第236話 などと意味不明な供述をしており
「なんかね。いきなり自供を始めたのよ。あの人」
「え?」
副委員長の
自供? ハシュテルが?
言っている中宮さん当人が納得できていないような顔をしているし、それはヤンキーな
誰一人として理解不明な供述だったらしい。
『勇者を名乗る蛮族共を疎ましく思う者たちは多いのだ!』
まずはそんな言い出しだったらしい。
それはまあ、俺だってこの世界の全員に好かれるなどとは思っていない。そんなこと、勇者どころか神様だって難しいだろう。
だけどハシュテル、王家と国が正式に認めた勇者だぞ、俺たちは。それを王族やら偉いさんたちの前で言ったのか。本当に?
「わたしも耳を疑ったわ」
俺たち全員の心の声が伝わったのか、中宮さんは念を押してきた。
「なんでもそういう人たちと迷宮で出会って、意気投合して、『なぜか』勇者の情報を教えてもらったそうなの。今日のわたしたちの予定とか」
「それって誰?」
「ハシュテルに言わせると、王都軍の人たちだったらしいわ。なんか支援のために反勇者の同士が集めたお金までくれたとか」
「ダメなやつでしょ、それ」
「それくらい自分たちは期待されていたんですって」
「そのお金って前金?」
「そうみたい。勇者を痛めつけたら、その人たちが駆けつけて後始末をしてやるし、そこで残りのお金を渡してもらう予定だったそうよ」
「殺すのはいろいろとマズいから止めておけ、って?」
「さすがは委員長ね、そのとおりよ。その反勇者の人たち、力の足りない俺たちに代わって正義を示してほしい、とか言ったんだって」
「いやいや、完全に実行犯に仕立て上げられただけじゃないか」
中宮さんが語る信じがたい内容に、律儀に委員長がツッコミを入れていく。うん、いいコンビネーションだ。
などと現実逃避したくなるくらいアホな内容だな。ハシュテルは本気でそんな話を信じたのか?
しかもワザワザ事情聴取の場で話すか、普通。聞いておきながらも心が拒否をしてしまいそうだ。こんなくだらない犯罪の自供って、あり得るのか?
「最初は本気で自分の言っていることは正しい、みたいな顔してやがった。周りの視線が冷たいのを察したあたりから、なあ」
遠くを見るような目で佩丘が語る。ヤンキー顔で哀愁を漂わせなくてもいいぞ、べつに。
「誰も味方をしてくれなくて大混乱って感じでな。ありゃあ途中から、自分でも何を言っているのかわかってなかったんじゃねえかな。今日だけで何度『正義』って単語を聞いたか」
ハシュテル……。全国の『
「正直に言えば、『そういう技能』の存在を疑いました」
などとボソリとこぼしたのは先生だ。
たぶん先生が想像したのは【洗脳】とか【扇動】とかそういうヤツだ。この世界のおとぎ話で登場することはあるけれど、あくまでそういうレベルの存在でしかない。ただし【鼓舞】みたいに外部から精神に影響を及ぼす技能が存在しているのもこれまた事実で、当人が受け入れるという前提があるが、相手がハシュテルだからなあ。
そんなことを考えながら、そういう技能を生やす可能性がありえそうな【奮術師】の
「あの、アレに従ってたほかの人たち……、ハシュテル隊の人たちは納得してたのかな」
あまりにあんまりなハシュテルの行動原理に、本人以外のハシュテル隊の連中がどうして行動を共にできたのかと、スポーツ少女の
「ハシュテル隊はもともと四分隊構成だ。なのに行動したのは本人も含めて十二人──」
そこで解説をしてくれたのはヒルロッドさん。『灰羽』の事情なら一番の物知りだろう。
そんなヒルロッドさんが言うには、ハシュテル隊はフルで四分隊。つまり隊長の本人を含めれば最低でも二十五人くらいが隊員数になる。
現在の迷宮事情を考えればこれを二分割して魔獣討伐などはあり得ないわけで、今日も入っていたとすれば、フルメンバー構成で当然だ。なのに襲ってきたのは十二人。関わり合いたくない隊員は俺たちに会う前に逃げたのか。
「ハシュテル隊はハシュテル男爵家の係累が多いんだよ」
「え、えっと」
ヒルロッドさんの説明に春さんが混乱している。俺もだけど、さすがに同じ単語が連発されすぎだろう。しかもそれが『ハシュテル』ときた。
俺たちが呼ぶハシュテルとは『灰羽』のウラリー・パイラ・ハシュテル男爵で、現ハシュテル男爵の弟にあたるらしい。もうこの段階で意味不明に近いが、先代が王都でも大きい方の商人で『男爵を買った』。しかもそこからさらに金と人脈を総動員して『男爵家』として国に認められたのだとか。金で買える血統貴族ってなんなんだろう。
なので男爵家当主のハシュテルさんは正真正銘の男爵で、俺たちに絡んできた弟のウラリーは金で新たに爵位を買った一代限りの男爵になる。
なるほど、血統と力が自慢の近衛騎士総長が嫌うわけだ。
そんな商家であり貴族でもあるハシュテル男爵家には、いろいろな形で親戚やお知り合いが多い。ついでに金絡みでしがらみのある人たちも。その中で騎士系の神授職を持っている連中を集めたのがハシュテル隊の中核なんだとか。
「ウチなんかはバラバラの出自だから、イザとなれば俺が真っ先に見捨てられるかもしれないね」
苦笑しながら自分が率いるミームス隊の事情を教えてくれるヒルロッドさんだが、そこに自虐は見当たらない。一年一組とも付き合いが多いミームス隊だが、ラウックスさんたちがヒルロッドさんを裏切る姿はちょっと想像できないかな。
あんまり時間をかけてまでハシュテルの事情を察してやる必要はない。
要はしがらみが多くてアレに付き合ったのが隊の半分くらいだったというオチだ。
「話を戻すわね。まあそんな感じでわめきまくった最後に、やっぱり自分は悪くないと王子様と王女様に堂々と言ってのけたの。あの人」
「……すごいな」
中宮さんの言葉を聞き終えた委員長の感想には同意するしかない。
「ちょっとその場に居てみたかった」
「やめてよ。空気が黒ずんで見えたくらいだったんだから」
とはいえ、俺も含めて古韮と似たようなコトを考えていた連中もいるようだ。
「付き合いがあった俺の見解だがね」
全員が首をひねる中、そう切り出したのはヒルロッドさんだった。
「アレは自分が罰を受ける身になるとは、考えてもいなかったんだと思うんだよ」
「それって、前回逃げたコトですか?」
委員長が確認するようにヒルロッドさんに訊ねる。
「そうだ。自分は男爵で、それなのに平民上がりの騎士爵風情と異邦人の騎士見習いの言い分が採用され、罰として迷宮に入らされた。それはおかしい」
「そういう考え方をする人ですか」
「ああ。罰を受けることよりも、自分の釈明が通らなかったことそのものに憤っていたのかもしれない」
そこまで言ってからヒルロッドさんは口をつぐんだ。
この国には多かれ少なかれそういう考え方が蔓延している。爵位が、家が、派閥が、だ。
現実問題として、俺たちが勇者でなければハシュテルの逃走も見逃され、今回の件にしてもお互いの意見があるのだから、なんていう結論になっていた可能性も十分にあり得た。
だからこそハシュテルはトチ狂って、自供としか思えないような内容を口走ってしまったということか。
ハシュテルを憐れむわけではないが、なんとなくやるせない空気が場に蔓延していた。
◇◇◇
「んんっ、裁定についてですが」
それこそ談話室が妙な空気になったところで、咳払いをしながらアヴェステラさんが口を開いた。
「明日以降に持ち越しではありますが、もちろん『緑山』に非は無し、ハシュテル隊にはそれなりの処罰が下されるでしょう」
まあそうなるだろうな。その場でギルティでもおかしくないくらいの状況だ。
もはや偉い人たちの議題はハシュテルに『どんな罰』を下すかになっているだろう。
「それについても被害者たるみなさんの意を酌むことで勇者の歓心を買う、ということになるのではないかと」
「……血は流さないでくれる、ということですか」
ちょっとだけ悪い顔でぶっちゃけるアヴェステラさんに、委員長がほっとしたように返事をする。
最初の迷宮で起きた【聖術師】のパードがやらかした件でもそうだが、この世界の罰など地位や金、そのときの政治情勢なんかでいくらでも変わってくる。先生や委員長に言わせると『そういう法律』になっているんだとか。
つまりこの場合、襲撃者全員を処刑することもできるし、金やそれ以外で
その点アヴェステラさんはこちらの性格を知り切っているわけで、俺たちに伺いを立てずとも、それなりの落としどころを目指してくれると言っているのだ。
勇者に対して貸しとまではいわなくても、好感度を上げておこうというヤツだな。
「ハシュテル隊は解体、爵位もはく奪。処刑は行わず、ただし王城はもちろん、王都からの追放。それくらいはお約束できるかと思います」
アヴェステラさんがつらつらと並べてくれた罰は、爵位こそどうでもいいくらいで、俺たちが望むそのものだった。
一年一組の誰一人として死刑なんて望んではいない。あの場にいたアヴェステラさんやシシルノさんを含めて、クラスのひとりでも命はもちろん後遺症を残すような怪我をしたのならともかく、こうして全員が無事に談話室で会話をできているのだ。だったら、望みなどは簡単。俺たちと二度と会わないようにしてくれれば、それでいい。慰謝料とか、実家からの謝罪も不要だ。
本当にアヴェステラさんがわかってくれているのが、ちょっと嬉しくなるな。
「はい!」
「どうぞ、ナツキさん」
なぜか元気よく手を挙げた弟系男子の夏樹の声に、アヴェステラさんは先を促す。
「えっと、ハシュテルたちをそそのかしたっていう王都軍の人たちは、どうなったんでしょう」
夏樹はそこが気になったか。だけど答えはなんとなく想像できるぞ。
「供述によれば、アレらが勇者を無力化した後、残りの金銭を受け取った上で後始末は任せることになっていたそうです。随分と親切な話ですね」
「あはは、そうですね」
あまりに都合がよすぎるハシュテルの証言に、アヴェステラさんのセリフにも毒が混じる。聞かされた夏樹は引きつった笑みだ。
「で、王都軍にそんな連中は存在しない、と。いや、いるにはいるんだろうけど、所属や名前が本当なワケがない」
「照会中ではありますが、まず間違いないでしょう。そもそもわたくしたちが襲われた廊下は、軍部の人間が通るような区画ではありませんし」
いかにもありがちなパターンを古韮が披露すれば、得たりとアヴェステラさんが追加の説明をしてくれた。
「わたしもいちおう軍部の人間なんだがね」
「あら、シシィは『緑山』なのでしょう」
「ははっ、そうだったね」
シシルノさんが混ぜっ返すが、アヴェステラさんはなんと、こういう場面で愛称を使った。
やはり昨日と今日で、もっと言えば襲撃事件からアウローニヤ側の人たちの態度が変わっている。それもなんというか、連帯して俺たちの側に立ってくれているような。
「本当なら『後始末』をするのがレギサー隊だったんですよね?」
「そうだとわたくしは考えています。加えて他者の介入を防ぐというのも、役割りだったかと」
映画好きの綿原さんがサメを躍らせながら確認をすれば、アヴェステラさんはあっさり同意した。
とはいえ綿原さんの好む映画は主にサメ系なので、この手の謀略モノはどうなんだろう。こんど聞いてみようかな。
「だけど証拠はない、ですか」
「はい。当日の王城警備体制は予定通りでした」
なんかノリノリになった綿原さんがアヴェステラさんと会話を続ける。
「ただ、その警備体制なのですが、三日前に更新されているんです。そこに作為があったのかは今のところ不明ですが」
そう言って黒く笑うアヴェステラさんだけど、この短時間でどこまで調べたのだろう。怪我を治療してすぐだったというのに、どこまでもプロ意識を感じさせる。
「警備体制って決めてるの……、総長ですか?」
「決済についてはそうなりますが、まさかですね。実態としては総長付きの文官たちが立案しています」
「じゃあその文官さんが」
「迷宮の異変に伴い『蒼雷』と『黄石』の負担が大きく、それに伴い体制を刷新した、というのが書類上の理由でした」
綿原さんとアヴェステラさんがポンポンと言葉を交わしていく。
なるほど言い訳としては成立している。たしかレギサー隊長もそんなコトを言っていたな。
「ワタハラさん、ご安心ください。レギサー隊については調査を続けますし、むしろこちらが本命とわたくしは見込んでます」
「はい。わたしもそうなんじゃないかなって思いました」
お互いに悪い顔をしながらアヴェステラさんと綿原さんは笑い合った。似合うなあ。
俺たちがこうしてレギサー隊長を黒だと見做しているのは、登場のタイミングと動き、細かい機微もあるが、それは後付けにすぎない。
『この件は計画的で、狙いは君たちの拉致だと思う』
俺たちが襲われた時にシシルノさんが言ったこと。
そのセリフがあったからこそ、レギサー隊長を怪しむことができたのだ。そうでなければ、助けが来てくれたとお気楽に喜んでいたかもしれない。
事情聴取の話がひと段落しかけている今、むしろここからこそが一年一組にとっての本題になるだろう。
どうして俺たちが誘拐されなければならないのか、少なくともアヴェステラさんとシシルノさんはその理由を知っている。それどころかたぶん、この場にいる王国側の勇者担当者全員がだ。
「調査については『上』から了承をいただいていますし、すでに独自に動かれているでしょう」
そしてついに、アヴェステラさんは決定的な言葉を発した。
今までは匂わせることはあっても見せてこなかった第三王女の存在。さらにはどこまで意思疎通がなされているのか不明だった勇者担当者たちの関係性。
ヒルロッドさんはどんよりとした顔で、シシルノさんは普段以上に悪い表情をしている。
アーケラさんとベスティさん、ガラリエさんはいつも通りか。いや、ガラリエさんは少し緊張気味かもしれない。
そして、どこか晴れ晴れとした表情のアヴェステラさんが微笑んでいる。
昨日の『緑山』創設式典と今日の事件を経ることで、事態が確実な一歩を踏み出した感触があった。
そういう空気をこの場にいる一年一組の仲間たちも、多かれ少なかれ気付いているのだろう。アヴェステラさんのセリフを聞いて、みんながピリっとした緊張感をまとっているのがわかる。
「ジアルト=ソーン。帝国がみなさんの身柄を欲しています」
だよなあ。笑みを怖くしたアヴェステラさんがそんなコトを言っても、あまり驚きはなかった。
それもこれも『帝国』という単語に妙なイメージを持ってしまっている日本人的思考のせいかもしれない。
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