第278話 見た目は不良に祝福を




「俺は、山士幌に帰りたい。一刻も早く、それこそ今すぐにでもだ」


 アウローニヤ側の人たちが居るのもお構いなしに、佩丘はきおかは強面な表情のままで言い切った。


「本当なら迷宮もゴメンだし、王位簒奪? とやらもやりたけりゃ勝手にやってろってところだな」


 普段なら目上の人が聞いているなら、なんとかして敬語っぽくする佩丘だけど、この場だけは違うようだ。あえてそうしているんだろう。


「けどまあ、帰るのに必要だからやってることだし、その、なんだ、王女様の言いたいこともわからなくもねえ」


 ツンデレだよなあ。


 そもそも佩丘はお人好しなのだ。口が悪くて顔がゴツくて、態度もよろしいとはいえないけれど、それでもコイツはいいヤツなんだよな。


 ハウーズ遭難事件の時だって、真っ先に助ける方向で意見を出したし、野球小僧な海藤かいとうのためにグローブを作ったり、疋さんへの誕生日プレゼントにも一枚絡んでいた。

 一昨日の王女来訪にしても、王国の悪口を言いながら、それでも日本人とアウローニヤの人両方が食べやすい料理を考案してみたりしたわけで。



 迷宮がイヤだというのも、クーデターなんて参加したくないというのも本音なのだろう。

 嫌っていたとしても、そうしなければいけないと思えば、キッチリやろうとするのが佩丘だ。


「こっちに飛ばされたってのに、お前らがこうやってチャラけるのも、あんまし気に食わねえ。というか、めんどくせえ」


「山士幌でだってお前、似たようなもんだったじゃねえか」


 クラスメイトに向けた佩丘のセリフに海藤がツッコミを入れる。


 ああ、そうなんだろうな。俺は知らないけれど、今なら簡単に想像できてしまう。

 一年一組の仲間たちがどんな中学生をやっていたのか、思い浮かぶ。


「うるせえよ。……けどまあ、お前らが勝手にするなら、俺は、それがウチらしいっても思う。こっちでも同じようにするようにしてるのは、わかる。こんなワケわかんねえとこで、失くさないようにってのも」


「しっかり付き合うクセにさ~」


「ちっ」


 チャラくツッコムひきさんをひと睨みする佩丘は、腕を組んでむっつりするばかりだ。


 チャラい疋さんとヤンキーな佩丘という構図は、マンガ的な意味でお似合いではあるのだが、もちろん二人は悪いつるみ方をするようなヤツらではない。

 俺が山士幌高校に入学して一年一組になり、最初の自己紹介で最も警戒したのがこの二人。皮肉屋の田村たむらも追加すれば三人か。そんなお近づきになりたくない筆頭だったのだけど、今では普通に話せてしまう間柄だ。


 そう、普通に。



 一年一組は王城に閉じ込められて迷宮と離宮を行ったり来たりという、日本の高校生としては異常な生活を送っている。こちらに飛ばされてきてからの行動範囲がどれだけ狭かったことか。

『灰羽』と『蒼雷』の訓練場、謁見の間、会議場、王都軍司令部、工房、ほかにあっただろうか。外に出たことなど、綿原わたはらさんが【霧鮫】をお披露目するために軍の実験島に船で行った、ただの一回だけ。それにしたって厳重な監視下での出来事だ。


 やむにやまれぬ状況だから仕方がない。非常事態なのだから、やるしかないのだ。そう言い聞かせながら一年一組は非日常を送っている。

 だからこそ俺たちは学生であることができる場面ならば、そうするように心掛けている。佩丘の言うおちゃらけだが、ワザとやっている部分もあるのだ。そんなことは佩丘もわかっていて、だからノってくれている。


 誕生会もそんなひとつだな。前回は疋さん、はるさん、夏樹なつきの合同だったが、今回は佩丘が主役だ。二回とも迷宮なのがなんともはやだが、二日に一度に近いペースで迷宮にいるのだから、こうもなるだろう。


 俺たちは異世界に召喚されるなんていうラノベな出来事に巻き込まれたが、そう簡単に高校生であることを手放さない。

 みんなで話し合って、折り合いをつけて、納得してから行動したいのだ。思い通りいかないことも多いけど、それでも一年一組は高校一年生と先生の集団であることを忘れない。



「あ~、まあいっか。佩丘、話が得意ってワケでもないっしねえ」


「そうだよ。だからいい加減、さらし者はヤメにしてくれ。そもそもてめぇがなんか言えっつったんだろうが」


「はいはい」


 なんか言えとそそのかした張本人に軽く流された佩丘は、憮然とした表情を隠さない。これはこれでコントっぽいな。


「んじゃあ、はいこれ。誕プレ」


 疋さんはずっと背中に隠していた包みを佩丘に差し出した。


 アウローニヤの色紙を使いリボンまでくっつけた、三十センチくらいの座布団みたいな形の青い包装は、疋さんが器用に包んでくれたお陰で、なかなかそれっぽいプレゼントの様相になっている。



「……どうせこの場で開けろってんだろ」


「あったりまえじゃん」


 佩丘のことだから乱暴に包みを破いたりするのかと思えば、ヤツは普通にリボンをほどき、丁寧に包み紙をめくっていく。

 そういうギャップ萌えは要らないから。本当に佩丘は佩丘だな。


「へえ、こうきたか」


 包み紙の中にあったのは折りたたまれた布だった。ほどいたリボンと包み紙を床に置いた佩丘は、中に入っていた白い布を両手で広げてみせる。


 フェルト地で作られた白いエプロン、それが一年一組からクラスの副料理長たる佩丘に送られたプレゼントだった。

 アイツにバレないように伝言ゲームみたいなことをしながら作ったわけだが、メイン作業はもちろん女子部屋で行われ、製作者は疋さんだ。だからこそのプレゼンターだな。


 完全に白一色というわけではなく、緑と黄色の刺繍糸を使って縁取りもされていて、見た目はなかなか立派だと思う。もちろん俺にエプロンの良し悪しがわかるわけもないので、私見ではあるが。

 エプロン中央のちょっと下あたりにはいくつかの小さな刺繍と、顔料を使ったイラストが派手にならない程度に入れられている。

 ド派手も面白いと思ったが、そういうのを佩丘が好まないだろうということくらい、付き合いの短い俺でもわかるぞ。


 刺繍は女子が、イラストは主に男子といった感じで作業をしたが、全員が全員というわけではない。

 全員でそれをやってしまうと卒業式の寄せ書きみたいになるからな。なので今回は有志ということになったのだ。

 盾の刺繍もあれば、サメの刺繍もあるし、花の刺繍もある。なぜかロボットが描かれていたりもして、ついでに俺の描いた三割増しにカッコよくしたアニメ風佩丘似顔絵イラストも。


 派手で下品にならない程度に気を付けてはみたが、この程度の悪ふざけが俺たちの落としどころだ。



「ふん」


 ひとしきりエプロンを見てから鼻を鳴らした佩丘は、器用にそれを装着してみせる。迷宮内で革鎧装備の上からだからちょっとキツ目になるが、それも想定内のサイズで作ってあるので千切れたりすることはない。


「どうよ」


 革鎧の上からエプロンを着てみせた佩丘は、やけっぱちな口調で言葉を吐いてから、そしてニヤリと笑いやがった。ツンデレめが。


「似合ってるね!」


「羨ましいです」


「ふんっ、出来合いで十分なのに、手作りするってうるさくてよ」


「ははっ、なんで佩丘ってエプロンが似合っちまうんだろうな」


「これからも料理、期待してるからね」


 クラスメイトたちが拍手をしながら勝手なことを言いまくり、一瞬だけ笑った佩丘は元のムスっとした表情になってその場に座った。



「もういいだろうよ。メシにしようぜ」


「はいはいっと」


 ボソッと佩丘が低い声を出せば、チャラい声で疋さんが返す。


「んじゃ全員乾杯の準備ね~。今日はもちろんジンギスカン。おにぎりもたくさんだし、やっぱこうじゃないとねぇ。野菜も食べるようにしなよ?」


「かーちゃんかよ」


 海藤がツッコむが疋さんはケラケラ笑うだけだ。


「音頭はほら、佩丘がやってくれるっしょ」


「……乾杯」


 疋さんが最後の役目を果たせと言えば、佩丘は素っ気なく、大きくもない声で乾杯の音頭を取った。


「かんぱーい!」


 そんなアイツの背中をぶっ叩くように、みんなの声が迷宮に響き渡った。


 少し離れた場所に座っていたアウローニヤの人たちが、この光景をそれぞれの表情で見ていたのはわかっている。

 二度目になるシシルノさんたちは面白そうにしてくれているが、これが初見になるアヴェステラさんは佩丘の突き放した言葉に悲しそうにしたり、俺たちのやり取りに驚いたりで忙しそうだな。


 それでもこれが一年一組なのだから、そこは諦めてもらいたい。



 ◇◇◇



「わたくしはですね、こんな騒ぎを見て確信を深めました。あなたたちが、わたくしの想う埒外の勇者であると」


 俺と綿原さんは今、どこか高揚した様子のアヴェステラさんに絡まれているところだ。


 コンロを挟んで向かいに座ったアヴェステラさんは、アルコールなんて入っていないはずなんだけどな。

 こういう人を見ると、早く日本に戻って滝沢たきざわ先生にお酒を飲ませてあげたいと思ってしまう俺がいる。


「えっと、騒いでマズかったですか?」


「とんでもない。炊き出しもそうでしたが、迷宮の中でこれほど大胆な行いをするとは思ってもみませんでした」


 綿原さんが微妙に強張った笑みで応対してみせれば、アヴェステラさんから返ってきたのは、どうやら俺たちが豪傑かなにかと評するような言葉だった。


「でも、こういうのも報告書で読んでいたんじゃ」


「わたくしも文官です。文章から浮かび出る光景を想像するような思考を心がけているつもりです」


 アヴェステラさんは【思考強化】持ちだからな。いや、説明されているのはそれと関係ない発想か。


【思考強化】は俺も候補にしている技能で、アヴェステラさんから直接聞いた効果の内容としては、簡単に表現すれば頭の回転が速くなるらしい。記憶力が良くなるとか、天才的発想ができるようになるとか、そういうものではなかった。

 それでも短い時間のあいだで考えることが増えれば、たしかに俺の【観察】や【目測】との相性はいいといえるだろう。


 俺としてはせっかく出てくれた【身体操作】をつぎに取りたいところだが、それがなければ【思考強化】か【魔力回復】を選んでいたはずだ。



「ですがやはり、見ると聞くとでは。ワタハラさんのお誘いに、わたくしは心から感謝いたします」


「いえ、そんな」


 明らかにテンションが高いアヴェステラさんに、さすがの綿原さんもタジタジといった様子だ。


 こういう時に頼りになるはずの藍城あいしろ委員長や中宮なかみや副委員長、ついでに上杉うえすぎさんは離れた場所にいるし。っておい、今こっちをチラッと見ただろ委員長。目を逸らすなよ。

 アヴェステラさんの保護者兼ツッコミ役なはずのシシルノさんは、文学少女の白石しらいしさんと談笑中だ。


 ちょっと離れたところでは先生がなぜかガラリエさんと静かに話をしているようで、そこだけ大人な空気を醸し出している。あんな顔をしているけれど、あの組み合わせなら武術談義でもしているのかな。

 ところで先生は先生を辞めても大人なんだから、こちらを助けてくれてもいいだろうに。



「わたくしの階位を上げたこともそうですし、みなさんの戦いを見ていると、それはもう神話の世界を幻視するような──」


 滅茶苦茶大袈裟なコトを言うアヴェステラさんだが、アウローニヤ的にはそう見えてしまうのも仕方がないだろう。俺たちとしても書類だけでなく、色々な人たちと出会うことで、一年一組がどれだけ常識外れなコトをしているかは自覚できるようになっている。


 斥候系後衛職を指揮官にしてみたり、バッファーやら魔力タンクやらがいたり、術師の割合が高かったり、ヒーラーが四人もいたり、たしかに異常な集団だよな。


「最初はみなさんの神授職に懐疑的だったのです。【聖騎士】や【聖導師】、その他の高名な職に疑いは持っていませんでした」


 懐疑的というのはこの場合、王女様の【神授認識】を疑っているという意味ではない。


「タキザワ先生、ミアさん、カイトウさん、ヒキさん、シライシさん、ホウタニさん、そしてワタハラさんとヤヅさん」


 アヴェステラさんが羅列したのは、未知な部分はあったにしてもアウローニヤ基準では迷宮に向かないとされているジョブを持つ面々だ。


「そんなみなさんは一つの集団であり続けたいと願った以上、王女殿下はそれに応えようと考えました。それが騎士団構想です」


「あの話って、一回目の迷宮のあと、でしたっけ」


 綿原さんが可哀想なので、俺もなんとか会話に割り込んでみる。


 アヴェステラさんがお忍びでやって来た時に出た話だ。もはやずいぶん昔のコトに思えてしまうな。



「まさか本当に成し遂げてしまうとは、しかもふた月という短時間で」


「できないって思ってたんですか?」


「いえ、そこまでは。迷宮向きではない神授職でも、前衛系なら七階位は達成可能と考えていました。もちろん時間を掛ければ、ですよ?」


 それって、俺とか綿原さんはムリだと思ってたってことなんだろうな。


「ご想像されているでしょうが、シライシさんとホウタニさん、ヤヅさんは難しいと、わたくしは考えていました」


「そしたらどうなってたんです?」


 ちょっと重たい空気になった綿原さんが問いを投げる。


「扱いは変わってしまいますが、従士としてねじ込む予定でしたね。迷宮に泊まり込むという話が出たあたりで懸念は消えていましたが」


 アヴェステラさんは、俺たち全員が平等を願っていることも重々理解してくれている。騎士団ができたとしても、騎士と従士の違いは大きいし、周りは平等扱いにはしてくれない。

 そうなった場合、俺たちは……、呑み込んだかもしれないな。それでも一緒にいられるならと考えて。


 さて、どう答えるべきなんだろう。お気遣いをありがとうございます、かな。



「ですので、この光景は、わたくしにとっては奇跡のようなものなのです」


「そこまで言いますか」


 大袈裟なアヴェステラさんのセリフに辟易したように綿原さんが答える。


「あの式典でみなさん全員が騎士として歩いている姿を、どれだけわたくしが誇らしく思ったことか」


「ちょっと持ち上げすぎですよ」


 返事をする綿原さんの近くでは白いサメが地面でビタンビタンと暴れていた。どういう感情表現なんだろう。


「それだけではありません。アーケラとベスティを九階位にしたどころか、あのシシィが九階位ですよ?」


 もうダメだな、これは。大人しく聞きに回るしかない。


「そして今日のわたくしです。五階位の文官が一日で八階位? あり得ません」


「それはアヴェステラさんが頑張ったから」


 俺は会話を諦めたが、綿原さんはまだ頑張るのか。偉いなあ。



「資料でわかったつもりになっていた自分を恥ずかしく思います。現場との違いを受け入れるのは文官の常でしょう。ですが、それを軽々と超えられてしまうと、わたくしはもう」


「今はほら、魔獣が群れを成していますから。そのお陰で」


「国軍や騎士団も対応策を模索中ですが、その中で最も適応し、成果を上げ続けているのがみなさんです」


「ええっと、ありがとうございます?」


 ああ、綿原さんのサメが動きを弱めている。褒め殺しが弱点なのかな。


「ヤヅさん」


「はい?」


 急に名指しされた俺の声は裏返っていただろう。


「ヤヅさんのもたらした『はざーどまっぷ』や多人数戦闘や斥候職の推奨、群れの性質に対応した戦術。すべてがアウローニヤの財産です」


「は、はあ」


 俺にどうしろと。


「みなさんはすでに勇者です。わたくしが想像していた勇者とは違うなにかを持った勇者……」


 アヴェステラさんからしてみれば、勇者というのは物語に出てくるように勝手に強くなっていくような存在で、ノウハウをまき散らすのは違うのだろう。

 強くなるのと同時並行で、現地の人たちをレベリングしちゃってるしなあ。



 冒険者ギルドの二階にある資料室で調べごとをするのは、この手の話では定番だ。真面目な新人冒険者だなって褒められるところまでをセットで。

 俺たちは全員総がかりでソレをやったからこうなった。学生だから予習復習は大切だと、ゲームみたいな世界だからこそ、ルールやシステムを理解するのは重要だからと。

 その結果が、妙な方面での活躍になってしまったのは想定外だ。シシルノさんにも気に入られたし。


 あとは偶然の積み重ねでしかないと思うのだけど、いや、そういうのに遭遇してしまうのこそ、勇者っぽい資質なのかもしれないな。


「それに『珪砂の部屋』の発見もです。あれがあるだけで王都の経済がどれだけ──」


 迷宮泊の一日目は、会話疲れで過ぎていった。誰でもいいから助けてくれ。


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