第234話 反省会をしよう




「アヴェステラさん!」


 滝沢たきざわ先生を事情聴取の場に連れていくという話を聞いて真っ先に噛みついたのは、もちろん先生大好きな中宮なかみや副委員長だ。さもありなん。


 たしかにケンカをしていた当事者のトップ同士を呼び出すのは真っ当だ。けれど、だからといってそれを呑めるかは別問題だぞ。


「ナカミヤさん。わたくしとミームス卿も同行します。もちろんイトル卿も」


 アヴェステラさんはその場にヒルロッドさん、さらにはキャルシヤさんも同席すると言ってくれた。それは確かに頼もしい。だけどそういうことじゃないのも、アヴェステラさんは知っているはずだ。


「話になりません。一年一組が単独行動など、あり得ません!」


 中宮さんが叫ぶ。まあ、そういうことだ。


 以前にあった迷宮の調査会議についても、最初は俺と綿原わたはらさんの二名だったところを、先生と中宮さんが付いてくるという展開になった。あの時は呼ばれた二人が後衛職というのもあったが、いくらクラス最高戦力の先生だからといってひとりというのは流石にマズい。

 これはアヴェステラさんたちを信用しているとか、そういう問題とはべつの話なのだ。



「レギサー隊長」


「……なんだ」


 面倒なことになったと様子を伺っていたレギサー隊長に、先生が話を振る。


「事情聴取の場ですが、高貴な方はいらっしゃるのですか?」


「君たちは王室直轄だ。ご予定を確認することになるが、王子殿下か王女殿下にお出ましいただくことになるだろう」


 王子様とか王女様って、そんな気軽に予定にない行動を許される立場なのだろうか。

 レギサー隊長の言葉に俺の中の異世界常識がまたもや乱れていく。本当だとしたら随分とフットワークが軽い王族もあったものだ。いやまあ、気軽に街を歩く王族とかそういう話も多いけど。


「本来ならば総長閣下の裁定なのだがな」


 続く言葉にゾっとした。


 たしかにコレは近衛騎士団同士のイザコザだ。ならば近衛騎士総長が判定をしてもおかしくない。


 だがこれは内情を知る側としては光明だ。そういうことなら、まず間違いなく王族側から第三王女が出張ってくるはず。王女様にとって『緑山』は折角立ち上げたばかりの『自分の騎士団』だ。こちらに不利になるような結果にはさせないだろう。

 ヘタをすると今回の件、王女様の仕込みまであるかもしれない。ああ、なにか事件が起きるたびにこんなことを考えるようになってしまった自分がイヤになる。



「従者もしくは参考人という形でもかまいません……、二名。二名を従えるのは王族の方々に対して失礼に当たるでしょうか」


「……騎士二名の同行程度ならば問題ない。そもそも君たちの剣は王室に捧げられているのだからな。事情を聴く場に大人数で参加することに意味がないだけだ」


 どこか投げやりな感じにレギサー隊長が先生に返事をする。だが、言っていることはマトモだ。そこが逆に胡散臭いな。


 もしかしてこの人、逃げに入ったか?

 どうにもハシュテルの口からレギサー隊長の名前が出てこなかったあたりから、態度を変えてきているような。


 伯爵家の出だというし、ヤバくなったらなんとかできるだけの伝手があるということかもしれない。

 でもそれって、あの王女様が絡んできたら逆効果な気もするんだが。【聖術師】のパードを使って『勇者排斥派』を追い詰めて、騎士団発足への足掛かりにしたのが思い出されるな。



 先生はアヴェステラさんに視線を送っていた。

 軽く頷き返されたのを確認してから先生は軽く息を吐く。


「では、中宮さんと佩丘はきおか君。お願いできますか」


「はい!」


「おうっ」


 先生が選んだのは一年一組最強の剣と盾だった。



 ◇◇◇



りんばっかりズルいデス」


「まあまあ」


 自分が選ばれなかったと拗ねるミアをボーイッシュなはるさんが宥めている。



 先生が決断したあと、俺たちがその場で二手に分かれるようなコトにはならなかった。

 アヴェステラさんだけは病み上がりにも関わらず、ヒルロッドさんを護衛代わりにしてどこかにぶっ飛んでいったのだが、なにをする気なのかが易々と想像できてしまって、なんとも申し訳ない気分だ。


 やらかしたハシュテル一党は迷宮装備で汚れているし、一年一組やキャルシヤさんたちは訓練用の恰好なままだったので、そのまま王族の前に出るわけにもいかない。

 ご丁寧にもイトル隊の一部に護衛をしてもらいながら離宮に戻り、風呂と着替え夕食とを一通り済ませてから、迎えに参上してくれたアヴェステラさんとヒルロッドさんと共に先生たちは出発していった。

 同行することになった中宮さんと佩丘の気合といったらもう。


『今度こそ、みなさんの期待を裏切りません。絶対にです』


 去り際、心配そうにする一年一組『十九人』に残したアヴェステラさんのセリフがそれだった。

 俺たちの期待、か。大怪我を負った張本人のアヴェステラさんが、まるで加害者が謝罪するような言い方をするのだ。そこに俺たちをハメたような雰囲気はなく、むしろ自らの不甲斐なさを嘆くようなそんな感情が見て取れた。



「あの時の近衛騎士だけど、なんか嫌々だけど偉そうっていうのかな。なんで俺たちがこんなことを、みたいな?」


 ニンジャな草間くさまがキャルシヤさんに助けを求めに走った時のことをみんなに語る。


「行きは【気配遮断】でスルーしたからいいけど、帰りでキャルシヤさんと押し問答みたいになってたらさ、そこにヒルロッドさんが通りかかって慌てて説明したんだよ。そしたらもう、鬼?」


「そんなことになっていたのかい。ヒルロッドもやる時はやるじゃないか」


 身振り手振りで説明してくれている草間に、この場に居残ったシシルノさんが薄く笑ってツッコミを入れた。



『すまないが、詳しい説明は許可が下りてからなんだ。申し訳ない』


 離宮に辿り着き、帰りが遅くなった一年一組を心配していたメイド三人衆に事情を説明したあとで、シシルノさんは真正面から謝ってくれた。


『誓って言うが、これは謀略などではないし、もちろんアヴィも関与していない。それだけは信じてほしい』


 あのシシルノさんがそこまで言って、しかもどうやらメイドさんたちも思い当たる節があったのか、口を濁しながらも同調したのだ。最短ならば先生たちが戻ってきた段階で事情を打ち明けられるようになるはずだ、と。

 これでアヴェステラさんたちが裏切っていたとしたら、もはやアウローニヤで俺たちに信用できる人など誰一人いなくなるだろう。


 だからこそ、先生たちはそれを信じて離宮をあとにしたのだ。


 ついでにいえば、シシルノさんはいつの間にかヒルロッドさんのことをファーストネームで呼んでいた。シシルノさんだけではない、メイドさんたちも全員がお互いにだけでなく、話題に出てくるたびに『アヴェステラさん』とか『ヒルロッドさん』とか、そういう風に。

 もはや勇者担当者たちのあいだでなにかがあったのは間違いないし、彼女たちはそれをワザと晒してくれているのだと思う。


 どうしようもない不安は残されている。

 だけどこちらを元気づけようとあからさまに振る舞ってくれているメイドさんたちの雰囲気に、それこそあのアーケラさんまでもが一年一組の奮闘を聞きたががるものだから、あえてソレ乗せられて俺たちはさっきまでの戦闘について語り合うことにした。


 反省会というやつだな。

 あとで中宮さんと佩丘が仲間外れにされたと不貞腐れるかもしれないが、あっちはあっちで名誉なお仕事の最中なのだから、文句を言われても知らん。



 ◇◇◇



「っぱし、人間にボール投げるのはキツいわ」


「デスデス」


 野球少年の海藤かいとうがぶっちゃければ、アーチャーエルフのミアがそれに頷く。


 初の対人戦闘、しかも集団戦で浮き彫りになった問題はいくつもあるが、一番だったのはやはり手加減についてだろう。

 もちろん相手を思いやってのことではない。俺たちがイヤな気持ちになりたくないだけだ。


 迷宮の魔獣を倒すことにはほとんど抵抗を失くした俺たちだが、人が相手となるとそうはいかない。


「ミアの弓は牽制程度だろうな。海藤も。どうせ混戦になったら、なあ」


「そのぶんメイスの練習しマス」


「俺も盾だなあ」


 二人の気持ちはわかるので俺がそう提案すれば、ミアと海藤もあっさりそちらの方向に考えを切り替えてくれた。周りも納得の様子である。

 ミアは天才系で海藤も体の動かし方はわかっている側だ。迷宮でも近接戦闘はやっていたことだし、あまり不安は持っていない。



「ハルはねえ。メイスを練習するしかないよね」


「一緒に励みマショウ」


「うん、僕もだね」


 反省という意味で一番おちこんでいたのは【嵐剣士】の春さんかもしれない。ため息を吐きながら、それでも精進を誓った。

 それに乗っかるのはミアと【忍術士】の草間だ。草間は戦闘にノータッチだったからな。救援を呼びに行くという大手柄を上げたのは間違いないが、実戦での経験値を積めなかったのは残念でもある。あんなのを経験とか、あんまり考えたくもないけどな。


 春さんの攻撃、アレはヤバかったと俺も思っている。それをいったら弟の夏樹なつきの『ダブルストーンキャノン』も大概だったが、アレは覚悟を持っていたからまだマシだ。

 だけど姉の春さんの方は、メイスの制御が甘いからこそ起きてしまった事故である。相手が十二階位だったから気絶程度ですんだが、七階位くらいの一般的な相手だったら殺していた可能性すらあった。マジ反省というムードになるのも仕方がない。



ひきさんはすごかった。なんていうか【裂鞭師】って言ってもいいかも」


「うへへ、そうっしょー。だけどアタシは【裂鞭士】だからさ、もっと前にも出れるようにするし」


 揺れ動くサメを見ないようにしながら、俺は【裂鞭士】の疋さんを絶賛した。

 照れる疋さんだが、それくらいの活躍だったと心から思うのだ。ただしアタッカーとしてというよりデバッファーとして。だからこその【師】なのだ。


 とにかく器用な疋さんは、盾の隙間を縫うようにしてビシバシと敵の足にムチを入れ、魔力を削りまくっていた。それがどれだけ戦列を維持するのに役立ってくれたことか。最後に首を絞めていたのなどはオマケだ。

 ひとつ問題があるとすれば、疋さんはあくまで前衛職なので、内魔力量に難がある。【魔力伝導】を使い続けるのはちょっと危ないかな、くらいだろう。



「盾役は問題無しってことでいいのか?」


「ああ。勝利の立役者だよ。とくに委員長は最高だった」


【霧騎士】の古韮ふるにらが調子に乗ったコトを言うが、まったくその通りなので俺から言うことなど誉め言葉しかない。


「ゾンビ勇者アタック!」


「やめてくれよ、それ」


【風騎士】の野来のきが茶化せば、【聖騎士】の藍城あいしろ委員長は苦笑いで返す。


 最前線を張り続けていた連中だ。怖かったろうし、痛かっただろう。いくら【平静】や【痛覚軽減】があったとしてもだ。

 それでもやれてしまう精神の持ち主だからこそ騎士という神授職を得たのだという説を、本当の意味で思い知ったかもしれない。


 だけどそれを言ったらハシュテルも騎士職なので、やっぱり意味がわからなくもなるのだが。

 異世界転移した時の特別な判定とかか?



 ◇◇◇



「わたしは【魔術強化】を取った、かな」


 話は後衛に移る。


 まず話題に上がったのは【騒術師】の白石しらいしさんが取得した【魔術強化】だった。

【聖導師】の上杉うえすぎさんが【覚醒】を、【聖盾師】の田村たむらが【治癒識別】を取るのが既定路線だったように、白石さんの【魔術強化】もごく自然な選択だろう。


「『エアメイス』はかなりイケてたと思う。先生も中宮さんも技こそ出し惜しみしていなかったけど、かなり助かっていたのは間違いないよ。対人戦なら当面のメインスキルでもいいんじゃないかってくらい」


「えへへ」


 俺の偽りのない言葉に白石さんがテレテレして、非公式婚約者の野来はのほほんと感心し、綿原さんのサメが多少あらぶっているが本当のことだ。


 白石さんの『エアメイス』は空気で作られた不可視の打撃ではない。意味合いとしては『エアギター』みたいなもので、対象の近くでメイスが振るわれる音がするだけの代物だ。

 だけどそれが達人たる先生や中宮さんのサポートとして使われた場合、その効果は絶大だったと証明された。九階位の先生と中宮さんが八階位の白石さんの手を借りる形で、見事に十三階位二人を抑えこめたのだから。


 迷宮の魔獣に対してはむしろ鋭い音の方が有効なのだが、対人戦を有利に進めるという意味で『エアメイス』は、たとえネタバレしても通用しそうな気がするくらいだ。


「こりゃもう、白石の『エアメイス』、前衛の全員と合わせられるようにしとかないとな。とくにアタッカーとは」


「ええぇ? 大変そう」


 微イケメンな古韮が顎に手を当てマジモードでそう言えば、白石さんはさらにテレながら両手を前に出して振り回す。大人し系文学メガネ少女がそれをやるものだから、萌えポイントはふむふむ、実に高いな。

 素直に感心している俺の近くをビュンビュンと鮫が泳いでいるが、随分と自己主張が激しい。



 ほかの後衛メンバーも突然の事態に対応しようと、それぞれに技能を取得していた。


【石術師】の夏樹は【遠視】。ペアを組む【嵐剣士】の春さんが速すぎるのもあって、距離が開くケースが多くなってきている。それを補うためにも、精密に遠くまで石を飛ばすことを求めたわけだ。


【熱導師】の笹見ささみさんは【視野拡大】を選択したようだ。彼女の場合は『熱球』による騎士全体のフォローがメインになっているので、広い視野を求めたということになる。


 新米ヒーラーで【奮術師】の奉谷ほうたにさんはついに【魔術強化】を取った。彼女は【魔力浸透】を持っているので、この段階で普通にヒーラーとしては一人前に近い。

 ウチのヒーラー事情も専属の上杉さんと田村に対し、騎士兼任の委員長、バッファーと魔力タンクができてしまう奉谷さんという、随分と豪勢な布陣になってきた。


 そして【鮫術師】の綿原さんは【視覚強化】だ。それ自体に疑問も異論もないのだが、彼女のメガネは健在である。アイデンティティは大切だな。俺としてもメガネレスな綿原さんはちょっと想像つかない。



 と、ここまで話してもまだ先生たちは戻ってこない。

 話の途中であってもチラチラと扉を見る連中もいたりする。そりゃそうだ。


 今晩ばかりは口こそはさんでこないものの、シシルノさんをはじめ、メイド三人衆も談話室に居残っている。

 時刻はすでに十刻、つまり二十時を過ぎているのだが、出かけて二時間近く経ってもだ。

 シシルノさんたちの表情から焦りのようなものを感じられないのがせめてもの救いかもしれない。


 こうして反省会を開きながらも、俺たちはなんとももどかしい時間を過ごしていた。


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