第233話 通用しない押し問答




「あの、よろしいでしょうか」


 どす黒い空気になっているレギサー隊長と、それを受け流すキャルシヤさんに割って入るように口を開いたのは一年一組の誇る絶対の聖女、上杉うえすぎさんだった。


「……」


「怪我人が問題になっているようですし、話の途中ですが治療をしても?」


 無言なレギサー隊長を気にした風でもなく、上杉さんは慈善活動をしたいと言ってのける。


「上杉さん、まさか全員?」


「まさか。レギサー隊の人たちだけですよ」


 俺と同じような懸念を持っているはずの藍城あいしろ委員長が確認すれば、上杉さんは相手を選ぶと返す。ハシュテルはもちろん治してやらないし、俺たちに攻撃を仕掛けてきた連中も知るかという構えだ。さすがは上杉さん、こういうところがタダの聖女とはひと味違う。


 というのは半分冗談で、上杉さんもレギサー隊を怪しんではいるのだろう。それでもキャルシヤさんとレギサー隊長にギスられたままでは話が進まないと、ここで気勢を削ぐ一発を入れた感じか。


 ヒルロッドさんに踏まれたままのハシュテルがモガモガ言っているが、誰もそちらを見ようともしていない。仮にハシュテル隊の連中を治療するにしても、アンタは最後の最後だ。肋骨あたりが何本か折れているのだろうけど、アヴェステラさんに手を上げた人間に気を使ってやる必要など、どこにもない。



「それにそろそろアヴェステラさんも起こしてあげましょう。さっきまでは戦闘中だったので手が回らなくて」


 話の合間を狙っていたのだろう上杉さんは、ここでアヴェステラさんに起きてもらうつもりのようだ。


 俺がさっき【目測】を取ったように、内魔力に余力がある後衛組は状況に即した技能を取ることになっている。【目測】はまだ試していないけど、こんなゴタついた場で不審人物になるのはイヤだから離宮に戻ってから。

 それはいいとして、上杉さんはアヴェステラさんがハシュテルから攻撃を受けたすぐあとに【覚醒】を取得していた。

 字面だけだとマンガ的に新たな力に目覚めてしまいそうな技能だな、【覚醒】って。


『あなたに力を』


 そう聖女が言って、うおお、この力はっ!? とかいうパターン。


 実際にそんな超技能がポコポコ生えるはずもなく、【覚醒】は文字通りに使った相手を目覚めさせるための技能だ。ゲーム的に表現すれば気絶とか睡眠とかからの状態異常回復といえるだろう。



「君は八階位だったはずだな」


「はい、そうですが」


「【覚醒】を持っているのか」


「ええ」


 険悪ムードだったキャルシヤさんが一変、ちょっとした驚きに変わっている。対峙しているレギサー隊長はだからどうしたといった風情だ。


 八階位の【聖術師】といえば普通なら、えっと【聖術】【魔力浸透】【魔術強化】【解毒】【造血】【治癒識別】あたりか。べつに【覚醒】を持っていても異常とはいえないが、キャルシヤさんは俺たち全員が【体力向上】【痛覚軽減】【平静】【睡眠】を取っているのを知っている。ちなみに上杉さんはそれに加えて【魔力回復】も持っているけどな。


 たしかに後衛職とはいえ、八階位の持ってる技能の数としては多い。ウチはそんなのばかりで、これでもまだ余力はあるんだけどな。

 本当にヤバい時にはもうひとつくらいの技能取得ならイケる。ただしソレをしてしまうと長時間戦えなくなるという、俺たちにとっては巨大なデメリットが付いてくるから控えているだけだ。



「キャルシヤさん、レギサー隊長、よろしいですか?」


「わたしの後始末をさせる形になってしまうな。すまない」


「……頼めるか」


 確認を取る上杉さんに対し、キャルシヤさんとレギサー隊長もそれを良しとした。


 仮にあそこに転がっているレギサー隊の二人が復活したとしても『敵』は七名だ。武装解除が終わっているハシュテル隊の残存が組んだとしても十一人。

 それに対してこちらは戦闘要員が三十人もいる。その中には十四階位のキャルシヤさんと十三階位のイトル隊、同じく十三階位のヒルロッドさんが揃っているわけで、争いになっても俺たちの出番など無いような気がしてならない。要はそれくらい戦闘は起こらなさそうな状況ということだ。


「はい。田村たむらくんもよろしくお願いします」


「ちっ、とっととやるか」


 許可を得た上杉さんは【聖盾師】の田村を誘って、軽い足取りで壁際に横たわる白いフルプレートに向かう。それを田村が追っていくが、道中で倒れているハシュテル隊に対してはせいぜいが生存確認程度の態度だ。

 中には薄っすらと意識があるようなのもいるが、それも黙殺。徹底している。


 ちなみに田村は戦闘開始直後、アヴェステラさんのところに走った時点で【治癒識別】を取っている。これが有ると無いとでは【聖術】を使う部位や止め時が変わってくるので、これまた【聖術】使いとしては大切な技能だ。

 田村の場合は硬くなる方を優先していたが、今回ばかりはといったところだろう。



「ハシュテル隊とて教導騎士だ。十階位よりは上だろう? あの程度では死なん」


 そんな教導騎士を昏倒させた張本人たるキャルシヤさんが謎の太鼓判を押すのだから始末が悪い。


 だけど一瞬だが、レギサー隊長が顔をしかめたのを俺はしっかり【観察】していたぞ。

 黒だとは思っているが、どんどん色が濃くなっていくのがなあ。


 まとめてみると、キャルシヤさんやヒルロッドさんがここに到達するのを妨害し、なぜか戦闘が決着した直後に現れたレギサー隊という存在。タイミングが良すぎて泣けてくるほどダークだよ。



「ところでレギサー隊長」


「なんだ?」


 上杉さんと田村が【聖術】を使っているのを眺めながら、なんてことはないという風でキャルシヤさんが訊ねた。


「このあたりの区画を『紫心』が警備とは、配置換えでもあったのかな」


「……『蒼雷』と『黄石』が迷宮で手一杯だからと、こちらに頼ってきたと聞いているが?」


「そうだったか。まさかこのような端まで『紫心』がな。お手数をかけた」


 意味深なキャルシヤさんとレギサー隊長のやり取りだが、このあたりは離宮も近いだけあって、王城でも外縁部にあたる。

 キャルシヤさんが言いたいのは、こんな端まで『高位貴族関係者が多い第一近衛騎士団』が出張るとはどういうことか、という意味だ。黒だと想定した上で、さらに追い打ちかよ。

 それに対するレギサー隊長の返事も、昨今の迷宮事情を考えれば、まあ理解できなくもない。


 もういい加減、こんなキツネとタヌキの会話みたいのは終わりにして、いちおうの安全地帯になっている離宮に戻りたいのだけど。


 だけどこれはもしかしたら、キャルシヤさんが俺たちに答えを流しているか、もしくは合間なのかもしれないと、ふと思いついた。それなら──。


『表情を変えないで聞いてほしい。アレも敵方だと思って』


 俺の言いかけたことを委員長がボソっと日本語で呟いてくれた。あえてレギサーという固有名詞を使わないあたりに配慮を感じる。その時の委員長の表情はとても穏やかで、とてもヤバいことを言っているとは思えない。

 それも相まって、たまたま故郷の言葉でせいぜい気を抜くなというレベルの話にしか聞こえないようにも見える。すごいな、委員長は。


 場の空気を察することができていた連中、つまりはクラスの半分くらいはとっくに気付いていたのだろう、うんうんと朗らかに頷いている。前置きがあったからこそ小さな驚き顔でなんとか堪えたのは、ひきさん、古韮ふるにら馬那まな深山みやまさん、藤永ふじなが海藤かいとう、あとは酒季さかき姉弟くらいか。

 古韮お前、こういうのに詳しい側だろうに。ポーカフェイスを崩さない野来のき白石しらいしさんを少しは見習え。

 綿原わたはらさんなど不敵な笑みを浮かべているくらいだぞ。


「戻ったらすぐに夕食だ。それまで気を抜かないようにしないとね」


「はーい!」


 あえて文脈がねじれて伝わるように途中からフィルド語に切り替えた委員長の言葉に、全員が微妙なノリで返事をした。

 俺がやるよりよっぽど上手い持って行き方だ。切り出さなくてよかった。俺だったらもっとワザとらしいやり方になっていたと思うから。


 とはいえレギサー隊長には自覚があるぶん、俺たちの雰囲気にも注目しているだろう。戦力も含めた状況を見極めているはずだ。こちらが圧倒しているのだから、そのあたりはわかっているだろうな?


 ハシュテルのようにトチ狂った行動に出ないことを祈るばかりだ。



 ◇◇◇



「う、あ……」


「アヴィ、アヴィ、気がついたかい?」


「し、シシィ?」


 上杉さんの【覚醒】を受けて目を覚ましたアヴェステラさんは、最初に視界に入ったシシルノさんと言葉を交わす。


 よかった。怪我は見当たらないし、田村が【治癒識別】まで使って状況はつかんでいてくれたはず。後遺症のような問題は残っていないだろう。

 強制的に相手の意識を戻す【覚醒】は、相手にそれなりの消耗を与える。魔力的にも体力的にもだ。だからこそ上杉さんはここまで引っ張ったのかもしれない。


「ありがとう、ウエスギくん」


「いいえ」


 本当にマジモードなシシルノさんが上杉さんに頭を下げた。やっぱりアヴェステラさんのことが大切なんだと伝わってきて、こっちまで温かくなる光景だ。


「ウエスギさんが【聖術】を?」


「田村くんですよ」


「そうでしたか。本当にありがとうございます、タムラさん、ウエスギさん」


「ん、いや。当然だから、です」


 上杉さんが【覚醒】を使うところを横から見学していた田村だったが、アヴェステラさんに真正面からお礼を言われてキョドっている。医者志望な田村だが、向いていると勝手に俺は思うことにしているぞ。



「さて、アヴィはシシィから状況を聞いておいてくれ。ここから忙しいことになりそうだ」


「……わかりました」


 キャルシヤさんはアヴェステラさんにそう言うが、そうか、忙しくなるのか。イヤだなあ。

 アヴェステラさんからしてみれば、キャルシヤさんやヒルロッドさんがいるのも驚きだろうし、レギサー隊長までなんていうのは埒外のはずだ。状況説明からだろう。


「あの、それよりなんですが、『緑山』のみなさんは……」


「全員無事でピンピンしているよ。想像以上の戦いっぷりだった」


 そうか、アヴェステラさんからしてみれば、そこに心配がいくだろうな。

 シシルノさんがドヤ顔で俺たち全員の無事を伝えれば、アヴェステラさんは心底ほっとしたように息を吐いた。心配かけてごめんなさいだな。


 それもこれも──。



「で、レギサー隊長。君はこの状況でハシュテルの言葉も聞くのかな?」


「それも仕事だからな」


 お互いにバカげた行為だというのがわかっているのだろうけど、それでも体裁は必要なのだろう。キャルシヤさんとレギサー隊長は、空虚な時間になると理解しつつハシュテルの発言も聞き遂げるようだ。

 いや、レギサー隊長からしたら、余計なコトを言われたくないはずだ。それでも口を開かせるということは、そのあたりはしっかり調整しているのかもしれない。命令系統が別になっているという、よくあるパターンだ。


「がっ、ごはっ、ごほっ」


 視線で指示を受けたヒルロッドさんはハシュテルの首元から足を避けた。ただし、つぎの瞬間にも意識はおろか、命までも刈り取ることのできる姿勢を維持しているのがわかってしまう。ここまで気合の入ったヒルロッドさんにはそうそうお目にかかれない。


「ハシュテル副長、全部だ。どうしてわざわざここで勇者たちに絡んだのか、全てを吐け」


 あまりに冷徹な雰囲気をまとったヒルロッドさんの言葉に、なにもそこまでという空気が一年一組に流れた。もちろんまったく同情できない気持ちもあるのだけど。


 だが、ハシュテルは格が違った。



「きっ、貴様らがいきなり襲ってきたのではないかっ!」


 初っ端からトバしてくるなあ。いきなり殴られたアヴェステラさんの表情が消えたぞ?

 ついでにシシルノさんと俺たちのボルテージがいきなりマックスになっているの、気付いていないんだろうな、コイツ。


「それより私は怪我をしているのだっ! 治せ!【聖術】使い共っ!」


 続いて痛みを思い出したのか、治療を要求しやがった。視線はさっきそこで【聖術】を使った上杉さんと田村に向けられている。


「どうしたっ!? 黙っていないで早く治せ! これは命令だぞっ! 私は男爵だ!」


 ついには命令とまで言われたが、上杉さんの表情は変わらず、田村はイヤそうに顔を引きつらせている。可哀想に、あんなのにロックオンされてしまったか。


「あなたにわたしの騎士たちに命令する権利はないでしょう? ハシュテル副長」


「きっさまぁぁ。平民男爵ごときが口を挟むかぁ!」


 冷たく凍えた先生が正論でハシュテルを切り裂くが、それでもヤツは喚き散らす。すごい根性だ。

 どうやったら『灰羽』の副長が『緑山』の騎士に命令できると思ったのだろう。騎士団長たる先生を経由するならまだしも、ご本人を侮辱しまくっているのはどういう感性なのやら。


 なにかこう一周回って落ち着いてきた。



「私は被害者だぞ! そこのお前は『紫心』だろう!? なんとかしろ!」


 ああなるほど、これでハッキリした。


 こんな状態のハシュテルがレギサー隊長の名前を出さないということは、やっぱり指示は別系統ということだ。だからこそレギサー隊長はハシュテルに喋らせた。

 もしもこれがハシュテルの演技だとしたら、それはもう俺たちの完敗でいい。


 コレってハシュテル、最悪消されるパターンまであるだろ。



「あの、この場面の最上位者はキャルシヤさんとアヴェステラさんが並んでいて、そのつぎが先生とレギサー隊長で合ってます?」


「そうなります。アイシロさんはよく学んでいますね」


 あんまりな光景に委員長はアヴェステラさんに社会について教えを受けにいったようだ。そっちの方が有意義だものな。


 爵位と役職の関係で、こういう場面での上位者が判別しにくいのがアウローニヤだ。

 筆頭事務官で子爵のアヴェステラさん、騎士団長で子爵のキャルシヤさんが同率首位。しかもお二人とも歴史ある御家の正統な当主でもある。この場にいるほかのメンツより頭一つ抜けているのだ。

 次いで騎士団長で男爵の先生と近衛騎士で伯爵家出身でもある男爵のレギサー隊長がほぼ同格ってことになるのか。それが判断できるようになっている委員長も大したものだ。


「だけどたしか、王城内のこういうイザコザの場合、警備担当が仕切ることになるはず、ですよね?」


「そうです。この場ですとあの方……、確かレギサー男爵でしたか」


 レギサー隊長が現れた場面を見ていなくて、シシルノさんからの又聞きになってしまったアヴェステラさんの表情が一段と引き締まった。曇るというより気合が入ったというところか。

 ここまでくるとハシュテルを切り捨ててレギサー隊長は逃げ切り、というのが一番あり得そうな展開だが、アヴェステラさんにはなにかあるのかもしれない。



「これ以上は時間のムダでしょう。王室付筆頭事務官としてラルドール子爵が求めます。しかるべき場に移し、正式な事情聴取を行うべきかと」


「第四近衛騎士団団長、イトル子爵が同意する」


 毅然とした態度でアヴェステラさんが言い切れば、阿吽の呼吸でキャルシヤさんが賛同した。


「む、そうだな」


 この場を仕切る資格があって男爵という肩書があっても、一介の騎士隊長でしかないレギサー隊長は逆らい難いのだろう。

 こういうあたりがこの国だ。たまたま今回はこっちに都合がいい役者が揃っているが、それこそ近衛騎士総長あたりが登場したら全部がひっくり返されるだろう。来ないよな?



「付け加えます。『緑山』は騎士団本部たる『水鳥の離宮』で待機。ハシュテル隊は隊長を除き、『灰羽』本部にて一時拘束。これは被害者たるわたくしからの正式な要求です」


 矢継ぎ早に話を進めるアヴェステラさんは、それなりの落としどころを用意してくれたようだ。王国でも上位の役職に就くアヴェステラさんが被害を負ったのは紛れもない事実で、それをこの場の全員が確認している。もはやどっちが良い悪いの問題とは別だ。

 そう考えたらハシュテルのやったコトは本当にバカげているな。本気でなにを考えていたのか。


「……いいだろう」


 妥当な言い分でもあるし、レギサー隊長としても最悪の事態ではないはずだ。受け入れるしかないだろう。



「ただしだ、タキザワ団長にも同行してもらう」


「……それは、そうなりますね」


 一年一組にとってはとんでもない要求をしてくるレギサー隊長に対し、アヴェステラさんは少し間を置いてから同意した。


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