第103話 人材はそこにいた
「……エクラー」
「いいじゃないですか。どうせ次の話題なんでしょう?」
「それはそうですが」
「売り込んでおけと言ってたじゃないですか」
「そこまで直接的には言っていませんよ」
「ラルドール事務官もですけど、王城のみなさんは回りくどいですよ」
目の前で繰り広げられている会話はなんなのだろう。
一年一組を置き去りにして、ポンポンと言葉が行き来していた。昼間のキャッチボールを思い出しそうになる。目の前のそれは、ストレートだか変化球かはよくわからない。
ふと気になったのでメイドの残り二人がどうしているかと見てみれば、アーケラさんはいつも通りの穏やかな笑みで、ガラリエさんはなんと無表情だ。メイドさんの中では一番表情豊かな人なのに、もしかしてガラリエさんもこっちが素なのか。
ついでにせっかく主役を張っていた
「アヴェステラさん、ベスティさん、説明をお願いできますか」
そんな騒がしい談話室の一角から別の声が届いた。冷たくありながら変な熱を感じる、そんな発言をしたのはもちろん、我らが
「……申し訳ありません」
「ごめんなさい」
先生のお言葉に、アヴェステラさんとベスティさんは素直に謝罪した。
ちなみにこの三人、上からアヴェステラさんが三十手前くらいで、先生が二十五、ベスティさんは二十ちょっとくらいの並びだ。アーケラさんとガラリエさんはベスティさんと同じくらい。とはいえ先生以外の実年齢は知らないし、人種が違うので一概に決めつけるのは危険だ。女性の年齢だし。
「ワタハラさん、お話の途中ですみませんでした」
「……まあ、いいですけど」
アヴェステラさんが向き直って謝ったけれど、綿原さんはちょっとむくれている。今も傍らにある【砂鮫】が荒ぶっておられるからわかってしまうのだ。感情表現装置みたいだな。
「迷宮での長期滞在については、明日にでもミームス卿と相談してみましょう。わたくしとしては賛同します」
「それは良かった、です」
綿原さんの語尾が不安定になっている。あとで取り成しておくことにしよう。
それでもアヴェステラさんは迷宮泊を認める方向のようだし、この件はそれでいいかな。
それよりもだ。
「わたしのコトだよね」
「そうですね。
「あ、はい」
片手を挙げたベスティさんが気軽に言えば、先生は主導権を委員長にハンドオーバーした。対応は学生に任せると。委員長にはそういう能力があるだけに、うん、苦労人だよな。
「要点はふたつです。ひとつめはアーケラさんとベスティさん、ガラリエさんの正体、とでもいいますか」
委員長が突き立てた二本の指の片方を折り曲げた。
とはいえ、こういう状況なら、もう見え見えではある。
赤毛のアーケラ・ディレフさんは七階位の【湯術師】で、クラスの
舞台に颯爽と乱入してきたベスティ・エクラーさんは七階位の【冷術師】。こちらは【氷術師】
このふたりは王城付侍女という名目でここにいる。
金髪美人のお姉さん、ガラリエ・フェンタさんは第三近衛騎士団『紅天』から出向してきた、ということになっている十階位の【翔騎士】。この場で最強の存在だろう。
三人とも騎士爵で、今現在は王室付筆頭事務官アヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵の管理下にある。
「僕たちの身の回りの世話と護衛。そして監視、ですか」
「そうですね。フェンタは言うまでもありませんが、ディレフとエクラーは城中侍女でも指折りです」
「……当然ですよね」
「みなさんにご理解していただければ、幸いです」
俺たちも最初から警戒して日本語を使っていたり、
まあいい、それはわかった。
監視という露骨な単語を聞いて一部不満そうなのは、
引きつった苦笑いがそこらを行き交っている状況だ。
「僕たちとしては、悪意さえなければ三人の経歴は気にしません」
「ありがとね。君たちは、ホントにいい子だ」
「そういう風に言われたら、ひねくれますよ?」
「あれまあ」
どんどんフレンドリーになっていくベスティさんに委員長が釘を刺したが、もはや場はなあなあの空気になっている。
メイドさんたちともひと月以上の付き合いだ。正直な出方をされれば、受け入れてしまうくらいの下地はあるわけで、それもまあ王国の狙いだったのだろう。
身分が保証されているお三方の詳しい経歴はどこかで聞かせてもらうとして、問題はもうひとつ。
◇◇◇
「それで、騎士団に加わるというのは、どういう意味ですか?」
二本目の指を……、いや、とっくに手を降ろしていた委員長が、今の状況において一番重要な質問をした。
俺たちを監視していたというのはわかるし、当然だ。そっちはいい。
だけどこちらは見過ごせない。そもそも意味がわからないから。
「エクラーの完全な先走りです」
「はあ」
見も蓋も無いアヴェステラさんの物言いに、委員長は曖昧にしか返すことができないでいる。
「王国としては日程などを踏まえ、騎士団設立が現実的になった段階で、彼女たち三人を従士として推薦する予定でいました」
「従士?」
「騎士に従う者、ですね」
従士、どこかで見聞きした記憶がある。元の世界の物語とか歴史書に出てきた職業だ。
こちらでも同じ意味になるかはわからないが、騎士に付き従うというのは間違いないだろう。
俺たちより強い三人が、従う?
「これから騎士団の組織や人事などについて説明をする段取りだったのです。それをエクラーが」
「ごめんなさい」
自分の頭に手を乗せたベスティさんが軽い感じで謝っているけれど、全然悪びれていない。
自由な人だなあ。本性がこんなだったとは。
「みなさん二十二人が全員騎士となって騎士団が作られたとして、その場合は役職、もしくは役割分担が必要になります。一番わかりやすいのは騎士団長でしょうね」
「騎士団長……」
「……団長か」
クラスのほぼ全員がアヴェステラさんのしゃべりより、騎士団長という素敵ワードに取りつかれているのがよくわかる。俺もだからだ。
仮称山士幌騎士団、騎士団長……。カッコよすぎるだろう。
そんなカッコいい役割をウチのクラスで誰がやる、となれば──。
いつの間にか談話室にいた全員が
アヴェステラさんも、メイドさんたち三人も。
当の先生は諦めた顔をしてため息を吐いている。
だけどまあ、こればっかりは人望やらなんやらを全部ひっくるめて当選確実だろう。対立候補が想像できないレベルだ。
「まだ時間は十分にありますので、みなさんで話し合っていただければ」
軽く咳ばらいをしてから、アヴェステラさんがお茶を濁した。
別に悪巧みをしていたわけでもないのに、なぜかバツが悪くなった気分だ。みんなは先生からアヴェステラさんに視線を戻してすました顔に切り替える。
騎士団長の話はこのあとで楽しくするとしよう。
「役職、役割はほかにもあります。団長代理として副団長をできれば二名、分隊は基本六名から七名で分隊長を一人ずつ──」
言うことは決まっていたのだろう、話し始めればアヴェステラさんの舌は滑らかだ。
騎士団長、副団長もしくは副長、分隊長。これくらいなら俺たちにもなにをする係なのかは想像できる。
記録官、秘書官、紋章官、従士、すごいのだと儀仗担当。こうなると理解が追い付かない。全部が全部、最初から必要ではないらしいけれど。
「そこでエクラーたちになります。繰り返しになりますが、本来ならば彼女たちの推薦はもっとあとを予定していました」
「わたしももう一度、ごめんね」
完全に開き直ったアヴェステラさんとベスティさんが再び軽く頭を下げた。ベスティさんの物言いはもはやてへぺろ状態だな。ネタが古いぞ。
「彼女たち三人は戦力としてもちろん、ディレフとエクラーは秘書官と記録官の兼務が可能です」
ほう、アーケラさんとベスティさんは侍女だけあって、調整や記録係ができるということか。戦えるメイドでもあるし、これは完全にロマン枠だな。
こっちからだと
いかん、夢が膨らみまくる。こういうのを想像する時間が、ぞくぞくするほど楽しい。
クラスの仲間たちのことを知れば知るほど、妄想が止まらなくなる。
みんな中で、俺はどういう役割を想像されているのだろう、なんてな。
「付け加えれば、今のみなさんに欠けていてそれを埋める人材という意味で、フェンタも必須になるでしょう」
「十階位の騎士ですよね。戦力なのは間違いないですけど」
「それもありますが、アイシロさん、この場合は彼女の資格です」
今日の委員長は押されっぱなしだな。アヴェステラさんが小さくしたり顔をしている。
資格ときたか。この世界に自動車は無いし、馬車の運転とかはどうなんだろう。
いや、そうじゃなくて武術的な資格、なんとか師範とか、かんとか流三段とかもありえる。だとしたら
「ガラリエ・フェンタは王国に認定された紋章官でもありますから」
「紋章官?」
みんなの視線が、ベスティさんの横でキメ顔のまま立っているガラリエさんに向かった。
俺の異世界ファンタジー記憶、つまり中途半端で誤解が多数含まれた中世ヨーロッパ風知識には、紋章官という単語も含まれている。たしか貴族の紋章などを把握して、アレは誰々男爵だ、などと百科事典みたいなことができる人のはずだ。
だけどガラリエさんの持つ紋章官という資格は、その上を行っていた。そう、この場合の『紋章官』とはアウローニヤが認定する国家資格だったのだ。ぶっちゃけ騎士団にひとりは必要なくらい。
どこかで聞いた資格持ちの名義貸しみたいだな。医療関係の田村だったか、それとも電気工事関連の
紋章官は俺の想像したような貴族の判別だけでなく、国主催の公式な行事のように、しきたりが重要な場面を仕切ることができる存在らしい。もうそれだけで俺たちの頭は上がらない。一番やりたくないタイプの仕事だろう。
あとで聞いた話だが、実は紋章官は金で買える資格だった。さすがはアウローニヤだな。
ガラリエさんの場合はしっかりと試験を受けて、研修も済ませた真っ当な紋章官だったけれど。
「公式な式典などでは役に立つでしょう」
アヴェステラさんによるガラリエさんセールストークは、熱の入れようがベスティさんの時とは大違いだった。
「エクラーよりはお勧めです」
最後に付け加えた瞬間、アヴェステラさんがチラリとベスティさんに冷めた視線を送っていたのに気が付いて、俺はそっと目を逸らすことにした。【視野拡大】のせいでしっかりと見えてはいたけれど。
◇◇◇
「結果として急な申し立てになってしまいましたが、みなさんがよろしければ、こちらの三名を次回の迷宮に同行させていただけますか。宿泊を問わずで」
「は、はい。騎士団設立の返答と併せて、みんなで相談してみます」
メイドさんたちと一緒に迷宮に入るのはいいとして、騎士団設立の芝居をまだ引っ張っているあたり、委員長も大したものだ。
結局アヴェステラさんは、どこかのタイミングでメイドさんたちを売り込むつもりだったのだろう。ベスティさんが妙な名乗りを上げたものだから、急なご紹介になってしまった、と。
騎士団か。最初に言われた時には舞い上がって、今日は少しだけ現実を突きつけられた。
決めなければいけないことはたくさんあるし、俺たちが気付いていない足りないモノもまだまだあるのだろう。
それでもワクワクしてしまうのは止められないけれど。
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