第185話 生来のバッファー




「ありがとよ。今日はホントに助かった」


「いえいえ」


 ウサギ肉と野菜たっぷりのスープを上杉うえすぎさんから受け取ったおじさんが、ペコペコと頭を下げている。見覚えはないが、昼間に助けることができた兵士の誰かなんだろう。

 上杉さん聖女伝説が加速していく。


 俺たち一年一組は前回と同じ部屋、つまり三層へ続く階段の近くで模擬店をやっているところだ。

 二日ぶり三度目になる『うえすぎ迷宮支店』である。いつものように藍城あいしろ委員長の盾を看板にしているわけだが、アレって達筆女子の中宮なかみやさんが書き直したんだろうか。


 時間帯としては昼から夜への交代タイミングで、三層に向かう人や地上に戻る人やら、ついでに模擬店の噂を聞きつけて、わざわざ二層担当なのに遠回りまでしてここまで出張ってきた人などなど、大繁盛の様相だ。


「これって【身体操作】の熟練上げになってるのかしら」


「俺は持ってないけど上達してきた気がする」


 そんな大賑わいの片隅で、地べたに座り込んだ綿原わたはらさんと俺は、せっせとホルモンを鉄串に通す作業をこなしていた。

 客が多すぎてスープも串焼きも作り置きでは足りなさそうなのだ。あっちでは副料理長の佩丘はきおかが空になった鍋で追加のスープを作っている最中で、【水術】使いの深山みやまさんと藤永ふじながも洗い物担当としてがんばっている。

 クラスの誰もかれもが何かをしているような状況だ。ついでにメイド三人衆も。



「君たちには呆れるよ」


 そんな大忙しの中、ひとりだけ優雅にあたりを見渡している人がいた。シシルノさんに決まっている。

 呆れるとか言いながら、ちっとも呆れていない笑い顔だ。普段その言葉の使い方をするのはむしろヒルロッドさんだが、あの人は地上待機だから。


「お店が賑わうのはいいことです」


 実家がコンビニな綿原さんは商売繁盛にとても嬉しそうだった。


「それもあるけどね、さっきまでの戦いからよくもここまで切り替えられるものだと思ってね」


「あれはまあ、ちょっと張り切りすぎました」


 痛いところを突かれたとばかりに、ちょっとバツが悪そうになる綿原さんだが、俺もアレはやりすぎだったかなと思っている。



「もうちょっとだったんだけどな」


「ゴールがあるわけでもないのにね」


「それでも開拓班は楽になったんじゃないかな」


「なら良かったでいいじゃない。明日もやるんだし」


 お互い苦笑いをしながらさっきまでの俺たちの行動を振り返る。


 鉄の部屋までの経路を切り拓くという挑戦は、じつに微妙なところでタイムアップを迎えた。

 残りは五部屋というところまではたどり着いたのだけど、帰りの時間を考えるとそこまでで限界。急いで撤退して、急いで料理の準備と、俺たちは大わらわだった。


 シシルノさんが呆れたというのはそのあたりだろう。


 もちろんアレは俺たちの自己満足にすぎない。魔獣の群れをかき分けて鉄の部屋の手前までたどり着いて撤退したからといって、だからなんだという話だ。どうせすぐに魔獣に塞がれる。あのあたりにいるはずの総数を削りはできただろうけど、しょせんはその程度でしかない。

 だけど階位は上がった。ハウーズ救出の時と同程度の群れを薙ぎ払いながら突き進んだのだ。ムダ捨てした経験値も多かったが、それを補って余りある成果を叩き出すことができたと思う。プレイヤースキルしかり、七階位になった連中の技能熟練とかでもだ。


 要は俺たちはハイになっていたのだ。前回の迷宮でやった七階位レースみたいなノリで。



「藤永くんが上がらなかったのが意外だったかしら」


「アイツな。深山さんと夏樹なつきに流していたみたいなんだ」


 第二回七階位レースだが、トップ付近を走っていたはずの藤永は意外なことに六階位のままだ。

 右翼と左翼で離れていた綿原さんは気付かなかっただろうが、俺や奉谷ほうたにさんは指揮官として全体を把握しておくのも仕事の内。藤永がやっていることには気付いていた。


「藤永くんって変なところで気を使うのよね」


 綿原さんの藤永評は置いておいて、アイツは自分に流れてきた獲物を弱らせてから深山さんと夏樹にトドメを譲っている節があった。たしかに【身体強化】持ちの藤永よりは『柔らか組』の深山さんや夏樹の方が優先されてしかるべきなのだが、そういうのを投げ捨てての行動中にだ。

 チャラくてビビりというキャラのくせに、妙なところで器用に格好をつけるから面白い。



 結果として階位が上がったのは【霧騎士】の古韮ふるにらと【騒術師】の白石しらいしさんの二人だった。


 古韮は直近で上がった【岩騎士】の馬那まなと同じく【視野拡大】を、そして【遠視】か【魔術強化】で悩んだ白石さんは、【遠視】を選んだ。どうやら【遠隔化】と組み合わせて遠くの敵を驚かせるのに集中したいらしい。これにて白石さんはクラスで一番射程距離の長い術師の称号をものにしたのである。なんてな。

 彼女は【大声】を持っているし、『音』という物理現象を操る術師なわけで、射程が長くて当たり前ではある。それでもあざなは大事なのだ。


 そんな白石さんに対して、サメ使いの綿原さんと石使いの夏樹が悔しがっていたのをちょっと笑ってしまった俺がいた。


「ほらっ、手が止まってるわよ、八津やづくん」


「へーい」


 思い出し笑いをした俺から何かを察知したのか、綿原さんがちょっと頬を膨らませている。これはこれでアリだな。


「やっぱり君たちは面白いね」


 手伝わないでそれを見ているだけのシシルノさんには言われたくないなあ。



 ◇◇◇



「やった、七階位だよ!」


 喜びの声を上げたのは【奮術師】の奉谷さんだった。


 模擬店が長引いたせいで夜の狩りは、なんとなく泣きの一回みたいな短時間になってしまったが、最後の最後でレベルアップ者が出たのは喜ばしい。それが柔らかメンバー筆頭の奉谷さんならなおさらだ。俺もホントにもうちょっとのはずなんだけど。


「いい時間だし切りもいいから、今日はここまでにしない?」


 めでたいムードになったところで綿原さんがそう提案し、今日のところはお開きということになった。



「でさ、鳴子めいこ、なに取る気?」


「んっとね、ちょっと考え中かな」


 宿泊部屋への帰り道でひきさんが奉谷さんと話をしている。七階位になってどの技能を取る気なのか、どうやら奉谷さんはちょっとお悩みのようだ。


「……うん、決めた」


「早いよっ!」


 そして悩み時間は一分もなかったようだ。疋さんがツッコンでしまう気持ちもわかる。


 さて何を取る気になったかな。【魔力強化】か【聖術】か、大穴で【解毒】もアリか。

 奉谷さんはヒーラールートが開放されて以来、できることが広がった。そのぶん考えることも多くなるが、前回の【身体補強】を取った時のように、シッカリと自分を持っているので安心して話を聞くことができる。


「【魔力回復】にする」


「ええー!?」


 彼女が出した結論に、全員が驚きを隠せなかった。



 俺たち一年一組はこの世界のシステムを調べながら、その都度必要と考えた技能を取得してきた。

 この世界の人たちがあまり持たない【平静】や【睡眠】なども、慣れない異世界を生き抜くために要ると思ったから取ったものだ。

 並行して神授職ごとにメイン技能を、さらには基礎を積み上げるようなタイプの技能をあえて選んでいる。土台になる部分は大事だと考えたからだ。冒険を避けたといえるかもしれない。


 いつかは必要になるだろうと思いつつスルーしてしまっていたり、いつの間にか不要になってしまった技能もある。

 たとえば最初の頃、【疲労回復】とか【安眠】を本気で取るかどうか迷っていた時期もあった。だけど階位が上がり【体力向上】の熟練が上がるにつれて疲労が問題になることはない。今後シャレにならないレベルの超長期激戦とかでもない限り【疲労回復】を取ることはないだろう。【安眠】についてもまたしかりだ。



 そんな中、これは絶対にいつか必要になるだろうといわれていて、しかもみんなに出ているのに誰も持っていない技能がある。それこそが奉谷さんが言いだした【魔力回復】だ。

 簡単にいえば魔力のリジェネだが、『自然回復に比べると速くなる』程度の資料しか見当たらず、数字的に記載されたものはもちろんなかった。アウローニヤの研究者はなにをしていたのか。まあこれについてはほかの技能もそうなので、いまさら文句を付ける気にもならない。今後シシルノさんが開拓していってくれることだろう。


 だが資料を抜きにしても普通に……、ゲーム常識的に考えれば必須に見えるのも間違いない。だって魔力の回復速度が上がるんだぞ。


 そもそも魔力の回復は常時行われている。食事とかに関係なく時間で回復だ。マジックポーションなんてものはない。技能を全てオフにしてしまえば、それが一番いい。それどころか少しの技能を使っていても魔力回復の方が早いケースも多い。使い込まれた俺の【観察】などは消費魔力も減っていて、常時使っていても問題なく魔力が回復するくらいだ。


 魔力はそこらじゅうにあって【魔力回復】はたぶんだけど、それの吸収率を上げるような、そんな技能だと推測できる。魔力を吸うために魔力を使うとか、収支は大丈夫なのかとも思うが、この世界のシステムにそういうワナはないはずだ。



 付け加えれば、俺たち勇者はもともと魔力量に恵まれている。そして魔力の回復は迷宮という魔力溜りみたいな場所にいる方が早い上に、昨今の迷宮魔力の上昇だ。

 つまり俺たちに限っては、魔力の枯渇に苦しんだことがない。ハウーズ救出あたりでヤバいシーンもあったが、魔力不足が原因で戦力ダウンなんていう場面までにはならなかった。


 唯一ヤバかったのは二層転落をやらかしたあの時くらいか。アレにしても生き延びるためにムリをして技能を取ったせいで魔力容量自体が減ったのが問題であって、それ以降は技能の取得を厳選している。今の俺たちならムリをすれば、もうひとつかふたつくらいの技能を取ってもなんとか運用できるだろう。


 そんな一年一組に【魔力回復】が必要だろうか。



「……考え、あるんだよね?」


 技能に詳しい白石しらいしさんが奉谷さんに訊ねる。白石さんも今の状況を深く理解できている仲間のひとりだ。


「うん。今日ね、結構魔力が危なかったんだ」


「そ、そうだね。そうだよね」


 無邪気にヤバいことを言う奉谷さんに、白石さんは曖昧に返事をすることしかできないでいる。

 奉谷さんに魔力の枯渇が起きかけていたのか。


 白石さんも気付いているようだが、理由は簡単に想像できる。

 今日の奉谷さんがやってきたこと。柔らかい後衛のために【身体補強】を。【聖術】を連発した上杉さんや田村に魔力量的保険を掛けるという意味で【魔力譲渡】を。さらに苦戦していた王都軍の兵士たちにも気前よく【身体補強】を【鼓舞】を【魔力譲渡】を。


 それで自分の魔力を危なくしてどうする!

 どうして俺は気付いてやれなかった。



「で、でもそれなら制限してもいいし、あ、ほら、鳴子めいこちゃんは【聖術】だって」


 しどろもどろな白石さんだが、言っていることは間違っていない。なんなら【魔術強化】で【魔力譲渡】の効率が上がる可能性だってある。


「うしろで見ててね、ウチのクラスの回復係は三人で十分だって思ったんだ。今のところは、だよ。もちろん四人の方がいいだろうけど、ボクが四人目になるより今の三人に【魔力譲渡】して【聖術】を使い続けれるようにした方が……。だよね? 八津くん」


 そこで俺に振らないでくれ。


「……そのとおりだと思う。新造ヒーラーにバッファーと二役をやってもらうくらいなら……。奉谷さんにはバッファーと魔力タンクの方が」


「慣れてるからね!」


 自分でも渋い顔になっている自覚はある。それなのに奉谷さんは笑顔のままだ。

 なまじ『クラスチート』のせいで仲間同士での【魔力譲渡】はロスが少ない。ヒーラー四よりヒーラー三と魔力タンク一の方が、今は安定するだろう。


「だけどどこかでヒーラーは増やしたい。これは絶対だ」


「うん。三層もあるからね。だからつぎは【聖術】にするつもり」


 ちくしょう。否定しにくいな。



「それでいいじゃねえか」


 微妙な空気に割り込んできたのはヤンキー口調の佩丘だった。


「本人がやるって言ってて、それに問題ないなら、なんに文句があるんだよ」


 そんな言葉に黙ってしまうのは『魔力タンク』というフレーズにネガティブな印象を持っているメンバーだったかもしれない。

 そうなんだ。本当に印象の問題でしかないんだ。戦闘の補助という意味ではバッファーとなにも変わらない。


「あのなあ、八津。お前は見てから指示を出す。奉谷は見てから魔力を配る。なにが違うんだ?」


「……」


 今度こそ俺をハッキリと睨みつけた佩丘が言い放った。


 そうか、もしかしたら俺は直接戦闘に向かない、指示を出すことで居場所を見つけている自分と奉谷さんを重ねて見ていたのかもしれない。そんな彼女に、俺にはできないなにかを期待してしまっていたのか。


「二役がどうとかはどうでもいい。奉谷が自分で、今、必要だって言ってんだ。ケチつけるなら理屈を出せ」


 返す言葉が見つからない。いや、あるにはあるし、白石さんがさっき遠まわしにそれを言った。



「シシルノさん」


「わたしかい?」


 そこでシシルノさんの名を呼んだのは、ご当人の奉谷さんだ。


「今回の異変? だっけ。いつまで続くと思います?」


 それなんだ。奉谷さんが魔力を使い切りそうになっている理由は、俺たち以外の兵士に魔力をバラまいているからに他ならない。それを止めてしまえば、やるにしても制限をかければそれだけでカタはつく。【聖術】だって【魔術強化】だって取っていい。

 そもそも奉谷さんの前提が、俺たち以外に及んでいるから食い違っているんだ。


「わからない、としか言えないね。明日には終わるかもしれないし、今後はずっとこのままかもしれない」


「ですよね」


 シシルノさんに聞くまでもない。そんなことは全員がわかっている。前代未聞だからこうして調査をしているのだから。

 それでもシシルノさんがそう言えば、奉谷さんは確信を深めるように頷いてしまう。迷宮の異変が続くなら、だ。


「ならやっぱり【魔力回復】だよ。勇者ごっこ、続けるんでしょ?」


 やるならキチンと最後までか。奉谷さんはブレないな。

 勇者の名声のことまで考慮に入れてくれている。



「それにほら、じつは【魔力回復】がすごいかもだよ? そしたらみんなも取ればいいじゃない」


「……だな」


 まいった。完全に俺の負けだ。

 つい先日ミアが【遠視】を、中宮さんが【視覚強化】を取ったのと同じ理屈まで出してきた。技能の実験台理論までか。



 神授職というモノがこれまでの経験と、根底にある性格に紐づけられているのではと俺たちは想像している。ならば奉谷さんは──。


 みんなを励まして、元気と魔力を与えてくれる生粋のバッファー。それが【奮術師】、奉谷鳴子ほうたにめいこという元気なロリっ娘の本質か。俺には絶対ムリな役割だな。


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