第101話 あの人の独壇場



「迷宮、騎士団……」


 そこいらじゅうで誰かかしらが、同じ単語を繰り返えしている。


 アヴェステラさんが言っていることが本当なら、新しい騎士団は実態どころか、掲げる看板までもが異質ということだ。

 実際の行動指針が迷宮専属ということはとっくに聞かされていたから、そこに驚きはない。だとしても、なぜまたこんなことを。


「とはいえ、王室直属である以上、扱いは現状の近衛とそれほど変わらないでしょう」


「ならどうして」


 追加で本末転倒をかましてきたアヴェステラさんに藍城あいしろ委員長がツッコミを入れた。

 今までと同じ近衛騎士扱いならば、わざわざこんなことをしなくてもいい。当然、必要があるということになる。


「物事には標榜すること自体が大切な時もある、ということですね」


 なんとも回りくどいセリフには、いろいろな意味が込められている気がした。


 たとえばこの場でこうして話をすること自体がそうかもしれないし、新しい騎士団の気構えの問題かもしれない。王家として魔獣に対応しているというポーズ。そう言っておいた方が都合の良いことがある……、もしかして。



「……建前。……それと、指揮系統?」


 俺と同じ結論に至ったのか、委員長はいっそう声を潜めて、それから縋るような目をアヴェステラさんに向けた。

 さすがにこれは、メイドさんたちに聞かせていいことじゃないだろう。


「正式に発表されることになる体制です。『いまお話している件』については、そこの三人にも伝えてありますので」


「そうですか……。疲れますよ、こういうの」


 アヴェステラさんのネタばらしに、委員長は盛大にため息を吐くことで答えた。

 この件をメイドさんたちは知っていたわけか。ただしその中に『事前にあった打診』は含まれていないと。



 だいたいの答え合わせは済んだ。ここからは俺たちも普通に初耳モードでいればいい。


「通常の近衛騎士団では指揮権が統一されません。守勢ではなく攻勢の意味合いを強く持つ新たな騎士団は、完全に王族直轄であるべきだと」


 要は従来の近衛騎士団にしてしまうと近衛騎士総長が勝手をできてしまうのが、王子や王女は面白くないと、アヴェステラさんはそう言ったのだ。

 ここまでの経緯で黒幕はほぼ王女様で確定している。これでもし第三王女殿下が悪人だったら、俺たち終わらないか?


 いやいや、それよりもだ。


「わたしは先ほど聞き及びました。お気になさらず」


 メイドさんのひとり、金髪美人のガラリエ・フェンタさんは軽く受け流した。だけど──。


 彼女は第三近衛騎士団『紅天』からの出向組、つまり立派な『近衛騎士』だぞ。この状況はアリなのか? ガラリエさんって総長を嫌っている?

 いやいや、そういう次元の話ではないはずだ。アヴェステラさんもメイドの三人もしれっとしているということは、共犯なのか。この場にヒルロッドさんとシシルノさんはいない。なのにアヴェステラさんとメイド三人衆が揃っている。そういうことなのか。



「あの、このことを」


 おずおずと口を開く委員長は、続く言葉を言い出せないでいた。『近衛騎士総長は承服しているのか』というセリフを。


「まだです」


「うええ!?」


 今晩はなんど驚かされればいいんだろう。

 アヴェステラさんが妙に楽しそうに見えるのは、もはや気のせいとは思えない。


「大丈夫ですよ。両殿下が説得することでしょう」


 誰を、とアヴェステラさんは言わなかった。

 王女様が近衛騎士総長を丸め込むのは確定事項だということだ。



 この国は法律が緩いと言ったのは滝沢たきざわ先生だ。

 日本ならこういう指揮系統、とくに縦割りについては、ガッチガチに固められているので、こんな横入りみたいなマネは早々できるわけがない。いや、完全に新しい部署なら別なのかも。


「とはいえ、設備や備品は近衛騎士団と共有されることになります。その点はお覚悟を」


「はあ」


 完全に投げやりになった委員長がため息を吐く。クラスの半分がそうだ。そうじゃない連中は、たぶんわかっていないんだろう。むしろそれくらいが羨ましい。

 いつでもどこからでも近衛騎士から横やりが入るかわからない新たな騎士団。げんなりだな。



「従来の近衛騎士団は王城の守り手、玉座を背にして構える者でしょう」


 いよいよといった感じでアヴェステラさんが大仰に語り掛ける。


「対して新たな騎士団は、いわば横に立つ者たちです」


「盾と剣……」


 ボツリと古韮ふるにらがこぼす。カッコいい表現だな。そしてなるほどそのとおりだ。


「王室、王城、さらには王都の民のため、迷宮を舞台に魔獣と戦う騎士たち……」


 溜める溜める。言いたいことはわかるし、雰囲気も出ているけれど。


「それこそが勇者に相応しい場だと、両殿下は確信しておいでです。もちろんわたくしも」


 そう言ってアヴェステラさんはいつもより深く頭を下げた。部屋の端ではメイドさんたちも。


 だけどこれ、前に聞いた提案を大袈裟にしただけだよな。



 ◇◇◇



「話はわかりました。お受けするかどうかは、話し合って決めたいと思います」


 委員長のセリフでクラスの何人かがハッとしたのが見えた。俺も半分忘れていたが、この話は初耳という体で続いている。いや、迷宮騎士団というフレーズや命令系統は本当に初耳だが。

 その上で建前でもなんでも、委員長は最後まで演じ切るつもりだ。


 この展開で立ち上がることができる委員長はとても偉い。


「ええ、前向きに検討していただければ」


 対するアヴェステラさんは余裕の態度を見せる。

 当たり前か。基本的に俺たちは承諾しているわけだし、そもそも余程の理由がない限り、俺たちは王国の提案を蹴飛ばすことはできない。



「はい。そのための材料をもらえれば助かります。たとえばそう、まずは……、どれくらいの猶予があるんですか。返事までじゃありません。七階位になるまでという意味で」


 委員長による迫真の反撃は、騎士団設立を完全に前提としていた。

 いちおうでも前向き姿勢を見せておいたほうがいいということかもしれない。実際クラスの連中の表情は前のめりだし、全員が揃って演技とかしているわけではない。もうほとんど素だ。


「そうですね……、早いに越したことはありませんが、こればかりはみなさん次第としか。もちろん、今の待遇については、現在のまま維持させていただきます」


「……待遇。そうですか」


 見過ごせない単語があったが、委員長はそれをスルーした。あとでハッキリさせるつもりだろう。

 ここまでは騎士団の理念とか目的などが主題の会話だったが、内々で受けると決まっている騎士団の話だ、ここからは条件闘争に近い。当然その中に待遇も含まれるし、それこそどれくらいで騎士になれるとかより重要だ。



「たしか、近衛騎士の訓練期間は三か月から半年でしたか」


 ここで副委員長たる中宮なかみやさんが確認した。


 こちらに俺たちが現われてからだいたいひと月。だけど前提条件が違う。それは中宮さんも十分わかっているはずだ。


 訓練を終える目安は貴族騎士で七階位、軍上がりなら九から十階位。これはそれぞれ二層と三層の限界レベルだ。

 貴族の方は実体を伴わないパワーレベリングで仕上げるからどうでもいいが、第三騎士団の一部と第四、第五騎士団に所属する騎士は、それなりにキチンとしている。

 ただし平民はほとんどが軍人上がりなので、ここに来た段階で五階位から六階位にはなっているはずだ。


 一階位スタートの俺たちが、どれだけイレギュラーかということだな。


「みなさんはひと月をかけずに四階位を達成しています。その若さで、まったくの無地から。騎士として、フェンタはどう思います?」


「立派ですね。戦闘経験がないどころか、魔獣すら知らなかったのにも関わらずよくぞ、といった感じですよ」


 アヴェステラさんに話を振られたガラリエさんはニッコリと笑って答えた。メイドモードじゃなく、これは少しお姉さんスイッチが入った感じだな。

 アヴェステラさんと違って全く邪気を感じさせないのがズルい。


 ちょっとまて。今、アヴェステラさんはガラリエさんを呼び捨てなかったか?

 ヒルロッドさんを呼ぶ時はミームス卿、シシルノさんならジェサル卿だ。同じ騎士爵で所属部署がバラバラなのに、アヴェステラ子爵はメイドさんたちだけを呼び捨てていた。いつからだ? もしかして最初から?

 メイド三人衆がこの件に最初から噛んでいたかどうかは、未だにわからない。だけど当初からなにかしらの繋がりはあったということか。わかりにくい伏線だ。こういう回収の仕方はしなくてもいいのだけど。



「さすがは勇者様方といったところでしょうか。みなさんの持つ内魔力から得た技能は一階位上の力をもたらしていると、ミームス卿も判断しています」


 勇者ね。たしかにアヴェステラさんの言うとおりではある。

 内魔力が多いという『勇者チート』を持つ俺たちは、同じ階位の人たちに比べれば技能が豊富だ。だけど、だからといって──。


「ですがわたくしは、それだけだとは思っていません」


 おっと、少しだけムッとしたクラスメイトを見て取ったのか、アヴェステラさんが言葉を繋いだ。


「かなり早い段階で、そう、最初に理解したのはジェサル卿だったかもしれませんね」


 シシルノさんが? なにをだ?


「みなさんは勤勉で理性的で、そして個々の力を集団のモノとしています。まるで補い合うかのように」


 ああ、たしかにシシルノさんが興味を示したのはそこだったかもしれない。とくに白石しらいしさんを。

 最初に要求したのが知識だったからな。俺たちからしてみれば当たり前の行動だったのだけど、アレがアヴェステラさんたちの印象に残っていたのかもしれない。



「それらを活かして、滑落事故では二層で戦い、先日の新区画でもひとりの死者も出さずに帰還を果たしました」


 俺たちの戦歴を並べるアヴェステラさんの瞳は、妙に優しげだ。どうしたのか、今日の彼女はときおりそういう顔をする。いつもより感情の起伏が大きいような。


「勇者以前に、ひとりひとりの個々人として、わたくしはみなさんを尊敬しています。血の繋がりを持たない二十二人が、よくぞ」


 言い切ってアヴェステラさんは、あきらかに笑った。これまでで一番大きい笑顔で。


 うん、なんというか背筋にクるな。悪い意味ではなく、感動的な映画を見たときのアレだ。つまり俺は嬉しいんだろう。

 ここで酒季さかき姉弟は双子だというツッコミはヤボだ。


 クラスの連中も嬉しそうだし、滝沢たきざわ先生もどこか誇らしそうにしている。

 このあいだの指揮担当の時もそうだったけれど、誰かに認めてもらえるのは、本当にいい気持ちになると、こっちの世界に来てから思い知るばかりだ。


 戻ってからもこういう気持ちになってみたい、なんて欲求が湧くくらいには。



「わたくしも立場ある者です。羨ましく思うと同時に、見習いたいと、そう感じます」


 俺が変な感動をしている間にも、アヴェステラさんの言葉は続いていた。

 しかもちょっと王城のグチっぽく聞こえるのは気のせいだろうか。


「……ヤツらにも彼らくらいの」


 いやいやいや、最後は小声だったけど、ちゃんと聴こえたぞ。

 ストレス溜まってるのか、アヴェステラさん。



「明確な期限は設けていませんが、二層で戦うだけの力を持つみなさんです。ミームス卿の見解では、迷宮入りの回数さえこなせば、そう時間はかからないだろうと」


 その、回数を稼ぐというのが大変なのだけど。


「王国はその時を待ちましょう」


 なにかいい話になっているようだけど、うやむやとも言うのじゃないか、これは。


 打開策はある。この場であまり俺から言いだしたくはないけれど、クラスで合意も取れていることだ。それにもう、遠慮は無しだろ。外様意識は捨てて、一年一組の一人として切り込めばいい。


 曖昧なままでは、いつになれば日本に戻れるのかもわかったものではない。



「あの、先日提案した迷宮に泊まり込むというのは、どうなりましたか?」


 そんな葛藤をよそに、俺が言おうとしたことは綿原わたはらさんにサックリとインターセプトされた。


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