第184話 予定通りにいかない時は




「た、助けは要りそうですかぁ!?」


 クラスで一番大きな声を出すことができるのは、大人しメガネ文学女子の白石しらいしさんだ。

 歌うことで鍛え上げた【大声】を使った彼女の声が、部屋の反対側に押し込まれて戦っている人たちに届く。


「すまん──、助けて──、くれ」


 魔獣の足音や剣や盾が鳴らす騒音で掠れているが、それでもヘルプの声は確認できた。

 すかさず一年一組は動き出す。


 苦戦している兵士たちはだいたい二十人くらい。普段通りで、群れの近くでさえなければ過剰戦力ともいえる軍勢だが、昨今の迷宮ではそうでもない。

 今もまさに五体の丸太と二十体以上のウサギ、ついでに数体のキャベツとトマトの混成魔獣に集られて、怪我人も出しているようだ。


 今日だけでも何度か見た光景だが、やっぱり気持ちがいいものではない。名声目当ての罪悪感は後回しにして、今は全力で戦うことで報いよう。



「前衛、突撃!」


「おぉう!」


 バックアタックを取る形になった俺たちは二十メートル程先にいる魔獣の一群に突撃する。

 この段階で陣形の指示は出さない。バラバラでも構わないので全員がダッシュをかけて到達順に攻撃をしかけてくれれば、それが最速になるからだ。


「えいぃぃ!」


 ミアと海藤かいとうが遠距離攻撃を封印しているこの場面で、初手を取ったのは【嵐剣士】のはるさんだ。


 横薙ぎに振るったメイスがウサギ二体を同時に吹き飛ばす。片方は致命傷になっている気がするが、とやかく言う場面ではないだろう。一年一組単独で魔獣と遭遇したならまだしも、援軍として登場したのに手加減とかいうナメたマネはできるはずがない。予定だ計画だなどと考えるところまで堕ちたつもりはないのだから。


「春はホントに速いデス! イェアッ!」


 数秒遅れてミアが丸太に飛びかかる。相変わらずワイルドな戦闘スタイルだな。なぜ上からいく。

 ほぼ同時に滝沢たきざわ先生と中宮なかみやさんも。


 今回の迷宮ではおおむねこんな感じの開幕攻撃が繰り返されている。とにかく女子四人が先行するのだ。男子では海藤と草間くさまが速いのだが、三歩は遅れているのが現状だ。草間よ、忍者がそれでいいのか?



「あぁぁいっ!」


「しぇあっ!」


 威勢のいい掛け声が聞こえるたびにそこかしこで魔獣が打ち伏せられ、そこから何体かは後衛の近くに投げ込まれてくる。激闘の最中でもこういう芸当ができてしまうのが今の一年一組だ。


 丸太のようなデカブツは前衛系の六階位メンバーが寄ってたかってメイスで殴る。ラストアタックが誰になっても文句は言いっこなし。

 俺が二層に落ちた時には命懸けの相手だったウサギなどは、もはや後衛用の経験値として扱われている。ポイポイと俺や奉谷ほうたにさんの目の前に投げ込まれるウサギはまさに瀕死状態で、あとはトドメを刺すだけという接待プレイっぷりだ。クラスメイトたちはどれだけ手加減上手になってしまったのだろう。



 死闘を繰り広げていた王都軍のみなさんには申し訳ないが、一年一組が介入してからは獲物の横取り状態なんだよな。向こうは感謝してくれているのだろうけど。


「とうっ!」


 そんな中でもやたら目立っているのが【嵐剣士】の春さんだ。


 彼女が丸太の脇を駆け抜けただけで、バキバキと足代わりの枝が折れていく。たった一振りなのに、それだけで丸太がバランスを崩せば、春さんはそちらに見向きもせずに方向転換し、つぎの獲物に向かうのだ。


 攻撃そのものの威力や正確さなら断然先生と中宮さんに軍配が上がる。さっきから瀕死のウサギを流してくれているのは主にこの二人だ。

 だが戦闘範囲という意味では春さんが完全に抜きんでている。続いてムチを使えるひきさんか。



 昨日なにかに覚醒した春さんは変わった。べつに性格とか表情がとかではなく、いや、たしかに犬っぽくはなったけれどそれは彼女本来の持ち味だろう。変わったというよりは、進化したというべきか、それとも順応か。


 まず姿勢が低い。アニメでよく見かけるニンジャ走りみたいな低い姿勢で、だけど両手ぶらりはやらないで、足と同じく腕もしっかり振りながら駆け抜ける。


「トップスピードに届くまでが速いねえ」


「緩急もすごいわよ」


 こちらに向かってきたウサギやキャベツを盾でガンガンと弾きながら、アネゴな笹見ささみさんとメガネクールの綿原さんが感想を言い合っている。ちなみに笹見さんは【身体強化】に慣れてきたらしく、今回の迷宮からは綿原さんとおそろいのヒーターシールドに切り替えた。近接戦闘ができてしまう系女子術師な二人は、力を合わせれば丸太すら止められそうだ。

 そういえばこの二人は運動部系だから、春さんの動きを評価できる目があるわけか。


 話が逸れたが、とにかく春さんのすごさだ。

 ワンフロアの中にもいくつもの段差がある迷宮なのに、その上を縦横無尽に走りまくる彼女はとにかく無軌道で、あっという間に向きを変えては低い位置からメイスを振り抜く。もともとそういう戦闘スタイルだったのだが、出足の速さがこれまでとは段違いだ。


 速さは打撃の威力にも繋がる。低い姿勢から低い位置への攻撃は、魔獣にトドメを刺さずに動きだけを止めるという面では最適な攻撃手段だろう。中宮師匠の教えがあってこそだが、それを成し遂げて、専門家たちにも負けない戦果を上げるようになった春さんは、もはや近接戦闘ならばミアを超えたかもしれない。


 夏樹なつきよ、姉の背中についていくのは大変だぞ。それでもやるんだろうけどな。

 現に今も必死になって石を飛ばしているし。



 ◇◇◇



「いやあ立派な勇者っぷりだったよ。伝承そのものじゃないか」


「勉強しましたから」


 シシルノさんと藍城あいしろ委員長が悪い顔同士で笑い合う。寒い光景だ。

 鉄の部屋解放を狙う部隊を一通りヘルプして、俺たちはひと時の休息を入れている。時刻は昼過ぎといったところだろう。


 委員長の言う『勉強』とは、この国に溢れる程存在する勇者の資料の読み込みと、良さげなエピソードの選出だ。物理的にムリだろうというのが多数だったが、良いお話的なのもあったので、いつでも繰り出せるように心構えだけはしてある。そういえば炊き出しネタもあったりしたな。ただし七層だかの肉を振る舞ったとかだったけど。



「ふむ。なんか気持ち悪くなりそうだ」


 新技能を取得した【岩騎士】の馬那まなが贅沢なことを言っている。


 今日ここまでで階位を上げることができたのはただひとり、馬那だけだ。前衛で丸太や竹を殴りまくっていたからな。同じ列で頑張っている【風騎士】の野来のきと【霧騎士】の古韮ふるにらももう少しだろう。いよいよ前衛全員の七階位が現実的になってきた。

 予定では後衛の『柔らかグループ』が優先なのだけど、勇者的援軍が絡むとどうしても前衛に経験値が回りやすいし、ムダも多くなっている。


 馬那が取得した技能は【視野拡大】。技能については今のところ騎士全員が同じ路線を選んでいる。

 昨日あたりからポツポツと【視覚強化】や【遠視】が候補に出現しだした仲間もいる。メガネ女子の白石さんに【遠視】が出たように、やはりもともとの視力はあまり関係ないようだ。綿原さんにもついに【視覚強化】が候補に出た。



「三層だったらあと一体か二体なんだろうなあ」


「そりゃそうかもだけど。焦っても仕方ないぞ、古韮」


 七階位を目の前にした古韮と雑談をしているわけだが、後衛の優先レベリングという予定がなあ。

 今の調子だと前衛の方が先に七階位を達成するのが目に見えている。


「わかってるって。予定を狂わせてすまんな、八津やづ


「謝ることじゃない。ピンチな部隊が思ったより多かっただけだよ。それに『柔らかグループ』だって一人か二人はイケると思うぞ」


 乱戦が増えた分だけレベリングが前衛に寄っているだけだ。それに──。


「奉谷さん」


「ん、なに?」


「後衛ってどう?」


 後方で経験値をカウントしてくれている奉谷さんに現状を確認する。

 順序が狂っているものの、全体としてはそう悪くないペースだと思うのだ。



「えっとね、藤永ふじながくんとあおいちゃんとボクかな。八津くんもそろそろだと思うよ?」


 俺もか。【身体強化】を持っている藤永は放っておいても勝手に上がるとして、決定打に欠ける白石さんと奉谷さんは最優先扱いだ。そんな二人の近くにいた俺にもおこぼれが回ってきたということか。


「だけどね、田村たむらくんと美野里みのりちゃんが遅れてるかな」


「だよなあ」


 辻ヒールの関係もあって、よりにもよって田村と上杉さんというヒーラー二人のレベリングが遅れている。だからといっていまさら三層にビビる二人でもないし、アイツらの七階位を下に降りる条件にするのも悪い気がする。



 一度三層を経験してみて思ったのは『もう少し』という感覚だ。

 たぶん今のままの俺たちでもいけると思うし、先生やミア、中宮さんあたりは八階位も狙えるだろう。覚醒した春さんもやれそうだ。

 同時に三層で見つけた魔力が多い部屋の存在が気にかかる。王国の危機とかそういうのではなく、一年一組が三層で群れにブチあたるのはさすがにまだ早いという、単純に俺たち側の都合だ。たとえばヘビの団体さんとかは相性を含めて危険が大きいだろう。


「お悩みのようだね」


「シシルノさん。綿原さんも」


 首をひねる俺たちのところに現れたのはシシルノさんと、うしろに続く綿原さんだった。

 ワザワザ背後からやってきたあたり、狙っていたな。


「ちょっとシシルノさんと話してたのよ」


 してやったりの顔をしてから綿原さんが切り出す。さて、何の話をしていたのやら。


「勇者の方向性を変えてみないかって」


「方向性?」


「助ける勇者から切り拓く勇者にって、どうかしら」


 方向性とかちょっと意味がわかりにくいのだけど、ワザと回りくどく言っているだろ。綿原さんとシシルノさんの組み合わせは悪い方向に融合しそうだ。



「たしかにわたしの主任務は三層を巡ることで、君たちに同行させてもらっているのは個人的なワガママみたいなものだね」


 本来ならシシルノさんは有力な部隊に守られて三層の調査をメインにするのが筋だ。それくらい彼女の【魔力視】は有効だから。だからこそシシルノさんをつれて二層に居続けるというのは、ちょっと体裁が悪い部分がある。

 とはいえシシルノさんが勇者に同行しているのは本人の希望なのだから、この場合泥を被るのは──。


「なに、軍団長とは旧知だよ。アヴィからの許可も出ている。君たちが気にすることではないね」


 たしかシシルノさんは軍部の名家、ジェサル子爵家の出身で、なるほど王都軍団長と知り合いなのに不思議はない。だからこそ調査会議を仕切れたし、俺たちのワガママも通せているわけだ。それに加えてアヴェステラさん経由で王女様の推しもある、ということか。


「それはわかりました。で、方向性っていうのは?」


 綿原さんに向き直って聞いてみる。どういうことだろう。


「わたしたち、けっこう王都軍の人たちを助けてあげたじゃない」


「そうだな。思った以上に苦戦してた」


「だから別の助け方をしてあげるの」


 芝居がかった綿原さんは、じつに彼女らしい。



「わたしたちで鉄の部屋への道を作ってみたらどうかしら」


 なるほど、そうくるか。



 ◇◇◇



『道っていったって、すぐに塞がれるだろ』


『実績よ』


 まったく減る気配をみせない魔獣を倒しながら、綿原さんとの会話を思い出す。


『今日と明日を使って全員を七階位にしちゃいましょ。経験値は鉄の部屋への道のりで稼ぐのよ』


 行動計画がパアにはなるが、もともと俺と綿原さん、深山みやまさんで考えた原案だ。当人たちが考え直すことにためらいがなければ、みんなの同意をもらえばいい。


 要点はひとつ。二層の鉄の部屋までの削りが思った以上に捗っていなかったので、勇者が切り拓くことにしました。

 これが切り拓く勇者というわけだ。



「地上の想定は机上の空論ってな」


「八津くん、どうしたの?」


 俺の呟きを拾った奉谷さんがキョトンとした顔で聞いてきた。似合うな、その顔。


「いや、捨て経験値を嫌ってたけど、生身でやったらそんなに都合よくいくものじゃないって、思い知った」


「みんなおんなじだよ」


 ニパっと笑う奉谷さんが、そう思っているのは俺だけじゃないんだと教えてくれる。毎度のことながら励まされるな。


 ゲームと現実の違いはいつも考えていることだけど、やっぱり毒されている部分を捨てきれるものではない。みんなで考えて都度修正、意識改革、か。



 魔獣の密度はすでにハウーズ救出の時とそう変わらない。次から次へと、止まる気配が見当たらないくらいだ。

 だけどこちらには直近のハザードマップを知る【観察者】、つまり俺がいる。優秀な斥候になってくれている【忍術士】の草間と【瞳術師】のシシルノさんもいる。

 ミームス隊はいないけれど、それでもあの頃とは比べ物にならないくらいの力をつけた一年一組がいる。


 常に退路が確保しながらだ。俺が意識するのはそこにして、レベリングの調整は周りに委ねよう。


 とりあえずのタイムリミットは今日の夕方の炊き出しだ。こっちは時間厳守だな。


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