第232話 乱入者がたくさん
「『あちら』か。やはりそうだったか」
「シシルノさん?」
狂気に満ちたハシュテルの叫びのせいで、むしろ戦場は膠着状態になっている。
そんな状況でうしろからシシルノさんの声が聞こえた。そういえばシシルノさんは、これを拉致だと言い切っていたが、なにかを知っていたのか?
一番こういう陰謀めいたことに詳しいはずのアヴェステラさんは意識を失ったままだ。
それでも俺たちはシシルノさんとアヴェステラさんを守り抜くと決意をしている。もちろん自分たちの安全も確保しながらだけど。
「すまないね、ヤヅくん。詳しい話はあとにしよう」
「そうですね。今はちょっと」
いつになく歯切れの悪いシシルノさんの口調を聞いてしまえば、それ以上の追及もしにくくなる。
シシルノさんと横に寝かされたアヴェステラさんを守るように立つメガネ文学少女の
あれだけの混戦模様だったのにハシュテル側の人間は全員が五歩くらい下がり、木剣を刃が存在している短剣に持ち替えたところだ。さすがの
そんな一年一組二十二名とシシルノさんとアヴェステラさんがこちら、あっちはハシュテル一党の九名という構図の中央に気絶した騎士が二名と足首を折られて膝を突きながら苦しんでいるひとりが取り残されている。微妙に間抜けな光景ではあるが、緊張感はこれまでになく高い。
「本気ですか? どちらかに一人でも死者が出れば、タダでは済まないでしょう?」
「やかましいわ、蛮族風情が! ぶら下げられた男爵に食いついたあげく、この私にひけらかすか!」
先生の説得にも、ハシュテルは意味不明な返答しかしてこない。
この場合の男爵というのは先生のことを言っているだろうけど、べつに望んで得たわけでもないのがわからないのだろうか。わかっていないんだろうな。
なにせ相手は『金で男爵を買う』ようなヤツだ。
こうなってくると個人的な逆恨みなのか、シシルノさんが言っている含みのある騒動なのかの判別できなくなってくる。
だけど、それでもだ。もはや相手がどうなろうとも知ったことではない。一年一組みんなと、うしろの二人だけは守らないと。
「同じやり方でいいんじゃねぇか? 騎士組で押し入って、あとは任せる」
「だな。こっちはほとんど三倍だ。負けはない」
不敵に笑うヤンキー
だけどな馬那、誰かを失うかもしれない前提の勝ちなんていうのは、認められないぞ。
「盾は『六枚』だ。隙間は先生と中宮で頼む」
「俺も入ってるのかよ」
チョイイケメンの
黙ってはいるが
「
木刀女子の中宮さんもキマった声で俺に指揮を要求してきた。
数で勝っているとはいえ、刃物をチラつかせた階位が上の敵を前にして、俺にそこまで求めるのかよ。ミスって誰かがもし……。
「わかった。全力を尽くす」
自信もないし、覚悟も全くできていないけど、それでも了解するしかない。それが俺の役割だから。
俺は黙って心の中にある光の粒を指定した。頼んだぞ【目測】。使える技能であってくれ。
すっかりその気になっていた俺はこの時、効果がはっきりしている【思考強化】の存在を忘れていた。
◇◇◇
「がっ!?」
「ごっ!」
突然だった。
白いなにかが飛んできたと思ったら、ソレはハシュテル側の騎士を二人巻き込んで、壁にぶち当たってそこで止まった。
せっかくの決意で取得した【目測】を使う暇もない。ソレは人型をしていて、近衛騎士のフルプレートを装備していた。敵が二人も巻き込まれて一緒に吹き飛ばされたということは、『中身』も詰まっていたのだろう。つまりは近衛騎士らしきものが投げ込まれた?
「なにがっ!?」
あまりの事態に驚きを露わにしたハシュテルが叫ぶとほぼ同時に、同じ現象がもう一度発生し、今度も二人の騎士が無力化される。
この場に無関係と思われる近衛騎士の格好をした物体が砲弾のように戦場を通過し終えた時にはもう、立っているハシュテル一党は五人にまで数を減らしていた。
壁際に二体が落ちているけど、生きているよな? そもそも、どういう流れでこうなった?
まったく意味不明な状況に一年一組も動けていない。
「貴様ら、随分とふざけたマネをしているようだな」
その声は、俺たちがこの小広間にやってきた入り口の方から聞こえてきた。近衛騎士砲弾が飛び込んできたのもそこからだ。
やや低めで、やたらとドスの効いた女性の声。
引き締まった長身に第四近衛騎士団『蒼雷』の訓練用革鎧を装備している。綺麗な金髪をなびかせて、青い瞳には炎が宿っていた。
「キャルシヤさん!」
クラスの誰かが嬉しそうに声を上げる。
さっきの人間砲弾をやってのけた当人かはわからないが、そこに登場したのはキャルシヤ・ケイ・イトル『蒼雷』騎士団長その人だった。
「間に合ってくれたか。
「さっすが忍者だよね」
思わず息を吐いた俺の声を拾って、ちびっこの
ハシュテル副長が剣を抜いたまま固まっているが、これで状況は好転した。戦力でも証人の数としても。
小広間に踏み入ってきたキャルシヤさんに続き、同じく訓練用の革鎧を着込んだ騎士が六名。あれは先日の迷宮泊に同行してくれたイトル隊のメンバーだ。
「こ、ここ、これは『灰羽』と、蛮族騎士団、『緑川』の問題だ!『蒼雷』の出る幕など──」
「『緑山』だ。愚か者がっ!」
キャルシヤさんたちの入場にビビり散らした叫びを上げたハシュテルだったが、鋭い声に続きを遮られる。
その人はイトル隊の最後尾から小広間に入ってきた。ひとりだけ明灰色の騎士服を身につけ、手には城内で近衛騎士が持つことを許されている儀礼用の剣を鞘のまま持っている。
第六近衛騎士団『灰羽』副長にしてミームス隊隊長、ヒルロッド・ミームスさんは叫んだのとほぼ同時に広間を突っ切るように駆け抜け──。
「ぐぼあぁ!?」
敵も味方も両方を置き去りにしたまま、ハシュテルの腹を横から鞘付きの剣で殴りつけた。バキバキと嫌な音が広間に響く。
「クズが。貴様が『灰羽』を名乗るのに、腹が立って仕方ないぞ」
気は失っていないのか、地べたでのたうつハシュテルを見下ろすヒルロッドさんの目は、今まで見たことがないくらい冷たい。普段のお疲れ顔など吹き飛んでしまっていて、五歳ほど若返ったように思えるくらいだ。
「で? 隊長さんはこのザマだが、君たちはまだやるのかい?」
残る四人の騎士に鋭い視線をぶつけたキャルシヤさんがそう言えば、彼らは黙ったままその場に盾と短剣を落とし、降参の態度を示した。
こうしてハシュテルたちに絡まれたことで始まった一年一組初の対人集団戦は、俺たちの勝利に終わった。勝利なんだよな? これ。
◇◇◇
「これはどうしたことだ!」
やっと事態が収まったかと思ったところに、ハシュテルたちが登場した方の通路から白い鎧を着た一団が乱入してきた。
今度は五人だ。どうしてこう、いろいろと人物が追加されていくのか。陣営不明な状態で五十人くらいがこの場にいるのだけど。
新しく登場した連中もこれまた近衛騎士だ。白いフルプレートに大盾と剣というフル装備で、肩にある騎士団章は紫色で描かれた盾に剣と槍。偽装でなければ第一近衛騎士団『紫心』だ。上位貴族の子弟の集団だぞ。こんな場所に現れるような連中ではない。
第一と第四、第六、ついでに俺たち第七。四つの近衛騎士団に所属する面々がお互いに顔を見合わせる。
「なるほど、なるほどね。……キャルシヤ・ケイ・イトルだ。貴殿の所属は?」
「『紫心』所属、レギサー隊隊長。ギィラス・タイ・レギサーだ」
「レギサー伯家の者か。男爵で間違いなかったかな」
「そうだ」
どこか納得した風にキャルシヤさんが名乗れば、新しい乱入者のトップらしき人物が返事をした。伯爵家出身の男爵様ね。年齢的にレギサー伯爵とやらの息子か弟かってところだろう。
子爵やら男爵やら、なんでこんな場所にぞろぞろ集まってしまったのか。
そんなレギサー男爵は三十代半ばくらいの茶髪のおじさんだ。わりとイケメン系か。けれど、挙動がおかしい。普通ならキャルシヤさんの目を見るか、未だに床でバタついているハシュテルに注目するシチュエーションだろう。なのにレギサーとかいうおじさんの視線は、壁の方をチラチラと……、って、おい。
壁際に落ちている二体の鎧。さっき人間砲弾をやらかしてくれた、たぶん中身に人が入っている物体、肩に『紫心』の騎士団章と、目の前のレギサー隊長が付けているのと同じ『部隊章』があるのだけど。
つまりあそこに転がっている二体は『紫心』でレギサー隊とやらの所属だと?
「気になるのもわかる。まずは当事者たちに話を聞くのが筋だろう? なに、アレらについては死なない程度に手を抜いたから安心してくれ。こうなった理由については話の流れで出てくるだろう」
「……」
キャルシヤさんが重たいコトを軽く言ってのけると、レギサー隊長は様子を伺うように黙って先を促した。
どうやらキャルシヤさんが使った人型砲弾は、今のところあのまま放置らしい。
この時点でもうおかしいだろ。なぜ助けにいくなり、治療するなりという流れにならないのだろう。キャルシヤさんが結構な圧を出しているのはわかるが、それにしても。
ちなみに暴れていたハシュテルは、ヒルロッドさんが喉の辺りを踏みつけて大人しくさせている。ハシュテルが必死になってヒルロッドさんの足首を両手で掴んでいるが、その程度ではビクともしていない。
普段温厚なヒルロッドさんのやることではないが、相当腹を立てているご様子だ。ちょっと近づきたくないくらいに。
「彼らが勇者たちにより結成された『緑山』の面々であることは知っているかな?」
「ああ、私は昨日の式典に参加していたからな」
「それは僥倖だ。話が早くて助かる。ではタキザワ団長、経緯を」
剣呑な雰囲気のままコトはキャルシヤさんとレギサー隊長の会話で進み、滝沢先生にバトンが渡された。
「……『蒼雷』での訓練を終えた『緑山』一同が、騎士団本部となる『水鳥の離宮』に戻る途中でした」
ちょっとだけ眉をしかめてから、先生は諦めたように経緯の説明を始めた。
とはいえ話は長くない。
「自らの行いに下された王国の決定ですから、それをわたしたちにせいにされても──」
モガモガとハシュテルが暴れているが、当然そんなものは無視だ。無視。
「『緑山』顧問をしてくださっているラルドール子爵が仲裁に入ったところ、いきなり──」
アヴェステラさんが殴られたというあたりで、レギサー隊長がちょっと引きつった顔になる。心持ちヒルロッドさんが足に掛ける体重を増やしたようだ。キャルシヤさんに至っては、もはや怒れるライオン状態だ。
あらためてあの時の光景を思い出してしまい、一年一組にも再び怒りが再燃したのだが、大人たちの殺意が高すぎて、逆に引き気味になっている。
「顧問を害された以上、そこからは戦闘です。人数に勝ろうとも階位の低いわたしたちですから、防御的に──」
先生は防御と言っているが、そのあたりは考え方だ。相手を無力化するのだって防御といえば防御になるしな。
「その際、団員一名を救援要請に走らせました。『蒼雷』にです」
「なぜ逃げずに? もしくは四方に助けを呼びに走らせれば」
「ラルドール顧問が負傷していましたので。それにハシュテル隊の方々はわたしたちに比べてはるかに高階位です。分散してそちらを狙われればどうなるか」
「……そうか」
口を挟んだレギサー隊長だが、先生がよどみなく返すことで納得というか、我慢をするように黙った。
一連の事情説明で先生が詳細な戦闘内容を伝えないように無難な言い方をしているのは、もちろんレギサー隊長を『疑っている』からだろう。倒れている二体の騎士がレギサー隊だということを踏まえてだな。
「その場に駆けつけたのが、救援要請を受けたわたしだ」
「……で、我が隊の二人がああなっている理由に繋がるのだな?」
先生から説明を取り返したキャルシヤさんがぬけぬけと言い放てば、苦い顔をしたレギサー隊長が説明を求めた。
救援を呼び込むことに成功した忍者な草間だが、【気配遮断】を使って部屋の中に入ってきてから、しれっとソレを解除して最初からこの場にいたような顔をしている。抜け目ないところが実に草間らしい。
神授職がバレている以上、誰が救援要請に走ったかは想像できるだろうが、能力までは把握しきれていないだろう。
「あの二人だが、こちらが急いで『緑山』を助けに向かう途中で出会ってな。なにかと口を挟んではこちらの行く手を阻もうとするものだから、無理を言って同行してもらった。ああ、その途中でそこのミームス卿と落ち合ったのも追加しておこう」
ああ残念、黒なんだろうな、レギサー隊。もちろんキャルシヤさんの言っていることが本当ならだけど、草間が同行していたわけだし、嘘が混じっていたらツッコミが入っているはずだ。
そうすると、途中で偶然合流したヒルロッドさんも怪しいということになるか。いやいや、普通ならこれくらいの時間にヒルロッドさんは離宮にやってくる予定で、ここは普段の通り道だ。そこに不自然さはない。
というか、ミステリーみたいな考え方をする必要はない状況だな、これ。
「……正当な警備だったのでは」
「正当? おかしいではないか。通行を規制された廊下でもあるまい?」
「意識を取り戻してから直接聴取しなければわからんが、あの二人はイトル団長、あなたたちが殺気立っていたのを見て制止を試みたのだとしたら」
「なるほどたしかに。だが、この場で乱闘が起きていたのは事実だ。そして隊長の君は認めないだろうが、わたしはなんらかの意図を持って押しとどめられたと感じたものでな」
普段に比べてキャルシヤさんが強引な感じなのは、怒りからだろうか。どことなく開き直った風にも見えるけれど。
それに対するレギサー隊長の言葉には、ちょっとムリが混じっているのが明らかだ。
どの程度の抵抗をしたのかはわからないが、いくら殺気立っていたからといって『蒼雷』団長の勘気を買うようなマネをするのが、もうおかしい。
妙にこのあたりに念を押すキャルシヤさんも、やっぱりレギサー隊長を疑っているんだろうな。
「話を戻そう。現場についてみればなんとだ、剣を持ったハシュテルたちが勇者に害をなそうとしていた」
ちょっと芝居がかった感じでキャルシヤさんが経緯の説明を続ける。まるでレギサー隊長を煽るように。
「これは緊急であると判断したわたしは、乱闘を止めようとした」
「……それで?」
「勇者たちは刃物を持ち出していなかった。だが、ハシュテル隊は違ったな」
「見事な観察眼だな」
刃物を抜いていたのはハシュテルの側だけだと、キャルシヤさんは断言した。その先の答えに想像が到達したのだろう、レギサー隊長は嫌味を挟むくらいしかできていない。
「急ぎ投擲したのだよ。あわてて出動したものだから盾を持っていなくてな。剣では殺傷してしまう可能性があった」
「ほう?」
「すまんな。手近で投げられそうなモノがアレしかなかった。現場に来るまでもいちいち反抗的なものだったから、つい、な」
実に殊勝な顔をして、キャルシヤさんは頭を下げてみせた。
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