第235話 魔力を管理するために
「
腕を組んだ
「予想はしてたっすから」
「うん」
話題の主役になった【雷術師】の藤永と【氷術師】の深山さんにしても、とくに落ち込んだ感じはなかった。
ただまあ、事前の想定通りになっただけのことではあるが、二人の今後の方向性について思うところはあるのだろう。
事情聴取に向かった
【水術】を取得してから結構経つ藤永は、厳密には深山さんとコンビを組んでいるわけではない。
最初の頃こそ深山さんが水を飛ばし、藤永が雷を落として魔獣の動きを止めるなんていうやり方をしていたのだが、最近では深山さんは『氷床』、藤永は『雷水』をメインにしている。独立独歩なのだけど、お互いの精神的な支えを考慮して近くで戦っているだけだ。藤永は【身体強化】を持っているので右翼のサブ盾という役割もあるし。
そんな二人だが、前々から予想していた通り対人戦闘、とりわけ乱戦には向いていないということがハッキリしたのだ。
「『氷床』、見えちゃうからね」
「『雷水』もっす」
深山さんと藤永はしっかり自分たちの得意技の特性を理解している。
迷宮の魔獣には作戦という概念が存在しない。
防御をしようとか、罠があるから迂回しようとか、そもそも連携をしようとか、そういう行動パターンを持たないのだ。
だからヤツらの進路上に魔術を置いておけば、それは通る。正確には魔術は解かれるので残滓としての物理現象が効果を発揮してくれるのだ。深山さんの『氷床』などが典型だな。
だけど相手が人間で、しかも集団戦闘に慣れている者たちともなると話はまったくべつだ。
見えるから避けるのだ、人間は。すさまじく当たり前だな。
笹見さんの『熱球』や白石さんの『エアメイス』などは不可視なので簡単には避けられない。夏樹の石や綿原さんのサメは速度がある上にホーミングが利くから当てられる。
だが、深山さんはまだ『アイスバレッド』を使えるレベルにはないし、藤永にしても水を通さない雷は誤爆が怖くて使えない。
結果として今日の戦闘で二人にできたのは、敵の二列目あたりに冷水をばら撒いて嫌がらせをするくらいのものだった。それでも効果としては十分ではあったのだけど、二人のポテンシャルはこんなものじゃないと、俺たちはそう考えている。
だって『雷』と『氷』だぞ。絶対に強キャラにきまっているのだから。
「前に出れる魔力タンクって需要あるっすよね」
そんな状況で藤永が取ったのは【魔力回復】だった。
すでに【魔力譲渡】を持っている藤永は、より安定した魔力タンクになることを選んだ。
「わたしもがんばる」
そして深山さんは【魔力譲渡】を取得した。
これで魔力タンクとして活動できる【魔力譲渡】を持つメンバーは四人になる。藤永と深山さん、白石さん、そして奉谷さんだ。
そこまでして魔力の融通をするべきなのかという議論もあったのだが、俺としてはアリだと思っている。というか、今日になって確信に変わったくらいだ。
◇◇◇
今回の戦闘で皆が気を付け、俺も注意しながら指示したことのひとつに、『小さな怪我でもすぐ治す』というのがあった。
迷宮でもそのようにはしているが、今回は人が相手ということもあり、とくに念入りに。
繰り返しになるが魔獣と人との違いは多い。
接近戦という観点で見れば、魔獣は攻撃パターンがほぼ固定されていて、軌道さえ違うものの何をしてくるかは事前に察知できる相手だ。個体差も小さいから、キモさや強さ、痛みを我慢できれば、慣れることで対応できる。
対して人間は何をしてくるかがわからない上に、体格差、技能差が大きすぎるという当たり前の特性を持つ。
先生と中宮さんという一部の例外を除けば、戦闘という行為そのものに慣れていない俺たちは、ゲーム的に表現すればパターンにハメることで魔獣と戦えているだけだ。
だけどそれが人相手となれば、精神的なだけでなく、技術においても一年一組はド素人の集団でしかない。優秀な師匠でもある先生や中宮さん、現代スポーツを知る春さんや海藤、笹見さんによるコーチの下、【身体操作】をフル活用してギュンギュンと腕は上げているのだが、二か月に満たない期間でどうにかなるようなことではないだろう。所詮は力が強くて憶えがいい素人でしかない。武術はそんなに甘くないのだ。
だからこそちょっとした怪我が致命傷に繋がらないように、普段以上に【聖術】の使用頻度を上げた。
うしろから【観察】していた俺だからこそ言えることだが、それで正解だったと思う。痛みこそなくても、怪我を負ってしまった体の部位は動きが鈍る。そこから連動して体全体の動きまでもがおかしくなってしまうのだ。滝沢先生のような負傷に慣れている人ならまだしも、ちょっとした怪我が素人の俺たちにとっては非常にマズい事態を招くのは当然だろう。
こまめな回復と持てる技能を全開にして、後衛からの支援もフル活用したからこそ、なんとか五分まで持ち込んだというのが今回の戦闘だった。
そんな要素の全てに通づるのが『魔力』だ。もっと言えば、魔力量とその管理。
俺たち勇者は魔力量に優れ、しかも魔力が同じ色をしているという『クラスチート』を持っている。
だからこそ階位の差を魔力で押し返すことができた。相手の体力や救援の登場といった時間経過がこちらに味方をしてくれる材料は多かったが、魔力量の差もそれのひとつだ。
同時に思い知る部分もあった。
いかに俺たちの持つ魔力が多いからといっても、無限ではない。しかも魔力に溢れる迷宮と違って、地上では魔力回復速度に違いがある。つい先日訪問した『魔力部屋』とは大違いだ。
そこで重要になってくるのが各人の魔力管理であり【魔力譲渡】となる。魔力タンクの重要性は地上でこそ高い。
ここで話がやっとこさ藤永と深山さんに戻るわけだ。
「頼むぜ藤永」
「やるっすよ」
馬那が分厚い手のひらで藤永の肩を叩けば、アイツはチャラ男らしくヘラっと返事をする。
藤永と深山さんが魔力タンクをしてくれる利点は多い。
これまでその役割をしてくれていた奉谷さんと白石さんは後衛中の後衛だ。ポジションとしては一番うしろになるし、硬さでも本人たちの資質としてもあまり前には出したくない。ましてや対人戦では。
その点藤永は綿原さんや笹見さんと同じく【身体強化】を持つ、前線を走れる術師だ。そんな藤永が前衛で魔力を配ってくれるなら、前衛職がこれまで以上に技能を使いまくれることになる。
奉谷さんがヒーラーとしての役割を持ち、白石さんの『エアメイス』が有効であるとハッキリした以上、深山さんが後衛の魔力タンクを担ってくれることも大歓迎だ。
そこまで踏み込んで考えて、藤永と深山さんは技能を取ってくれていた。
「迷宮と地上の違いか……」
思い知らされただけに、思わず呟いてしまった。
対魔獣と対人の違いや戦場の差を考えると、両方に対応できるような役目の割り振りは難しい。取れる技能には限りがあるし、魔獣には有効でも人にはそうでもないモノもある。逆もまたしかり。
どこかで折り合いをつけて、誰かが妥協をしなければならないのが現状だ。
そんな割を食う部分を自発的に藤永と深山さんが負おうとしている。
俺に【魔力譲渡】が出てくれるのが一番手っ取り早い解決方法なのが、本当にもどかしい。全力観察モードに入れば魔力がガリガリ削れていく俺だが、それでも魔力に余裕がないわけではないのだから。
「そうね。
「綿原さん……」
どうしてさっきのセリフで俺の心の中まで読まれてしまうのだろう。
それに加えて、さも当然みたいなドヤ顔をされても反応に困るじゃないか。
全体としては一通りの感想が行き渡ったので、今は各人が勝手にワイワイやっているところだ。
そんな状況で綿原さんが俺の傍に現れた意味とは。
「うん。【砂鮫】は人間相手の方が有効だった。相手、めっちゃビビってたもんな」
「そうなのよね。アレは楽しかったわ」
「【魔術拡大】を取って射程距離を伸ばしたら、もっとヤレるんじゃないかな。迷宮でも有効だろうし」
「そっちを先にした方が良かったかしら」
要は褒めろと。ついでに具体的な未来について語り合いたい、ってところだろう。未来といっても『二人の』とかいう意味ではないぞ。
「【視覚強化】は全部に有効な技能だし、ここで取っておいて良かったんじゃないか?」
綿原さんが今回のイレギュラーで取った【視覚強化】は、物理でも魔術でも、それこそ攻撃でも防御でも、全ての底上げにつながる。
「九階位になったら【魔術拡大】かしら。【遠視】も欲しいし、そろそろ【血術】にも手を出したいのよね」
彼女にできることは多い。ここからの選択肢もたくさんだ。
ちょっと前までの俺ならそれを羨ましいとか、同じハズレジョブ仲間だったのに、とか思ったかもしれない。綿原さんに【身体強化】が出た時なんて、なあ。
だけど今はもう違う。綿原さんが活躍している姿が素直に嬉しい。
もっともっと、綿原さんと彼女のサメが強くなっていくところを間近で見ていたいと思うのだ。いつの間にか俺は熱烈なサメファンになっていたらしい。最近ずっとサメが身近で泳いでいたせいかな。【洗脳鮫】か。綿原さんならやりかねない。
「あれ? そういえば八津くんは?」
「あ」
そんな綿原さんのセリフで俺の馬鹿さ加減に気が付いた。
ハシュテル絡みのゴタゴタから先生たちを送り出して、みんで反省会をやっていたから自分のコトを話題にする機会が無かったな。反省会では寸評する側に回っていたし、そもそも【目測】自体を忘れていた。
「えっと、【目測】を取ったんだけどさ」
「【目測】取ったの? どんな感じになったのかしら」
「いや、まだ使ってなくて」
それを聞いた綿原さんはなぜか嬉しそうにモチャりと笑う。何が楽しいのやら。
「じゃあここで使ってみましょうよ。見ててあげるわ」
「あ、ああ」
妙にテンションの高い綿原さんを微笑ましく思ったところで、談話室の扉がノックされた。
◇◇◇
「意味がわかりませんでした」
戻ってきた先生の第一声はそれだった。
「私は男爵だから自分の言っていることが正しい、らしいの。先生も男爵なんだけど、嘘を吐いていたらしいわ」
心底呆れたという風に中宮さんが意味不明な解説をしてくれている。
その横に座る佩丘はムスっとした顔で黙ったままだ。
クラスの三人とアヴェステラさん、ヒルロッドさんは五体満足で無事に帰ってきてくれた。
そんな五人が五人とも酷い顔をしていたものだから、余程悲惨な裁定が下されたのかとビビったのだが、どうやら別方面での疲労が激しかったようだ。
事情聴取に出席していたのは王女様、王子様、近衛騎士総長、第一、第四、第六、第七近衛騎士団長、それと宰相。随分と豪勢な事情聴取もあったものだな。このうち第四の『蒼雷』と第七の『緑山』騎士団長は事件の当事者、要はキャルシヤさんと先生だ。
第一の団長が出てきたのはレギサー隊長、第六のケスリャー団長はヒルロッドさんとハシュテルの上司だから。宰相はまあ、怪我をしたアヴェステラさんの上役ということになっている。
そんな面々の前でハシュテルは堂々と持論をブチかましたそうな。
前回ハシュテル隊がやらかした失態は勇者たちのでっち上げで、今日は廊下で出会ったら『緑山』から侮辱をしてきたのだとか。手を出したのも俺たちの方からだったようだ。
だったらなんでアヴェステラさんが最初の怪我人になるのだろう。
それでも爵位やら血統やら派閥やら所持金やらで裁定が下るのがアウローニヤだ。
そこに正否や善悪は『あんまり』関係しない。
「見ていて哀れだったわね。誰ひとり味方がいないんだもの」
「ああ。あれはちょっと、な」
しみじみと語る中宮さんに、佩丘までもが同調する。いったいどんな光景だったのだろう。
「総長とウチの団長はあの一件ですでに彼を切っていたからね」
ヒルロッドさんが言っているのは、俺たちがハシュテルと出会うハメになったハウーズ遭難事件、またの名をハシュテル逃走事件についてだ。
近衛騎士総長は強さと血統に誇りを持つおっさんだ。良い家の出身とはいえ金で男爵になったハシュテルのことをもともと好きではなく、そんな総長に
結果としてハシュテルたちは『灰羽』からも迷宮の異常に協力しますという意思表示のために、生贄にされたという事情があった。このあたりは以前に聞かされていたので一年一組の全員が知っている。
そんな総長やケスリャー団長が、またもや勇者とのイザコザを起こしたハシュテルを庇ったりするかという話だ。
「『紫心』の団長は『総長派』ですし、そもそもレギサー隊長の裏を知らない可能性が高いと思います」
第一近衛騎士団『紫心』の団長は総長とべったりで、最初から勇者誘拐なんていう危ない橋を渡るタイプではない、というのがアヴェステラさんの見解だった。
「同じ騎士団の中でも派閥や交友関係はバラバラです。貴族出身の騎士が多い『紫心』と『白水』などは特に」
「それはウチもだね。まさにさっきそれを見てきたのだから」
アヴェステラさんが内情を打ち明ければ、夕方の鬼の形相は何処へ行ったやら、疲れ顔が酷いヒルロッドさんは『灰羽』の内紛をボヤいてみせる。
「レギサー隊長は自分が見たことだけを話してて、キャルシヤさんに抗議してたわ。キャルシヤさんが謝って、第一の団長が受け入れて、それで手打ちって感じかしら」
「はい、そのとおりです。むしろ一介の近衛騎士が『蒼雷』団長の行く手を挟んだともいえる状況です、彼らにも非はあったと」
中宮さんが自分の感想を述べれば、アヴェステラさんがそれで正解だと教えてくれた。
キャルシヤさんの投擲物にされた二人の騎士は哀れなものだな。
「それとね、ハシュテルたちなんだけど、わたしたちに会う前に近衛騎士を怪我させていたみたいなの」
中宮さんが付け加えたところで思い出した。
ハシュテルたちが襲ってくる予兆のひとつに、廊下の向こう側に横たわる近衛騎士というのがあったっけ。アレのことか。
「詳しいことはあとで話すけど、わたしたちと乱闘になった時に騒がれたり助けを呼ばれたくなかったみたい。ハシュテル本人は無礼を働いたあっちが悪いって言ってたけど」
なんでもアリだな、無敵理論じゃないか。
「その近衛騎士なんだけどね……」
「まさか」
ここでピンときた。なんとも微妙そうな中宮さんの顔が半分答えを言っているようなものだ。委員長も気付いたのか、呆れた顔になっている。
「レギサー隊の人だったみたい。命に別状はなかったらしいわ」
レギサー隊長が黒だとしたら、そりゃあハシュテルの動向を近くで把握しておきたいだろう。もしかしたら倒された近衛騎士というのこそが、俺たちの到着を見張っていた可能性すらある。
だがこれで印象としてみれば、レギサー隊長が勇者暴行に関与しているようには思えないかもしれない。キャルシヤさんとのイザコザを込みにしてトントンといったところか。
狙っていたのか文字通りに怪我の功名か、レギサー隊はこれで──。
「つまりレギサー隊長は逃げ切ったと?」
「そうなるでしょう。今のところは、ですが」
答えに辿り着いた委員長がそう言っても、アヴェステラさんは泰然としたものだ。ああ、これはなにかあるんだろうな。
「続けましょう。両殿下はもちろん『緑山』の味方で、キャルシヤも勇者側です。そんな情勢で宰相閣下がハシュテルの擁護をするはずもありません」
アヴェステラさんの言葉で、その場の空気が概ね見えた気がする。哀れだな、ハシュテル。可哀想だとは欠片も思わないけれど。
宰相にしてみても内心はどうだかわかったものではないが、いっそ黒幕までありえそうだけど、それならなおさらハシュテルの弁護なんてするわけがないか。
だけどまあ納得はできた。結論としてはハシュテルの負けで一年一組の大勝利だ。
味方が多い方が勝つとか、字面だと当たり前みたいに感じるけれど、どっちが正しい間違ってるとかで決着にならないのが、やっぱりもにょるな。
「あちらに罰とかはあるんですか?」
「待って委員長、問題はここからだったの」
だいたいの結末を察した委員長がハシュテルの行く末を聞こうとしたら、中宮さんがそれを遮った。
これ以上なにが起きたというのだろう。
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