第111話 見守ることしかできない者
「しぇいっ!」
「イエァッ!」
近衛騎士総長の両腕に、絶妙にタイミングをズらした
「ふむ」
総長が鼻を鳴らした瞬間、ふたりは俺たちの方に跳ね飛ばされていた。もう何度目になるかもわからない、繰り返された展開だ。
最初の攻防で先生と中宮さんが豪快に転がされたが、誰が見ても手加減されていたのは明らかだった。いや、手加減というよりは、そう見えるようにしていると言った方が正確か。
総長は普通に攻撃を繰り出している。ただし相手に当たる瞬間、ワザと減速させているのだ。最初から最後まで手抜きをしてゆっくりならわかるが、途中経過だけはバカみたいに速いから避けられない。ふざけたやり方で手加減の無駄遣いをしやがって。
力の差がありすぎる、などというありきたりすぎる表現しかできないのが情けない。
訓練用の革鎧とヘルメットをしていたふたりに怪我はなく、後退していたミアを伴って戦列に戻っていったが、そのあとの状況は進展も後退もないまま続いている。常に劣勢、まったく歯が立っていないということだ。
先生、ミア、中宮さんの誰かが、もしくは複数がいっせいに攻撃をしかけて、総長がそれを受け止めて押し返す。
それだけの繰り返しだ。
アタッカー三人の壮絶な攻撃とやられっぷりに、うしろで控えていた騎士組はただただ圧倒されて、見守るだけの置物状態になっている。
むしろ怪我を治すのと消費した魔力を補充するために、
「ふんっ、四階位とは思えんな。見事なものだ」
面白くなさそうに、総長は吐き捨てた。ほめ言葉なのに、まったくそういう意味が込められていない。
初手となったミアのメイスを脇腹で受け、二手目で中宮さんに木剣を折られた総長は、そこからはいちおうといった風に両手を持ち上げてガードの構えを見せている。
とはいえ先生のように力を受け流すような動作はまるでしていない。ただ攻撃の線上に腕を置いているだけだ。ひたすら外魔法の差を誇示するような戦い方。
そういう階位を誇る仕草が癇に障る。
「ワタシと先生は五階位デス!」
ミアもミアだ。別に問題はないけれど、律儀に教えてやることもないだろうに。
そもそも俺たちの情報などヒルロッドさん経由で毎日提出されているはずだ。そこで好き放題をしてくれている近衛騎士総長とかいうオッサン、ろくに読んでいなかったな。ヒルロッドさんが毎日がんばって書いている報告書を。
目の前の戦闘とはまた別の類の怒りがこみあげてくるが、実際の俺はそれどころではなかった。
「
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫だよ」
俺の名前を呼ぶ
「雰囲気、おかしくない?」
「ああ。あんなのを見せられるとさ」
「違うでしょ。それならもっと別になってる。そんなに情けない顔じゃないはずよ」
相変わらず鋭い。それにしても、今の俺はそんなに酷く見えるのか。
俺は近衛騎士総長にビビっているわけでも、その強さを恐れているわけでもない。それは言い過ぎか。
たしかにアレは怖い。それもあるのだけれど、俺の心に危機感を告げているのはもう少し違う理由だ。
「ところどころで見えないんだ」
「見えない?」
「ああ、あのオッサンの動きが、ときどき見えない。攻撃の途中が」
いまさら綿原さんに隠し事をしても仕方がない。素直にそのままを伝えた。
「それって、あのおじさんが【観察】の邪魔をしているってこと? まさかっ、そういう技能!?」
「……違う」
少しだけ考えて、綿原さんの推測を否定してみせれば、彼女は大きくため息を吐いた。
「見えない理由が、八津くんにはわかっているのね?」
そうなんだけど、コレを口で説明するのは、ちょっと難しい。
◇◇◇
こちらに来てから最初に取って、そこからずっと使い続けている【観察】。何度も繰り返すが、この技能は『モノがやたらよく見える』だけの効果しか持たない。
もちろん全くの役立たずではなく、たとえば俺の受け流す盾操作は完全に【観察】ありきで成立している。二層転落事故の時には素早い経路判断や、敵の判別にも役立ってくれたし、先日の鮭氾濫では全体指揮をするための状況判断で大活躍してくれた。
熟練度を上げていきさえすれば、いつかはもっと凄くなるかもしれない。もしかしたら【超観察】とかに化けるかも、などという素敵な未来を夢見ているくらいだ。
そうでなくとも【視野拡大】や【集中力向上】と併せることで性能は上がっているし、これからそこに【反応向上】や【思考強化】も追加できる。それこそ今の俺たちが目標にしている七階位になった頃には。
そんな希望に泥をかけられた気分だ。
近衛騎士総長の動きが見えない理由は単純明快だ。
速すぎる。それだけのコトだ。
最近になって俺なりに【観察】がどういう効果を与えてくれているのか、理解できるようになってきた。『よく見える』理由と言ってもいいだろう。
ひとつは視界に映るすべてにピントが合って、しかも異常に解像度が上がる感覚だ。字面を見るだけで気持ちが悪くなりそうな現象だが、俺の脳みそはなぜか負荷なくそれを受け止めている。
そしてもうひとつ、視界の情報が時間的な連続性を持って差を認識できるという、これまた実に表現しにくい現象だ。
俺っぽい表現をすればアニメのひとコマひとコマが見える、といえるかもしれない。しかも詳細に、前のコマとの違いまで全部。
実際にどれくらいのコマ数があるのか、そもそもそんな概念があるのかもわからない。三十fps、それとも六十、とか言っても仕方ないことだろう。
こういう効果がある【観察】だからこそ、視界の端から飛んでくる先生のジャブが見えたり、中宮さんの独特の体術が解析できたりするわけだ。
ただそこにアホみたいな速さが登場したらどうなるか。結果が目の前の現実だ。
最初と最後はしっかり見える。むしろそこだけなら先生や中宮さんの方がわかりにくいくらいだ。
なんとなくだが途中も見えなくはない。【一点集中】を使えばほぼ見える。だが、普段のように『俺には全部が見えた』とはとても言い切れない、そんなもどかしい状況だ。
それをやっているのが、尊大で傲慢なあの近衛騎士総長というオッサンなのが腹立たしい。
◇◇◇
「っし!」
少しの間だけ逡巡すれば、心は決まる。
「向こうのレベルが高いなら、こっちもレベルを上げて技能で殴る。それだけだ」
「……なにかさ」
「ん?」
膝を叩いて喝を入れた俺を見て、綿原さんはちょっとだけ面白くなさそうだった。
「勝手に落ち込んで立ち直ったりして、出番がなかったなあって思ったのよ」
「いやいやいや、綿原さんが話しかけてくれたから、自分の中で再確認できたんだよ」
「ふぅん」
本当のコトなんだけど。
最近の俺はクラスの誰かと話をするたびに、まっすぐ受け止めた返事をしたり、自然と自分なりの考えを言うようになっている。綿原さんと会話をしている時などはとくにそうだ。くだらない雑談の方がはるかに多いけれど、それはそれで楽しいからアリだな。
中学の頃までは誰かと話をしていても、心の中ではクールを気取って軽く流す俺カッコいい、なんてやっていたのに。
高校生になったから、父さんがいなくなったから、山士幌に引っ越してきて気分が変わったから、それとも一年一組の無遠慮な連中と異世界に放り込まれたから。なにより、綿原さんと話すようになったから。
たぶん全部なんだろう。
誰にでもこういう時があるのかもしれない。俺の場合は、たまたま今ここで、だっただけのことで。
「ほら、勝手に復活した八津くん。そろそろアレ、マズいわよ」
またも思考に入り込みかけていた俺を、綿原さんが現実に連れ戻してくれた。視界と別のコトを考え込んでしまうと、どうにも【観察】の効果が鈍ってしまうな。
俺が正気を取り戻したのを確認した彼女は、険しい目つきで戦場に向き直った。
「ぐはっ」
先生がらしくない声を出して、うしろに転がった。
慌てて田村が駆け寄り【聖術】を使っているが、戦っている三人は攻撃性能の代わりに【痛覚軽減】を持っていない。痛みに強いはずの先生が顔をゆがめているのを見れば、どれほど辛いのかが想像できてしまう。
「動きは良くなっているのに……」
今度こそしっかり【観察】を使っているからこそわかる。
「そう、なの?」
「ああ、三人とも反応できるようになってる」
俺が思考に耽っている間にも、先生たち三人の動きは変わっていた。
慣れもあるのだろうし、この短時間で【身体強化】と【身体操作】の熟練度が上がっているのかもしれない。
それのお陰で総長の攻撃がズれ始めている。あのオッサンの攻撃は、とてつもなく速いけれども出所は見えるのだ。武術家の先生や中宮さんなら見切りも早いだろうし、ミアに至っては野生の王国。「同じ攻撃が通用すると思いマシたか?」を平気でやってしまいそうなのがミアなのだから。
当然、三人は少しでも打撃の威力を減らす行動に出る。横に躱すのはムリでも、ほんの少し体を傾け、半歩だけでも下がるような動きだ。
だけどそれがアダになっていた。
打点のズレが総長の手加減、つまり減速位置を狂わせているのか、それとも思ったとおりにならない故にムキになっているのか。これは……、後者か。
あのオッサン総長め、攻撃が雑になってきている。【観察】で見届ければ、起こりになる肩の動きまで違ってきているのがハッキリとわかるぞ。
「十階位も下の相手に、なに考えてる」
「どういうこと?」
「手荒くなってるんだ。イラついてやがる」
「……五十のおじさんが、そういうことをするのね」
綿原さんと話してみて、総長がどれだけ大人げないか再確認させられた気分だ。
高校生を相手に思い通りにならないからとキレる大人か。ダサすぎるぞ。
「痛くなければ覚えないとは言いたくないわね。だけど、雑になってきたぶん、もっとわかりやすくなってきた」
総長を睨みつけながら木刀の構えを解かない中宮さんが、自身に言い聞かせるように呟いた。
相手に聞こえていなければいいのだけれど。
「それでも予習になりマス」
口調こそいつもどおりのおちゃらけだけど、ミアの息は荒い。あんな姿は二層転落以来だ。
「速さは本物よ。本当にすごい。地球でもこっちでも、こんなに速い攻撃なんて見たことないわ。たとえ──」
『たとえ相手が力だけの階位バカだとしてもね』
そこだけを日本語にして中宮さんが言い切った。さすがは副委員長、相手への配慮が行き届いている。
◇◇◇
必死に戦っている三人には失礼な表現だけど、出来の悪いモンスター映画のようだった。
鼻息を荒くして、それと一緒に攻撃が荒くなっていく総長に対し、先生たちは少しずつ対応しながらも、弾き飛ばされては【聖術】を受けて立ちあがる。
訓練を中断するような大怪我に至っていないのは、対応ができてきているということより、総長がギリギリの理性を保っていたからかもしれない。
それでも彼女たちは、もとより攻めっ気ならばクラスのトップスリーだ。
ここに至っても未だ目が死なない。流血こそしていないものの、体中を土塗れにしながらも、ギラギラと瞳を輝かせながら前に出続けている。
「なんで、どうしてよ」
横から綿原さんの涙声が聞こえてきた。
戦っている三人も悲惨だが、見ている側だって悲壮だ。
涙ぐむ者もいれば、歯を食いしばって何かに耐えているヤツもいる。
そこでふと気になってしまったのは、仲間たちの態度と神授職の関連性だった。
涙をこぼしながら悲しそうにしているのは後衛の術師系に多い。野郎の
逆に前衛系、とくに騎士組は悔しそうに口元を歪めながらも堪えているように見える。たとえ涙を流していても視線だけは外していない。
気の弱そうな
ならばこんなに感情を揺さぶられているにもかかわらず、この状況でこういうことを考えられてしまう俺はなんなのだろう。こんなだから【観察者】ということなのか。
だったら、嫌だな。
長い長い戦闘は、三十分くらいで終わりを告げた。
面白くなさそうに立ったままの近衛騎士総長と、地面に這いつくばって息を荒げている先生と中宮さんとミア。訓練場には夕陽が差し込み、彼女たちを赤く照らしていた。
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