第102話 迷宮に泊まりたい




 ウチのクラス、一年一組には『言い出しっぺが担当』という暗黙のルールがある。


 暗黙というだけあって絶対にというわけではないし、あっさり撤回される場合もあるが、理由がない限りは最初にアクションを起こしたヤツは、その件に関わり続けることが多いのだ。

 アウローニヤに召喚された当初から今でも続く知識集めの分担などは自然とそうなったし、典型的なパターンとしては資料を取りまとめる係の白石しらいしさんがいる。

 最近だと料理担当に名乗りを上げた上杉うえすぎさんや佩丘はきおかなんかもだな。


 今回のケースで綿原わたはらさんがやることは、宿泊レベリングの取りまとめといったところか。


 ほかにも何人か、いや、俺も含めてクラスの半分がたが口を開きかけていたので、ほとんど謎のチキンレース状態だったようだ。

 綿原さんは見事勝ち抜いたというか、貧乏くじを引いたというか。迷宮に泊まるということでは、俺も経験者として手伝えるところは助力しよう。



「泊まり込み、ですか。たしかに提案としては聞いていますが」


 さっきまでの感動的な光景はどこかに消えて、アヴェステラさんは少し戸惑った顔を見せている。


 俺がもたついていた間に出されてしまった綿原さんの提言は、もともとクラスのみんなで共有している意見だ。

 内容はそのまんま。迷宮に泊まり込めば、往復する時間を減らせてお得じゃないだろうか、それだけだな。


 略して迷宮泊……。どこか辺境伯といったフレーズに似ていなくもないが、それは置いておいて。コトを為すには、やはりこれが速いだろうと思う。

 夕食で鍋をしている時に出たアイデア、というか俺たちがやらかした転落事故のアレンジだ。王国の資料にも過去の事例が残されていたし、身内で検討してみれば十分にイケると判断できた。


 魔力のせいで魔獣の密度が濃いというのも効率的なレベリングの後押しになる。ちょっと考えたくないことではあるが、エンカウント率という意味で今はボーナスタイムかもしれないのだ。


 じつはクラスのみんなでダンジョンキャンプ、迷宮メシをやりたいから、という裏の理由さえなければ美しかったのに。



「ですが、いいのですか?」


「覚悟はしています。それよりヒルロッドさんたちや運び屋さんを付き合わせるのが、ちょっと申し訳ないというか」


 俺たちの決意を確認するようにアヴェステラさんが問えば、すっかりこの件の担当になった綿原さんは、むしろ別の心配をする始末だ。噛み合っていない。


 なぜこういう会話になるかといえば、この国に、正確にはアラウド迷宮に入る人たちには、自発的に迷宮で宿泊するという考えが存在しないからだ。なにしろそうする必要が無いのだから。



 迷宮は順路さえシッカリ計画立てておけば、三層くらいまでなら楽勝で日帰りできてしまうくらい、シッカリとマッピングされている。

 持ち帰ることのできる素材に人間の手という限界がある以上、長時間迷宮に滞在する理由は薄いのだ。


『とっとと訓練期間を終わらせたいなら、ガンガン潜ればいいだろうに』


 佩丘はきおかなどは貴族訓練生をそう腐すけれど、彼らは昼食を食べてから迷宮に入り、夕食前には戻ってくる、などという訓練生活をしているらしい。朝食じゃなくて昼飯からというのが、実にアレだな。

 地上での訓練も甘やかされているようだし、この国の近衛騎士は本当に大丈夫なのかと不安になるくらいだ。


 だからといって軍上がりの近衛訓練生もあまり変わらない。朝から入って夕方には戻ってくるだけ。繰り返しになるけれど、やることさえやっていればムリをする必要など、どこにもないのだから。



「わたしが言うのもなんですけど、訓練でも事故でも、日を跨いで迷宮にいたというお話はいくつもあります。人数を集めてしっかり警戒さえしていれば──」


 綿原さんの熱弁は続いている。


 俺たちが調べた限りでも、長時間迷宮に滞在した事例はいくらでも見つかった。


 ひとつは訓練で。これは一番多いパターンで、普通に訓練カリキュラムに含まれている。訓練生はもちろん、現役の近衛騎士でも年に一度はやっているようだ。

 そういう訓練をする理由は明確で、それがふたつめのパターンになる迷宮事故だ。俺たちが四人でやらかしたアレだな。


 トラップだけでなく、たとえばポカをして道に迷ってしまった、魔獣に追われて奥まで入り込んでしまった、などといった形で迷宮から脱出できなくなる事例はそれなりにある。【聖術師】なしで重傷者が出て動けなくなった、なんていうのもあったか。


 でもだからこそ、迷宮探索基本装備には最低限、迷宮で数日を生き延びるだけの準備が備えられている。

 このあたりは歴史だろう。それで助かった俺たちがいるのだから、先人の経験と対策はバカにしたものではない。



 そして最後は深層アタック。


 ロマンあふれる単語だな。

 現在のアラウド迷宮における最高到達層は、伝説を除外すれば六層だ。最低でも十六から十七階位が推奨されているというハードモードになる。アウローニヤにおけるしっかり訓練された軍人は七階位から八階位、近衛騎士でも十階位少々という現実からすれば、今の王国で六層に到達できる人間はどれくらいいるのやら。


 王都パス・アラウドに必要とされる食料や素材などは、四層までで十分に賄えている。正確にはアラウド迷宮と、王都からみて北にある別の迷宮に依存しているのだけれど、それは置いておこう。

 つまりアラウド迷宮の五層以降は希少素材を求めるか、国威発揚のためにしか使われていないのが現状だ。

 そういう経緯で三層か四層でキャンプをして、それから五層に挑む、という迷宮泊パターンがあるというわけだ。



「みなさんの急ぎたいという気持ちはわかりますが、いいのですか?」


「わたしたちが事故を起こしたのは、ごめんなさい。だからこそ全員でシッカリ準備をして、挑戦したいと思います」


 転落事故を経験したことがある俺たちを心配するアヴェステラさんをよそに、綿原さんは力強く言い切った。みんなも大きく頷く。覚悟なら決まっているのだ。

 みんなでキャンプをしたいという浮ついた心は、とりあえず見なかったことにしよう。


「四人でも、わたしたちはなんとかなりました。みなさんが助けに来てくれたお陰ですけど」


「ワタハラさん……」


 軽く頭を下げた綿原さんを見るアヴェステラさんの表情は複雑だ。


 拒絶とまではいかなくても、迷ってはいるのだろう。案を資料として出した時もそうだった。

 ひとつに王国の常識が邪魔をする。こちらに来てから学んだが、社会を生きる人にとって、前例という常識はなかなか覆しにくいものだ。


 もうひとつはアヴェステラさんの立場と人情かもしれない。


 勇者たる俺たちを無謀な行いで失うなど、担当責任者としてアヴェステラさんが許容できるわけがないだろう。一年一組は一度は事故、二度目は事件に巻き込まれている。彼女は俺たちのメンタルを心配してくれているのかもしれない。

 くるくると表情を変える今日のアヴェステラさんからは、そんな空気を感じるのだ。



「……わかりました。明日にでもミームス卿と相談してみましょう」


「っ、ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 俺たちのマジモードな雰囲気に圧されたアヴェステラさんは、ついに折れた。

 こちらとしては申し訳ないことしきりだが、俺たちはこの世界に長居をするつもりはないし、この国に垣間見える黒い強権に対応できるだけの力を持っておきたいのだ。


 綿原さんを筆頭に、せめてもの感謝をお礼の言葉に乗せてみんなが頭を下げた。


「みなさんのやり方に倣えば、仕切りはワタハラさんでよろしいですか?」


「はい。わたしが宿泊委員をやります」


「面白い名付けをしますね」


 まったくもってアヴェステラさんに同意だ。

 命がけの迷宮泊も綿原さんにかかれば、なんだかキャンプ学習みたいなノリになってきた。まあ彼女のことだ、ワザとそう振る舞っているのは易々と想像できる。


『リラックスしながら熱く冷静に』


 クラスの標語にもなっている、戦いだけでなく人生みたいな考え方だ。高校一年生になにを求めているのだか。



「担当がひとりでは大変ですね。……ヤヅさんも、お願いできますか」


「……はい。俺もあの時の経験がありますので」


 アヴェステラさんのセリフは、綿原さんの視線を汲んでいた。【観察】のせいで、こういう細かい機微が見えてしまうのも考え物だな。


 断る理由も思いつかないし、あの時の事故仲間、上杉うえすぎさんは料理長、そしてミアは……、こういうのを任せるとマズいタイプだ。仕方ないな。


 などと思いつつ、少し心は弾んだ。まあ、自覚はある。



「あの……」


 その声は横から聞こえてきた。すぐ近くではない。壁際の方から。


「エクラー、なにか?」


「もしその、迷宮で一泊するとなった場合ですけど、わたしも一緒していいですか?」


 いつもの丁寧さが消え去った口調でそう述べたのは、メイド三人衆がひとり、紺色の髪をうしろに降ろした【冷術師】のベスティ・エクラーさん。俺たちの間では氷の女神として崇め奉られている人物だ。

 いつも飲み物を冷やしてくれるという意味で。



 ◇◇◇



「どういうつもりですか」


「ラルドール事務官こそよくわかっているんじゃ」


 キツいセリフと違って、アヴェステラさんの声色に棘は少ない。

 むしろフランクすぎる態度のベスティさんにヒヤヒヤするのは俺たちの方だった。


「たしかにそうですが、その口調は少々」


「すみません。ですが、これが流儀だと思いましたので」


 ベスティさんが迷宮に同行すること自体は問題ない。彼女は七階位の【冷術師】だ。十分な戦力どころか、今の段階なら【氷術師】深山みやまさんの完全上位互換になる。階位の差だけでなく、得意にしている【冷術】の熟練度が違い過ぎるのだ。


 それはそうとして、なぜ同行? どうして流儀なんていう単語が出てくる?



「ラルドール事務官。この場だけということで、もっと普通にしてもいいですか?」


「あなたがそういう人なのは知っていましたが……、それがエクラーにとって大切なことなのですね?」


「はい。すみません」


「……みなさんがよろしければ」


 よくわからない展開だけれど、ベスティさんがぴょこりと頭を下げるのを見て、アヴェステラさんはため息を吐きながら俺たちに確認をした。


「ま、まあ、僕たちは言葉遣いは気にしないというか、むしろ年長者から敬語を使われるのは苦手というか」


 しどろもどろに委員長が答えるけれど、それって先生に対して地雷にならないか? 当の先生はシレっとした顔のままだけど。



「わたしはね、軍上がりなの」


「は、はい」


 いっそう崩壊したベスティさんの口調に、委員長がビビっている。普段は穏やかなメイドさんに、ここまで豹変されるとな。


 それにしてもだ、ベスティさんは軍隊経験有りだったのか。七階位の侍女と聞いていたから貴族令嬢だとばかり思っていたのに。


「ええもう話し方は好きにしてください。それより同行というのは」


 委員長がなんとか持ち直そうとしているけれど、立ちあがり切れていない気がする。大丈夫だろうか。


 だがわからない。委員長が言うように、なぜ口調と迷宮入りが繋がるのか。


「軍では、というかわたしがいた部隊ではね、仲間内で取り繕うのは無しっていう方針だったの。ほらあるじゃない、最初だけ外面が良くてもあとになって実は、みたいな話。ああいうの、軍では面倒ごとの種なのよね」


「そ、そうなんですか。わからなくも、ない、です」


「そうなんですよアイシロさん。だからここにいるみなさんの前では、そろそろさらけ出しておいた方がいいかなって」


 へどもどになっている委員長の名前を呼ぶ時だけ、ちょっとお姉さんな雰囲気を出すベスティさんは、ニッカリと笑っている。どことなく奉谷ほうたにさんを思い出させるな。



「迷宮に一緒に入る以上は仲間だから、ですね」


 やっと納得いったという風に委員長の顔が和らいだ。しかし。


「それもあるけど、一番の理由は──」


 そこでベスティさんは一拍置いた。

 彼女の顔がキリっと、たぶん軍人時代のモノに変わる。


「わたし、ベスティ・エクラーは、みなさんの新騎士団に入団したいと思うのだけど、いいかな?」


「はいぃ!?」


 そんな爆弾発言に、一年一組は全員揃って驚愕の声を上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る