第231話 勇者の中の勇者




「どっらあぁぁぁ!」


「貴様っ! 術師じゃないのかっ!」


「【鮫術師】よ! だから、なにかしらっ」


 一瞬だけ崩れた前線のフォローに入った【鮫術師】の綿原わたはらさんが、自身のヒーターシールドで敵騎士の木剣を受け止めてみせた。そのまま【砂鮫】を横からぶつけて、距離を取る。

 無理をして割り込んだ体勢だった。あの受け方じゃ……。


「前衛なにやってやがる。綿原に受けなんかさせるんじゃねえ!」


「わたしだってこれくらいできるわよ……っ」


 駆け寄った【聖盾師】の田村たむらが、がなり立てながら綿原さんの左肩に手を乗せて【聖術】を使ったようだ。

 田村からも見えていてくれたのか。俺が指示を出す間もなく、綿原さんの負傷を察知してくれていたようだ。


 こんな展開で怪我をしたのは、なにも綿原さんだけじゃない。

 術師に比べて外魔力が多い前衛系神授職の連中はもちろん、相対的に防御が薄い【熱導師】の笹見ささみさんや【雷術師】の藤永ふじながなどは、【身体強化】を持っているという理由だけで積極的にワリを食らいにいっている。

 そんなことをしているのは【身体強化】と【頑強】を持つ、硬いヒーラーとしての田村も一緒だ。


 明確にビビりなチャラ男の藤永はもちろん、アネゴ風なのに実はそれほど気が強いわけでない笹見さんが、それでも自発的に、一部は俺の指示で。



 いくら【奮術師】の奉谷ほうたにさんが【身体補強】を掛けてくれているからといっても【身体強化】を持たないグループは、敵の手加減具合があやふやすぎて防御すら危険だ。

 具体的には【聖導師】の上杉うえすぎさん、【氷術師】の深山みやまさん、【石術師】の夏樹なつき、【騒術師】の白石しらいしさん、奉谷さん、そして【観察者】の俺。さらにはシシルノさんと気を失ったままのアヴェステラさん。最後の二人は問題外だな。

 いつも仲良し柔らかグループというメンツだが、この中でも上杉さんと奉谷さんは自己回復ができるだけ、まだちょっとだけマシという状況だ。


 この中では【観察】と【視覚強化】【反応向上】を持っている俺が、ちょっと見切り力が高い。

 前線のすぐうしろで頑張ってくれている夏樹や上杉さんに比べれば避け性能があるぶんだけ、それこそ俺も前へ──。


「勘違いしちゃだめよ、八津やづくん」


 治療を終えようとしている綿原さんが視線を前方に据えたまま俺を見ずに声を掛けてきた。

 しかめっ面の田村は口出しをしてこない。


「わたしたちはね、八津くんがいてくれるから戦えてるの。一緒に戦ってるの。絶対に、絶対に忘れないで」


「……綿原さん」


「イザとなったら遠慮なく前に出て。けど、その時はちゃんと理屈をつけてからよ」


「わかってる。いや、わかったよ」


「そ。ならいいわ」


 それだけを言い含めて綿原さんは前線に舞い戻った。もちろん両脇に【砂鮫】を引っさげて。



「あんまし言わせてやんな、八津。ウチの女子が強いのは、今に始まったことじゃねえ」


「ごめん、ホントだな」


 綿原さんとは逆に一歩後方に下がった俺に、ブスっとした声で田村が話を振ってきた。これは慰められているのだろうか。わかりにくいヤツの筆頭格だよな、田村は。


「ところで八津よ。アイツらが迷宮帰りだっての、どう思う?」


「どこで木剣に切り替えたのかはしらないけど、たぶん本当だ。それっぽいアリバイでも作りたかったのかもな」


「どうしてそう思うよ」


 戦域から目を逸らさず、時々指示出しをしながらも俺と田村の会話は続く。もしかしたら話題を変えて気分を変えようとしてくれているのかもしれないな。


「木剣だけ魔獣の血がついてなかった」


「わかりやすいな、おい」


 田村がツッコミを入れるのももっともだ。


 装備しているのが本体を鞘に偽装している木剣だけに、表面が真っ白だったのが白々しすぎてなあ。革鎧や盾には返り血がたくさんなのに鞘だけが、だぞ。

 アラウド迷宮の出入りは完全管理されているから、ハシュテルは迷宮帰りという事実でもって計画性を薄めてみせようとしていた、というのが現時点での俺の予想だ。


 けれどそのお陰で──。


「粘った甲斐があったぞ、田村」


 動きが落ちてきている敵がいる。



 アイツらが迷宮でどれくらい戦ってきたかは知らない。十階位以上の騎士が対人でどれくらい頑張れるのかもだ。

 それでもハシュテル一党にとって俺たちの戦いっぷりは意外だったはず。何度でも復活してくるゾンビを相手にしているようなものだ、精神的にもクルだろう。


 魔力回復の遅い地上で、内魔力が優れているわけでもない騎士としては【体力向上】は持っていたとしても、使うかどうかは後回しだったろう。


 これもまた、時間が俺たちに味方してくれる要素のひとつだ。



 ◇◇◇



 一年一組の騎士職に順位をつけるとすれば、【重騎士】佩丘はきおかがトップで、つぎに【岩騎士】馬那まな、【霧騎士】古韮ふるにら、【風騎士】野来のきとなるだろう。【剛力】を持っている佩丘が頭一つ抜けていて、残り三人は元々の体格差があるだけで、技能ひとつでいつでも入れ替わる順位付けだ。

 では【聖騎士】の藍城あいしろ委員長はとなると、実は騎士職では一番弱い。これは本人も周りも認める当たり前だったりする。


【聖騎士】は【聖術】を使うことができる騎士だ。

 初代勇者メンバーのリーダー格が同じ神授職だったと伝えられていて、王国としても委員長や【聖導師】の上杉うえすぎさんの存在があったからこそ、俺たちを勇者と認めたという側面がある。俺と綿原さんについては……、アレだ、オマケということで。


 そんな【聖騎士】の委員長だが、世界のルールのお陰でなかなか大変な目にあっている。

 最初こそ回復魔法が使える騎士とか最強じゃんというノリで、むしろ周りが盛り上がっていたのだが、技能の取得システムが内魔力を削るという関係上、両方を一気に育てるとはいかなかったからだ。

 騎士系の硬く強くなる技能と、ヒーラーとして【聖術】系の技能を別々に取らなくてはならない。当然そこにあるのは中途半端さだ。


 結果として現在の委員長は騎士としては五人中五番手で、ヒーラーとしては四人の中で四番手というポジションにおちついている。

 回復役を順位付けするのは簡単だ。トップが【聖導師】の上杉さん、そこから【聖盾師】の田村、続いて新米ロリっ子【奮術師】の奉谷さんになる。ついこのあいだヒーラーになったばかりの奉谷さんがなぜ委員長より上かといえば、持っている魔力量と【魔力浸透】の有無が大きい。


 だからといって委員長を軽く見るヤツなどウチのクラスにはいないのだが。



 委員長はその名の通り、クラスの代表としての責務を異世界に来てからすら背負ってくれている。メガネが本体だったり委員長が本体だったり忙しいヤツだ。

 最初の夜に先生が先生を辞める発言をしたことを受け、委員長はクラスの代表に納まった。これは間違いなく先生最初のファインプレーだったと今でも思う。


 中宮さんや上杉さん、ミアとは知り合いだったとはいえ、先生はクラス全員の性格や能力を知らなかった。同時に先生は、俺を除く一年一組全員が十年来の付き合いで、中学の頃にブイブイいわせていたことを知っていたのだ。どうやら小料理屋『うえすぎ』で山士幌中学の先生たちから話を聞いていたらしい。

 だからこそ先生は肩書と年齢を捨て去り、一年一組にふさわしいリーダーやそれぞれの役どころを生徒たちに任せた。自分語りをあまりしない先生なので、その時の胸中についてはちょっと不明だったりする。


 結果として俺や古韮、野来、白石さん、ひきさん、夏樹あたりのゲームや異世界モノに詳しい連中は神授職システムを調べることに没頭し、先生や田村、上杉さん、そして委員長たちは異世界の社会を調べる方に向かった。

 そんな中で一番の苦労を負ったのは委員長だったというのが、一致する俺たちの考えだ。


 さいわい王国側の担当者たちはアヴェステラさんを筆頭に良い人たちばかりだったが、それでも場面ごとに判断をするハメになった委員長の心労は大変なものがあったと思う。俺には絶対不可能だし、たぶんほかの誰でもだ。かろうじて上杉さんならギリいけたかな、くらいか。

 先生はどちらかというと精神や武力方面で心の支えになってくれるタイプなので番外。


 長々とした回想だが、ウチのクラスの委員長はすごいんだぞ、という話だ。



「なぜだ。なぜここまで粘れる」


 前線にいる騎士のひとりが怯えを含んだ声を出した。


「勇者だからかもですね」


 したたかに肩を殴られた委員長が自己回復をしながら、それでも敢然と言い返す。


 普通の【聖術】使いは自分を治療する機会はそう多くはない。

 階位の高い【聖術師】自体が稀であるし、常に最後方で守られているのが当然。誰かを治療するための存在が、自身に怪我を負ってどうすると。


 だが同時に、【聖術師】が自分自身に掛ける【聖術】の効果は非常に高い。

 魔力の色とも呼ばれる魔術の通りの良さだが、自分自身なら完全に同色だ。他者相手だからこそ必要な魔術行使の同意すら無視できるし【魔力浸透】も要らない。


 騎士職である委員長は最前線で戦い、そして自分を治療し続けてきた。


「自分で自分を治した回数だけは自慢できるんだ!」


【聖騎士】という伝説の職を持ち、自他共に認める勇者たちのリーダーであり、常に最前線で戦いながら決して倒れない、勇者の中の勇者。またの名をメガネゾンビナイト。

 それが一年一組出席番号一番、藍城真あいしろまこと委員長だ。



「ええい!」


「ぐあっ」


 ソレは偶然だったかもしれないが、それでも今回の集団対人戦闘で『勝利』するきっかけを作ったのは委員長だった。


 自己回復をしながら戦う委員長は、ほかの騎士職四人に比べて『立て直しが速い』。一列になっている壁の中で、委員長のところだけだけタイミングがズレるのだ。


 相手の騎士は勇者という幻想でもって精神的に追い詰められ、体力的にも疲労していたのかもしれない。

 力も速さも足りていない委員長をどうしても打ち倒すことができず、焦りが隙を生んだのだろう。達人ではない委員長がそこを突けたのはたぶん偶々だ。事実、相手騎士と委員長はもつれるようにしてその場で転んでしまったのだから。


「えいっ! あっ!?」


 倒れた二人の脇をちょうどのタイミングで駆け抜けたのは、スピードキングな【嵐剣士】のはるさんだった。彼女の走る速さだけは、その技術も相まって十二階位の騎士にも通用するし、常日頃から魔獣との対戦で『下段』の練習に重点を置いていたのが大きかったと思う。


 春さんの振り抜いたメイスは、よりによって相手騎士の頭にクリーンヒットしてしまった。

 走るのは上手でもメイスを正確には振るえないという春さんのキャラがもたらした結果だ。


「だっ、大丈夫ですかっ!? うわっと!」


 自分たちの怪我も嫌だけど、相手を傷つけてしまうことにビビっていた俺たちだ。春さんなどは敵にも関わらず敬語で心配の言葉を投げかけたのだが、そこでしてしまった余所見がいけなかった。

 まったく減速しないまま、横にいた騎士に体当たりする形になった春さんは、委員長と似たように相手を巻き込むように転倒してしまう。もはや多重衝突事故だった。


「もしかして隙あり?」


 それに反応できてしまったのは、ムチを振りかぶっていた最中の【裂鞭士】疋さんだ。


 器用にも彼女は春さんに衝突された敵騎士の首にムチを巻きつけ、そのまま【魔力伝導】による魔力デバフを発動する。


「えいっ!」


 そこに春さんをサポートするように動いていた【石術師】の夏樹が、四角い石をふたつ、ムチで首を絞め上げられていた敵の顔面に叩き込んだ。こっちはもう偶然というより、姉が敵と至近距離で転んでいるという状況を見て、明確に害意をもって行ったように見える。

 大人しい顔をして容赦がないヤツだ。相手が十二階位じゃなかったら即死攻撃だろ、それ。



「え? ええっ? 生きてるよね? 二人とも死んでないよね?」


 がばりと起き上がった春さんが最初に心配したのはソレだった。気持ちはわかる。


「大丈夫、今のところ呼吸はしてる」


「そ、そっか。どうしよう」


 というわけで【観察】した俺が二人の生命を保証したが、春さん、いちおうまだ戦闘中だ。相手もうろたえているけど、こっちまで付き合う必要なんてないんだよ。


 あちらは迷宮帰りで、こっちは訓練後だから、共にヘルメット装備だったというがせめてもの救いかもしれないな。



「イヤァァァ!」


 そんな混乱状況の中、つぎにアクションを起こしたのは【疾弓士】のミアだ。


 体の大きい馬那をギリギリまでの遮蔽物にして最前線に踊り込んだミアは低い姿勢を維持しながら、思わぬ展開に動揺している二列目の騎士の足首にメイスを叩きつけた。


「があぁっ!」


「アヴェステラさんの仇デス」


 綿原さんと並ぶ天才肌のミアだ。彼女のメイスは明確に足首を狙い、しかも中宮さんの指導どおりに力を逃がさないような角度で振り抜かれていた。

 あれなら死ぬことは絶対にない。だけど、まともに動くことができるような軽い怪我ではないのは明らかだ。


 アヴェステラさんの名を出しつつも、ミアは涙を流しながらつぎの標的に向かって動き出した。泣き虫め。



 ◇◇◇



「マンチェスターだっけ」


「ランチェスターだ。三人も削れたのはデカい」


 俺の問いかけに軍オタの馬那が背中のままで返す。


 戦おうとしていないハシュテルを除けば向こうは八人、こっちは欠員なしで二十二人のまま。

 なによりデカいのは相手に【聖術】使いがいないことだ。大怪我をした三人の戦線復帰が不可能なのはもちろん、小さな怪我なら向こうも多い。対するこちらはゾンビ騎士の委員長を筆頭に、回復役が四枚も揃っている。


 左右の十三階位は先生と中宮さん、白石さんで抑えきれている。イケるぞ、これは。


「八津、指示出せ。勝てるぞ。だけど丁寧にだ」


「了解だよ。馬那」


 俺の指示を求めながらも前進していく馬那の背中が、たまらなく頼もしいな。



「なにをしているかぁぁ!」


 そんな状況を見ていたハシュテルが錯乱したように、腰の剣を抜いた。

 アイツだけは実剣なのは確認できていたが、まさかここで抜くのか。


「もういい! 全員短剣を使え! 血を見ればヤツらの気も変わるだろうが!」


 狂的な笑みを浮かべたハシュテルが叫んだ。


 戦場の空気が一段階重たくなるのがわかる。

 刃物を持ち出された戦闘なんて、俺たちにできるのか?


「腕の一本や二本、どうでもいい! あちらは勇者がいればいいだけだ! やってしまえ!」


 今ハシュテルはなんと言った?

 あちら? どういう意味だ?


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