第277話 迷宮でもワチャワチャするヤツら




「あはははっ、見たまえアヴィ、アレこそが勇者だよ」


「……シシィ、趣味がよろしくないのでは」


 大笑いをしているシシルノさんと、それを咎めるアヴェステラさんの図だが、二人の気持ちはわからなくもない。

 ベスティさんもゲラゲラ笑っているし、アーケラさんは普通どおりだが、ガラリエさんの口元がヒクついている。絶対に笑いをこらえているのだろう。



 周辺に人や魔獣の気配がないことを確認した上で、俺とミアは正座をさせられ、怒られた。

 ちょっとだけ理不尽と思わなくもないが、過度に男女がベタベタするのはよろしくない。とくにここは迷宮内だからな。だからといって地上なら、というわけにもいかないだろうけど。

 こちらの世界では厳重すぎるくらいに健全な関係を維持しておかないと、外部に対する隙にもなりかねない、云々。


 そうやって俺とミアを諭したのは副団長にして副委員長の中宮なかみやさんだった。

 こういうケースでは藍城あいしろ委員長や滝沢たきざわ先生は出張らない。前者は肩を竦め、後者は目を細めて見守るだけだ。役割分担が実にシッカリしているクラスである。


 ちなみに俺は被害者であるという判定が下されて、正座は一分で許してもらえた。無条件で男子が悪いみたいなそういう空気が無いのが一年一組の良いところだと、変なケースで実感させられたわけだ。



「ミアはあと三分よ」


「横暴デス。ちょっとしたスキンシップで、ワタシの喜びを表現しただけデス。ウチではいっつもデス」


「それが度を過ぎているの。あなたの家庭内はどうでもいいから」


 中宮さんが冷たく判決を下せば、ミアも食い下がる。


りんは十階位になったんデスよね? 情状酌量するべきデス」


 口をへの字にしたミアが、方向性を変えようとしているが、意味不明になっているぞ。


「それとこれとは別でしょう」


「試しに言ってみただけデス」


「ミア……、あなたねぇ」


 そう、中宮さんはさっきの戦いで十階位を達成した。

【嵐剣士】のはるさんがヒツジの足を折って転がしたのを、【豪剣士】の中宮さんが拾っていったという形だったからな。そうもなるか。


 取得した技能は【剛剣】。剣士や騎士系では定番の『武器を硬く』することに特化した技能だ。ついに取ったか、というところだろう。

 木刀がメイン武装な中宮さんだが、アレは特注品である。鉄の芯と四層の木材を使っているので、重たく硬く、しなりがあるのがウリらしい。三層では大丸太にですら通用しているのだが、四層での戦いを見込んでの技能取得だ。


 ガラリエさんが正にそうなのだが、十階位になった人間は三層では階位は上がらない。四層への挑戦が必要になるし、そこに待ち受ける魔獣は三層に出現するものよりもちろん強くなる。二層での七階位、三層での十階位という境界線で諦めるというか、そこで手を打つ者も多いのだ。


 四層で戦う戦士、つまり十三階位を目指す者たちはアウローニヤにおいて。明らかに強者の部類になる。ハシュテルが十一階位だったことは見なかったことにしよう。アレは教導騎士だから仕方なかったのだ。強者とか言いたくないよな。


 まあいい。とにかく俺たちは止まらない。帰還の術を見つけるために、自分たちの身を守れるように。


 ひとつ問題なのは、今のアラウド迷宮は二層と三層の群れの掃討が手一杯なせいで、四層は魔獣だらけになっているということだ。降りてすぐに群れと激突とか、さすがに勘弁してほしいのだけどなあ。

 今回の迷宮泊で十階位が増えたら、いっちょ噛みしておこうなんていうプランもあるのだけど、どうしたものか。



八津やづくんが八階位の後衛でミアは九階位の前衛、しかもミア」


「ミアが二回出てきたぞ?」


「それはいいの」


「そうなんだ」


 中宮さんの正座からは解放された俺だが、今度は綿原わたはらさんに絡まれているところだ。


 ミアの正座から離れた壁際で二人並んで立っているわけだが、さっきから小さなサメがビシバシ当たっては崩れ、再形成を繰り返している。さっきミアに抱き着かれた時よりは手加減はしてくれているので痛くはないのだが、心にダメージが入るな、これ。


「【観察】とか使ってたんでしょ」


「それはまあ、役目だし」


「よく見えたってことね。やらし」


 またサメがペシリと当たる。


 あの時のミアがもし【身体強化】と【上半身強化】を使っていたら、俺はどうなっていたのだろう。砕け散っていたかもなあ。

 ちなみにああいうシチュエーションでいい匂いみたいな表現があるが、ぶっちゃけミアは魔獣の血にまみれていて、血の匂いしか感じなかった。ラブコメ感は皆無だな。


 これで俺と綿原さんが正式にアレだったら、ごめんなさいを連呼したいところなのだが、それも違うし、言葉に迷う。



「それと……」


「ん?」


「【身体操作】おめでと。良かったわね」


 モチャっと笑う綿原さんは、二匹のサメを俺の肩にそっと乗せるようにして、そのまま形を崩した砂が零れ落ちた。


 それはまるで抱きしめられたみたいで……。



 ◇◇◇



「どんなもんだい、デス!」


「ありがとう! ミア」


 さっきまでの反省ムードから一転、ニコニコになったミアは、こちらもまた笑顔な夏樹なつきの頭を撫でている。俺のはアウトで、それはセーフなのか。判定基準が曖昧だぞ。



 戦闘と説教が終わってから、弟系男子の夏樹とアルビノ系な深山みやまさんがミアに懇願した結果がこれである。

 もはや催眠術じゃないかと思えるようなやり取りのあと、なんと二人に【身体操作】が出てしまったのだ。偽物エルフは魔法使いでもあった。


 アウローニヤ組も試してみたが、そっちはダメ。やはり『クラスチート』の可能性が高いと思われる。

 そういえば、召喚されて直ぐの頃、ロリっ娘の奉谷ほうたにさんが励ましたら【高揚】が出たし、聖女な上杉うえすぎさんが癒しオーラで【平静】を生やしたこともあったわけで、ワリと初期からそういう傾向はあったのかもしれない。


「【身体強化】を生やせそうなのって誰だと思う?」


 だから俺は綿原さんに訊ねてみたのだ。


「先生か、佩丘はきおかくん、それか馬那まなくんかしら」


 なるほどたしかに。先生は言わずもがなとして、ガタイのデカい【重騎士】の佩丘や、筋トレマニアで【岩騎士】の馬那は、うん、それっぽいな。さすがは綿原さん、クラスメイトをわかっている。


 ここで野生のエセエルフもアリじゃないかとは思ったのだけど、口に出すことをしてはいけない。絶対にだ。


海藤かいとうなんかもアリそうだな」


「そうね」


 だから俺は野球少年の海藤を生贄に捧げることで、無難な会話進行を心がける。


「ただ、どうすればかなあ」


「並んで腕立て伏せとかどうかしら」


 まあ、ミアの時みたいに海藤や佩丘と見つめ合う光景なんて想像もしたくないし、綿原さんの意見は参考にさせてもらうとするか。どれ、夜にでも。



「八津くん」


「どした、夏樹」


 さっきまでミアにイジられていた夏樹が俺と綿原さんの前に登場した。


 夏樹だけではない。近寄ってきたのは文学メガネ少女の白石しらいしさん、元気ロリっ娘の奉谷さん、聖女な上杉さん、アルビノ薄幸少女の深山さん。いつの間にか綿原さんは距離を取っているな。

 まさか、このメンバーは。


「復活だよっ。その名も『新柔らかグループ』」


「……柔らかいままなんだ」


 元気よく名乗りを上げた夏樹だが、その名称は引き継がれるのか。


 この場に集まった連中は全員が【身体操作】を候補に出すことに成功した。誰もまだ取っていないけれど、つぎの階位でならアリというメンツもいる。とくに夏樹あたり。

 だけどしかし【身体強化】は出ていないのだ。まさにさっきまで綿原さんとソレを話していたわけだが、そうか、またグループを名乗るのか。


「俺としては夏樹がリーダーでいいんじゃないかって思う」


「僕が!?」


 俺は迷宮委員だし、隊長だからな。せっかくだし、ここは夏樹を推すことにしたのだ。旧柔らかグループにリーダーなんていなかったけど。


「いいと思うよ!」


「うん」


「賛成」


「わたしも賛成です」


 ほら、女子の四人も納得してくれているじゃないか。


 ところでこの場合のリーダーって何をするんだろう。【身体強化】の出現条件を探せ! とかだろうか。



「まとまったようだし、そろそろ行動しましょう。ちょっと時間使っちゃったから」


 身を引いていた綿原さんのコールで俺たちは移動をすることにした。



 ◇◇◇



「いくら優遇されたからといって、一日で」


「良かったじゃないか、アヴィ。明日からは九階位を目指そう」


 アヴェステラさんが遠い目をしているが、そこに茶々を入れるのはもちろんシシルノさんだ。


 外は夜だろうけれど、明るい迷宮の一室で俺たちは何箇所かに置かれた組み立て式のコンロを囲んでいる。

 二泊三日の迷宮泊、一泊目はこの部屋だ。群れからは距離を取ってあるし、索敵担当者には【聴覚強化】を取ったチャラ子のひきさんも勘定に入れられるようになった。忍者な草間くさまのように【気配察知】持ちは他にいないが、【魔力視】のシシルノさん、【観察】の俺と合わせると、この規模の部隊としてはかなり豪勢な警戒態勢と言えるだろう。


 交代で風呂は済ませたし、食事の準備も万端だ。三層はヒツジが出るから今日もジンギスカンがメインだな。



「では今日の結果からです」


 すっくと立ち上がった綿原さんが場を仕切る。敬語モードだな。


「まずは九階位になった人。夏樹くん、雪乃ゆきの、それと美野里みのり。はいみんな、拍手」


「うぇーい!」


 道中でヘビの群れに遭遇できたお陰で、後衛の上杉さんも九階位を達成した。これで一年一組の八階位は残り三人。俺と奉谷さん、白石さんだ。ホントにいつものメンバーだな。


 階位の上がった後衛三人の中で取った技能は、深山さんの【鋭刃】だけになる。

 攻撃的術師の夏樹と、ヒーラーの上杉さんは技能を取らずに魔力の温存だ。



「つぎに十階位は、りんとミア」


「いぇーい!」


 ミアはリンゴを狙撃しまくったのが効いたようで、先生や春さんに先んじての十階位を達成してのけた。

 ここのところの階位レースではワリと遅れを取っていたミアだが、ここに来ての逆転劇だな。


 技能については中宮さんは【剛剣】を取って四層への備えとしている。

 対するミアは【魔力付与】を取得した。


 ピッチャーの海藤も持っている【魔力付与】は一定時間物体に魔力を乗せることができる技能になる。海藤の場合ならボールに、ミアは矢にだ。

 つまり三層の魔獣に通用するミアの矢は、さらに威力を増すことになる。これもまた四層への布石ということだ。


 この段階で【疾弓士】としてのミアの技能は、ほぼ完成されたと言ってもいいだろう。強いて残っているとすれば【視野拡大】くらいのものだ。この先の技能については弓士そのものとは毛色が変わり、戦士方面が候補になるので、魔力温存策もいいかもしれないな。



 後衛が魔力を残し、前衛は強くすることで、四層とクーデターの両方に備えるという方向性で一年一組はまとまった。深山さんの【鋭刃】がイレギュラーに近いが、本人たっての希望だったので、それは受け入れる。

 こういうのがウチのクラスのやり方だからな。



「そしてなんと、アヴェステラさんが八階位です!」


「うおぉぉ!」


 迷宮に今日一番の叫びが響く。二番はたぶん、ミアに俺が抱き着かれた時に叫んだ綿原さんだろう。


 上杉さんと同じくヘビやミカンを集中して倒してもらった結果、なんとアヴェステラさんは八階位を達成してしまったのだ。初日で。

 三層で七階位から八階位に上げるのはそう難しくない話なので、要は手際と本人の意思の問題になる。そもそも七階位が三層で群れに突撃するのがどうかしているくらいだ。道中で綿原さんが演説したのも効いたのか、アヴェステラさんは必死になってヘビを刺しまくっていた。途中で嘔吐毒を食らっても、それでもメゲずに。


「ありがとうございます。【視覚強化】と【睡眠】を取得できました」


 立ち上がって頭を下げたアヴェステラさんは、今回のミッションが達成されたことにとても嬉しそうだ。


 アヴェステラさんを八階位にして【反応向上】と【視覚強化】を取ってもらい、より安全にクーデターに参加してもらう。【睡眠】はオマケだけど、それこそが彼女をここまで引きずり込んだ目的だ。安全なクーデターとか変な表現かもしれないが、それはそれ。

 もちろん一年一組全員の階位を上げるのも大事なコトなので、まだまだ全体目標を達成したと言うにはほど遠い。


 だけどここまで来たのだから──。


「アヴェステラさんには、引き続き九階位を狙ってもらいます。もちろんウチのクラスの八階位組は絶対に」


「……はい」


 綿原さんの断言に、アヴェステラさんは曖昧な笑みで返事をしてみせた。


 まだまだ初日だ。やり様によってはアヴェステラさんを九階位にするのは不可能ではないと思う。そうなったら【平静】がいいのかな。クーデターで役に立ちそうだし。


 俺もまだ八階位のままだし、ここは気合を入れないとな。



「わたしからはここまでね。朝顔あさがおに引き継ぎます」


 綿原さんがモチャっと笑い、自分はここまでで、続きを疋さんに任せると宣言した。


 本来ならここで乾杯してご機嫌な夕食タイムなのだが、今日はもうひとつ追加がある。


「はいはいっと、アタシがご指名されちゃったか~」


 綿原さんに代わり、疋さんが立ち上がった。


「さてっと、今日はなんとねぇ」


 そしてもったいぶる。周りの連中もニヤニヤ顔だ。



 一年一組がアウローニヤに召喚されたのが四月十日で、それから六十三日、今日は日本換算で六月十一日ということになる。


「佩丘の誕生日っしょ。みんな拍手~!」


「おーう!」


 俺はつい先日知ったのだが、今日は山士幌高校一年一組、出席番号十三番。ヤンキー系な【重騎士】佩丘俊平はきおかしゅんぺい、十六歳の誕生日なのだ。


「ほ~ら、佩丘。とっとと立って」


「ったくなあ」


 疋さんに促され、佩丘は憮然とした表情のままで立ち上がった。


「なんか言いなよ、ね、佩丘さ」


「無茶ぶりかよ」


 容赦のない疋さんに、佩丘はムスっとしたまま腕を組む。チャラい疋さんはニヤついたままだ。

 ウチのクラスで佩丘にビビるヤツはひとりもいない。あれだけ強面で言動も荒いのに、おかしなクラスメイトたちだよな。



「まあ、ありがとよ。十六になっちまった」


 大きくため息を吐いてから、佩丘は低い声で語り始めた。


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