第230話 一年一組という戦闘集団
「おおらぁぁぁ!」
意外にもヤツらに真っ先に突撃をかけたのはアヴェステラさんの治療をしている【聖盾師】の
一歩目二歩目は静かに、体重を速度に換えた三歩目で大きな声を出した佩丘は、あとのことをまったく考えてもいないような素振りで敵の真っただ中に飛び込んだ。
言うまでもなく九階位で【重騎士】の佩丘は一年一組で一番『硬い』存在で間違いない。だからといって、これはさすがに。
佩丘には目もくれず、ひとまずの治療を終えただろう田村はアヴェステラさんを抱きかかえて、こちらの陣営に走ってきていた。この時点で佩丘の行動した理由がわかる。田村とアヴェステラさんをこちらに向かわせるための囮だ。つまりアヴェステラさんは生きている。
先生の言葉につづくこの朗報で、心が完全に前に向いた。
だがそれでも田村が逃走できるような隙を作り出した佩丘が、そのまま無事で済むはずもない。
周りにいたハシュテル側の騎士たちは突然の出来事に混乱しながらも、木剣を使って佩丘を殴りつけている。どの程度手加減されているのかどうかもわかりはしない。
少し慌てた感じになった
「おうらぁ! 俺は元気に、生きてて、動いてるぞぉ!【痛覚軽減】サマサマだぜ!」
複数の騎士に囲まれた佩丘が吠えた。あからさまな強がりを叫びながら、盾を手放さず、メイスを滅茶苦茶に振り回して敵の困惑を誘っている。
「こんなのはケンカだ、ケンカぁ! てめえらも気合入れろや!」
てめえらというのが敵の騎士に対してなのか、一年一組に向けた言葉なのかが判別できないぞ。
だけどヤツのそんな行動が俺たちの心に最後のスイッチを入れてくれたのだと思う。先生が言葉で諭したように、今度は佩丘が行動で見せつけてくれたんだ。
「
俺の叫びを聞いたつぎの瞬間にはもう、佩丘を取り囲む騎士たちにサメと石が襲いかかった。
そこそこに重量がある角ばった石がふたつと、二匹のサメは騎士を倒すレベルには至っていない。牽制する程度の威力でぶつかり、相手の動揺を誘う。
近衛騎士は術師への対応が甘い。そこに付け込む隙が生まれる。
「前衛、チャージ! 佩丘のところまで一気にいくぞ。後衛も続け!」
「おう!」
予定外の前進ではあるが、これこそが一年一組が想定していた格上に対する集団戦闘のあるべき姿であることに間違いはない。まったくもって佩丘め、やってくれる。
◇◇◇
一年一組は対人戦を想定するに当たっていくつかの方針を立ててきた。
ひとつは七階位くらいまでの一対一でも対応できるような相手の場合、ほかには近衛騎士総長クラスの強敵を相手にした場合、という感じだ。後者はまだまだムリだけど。
その中でも今回のケースは十階位から十三階位くらいの、この国では強者の部類で、それでいて数が揃えられる集団との闘いだ。俺たちが襲われるとしたら可能性として一番高いのがコレだろう。
ガラリエさんやヒルロッドさんがたくさん現れたぞ、といったところだろうか。
それに対する俺たちの解答は三人がかりだった。
正確には受ける、邪魔をする、そして攻撃をするという三つの役割を複数人数でこなすという方針だ。さらにそこには回復と魔力タンク、指示出しが加わることになるが、戦闘そのものとは関係ないので置いておこう。
そう仮定した場合、数字だけなら相手の三倍の人数が必要だとなってしまう。たしかに階位の開きが五ともなると、それくらいの戦力差があってもおかしくないのがこの世界だ。
だけど一年一組はちょっと違う。二人で三役をやってもいいし、ひとりが複数の敵を邪魔するのもアリなのだ。三対一ではなく五対二ならやれてしまえそうな、そんなメンツが集まっている。そうあれるように技能を取って、練習をして、戦い方を模索し続けている、そんな連中が。
『そもそも数が二倍なら集中効果で──』
この手の話になるとノリが良くなる軍オタの
ガンバ……、ランチェスターがどうのこうのだとか。要はこちらの人数が多いなら、役割りを意識して一対一ではなく多対多で戦えるようにしなさい、いうことだ。
「まさに予想どおりの展開ではあるけど」
「みんな、頑張ってるけどね」
額に汗をして戦況を【観察】する俺を軽く見上げた
やはり本格的な殴り合いになると、緊張して当たり前だ。
「気持ちはわかりますが、ほどほどにですよ?」
「わぁってるって」
「本当にですよ?」
「……ああ」
最前線から引きずり戻されてきた佩丘は、
どうやら右の鎖骨が折れるところまでいっていたらしい。いくら【痛覚軽減】があるからといっても、体の動き自体には影響が出てしまうのだ。盾を持っている側をヤラれていたら、本気で倒されていただろう。無茶を叱る上杉さんの気持ちもわかる。
「悪いけど佩丘、急いで前に」
「ああ。任せとけ」
「たのむ」
「おうよ」
治療が終わったらしい佩丘には即前線に戻ってもらうしかない。
本格的な戦闘に入って数分。ハシュテルと会ってしまってから数えても、まだ十分も経っていない。
幸い細長い小広間という部屋の構造上、横に広い展開にはなっていない。
ジャンプ攻撃とかをしてくれば、そんなのはむしろ術師のカモだ。相手もそれをわかっているのか、それとも力で押し切るつもりなのか、五人くらいずつが横長で二列になるようにしてこちらに押し込んできている。
『
「あいよお!」
念のためにこの手の指示だけは日本語で出しているが、どれくらい効果があるかはあやふやだ。
最初の突撃ではこちらが完全に押し負けた。
佩丘が先行していたので、こちらの盾役は【聖騎士】の
陣形の関係上、ほぼ同数の敵と真正面から盾をぶつけた結果、野来と海藤、ついでに委員長がしりもちをつく羽目になった。
しりもちなんて優しい表現をしてみたが実態はもっと深刻で、それだけで手首や肘にダメージが入っていたようだ。
それでも向こうの勢いも緩み、その隙に佩丘をこちら側に引っこ抜き、さらには【聖盾師】の
立て直すまでの時間を稼いでくれたのがアタッカーたちと、それを支援する術師になる。
【雷術師】の
それ以外となる【石術師】夏樹、【熱導師】笹見さん、【鮫術師】の綿原さんは、普段からコントロールの練習に励んでいたお陰で、こういう展開になると強い。
そもそも術師の対応に疎い近衛騎士だ。【嵐剣士】の
【裂鞭士】の
「ちぃっ!」
「あぁぁいい!」
「とあっ!」
「しゃぁぁっ!」
泥臭くごちゃついた戦域の右端と左端では、先生と中宮さんがそれぞれ十三階位の敵とタイマンを張っている。
状況としては、壁際からうしろに回り込まれないように足止めが手一杯といったところか。
先生は相手が十三階位であろうとも、素手同士なら裏技込みで五分にやれてしまいそうな気がする。それでも相手は木剣と大盾を持ってるわけで、そもそもリーチが嚙み合っていないのだ。
一か八かで飛び込む技を持つ先生だが、相手の方が圧倒的に速いため、それをするのは本当に賭けになる。
中宮さんは中宮さんで力も速さも圧倒されているが、リーチは同じで技術は上回っている。
かなり危ない場面もあるが、それでもなんとか捌いてくれている状況だ。変幻自在の歩法とうねる木刀が相手を惑わせている。『北方中宮流』の真骨頂だな。
こちらは既に奥義やらなんやら、全部を出しきっているようだ。どうせ相手には理解も学習も出来まい。
俺が二人にお願いしたのは現状維持だ。
この状況、戦闘時間が伸びる方が、いろいろな要素で俺たちには有利に働くはずだ。一番大きいのは援軍到達か、通りすがりの目撃者だな。それ以外にもあるのだけれど。
俺がそんな判断をできた最大の要素が【騒術師】
「あぁぁいっ!」
「うおぉっ! なにが!?」
今も先生のキックを盾で受け止めた騎士が、驚きの声を上げて一歩後退した。
それを為さしめたのが白石さんの【音術】だ。
白石さんの【音術】は任意の地点で音を鳴らすだけの魔術とされているが、彼女はそこに一工夫を入れた。
『
俺の耳元でぶんっと『メイスが横切る』ような音が聞こえた時は、心底驚愕したものだ。
普段は手を叩くような鋭い音を練習している白石さんだが、べつの音を出せないわけではない。
熟練度の関係もあるが【音術】はそこまで複雑な音を出すことはできない魔術だ。会話や歌など問題外だし、伝説では鳥の鳴き声を操ったとか、そういうレベルで手一杯。軍では音の長さでモールス信号みたいな通信の真似事をしているらしいが、そういう魔術だと認識されている。
そもそも『音』は空気の振動だ。
ならばと俺たちは【音術】を【風術】の一種として考えてみた。そこでふと野来が思いつく。【音術】と『風切り音』は相性がいいのでは──。
それが今、見事にハマっている。
相手の騎士からしてみれば、たまったものではないだろう。先生や中宮さんの攻撃を捌きながら、見えないメイスが近くを通り過ぎるのだ。たぶんアイツらはそれが【音術】だとも理解できていないだろう。
魔術の可能性が高いとはいえ、スピードアタッカーの春さんや動けるエルフのミアが駆け抜けている戦場だ、それがいつ本物の攻撃に入れ替わっているかなど誰も保証してくれない。
ヤツらは『音』に対応せざるを得ないのだ。
かまいたちでもなければ真空刃でもない、攻撃力皆無の攻撃に対して。
白石さんの持つ【遠隔化】と【遠視】がここで生きた。もちろん練習の成果もある。
最後方でシシルノさんと、まだ意識を取り戻していないアヴェステラさんに気を配りながら、それでも白石さんは丁寧に先生と中宮さんをフォローしているのだ。
俺もあえて白石さんには指示を出していない。声掛けのタイミングで白石さんの正体が割れるのは惜しい。あくまで彼女は後方で怯えている、戦闘に向かない術師でいてもらおう。
「綿原さん、疋さんのフォロー入って。馬那が戻るまで粘ってくれ」
「わかったわ」
白石さんとは逆に、俺は声を出すのが仕事だ。
左右の隅はどうしようもない。中央部が決壊しないように気を付けて、全員の位置取りと怪我の具合でメンバーを入れ替える。
時には意味もなく位置取りを変えることで、相手を惑わせることだってやってみせた。
「やっぱりすごいな。みんなは」
毎日の訓練で様々な組み合わせを試してみて、得意なコンビネーションをたくさん作って、時にはマンガやアニメで見たことのあるネタまで試して、そうして築き上げた動きが十二分に発揮できている。
みんなは俺の指示があるからできることだ、などと言うけれど、それは逆だよ。
皆がいてくれるから、俺は安心して見て、口を出せるんだ。
◇◇◇
「ええい、相手は九階位と八階位だぞっ! さっさと打ちのめさんかぁ!」
危うい均衡であるが、クラス全員が自分のやるべきことを理解して、仲間たちの動きを見切っているからこそ連携が成立している。本来なら力と速さで切り崩されていてもおかしくないところで、それでもギリギリ持ちこたえているのだ。
仕掛けてきたハシュテルはこの状況を予想もしていなかったのか、喚き散らしているばかりで、なにかの策を持ち出すわけでもない。
おおかた人数差など、騎士職を揃えているのと階位で打ち破れると思っていたのだろう。こちらは半数以上が『戦えない』術師というのも念頭にあったのかもしれないな。
こちとら勇者一同は、階位も神授職もバレバレだからな。なにせ昨日の式典では王女様のお墨付きで全部をバラしたくらいだし。
「なぜ崩せん!」
「一年一組だからだよ!」
ハシュテルの叫びに対し嘲笑うように返したのは海藤か。
そのとおりだ、ここで耐えきれている最大の理由は、俺たちが一年一組だから。
そっちは高階位の騎士が揃っていて強い。それはわかっている。
だけどそっちが持たなくて、こっちに存在するものはいくらでもあるぞ。
「ほれよ。いけ」
「うん!」
倒れた野来を、その身を盾に庇うようにしながら治療してしまう【聖盾師】の田村がいる。上杉さんも委員長も、俺の指示で頻繁に前に飛び出す奉谷さんも。
四人もの【聖術】使いがここにいる。
「はいっす」
「ありがとうございます」
藤永が上杉さんに【魔力譲渡】を行使した。
藤永だけではない、奉谷さんも白石さんも状況に応じて魔力を融通できる魔力タンクだ。つぎの階位でたぶん増えるだろう。
もともと魔力が豊富な術師たちが、さらには【魔力回復】だって持っている。
それになにより、全員が【体力向上】【平静】【痛覚軽減】を揃えているのだ。
治療手段さえ確保できていれば、冷静に、痛みに耐えて、長時間、魔力の続く限り──。
「覚悟が決まればなあ、俺たちはどれだけだって戦えるんだよ!」
先頭で盾を構える古韮が叫んだ。いいセリフを持ってかれたな。
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