第100話 振り返り的茶番劇




「みなさんの作った料理、わたくしも是非食べてみたいですね」


「事前に言っていただければ、ご用意できますよ」


 アヴェステラさんの当たり障りがない導入で会談は始まった。最初は食事が話題ということで上杉うえすぎさんがメインで応対している。

 あきらかに本命会話ではないけれど、それでもシッカリと興味がありそうにみえるのは本当なのかポーズなのか。大人のやり取りは難しい。

 こういうのは藍城あいしろ委員長の得意分野であることだし、何かあれば口を挟んでくれるだろう。



「ところで、というわけでもありませんね。みなさんにはハッキリと申し上げた方がいいでしょうから」


 雑談っぽい話を始めてから五分程、アヴェステラさんが本題に切り込んだ。表情は変わらないが、纏う空気は入れ替わった気がする。

 校長先生のお話ではないが、俺たちが飽きない程度の間合いの取り方が上手いのは、さすがはアヴェステラさんといったところだろうか。


「そうですね。そうしてもらえると助かります」


 すぐさま委員長が返事をすることで、クラスの一同も心の中で身構えを済ませているだろう。

 さて、ここまでかしこまった以上、普段よりは重い話になるのかな。たとえば迷宮関連がややこしいことになっているとか。



「次回の迷宮探索の日程が決まりました」


 いきなり予想が外れた。悪い話ではないからいいか。

 鮭騒動から六日、この世界の常識はわからないけれど、次の日程が決められるくらいには安心が得られたのはいいことだ。


「四日後ということで、みなさんに問題がなければ」


 さすがに明日明後日とかいう話にはならないようでホッとした。装備を更新したばかりで、みんなには慣れも必要だろうし、三日間の猶予は助かる。


 これまで王国側は、初日を除けばいきなり何かを求めてくるようなマネをしていない。

 とくに迷宮の日程については、必ずこうして二日以上前には伝達してくれているわけで、こうして夜になってからアヴェステラさんが登場したのも、アリバイ作りといえば言い過ぎだろうが、アウローニヤはちゃんとしていますよというポーズなのだろう。

 俺みたいな穿った見方をしなければ、それなりに真摯な対応をしてくれているということだ。こちらもこちらで、漫然と言いなりにはならないぞと気を付けているつもりだから、そういう雰囲気が伝わっているのかもしれない。



「一層の新区画はどうなりました? 二層へ行く途中に近くを通りますよね」


 委員長の質問はクラスが懸念していることだった。

 もちろん鮭はほしいけれど、メインは安全性という意味だ。それでも鮭は食べたいけれど。


「調査と経過観察の結果、現時点では一層相当の新種魔獣が出現する通常区画として扱うことになっています」


 よどみなくアヴェステラさんは答えてくれる。

 要は鮭魔獣が出るだけで、普通の一層と同じ扱いになるということか。


「……これからも鮭が食べられるな」


 誰だよ。気持ちはすごくわかるけどさあ。


「そうですね」


「あ、すみませんでした」


 クスりと笑ったアヴェステラさんにバツが悪そうにしたのは……、田村たむらだった。そうか、そんなに鮭が気に入っていたのか。


「いえ、わたくしも食してみましたが、なかなか美味しくいただけました。量に応じてになりますが、今後は主流のひとつになるかもしれませんね」


 主流とはいっても大漁だったのは最初の時だけだろうし、高級食材になったりするかもしれない。田村が食べたいと思っているように、それはみんなも同じだろうから、いざとなったら自分たちで狩りに行くとして……、そんな勝手な行動は今はムリか。

 冒険者チックに気ままな迷宮探索なんていうのは、当面は憧れだけだな。



「ディレフから聞いていますよ。みなさんの料理は素晴らしいと。期待していますので、機会があれば是非」


 なぜかそこで予感がした。


 アヴェステラさんはひとりで現れた。シシルノさんは仕方ないにしても、迷宮入りの話だ、ヒルロッドさんがいない理由がよくわからない。忙しいから?

 それなのにメイドさんたちはこの場にいる。


 妙な違和感を感じることができたのは、クラスの話し合いである程度状況を想定していたからかもしれない。



「もうひとつ、みなさんにご報告があります──」


「けふっ……、あ、すみません。続けてください」


 にこやかに話を続けようとするアヴェステラさんを遮るように、委員長が軽くせき込んだ。

 ああ、やっぱり委員長も警戒はしていたのか。これは事前に決めておいた、みんなへの合図だ。


「……では本題に入りますね。勇者のみなさんには『新たな騎士団』を創っていただきたい、それが両殿下のご意向です」


「ええー!?」


 酷い茶番だった。



 ◇◇◇



「み、みんな、落ち着こう」


「ま、まず委員長が落ち着けよ」


「そ、そうだな」


 頭に一文字を入れからといって、はたして動揺は伝わるものだろうか。白々しさが先に来るかもしれない。


 もちろん俺たちはこの話を知っている。

 あれはたしか、一回目の迷宮のあとだったはず。おじさん【聖術師】がやらかしたお詫びの時だったかな、謎の秘密通路からアヴェステラさんが独りで現れて、アレが最初の打診だった。



 それをあえてこの場で、つまりメイドさんたちがいる目の前で『もう一度』話したということは……。王国側の申し入れは俺たちにとっては初耳だ、ということでいいのだろうか。そういう認識でいいんだよな?


 さっき委員長がしたせきは、そういう意味合いを込めた合図だった。

 アヴェステラさんだけでほかに誰もいなければ演技も何もしないでおしまい、今回のようなケースなら委員長のサインであたかも初耳のような態度をしておくという、本当に念のための対応だ。せっかくみんなで話し合って決めておいたことだけに、道化だったで済ませたくはないのだけれど。

 さて、アヴェステラさんからすれば、どうだったのやら。


「とはいえ、コトはまだまだ先のお話になるでしょう」


 これもまた知っていることだ。

 ただ、アヴェステラさんの顔は妙に楽しげになっている。普段のあの人はこうじゃない。なんというか、そう、目も笑っているんだ。


 これで正解だったのか?

 いや、すでにメイドさんたちも事情を知っていて、俺たちのしていることは無駄な演技なのかもしれない。それでも今していることには、一年一組がこういう腹芸ができる集団だと印象付けるという意味もある。


 まるでアヴェステラさんが「よくできました」と花丸をつける時の顔をしているような、そんな気がした。



「先、ですか。どういうことですか?」


 委員長も腹をくくったのだろう。向こうからネタバレをしてこない限り、この茶番劇を続ける覚悟だ。


「今回は特例措置による騎士団創設になりますが、わが国の規定では騎士と呼ばれるために、最低でも『七階位』が必要です。これは覆りません」


 先というのはそういう意味でか。以前の話だと、えこひいきをしても七階位か八階位が条件だったはず。だから第一近衛騎士団の『紫心』や第二の『白水』に入るような貴族騎士は、パワーレベリングで七階位をクリアしている。

 見ているだけじゃなくてトドメを譲られるというのが、優雅さに欠けて実にシュールだな。


 そんな促成栽培で騎士になった連中の集まった『紫心』と『白水』は、実戦レベルでどうなんだろう。先日の訓練中に現れたチンピラ訓練生のハウーズはたしか七階位で、もう少しで近衛入りと聞いているけど、先生に完封されていたぞ。



「そうですか。ですがどうして」


 委員長はなぜ今その提案をしてきたのか、という空気を出している。なんだか演劇みたいでちょっと面白くなってきた。

 前の話の再確認だけになるか、それとも新情報が飛び出てくるか。


「以前から王国、とくに両殿下は、どうすれば勇者のみなさん方の希望に添えるかを検討してきました」


「……ありがたい配慮です」


「新設される騎士団ですが、基本的な創設理念は昨今の魔獣増加に対応するため、となります──」



 そこから語られたアヴェステラさんの説明に、とりたてて目新しい話題は無かった。


 対人ではなく魔獣に対応するという基本理念。これはまさに俺たちの望み通りだ。

 自分でも再確認になるが、俺たちが強くなる、すなわち階位を上げたい理由は全て帰還のためにある。


『勇者との約定』に基づいて力をつけるべきという話も、迷宮に潜って魔獣を狩るのも、今の段階では王国での居場所を守るためにやっていることで、強くなってヒャッハーしたいからではない。

 周りは超人ばかりだし、自衛能力を持つのも当然だ。


 帰る方法を見つけてそれを実行するまで、クラスの全員がこの世界で生き残っていなければ意味がない。その中には社会的な立場も含まれるわけで、奴隷になって最底辺で生き延びるとか、王国の理屈で一年一組がバラバラになってしまうのも避けたい事態だ。


 そういう意味で、たぶん第三王女が配慮してくれた今回の新騎士団の話は、当面としてはいい落としどころになるだろう。

 恩の押し売りの可能性は高いだろう。それでも乗るという選択肢しか思い浮かばないのが辛い立場だな。



 それともうひとつ、どうやら帰還のヒントは迷宮にあるという可能性だ。

 どうやら俺たちは迷宮に呼ばれた節があるわけで、ならば帰る方法も、ということになる。


 力を手に入れるために迷宮、王国での立場を守るために迷宮、帰る方法を探すためにも迷宮。

 全部迷宮だ。ダンジョンゲーでもあるまいに。


 よし、再確認終わり。決意完了というやつだ。


「王子殿下の発案に王女殿下も強く賛同し──」


 俺が思考している間にもアヴェステラさんの説明は続いていた。


 そしてやっぱり『王子が言いだした』と、そういうコトになっているのか。これはちょっとした新事実だ。予想範囲内なのが残念だけど、経緯を考えれば王女様の心根が知れてくるな。絶対暗躍タイプだろ。

 アヴェステラさんもさりげなく情報を混ぜてくるから、ちゃんと聞いておかないとあとで困ることになりそうだ。学校でテスト範囲を聞いている時みたいな。


 とっくに気が付いてしまったクラスメイトたちも微妙そうな顔になっていて、演技としてはどうなんだ状態になっている。

【視野拡大】で視界の端に映っているメイドさんたちの表情は……、とくに変わっていない。俺たちに事前通達があったことを知っているのかどうなのか。そもそもが王女の発案だということも。


 こういうコトを考えるのは実に面倒くさい。大人になんかなりたくない、と言いたくなるくらいには。



 ◇◇◇



「ああ、大切なことをまだ説明していませんでした」


 すごく嘘っぽい前置きをしてから、ちょっとだけアヴェステラさんが溜めた気がした。

 ここまでの情報は基本的に俺たちが知っていることばかりだし、予想外のことも言われていない。アヴェステラさんは、あえてそういう話の持っていきかたをしているのだろう。


 なら、ここからは──。


「新設される騎士団の実態は、現在の近衛とは異なるモノになるでしょう」


「はい!?」


 さすがに聞き逃せないセリフに委員長が声を出して驚いた。これには仲間たちもざわめいている。

 近衛じゃない? ならばなんだと。



「理念をそのままに実行したいと、両殿下はお考えです」


「……どういう意味です?」


 改まって話を先頭まで戻すようなアヴェステラさんの物言いに、委員長は少し動揺を見せながら質問した。


「近衛騎士は現在、王族を、ひいては王城を守護するために編成されています。ですが本来は王室直属として、自在の働きが期待されるはずではないか、と」


 アヴェステラさんは片手を軽く上げて、演説じみたポーズを取った。


「守るじゃなくて、狩る」


「そうです」


 そして委員長の呟きを、すかさず拾う。


「みなさんにお願いするのは、第七近衛騎士団になってほしいということではありません。いわば迷宮騎士団、魔獣を狩る近衛です」


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