第80話 いまさらなセカンドリザルト
「だらぁぁぁぁ!」
「突撃はいいけど、声が怖いって!」
抗議をしたところで突撃モードの
【観察】【一点集中】【集中力向上】全部を使いながら迫りくる相手を見る。
全部は見えている。それが俺の取柄だからな。だからといって相手は四階位で【身体強化】をフルに使った綿原さんだ。二層でたっぷりと実戦経験を積み上げている難敵。
念のため、というか確実にやってくる痛みに備えて【痛覚軽減】も掛けておくか。
いやダメだな。綿原さんは【痛覚軽減】を持っていない。お互いにぶつかるということは衝撃は一緒。俺だけそうするわけには。
……むこうは【身体強化】掛けてるからそうでもないのか?
「だぅらぁ!」
「ぐあぁぁ」
考えがまとまる前に、すっごい衝撃がやってきた。
それでもなんとか左腕のバックラーは受け位置への調整が間に合った。あとは
ギャリギャリと金属がこすれ合う音が耳に触った直後、俺の身体は突き飛ばされていた。それでも斜め後方にズレた俺は尻もちをついていない。なんとか二本の足で立てている。
やったぞ。俺はやった。
綿原さんはどこに?
「んをっ!?」
俺の目の前に土色のサメが浮かんでいた。
これってもしかして【砂鮫】? あ、まずい。視界が、俺の【観察】が。
「だやらぁぁ!」
「ちょまっ!?」
一秒後、今度こそ俺は真後ろに吹き飛ばされていた。
ちゃんとバックラー同士を狙って合せてくれた綿原さんには感謝だな。【痛覚軽減】よ、フルパワーで頼む。
なぜ後衛型神授職同士の俺と綿原さんがペアになってこんなことをしているかといえば、二人ともが四階位という理由だ。
もっといえば綿原さんは【身体強化】を持っているし目くらましの【鮫術】が、俺には【観察】と【一点集中】があるから、二人とも後衛組の中では一段上の盾職になっているわけだ。実戦経験も豊富だし。
俺が圧されっぱなしなのは、見なかったことにしてほしいかな。
◇◇◇
「随分おっきくなったね、サメ」
「でしょう?」
俺がヘバって休憩ということになり、綿原さんと二人、訓練場のすみっこに座り雑談モードになっている。
貴族が絡んできた事件の翌日、俺たち一年一組は今日も訓練を頑張っていた。
「【魔術強化】のお陰ね。ただ……」
「ん?」
「迷宮の魔獣って目が多いから、どれくらい効果あるのかなあって、思っちゃうのよ」
なるほどたしかに。魔獣ってなぜか三つ目とか四つ目とかが多い。酷いのになると……、思い出すから止めておくか。
「半分でも視界を遮れば意味はあるだろうし、ぶつけてやれば目つぶしになるわけだし、問題ないんじゃないかな」
「それもそうなんだけどね。わたし、いずれは【多術化】や【魔術拡大】も取るわ」
【多術化】は魔術の数を増やし、【魔術拡大】は文字通り魔術の効果範囲を大きくする技能だ。両方とも魔力は食うわ、威力は下がるわでリスクを伴うけれど、そこは熟練度上げと【魔術強化】で解消できる。
このあたりの技能を使える術師は一流ということになるらしい。もちろん熟練度次第だけど。
ウチのクラスの面々だと、七か八階位くらいで達成できそうなのが怖い。『内魔力』が多い『勇者チート』の凄さだな。
「空を舞うたくさんでおっきなサメよ。いいでしょ」
「いいね。威圧感と非現実感がバッチリだ」
「それよ! 理不尽な恐怖こそサメの神髄」
綿原さんの夢は広がりまくりだな。
たしかに今のところ【鮫術】に攻撃性は無い。
『合体魔術』で熱湯とかを使うならイケるだろうけど、サメである必要性がないからな。
『サメは可能性よ』
それでも綿原さんは暗い顔をしていない。
なんなら強力なデバッファーでもかまわないし、いつかは【岩鮫】だって作れるかもしれないと前向きなことばかりを言っている。
そういうのを目の前で見せつけられると、さすがの俺でも弱音を吐く気になれないわけで。
最初の頃こそ【観察】のしょぼさに嘆いていたけれど、【集中力向上】と【一点集中】を組み合わせれば、役に立てる場面をいくつか作りだせた。
ここから【反応向上】や【思考強化】を取れば、それなりの活躍だってできるようになるだろう。
俺も夢を持っていいじゃないか。
「八津くんはもっともっと、強くなれるわよ」
「……どうして心を読むかなあ」
心臓に悪いから止めてほしい。それとその笑顔はズルいと思う。
「顔を見てたらなんとなくわかるような気がするのよね。わたしにも【観察】生えるかも」
勘弁してくれ。俺のアイデンティティが消えてなくなるから。
「前にも言ったじゃない。二層に落ちた時に八津くんがいなかったら、わたしたちは戻ってこれなかったと思う」
「そんなこと」
「今さらわたしたちの間で遠慮なんていらないわよ。あの時の八津くんはすごかった。これからもっとすごくなるの」
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして」
あの時は【観察】と【集中力向上】で必死に地図を読み解いて、誘導係としてできていたのは本当だろう。もし俺がいなかったら、どこかで魔獣に追い詰められていた可能性は高かった。
それでも俺としては、もうちょっとだけ戦闘面で活躍したかったかな、とも思ってしまうわけだ。
「アレ見て。
綿原さんが指さした先では、疋さんと
「俺も混ぜてもらおうかな」
「いいわね、それ」
◇◇◇
転落事故から地上に戻って二日、いまさらの話ではあるけれど──。
あのとき二層に落ちた俺たち四人は、限界ギリギリまで技能を取って戦った。お陰で四階位になった今でさえ『内魔力』はカツカツで、新しい技能を取るどころではない。熟練上げで魔力が尽きるときすらある。
とくにキツいのは
五階位のミアですら似たような状況だ。迷宮内は魔力回復が速いとはいえ、ムリをしたものだと思う。
そしてそれはクラス全員だったりもする。
みんなは俺たちを助けるために、二層まで突撃してきてくれた。
そのためにほとんどの面子が、予定より早く技能を取ってしまっている。本当に申し訳ないと謝ったら、逆にお前ならどうしていたと切り返された。そりゃあまあ、やるに決まっているか。
まずは騎士組の四人が【身体強化】を取っていた。
すでに【身体強化】を持っていた
ちなみにほぼ同じタイミングで体力自慢の先生、
最終的に先生が取ったのは【体力向上】のほかに【身体強化】と【反応向上】だ。
修羅モードで戦って五階位になったおかげで魔力収支はなんとかなっているけれど、かなりの無茶だったと思う。
昨日ハウーズをものともしなかったのは、このあたりが大きかったかもしれない。口に出したら中宮さんにシバかれそうだな。
アタッカー組はというと、中宮さんは【体力向上】のほかに【一点集中】。春さんも【一点集中】だ。二人とも四階位になったので、これで安定ということになる。
俺たちを助けにきてくれた【忍術士】の
【剛擲士】の海藤は【身体強化】と【体力向上】を取得した。これで身体系三点セットが揃ったわけで、いよいよ投擲系に走るかもという話だが、それは五階位になってからだろう。武器をどうするかでも悩んでいるらしい。
同じく遠距離系で【裂鞭士】の疋さんは【魔力伝導】。これは鞭使いとしては当然の選択だけど、あの場面なら【身体強化】が先だったかもと反省していた。結果みんなは無事だったので、切り替えの早い彼女は前向きに【身体操作】を鍛えている。
ただ海藤と疋さんは三階位のままなので、魔力的にはけっこうキツいことになってしまった。
術師系の
全員が魔術をデバフ的に使えるので、そっちを強化する方向にいったらしい。どのみち必須技能なので将来のためにもなるだろう。こちらも全員三階位のままだ。
面白いのはバッファーの二人。【騒術師】の
文字通り『音』を操る魔術なので、デバフ的運用が期待できる。
もうひとりのバッファー、【奮術師】の
俺たちは『クラスチート』のお陰で魔力の色が同じだし、奉谷さんは【魔力浸透】も持っているので、魔力を融通する【魔力譲渡】を使う時のロスはかなり小さいと予想されていた。
だけどメインになりそうなスキルを後回しにしてでも、周りのことを考えているのはすごいと思う。みんなが言っていた、彼女の体は小さいけれど心は熱くて頑丈だという言葉が実感できる。
最後にヒーラーたる【聖盾師】の田村は、何も取らなかった。
魔力を出し渋ったというよりは、状況を見てからどうするかを決めたかったらしい。結果として怪我をしていた俺たち四人を見て、アイツは【造血】を取った。これはこれで冷静で勇気が要る判断だろう。正直見直したよ。
結果として前倒しだったにしても、全員がほぼ予定していた技能を取ってしまった。階位が追い付いていないのでしばらくは魔力に余裕がないのが残念だけど、そんなことはあまり気にしていないようだ。
『レベルを上げてMPを増やす、だろ?』
というのが古韮の談だ。まったくもってそのとおりだよ。
全体としていえるのは、みんなが神授職に合せながら基礎になる技能をちゃんと押さえているということだ。
所謂『極振り』的な尖った技能の取り方は誰もしていない。強いていえば、やらかしかけているのは俺と綿原さんだったりする。俺の場合は【観察】ありきだから仕方ないけど──。
「ははっ、まるで主人公とヒロインみたいだ」
「どうかしたの?」
「んあっ、いや、な、なんでもないよっ」
思わず口に出たのはマズかった。あぶないあぶない。
今のところ俺は避け専門なマッパーで、綿原さんは力持ちの術師だ。それはそれで面白いじゃないか。
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