立ち上がった俺たちは、ゆっくりと部屋の中央に向かって進む。



 ◇◇◇



「ここです」


 ソレまで一メートルくらいの場所で、俺は立ち止まった。

 どうやら動きは無さそうだ。それどころかピクリともしていないな。やっぱりそういうことなんだろうか。


「で、ヤヅくん。君の見つけたものを、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」


 薄々は気付いているだろうに、それでもシシルノさんは昂りを抑えきれないような声で俺の言葉を待ち受けている。


「そこに三つ又丸太が見えるんですよ。しかも二体」


「八津君っ!」


 そこを指差し、掠れがちに放った俺の声に素早く反応したのは滝沢たきざわ先生だった。


 先生は俺の体と指差した先のあいだに瞬間的に割り込んで、見えてもいない相手に対して構えを取る。必死の形相で、マジの戦闘態勢だ。

 想像どおりなら戦いにはならないと思うと、そこまでさせてしまったことがちょっと申し訳なくて、同時に嬉しくもなる。やっぱり先生はこういう人だって思うとな。


 続けざまに三匹のサメが俺の前方に三角形に展開した。先生が動いてから二秒も経っていないというのにだ。綿原さんの反応速度もすごいなと、妙に感心してしまうのは不謹慎かな。



「先生、大丈夫です。綿原さんも。実体じゃなくって『影』って言った方がいいですね、これ」


「八津君?」


「そこの床に三つ又丸太の影……、というか輪郭が見えてるんです。だけど全然動かない。ここまで近づいても、です」


 せっかくなので両腕を使って二体の三つ又丸太の影の中心あたりを指差して、みんなに伝わるように説明をしてみたけれど、先生は訝しげな顔のままだ。


 伝わらないか。一瞬だけ【魔力観察】を切ってみたら、ほかと全く変わらない普通の迷宮の床だしな。みんなには本当に何もないようにしか見えていないだろう。


 少しだけ嬉しいのは、誰も俺のことを疑っているという節がないことだったりする。正気を確かめるような視線も見当たらないし。



「それって二次元的に床に張り付いてるってことか?」


「ナイスだ古韮。その表現でほとんど合ってる。赤紫の床なんだけど、そこだけ色がちょっと濃いんだよ」


 こういう謎現象に適合性が高いのがイケメンオタな古韮のいいところだ。俺が言語化に苦しんでいたことを、自分なりに解釈して言い直してくれたのがハマっている。


「で、形は三つ又丸太、ってことか」


「ああ、ぺしゃんこに潰して、色を付けたらこんな感じなるのかな」


「大きさは?」


 続けざまに確認をしてくる古韮に乗せられて、俺は素直に情報を並べていく。

 まるでシシルノさんが乗り移ったかのような古韮だけど、本人というか憑依元はニヤついたままこちらのやり取りを見つめるだけだ。


「うーん。ちょっと待ってくれ」


 ヒップバッグを漁ってアウローニヤ特産の太目な鉛筆を取り出した俺は、ゆっくりとしゃがみ込み、影をなぞることにした。

 それでもピッタリトレースなんてのをする気にはなれない。影に触った瞬間に何かが起きるかもしれないからな。


 なのでちょっとだけ、一センチくらいの隙間を取って、ソイツの輪郭を床にさらけ出してやる。動き出したりしないでくれよ?


 ガリガリと床に鉛筆を滑らせていく俺の姿は、みんなからしたら落書きをしているようにしか見えないかもしれないなあ。



 ◇◇◇



「なるほど。恐れ入ったよ」


 せっかくだからと二体分、両方の三つ又丸太をなぞった俺の地上絵を見るシシルノさんが、目を輝かせながら声を震わせている。


 当たり前だが目が光っているというのは比喩であるのだが、普通に【魔力視】を使っているんだろう。


「魔力量に差を感じない。つまりソコは魔力の質が違うだけで、普通の床との相違はそれだけになるね」


 やっぱり魔力量を測っていたシシルノさんは、しゃがみこんで床スレスレまで顔を寄せてから断言してみせた。


「ですね。だけど触るのはナシってことで、いいですよね?」


「ヤヅくんは釣れないことを言うねえ」


 誰も彼もがビビッていて、近づくことすら控えているのに、シシルノさんのチキンレース根性も大したものだよ。

 だけどやっぱり触るのはナシだ。想像どおりならなにも起きない可能性が高いけれど、万が一があったときのフォローが想像できない。

 吸い込まれるなんていう事態は本気でゴメンだ。



「さて時間も惜しい。まずは仮説からかな?」


 シシルノさんは立ち上がり、美術品でも鑑賞しているような目で地べたに描かれた落書きを見つめている。


 ここまでの作業に大体五分。十分程度は大丈夫だろうけれど、そっちは忍者な草間を筆頭とした斥候グループが警戒をしてくれている。

 現場にこんな不審な現象が起きている以上、魔獣の乱入があれば即撤退だ。シシルノさんはありがちなワガママ研究者タイプではなく、本当にヤバいと俺たちが判断すれば従ってくれることは承知しているし、危険が迫らない限りは粘って損はないだろう。


「根本的なことからだね。皆はコレをなんだと思う? 誰であろうと構わない。思ったことを自由に発言してほしい」


 そんなシシルノさんのセリフから、俺たちの検証がスタートした。


【魔力観察】をゲットして以来、こんなことばっかりだよな。


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