第279話 群れに迫るまで




「できればわたくしの階位は二の次にしていただけると」


 翌朝のミーティングでアヴェステラさんがキマった顔でそう言った。


 たしかに当初の目標はアヴェステラさんの八階位であって、昨日の内にそれは達成された。彼女を九階位にしようというのは俺たちが調子に乗った提案でしかないだろう。

 六階位の人間を三層に連れ込んで、柔らかい魔獣を集中的に食わせれば、八階位にするのはそれほど難しい話ではない。事実、三層でアヴェステラさんがやったのは十数体のミカンとヘビにトドメを刺しただけだ。


 クーデターの決行が目前に迫っている以上、王女様の護衛役になる『緑山』のレベリングは必須だし、アヴェステラさんは俺たち自身のコトを考えてくれているのが伝わってくる。

 八階位から九階位はそれなりに手間のかかる作業になるし、一年一組にはまだ三人の八階位が残されているのだ。アヴェステラさんが遠慮したくなる気持ちはわからなくもない。だけどなあ。



「わかりました。優先からは外しますが、対象外にはしません。それでいいわよね? 八津やづくん」


「俺もそれでいいと思う」


「ワタハラさん、ヤヅさん」


 昨晩は気圧されっぱなしだった綿原わたはらさんも、一晩経って立て直したのか、迷宮委員として毅然とした態度を取ってみせる。サメも復活しているぞ。


「俺たちはもうちょっとで九階位です。一番出遅れてるのはアヴェステラさんですから」


 アヴェステラさん以外で残された八階位組になるロリっ娘の奉谷ほうたにさんとメガネおさげの白石しらいしさんに視線を送れば、二人ともがそれぞれの笑い顔を返してくれた。


「だからこそ、わたくしをここで──」


「心配要りませんよ、アヴェステラさん。今日は『選べなくなる』可能性が高い区画に入りますから」


 食い下がろうとしたアヴェステラさんだが、それには意味がない。説き伏せる必要もなく、俺は言葉を続ける。


「誰がトドメなんて言ってられなくなります。まあ、中宮なかみやさんとミアには遠慮というか、ひと手間かけてもらうけど」


 昨日は予想以上に群れが薄くて、それが上手いことアヴェステラさんの集中レベリングにハマる要素になった。


 だけど今日は違う。

 群れの本命の位置は昨日の探索で想定できているし、『緑山』はそこにむかう。


「今日からが本番です。覚悟してください、アヴェステラさん」


 絶句しているアヴェステラさんだが、大丈夫。キッチリ守るし、同時に俺たちは強くなってみせるから。



 ◇◇◇



「うらぁぁぁ!」


「むぅん!」


 昨日十六歳になったばかりの【重騎士】佩丘はきおかと、寡黙な十五歳、【岩騎士】馬那まなが大丸太を受け止める。


 もはや慣れた作業とばかりに、クラス最強の二枚盾は大丸太ごときで崩れはしない。

 いや、佩丘がちょっとダメージもらったか。それでもヤツは当たり前のように敵を抑え込んでいる。


「ええぇい!」


 一時停止させた大丸太の脇を【嵐剣士】のはるさんがメイスを横に倒して駆け抜ければ、バキバキと枝の折れる音がして敵の足が損傷していく。


「ああぁぁぁいぃ!」


 ほぼ動きを止めた大丸太のど真ん中に大きく踏み込み、【豪拳士】の滝沢たきざわ先生が右手を突き入れる。【鉄拳】を使う先生の貫手は、もはや鉄でできた槍と同等だ。

 分厚い肉の塊である大丸太の弱点部分を貫き通し、そして敵は沈黙した。


 時間にすれば三十秒くらいか。

 たった四人で三層最強とされる魔獣を倒せるまでに、俺たちは至っている。


 もちろん相対した四人が傑出しているのも事実だが、先生の代わりが【豪剣士】の中宮さんでも同じことができてしまうだろう。盾役をしてくれた佩丘や馬那と同等なコトは、【霧騎士】の古韮ふるにらや【風騎士】の野来のき、ちょっと危ないが【聖騎士】の藍城あいしろ委員長でもやってのける。


 一年一組の層は厚いのだ。



「ほら、やっちゃいな、草間くさま


「うんっ!」


 倒した大丸太のすぐ近くでは【裂鞭士】のひきさんが一体のシカにムチを巻き付けて【魔力伝導】を使ったデバフを掛けていた。そこに飛び込むのは戦闘直前に【気配遮断】を掛けていた【忍術士】の草間だ。


「ごめん、失敗」


 どうやら草間のニンジャクリティカル戦法は成功しなかったようだな。トドメを刺しきれなかった草間は、忍者らしく素早く後退を完了させていた。

 それでも喉元に短剣を食らったシカは、瀕死状態になっている。


「なら藤永ふじなが。アンタがやりなよ」


「はいっす」


 デバフを続行したままの疋さんが、前線のすぐうしろに陣取っていた【雷術師】の藤永に指示を出す。


 藤永も前線指示に向いている方だとは考えたけど、疋さんも悪くないな。

 二人の意見がタイミングよく一致していたのだろう。声を掛けられると同時に藤永は前に出て、シカの急所に短剣を突き立てた。


「さて、つぎつぎぃ。八津?」


 崩れ落ちるシカを見届けた疋さんが、こっちを見もせず指示を求めてくる。


「二時のシカだ。ミアも行け!」


「あいよっと」


「了解デス!」


 うん、瞬間の判断は自分で、全体は俺。みんなのノリが良くなっているのが見て取れる。

 背筋にクルものがあるな、こう、ゾワゾワっとしたなにかが。責任を被る怖さと、みんなの頼もしさへの嬉しさが入り混じった感情が心の中に入り乱れている。



田村たむら。佩丘のヒール。左肩だ。佩丘は意地張るな!」


「へっ、よくも見えてるもんだぜ」


 さっきの大丸太で佩丘の左腕の動きが悪くなっているのにはすでに気付いていた。

 戦闘中でも間合いが生まれたタイミングで【聖盾師】の田村に治療を頼むが、佩丘は減らず口か。意地っ張りめが。


「佩丘お前、少し止まれ!」


「うるせぇよ。動きながら治せ」


 前に出ることのできるヒーラーこと田村が佩丘の背を追うが、二人の直前にはつぎの大丸太が迫っていた。自分から前進しなくてもいいだろうに。


 それでも文句を言い合いながら佩丘は盾を構え、田村は背中から支えるようにして治療を始める。いいコンビだよな。


「俺も混ぜろよ」


 すぐに横合いから古韮も防御に回ってくれる。セリフがいちいちアレなのは、古韮の性格だな。



 ◇◇◇



「魔獣が結構混ざり始めた。いよいよかな」


「そうね」


 今の一戦を終えてから下した俺の判断を、サメを浮かべた綿原さんが肯定してくれる。


 魔獣は種類によって移動速度が異なる。中にはミカンやリンゴのようにそう簡単にその場から動かないのまでいるくらいだ。

 そこに法則性がひとつ加わる。目的地となる魔力の多い部屋を目指す魔獣は、種類ごとにバラバラに移動するのだ。集団行動をしないとも言い換えられるな。

 群れの外周でぶつかる場合、移動中の魔獣は数さえいても単一種であることが多い。足の速さが似ている複数種がいるケースもあるが、それでも二種類といったところか。


 だが、どん詰まりとなる群れの中央部に向かうにしたがって、一度に出会う魔獣の種類は増え、混成部隊の様相を示すようになる。そこがゴールだからな。

 つまり、一回の戦闘でぶつかる魔獣の種類が多いということは、それが群れの本体であることを示すというわけだ。


 迷宮泊二日目の午前中、早々に『緑山』はソコに近づいていた。



「そろそろ本番です。アヴェステラさんにも手伝ってもらいますからね」


「はい……」


 俺の言葉に複雑そうな表情を浮かべるアヴェステラさんだが、これの半分は本音だ。


笹見ささみさんが焦がしたミカンやヘビがお勧めです。俺ももちろん、奉谷ほうたにさんや白石しらいしさんも頑張りますが、シシルノさんも手伝ってください」


「是非ともやらせてもらうよ」


 冗談めかした俺の言葉にすかさず乗っかってくれるのがシシルノさんだ。こういう時の信頼感は抜群といえるだろう。


 アネゴ肌な【熱導師】の笹見さんは文字通りに熱を操る術師だ。空気を直接熱する『熱球』と【水術】と【熱術】を合せた『熱水球』を使い分けながら戦うスタイルが最近のお気に入りだな。

 三層では柔らかい部類になるミカンやヘビの動く先に術を置くことで、彼女の『熱トラップ』を通過した魔獣は焦げたり茹で上がった状態で後衛に流れ込む寸法になる。


 魔獣を適度に弱らせるという意味では、綿原さんと並び、いや、それ以上に後衛レベリングの要とも呼べる存在だろう。



「わたしのサメにも期待しててくださいね」


 張り合うように綿原さんが声を上げるが、そっちは見た目がなあ。


 綿原さんの【白砂鮫】に襲われた魔獣は体中に小さい傷を負って、たしかに弱ってはいるのだけど、ビジュアル的にアレなのだ。

 それと、重量で抑え込むタイプの攻撃になるので、最後衛になるシシルノさんやアヴェステラさんのところまで流すのには、ひと手間というか、ひと蹴りが必要になるのだ。

 彼女のすぐうしろに控えている俺が一番の恩恵を受けているので、文句を言えたスジでもないけどな。


「魔獣の種類と数が増えるので、うしろに抜けてくるのも増えますし、誰がトドメとか選んでいられなくなります。だからアヴェステラさん、手伝ってください。手数が必要だからです」


「わかりました」


 しっかりと理由さえ説明すれば、アヴェステラさんは納得してくれたようだ。


 元々資料で俺たちの戦い方は知っていただろうし、勤勉なアヴェステラさんのことだ、迷宮に入ると聞いた直後には猛勉強をしているはずで、あとは体験してもらうだけになる。

 シシルノさんたちなどは慣れたものだし、ガラリエさんと海藤かいとうのガードがあれば大丈夫だろう。



「海藤、悪いけど」


「なあに。俺も適当にトドメをもらうから、気にするな」


「助かる」


 乱戦になると【剛擲士】の海藤は、持ち味を生かしにくくなる。


 それでも大盾を練習し、近接では守備役をこなせるようになってきている海藤は、かけらも不満そうな顔を見せようとはしない。お姉さんたちを守れるのが嬉しい疑惑は置いておくとして、十階位競走で後れを取っているのも事実なのにだ。

 田村と佩丘の仲裁をやってみたり、無口な馬那に気を使ってみたりと、気遣いのできる男だったりするから、こういう時にも頼ってしまって申し訳ない。どこかで報いてあげたいと思う俺は上から目線かもしれないが、本心だから仕方がない。



「あれ? 八津さ、進むのあっちだよね」


 いよいよ移動となった場面で疋さんが予定経路の先を指さした。


「二部屋先くらいかなぁ、音してるよ。たぶん戦ってるっしょ、これ」


 さて、どうしたものだろう。



 ◇◇◇



「二十人くらいだと思うけど、魔獣も混じってるから、ちょっとどうかな」


 隣の部屋、つまり戦闘音のする部屋の手前まで来たところで草間が【気配察知】をしてくれた。

 さすがの忍者といえども混戦模様になっている部屋となると、正確な数字は出しにくいようだ。


 俺たち『緑山』は三層で行動するに当たって、なるべくほかの部隊とかち合わないように計画を立ててきた。

 理由としてはいくつかあって、ひとつは襲撃を恐れたこと、もうひとつは戦い方を隠しておきたかったこと、最後に『ほかの人がやりたくないことを進んでやりましょう』というやつだ。勇者ムーブの一環ではあるが、二層では人助け、三層では未開拓区画を中心に探索、という行動パターンで現場でも、地上でもウケのいいようにしている感じだな。偽善者と呼びたければ呼ぶがいい。



 で、この場合なのだが、アウローニヤにおいてオンラインゲームチックな魔獣の取り合いはご法度とはされていない。だけど暗黙の了解は存在している。


 まずはレベリングを担当する『灰羽』や王都軍の教導隊に出会ったら遠慮をしておくこと、これはまあ当然だろう。自分たちだってお世話になったこともあるだろうし、未来の仲間を育てるためだ。


 ほかには、決着間近であるならば乱入はしないようにしましょう、なんていうのもある。コレについては魔獣狩りのノルマ規定があったために存在したルールだが、現状ではほぼ撤廃されてしまった。魔獣が増加しているので、ノルマ自体があやふやになってしまっているからな。


 むしろほかの部隊に出会ったら積極的に声掛けをして情報交換をしておこう、というのが現在の主流だ。ヒツジをトレインしていたキャルシヤさんとの出会いなんかが典型になる。


 ほかにも『爵位持ちには逆らうな』なんていうくだらない決まりもあるが、俺たち勇者には適用されない。なんといってもこちらには滝沢たきざわ男爵がいるわけだし、ついでに今日はアヴェステラ子爵まで同行されておられるのだ。

 伯爵なんていう肩書を持つ人が迷宮に入るなんてことはイベントくらいでしか発生しないので、俺たちは最強レベルの肩書を背負って行動できている。迷宮に潜る伯爵って、近衛騎士総長のことだけど。



「戦闘、終わったみたい」


「だね~。助け要らなかったっしょ、これ」


 草間と疋さんがほとんど同時に戦闘の終了を告げる。


 どうしようかと迷っているうちにこのザマだ。だけどこの部屋は進行予定の経路になっているし、こちらから避ける道理もない。


「委員長、綿原さん」


 いちおうお伺いを立ててみれば、二人ともが頷いた。



「お邪魔します」


 硬くて自己ヒールが可能な【聖騎士】の委員長を先頭にしてその広間に入っていく俺たちだが、委員長よ、その挨拶はどうなんだろう。


 向こうもすぐにこちらの侵入に気づいたのか、瞬時に態勢をこちらに向けた。

 随分といい反応だな。人数は二十二人か。


「これはこれは」


 その中にいた一人、金髪をポニーにまとめた大柄な女性が口を開いた。


「勇者のみなさんではありませんか。ご無沙汰しています」


「シャルフォさん」


 その声を聞いて返事をしたのは中宮さんだ。いちおう知り合いだものな。


 そこに居たのは王都軍のたしか……、第三大隊だったかな。そこに所属するヘピーニム隊の隊長、シャルフォ・ヘピーニムさん。調査会議の場で俺たちと四対四のバトルロイヤルな模擬戦をした人だった。


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