第79話 わかりにくいやり取り
「いやあ、すごかったよ」
「そうかあ?」
「まんざらでもないくせに」
「まあな」
俺が
先生の隣には
傲慢貴族の襲撃を撃退した後、騎士組にはお休みしてもらって、それ以外のメンバーはキッチリ普段の訓練をこなしてみせた。
離宮に戻り風呂をいただいて夕食を終えたら、そこからは一年一組の時間だ。
話題は当然、さっきの模擬戦になる。主役は五人。
昨日の夜は俺たち四人の無事で盛り上がって、今日はこれだ。連日のイベント尽くしだな。
結局あのハウーズとかいうのが何を思ってあんなことをしたのかは不明だけど、そのあたりはそのうちわかるだろう。早ければこのあとアヴェステラさんが登場しそうな予感もあるし。
「いやあ、マジすごかったって! どうやったの? 教えてよ」
「あ、いや、その」
中でもヒーローは馬那だった。
もちろん全員が頑張ったし、圧巻を見せたのは先生だったけれど、それでも限界ギリギリで【身体操作】の可能性を見せてくれた馬那がひときわ目立ったというのがみんなの感想だ。
とくに今アイツに話しかけているチャラ系女子、
彼女はそれらしいスポーツをやったことがないのに【裂鞭士】なんていう神授職を引いてしまったわけで、それはもう悩んでいた。【身体操作】を取ればなんとかなるのではと、実際そうしてみたけれど、なかなかうまくいっていないのが現状だ。
そこに馬那の覚醒だ。疋さんにとっては希望の光に見えたのかもしれない。
「うまく言えないけど、体の動かし方をとにかく意識、だな」
「うーん、やってるつもりなんだけどさあ」
馬那の上手くない説明に、疋さんは腕を組んで考え込んでいる。
「戦ってるうちに疲れてしまってな、そこからはもう普段の練習どおりにするので精一杯だったんだ」
「ふむふむ」
「余計なことを考えないで、習ったとおりにやるしかないって、それだけをやっていた」
「頑張って、疲れて、習ったとおりにするってコト?」
「うっ、ま、まあ、そうだ」
実に役に立たないアドバイスではなかろうか。
疋さんが微妙に引きつった笑顔をしている。さっきまでは憧れの眼差しだったのに、どうしてこうなったのか。
「そ、そうだ」
「ん? なに」
「
方向性を変えてきたか。馬那は直接教えるのを諦めたようだ。
「なんで? 前に海藤に聞いたら、鞭なんてわかんねーって言われたけど。それに春も?」
「いや、鞭の使い方じゃなくってな、体の使い方だ」
「あー、なるほどぉ」
意識した体の使い方を学ぶために、海藤からはピッチング、春さんからはスプリントを教えてもらうわけか。
たしかにあの二人なら技術として、体の動かし方を知っている。
「俺も走る方は習いたいんだ。一緒に相談してやる」
「いいね! 助かるよ」
なかなか納得の落としどころだな。一緒にと言ってあげるあたりが馬那の朴訥な優しさかもしれない。
「ねえ
「いきなりだな、おい」
ほんわりと馬那と疋さんのやり取りを見ていたら、
「あの二人って海藤や春さんと仲良いの?」
「普通じゃないかしら」
試しに聞いてみれば、帰ってきた返事は『普通』だった、
ウチのクラスって垣根が低いというか、行方不明というか、誰が誰とでも話すところがすごいんだよ。俺が中学の頃なんて、一年間に一度も話した事のないヤツだって結構いたのに。
当人たちが自覚していないのが、なんというか一年一組らしいのかもしれないな。
◇◇◇
「今回の件は、ハウーズ・ミン・バスマンによる突発的で感情的な行動というのがコトの真相です」
秘密のルートを使って現れたアヴェステラさんの言がそれだった。言い訳になっているのか? それ。
今回のアヴェステラさんは応接に生徒を呼びでもなく、談話室でクラスメイト全員を前にしたまま話し始めた。
テーブルとかは横にずらしたままだったので、俺たちはカーペットの上に座り、アヴェステラさんもちょっと戸惑ってから同じようにした。ちょっと面白い光景だなと思ったが、誰もツッコまない。なんとなく仲間っぽくて楽しかったから。
関係者だけでなくこの場で全員に話すということは、前回のように王女殿下のお言葉は無いのだろう。
「ええと、仕込みではない、と」
「はい。そのとおりです」
前回の【聖術師】の一件があったからどうしても疑ってしまうわけだが、委員長の疑問はバッサリと切り返された。本当なら、だけど。
「かの者は宰相閣下の四女にしてバスマン男爵夫人の一子です」
「お孫さんという話でしたね」
「ええ。傍系となります。宰相閣下ご自身は血縁もあって、個人的には目をかけていたようなのですが」
そこでアヴェステラさんの言葉が一瞬途切れた。話し相手になっている委員長は何かを察したのか、いたたまれない顔をしている。
「閣下は勇者のみなさんとの関係を大切にしています」
「……そうですか」
宰相は孫より俺たちを取る、と。
それでも今回の件は訓練ということで話はついているはずだ。あまり酷い罰を求めるのも寝覚めが悪いし、ほどほどがいいのだけれど。
「今後ハウーズがみなさんに関わることはないでしょう。それで納めていただければ、とのことです」
「ハウーズさんは困った立場になるんですか?」
「彼は両殿下と近衛騎士総長の前で宰相閣下直々に叱責されました。これ以上を求めるのはさすがに」
それってそれなりにキツい罰なのでは。
生き死にや牢屋とかが絡まないならまだマシなのか? どうにも異世界貴族の常識が想像できない。貴族として面目が丸潰れなのはわかるけど。
「わかりました。みんなもいいかな?」
委員長がみんなを見渡してから言った。
俺としてはアレが今後関わってこないないなら、それでいいか。
ある意味でいい経験にもなったし、俺は痛い目にあったわけでもない。我ながら無責任だという自覚はあるぞ。
「偉い人たちの前でじいちゃんに説教されたわけだ。ざまあみろだな。俺はそれでいい」
当事者になった佩丘がそう言えば、野来、古韮、馬那もそれ以上を求めなかった。
ならばよし。
「寛大な言葉に感謝します」
「よしてくれ。ボコられて気付いたこともあるんだし、ホントはやり返す機会がほしいくらいだ」
そういう言い方がいかにも佩丘らしいな。ポジティブな引っ張り方が気持ちいいくらいだ。
「ケスリャー騎士団長についてはどうなりますか」
黙って話を聞いていた先生が確認したのは『灰羽』の団長についてだった。
「騎士団長については教導の職分を逸脱した行為ではなく、宰相閣下の類縁に半ば強要された、ということになりました」
「お咎めなし、と」
先生の目が細くなるが、アヴェステラさんはそれを真っ向から受け止めている。大人な二人の目くばせだ。ちょっと怖い。
「……わかりました。今後に気を付けていただければ、わたしから手を出すことはないでしょう」
「感謝します」
先生は折れたような返事の最後にすごく物騒な単語を付け足した。手を出すって、おいおい。
次があったらブチのめすと、そう先生は言っている。
ハウーズとの対戦は、先生からしてみれば慣れない大盾装備だった上に、二階位差の相手だった。それを完封してしまったわけで、たぶん先生が本気なら……。やってのけるんだろうなあ。
最初に訓練を見学した時は五階位くらい上の人たちばかりだったから、これは絶対にムリだろ、と思っていたけれど、階位を上げて技能を取った今なら。
アヴェステラさんが先生の言葉をハッタリと見るか、言うだけの力を秘めていると判断するかはわからない。だけど先生は実力がバレたとしても、相手に強烈に釘を刺す方を重視したということだ。
先生の場合、俺たち生徒が絡むとなあ。嬉しいけれど、心苦しくもなる。
なんにしろこれ以上ケスリャー騎士団長の話をしても仕方ない。
言うべきことは言ったわけで、俺たちが考えなければならないのは迷宮だ。滑落事故とチンピラ貴族とで三日連続のトラブルだったわけだし、明日以降は穏便に過ごしたい。フラグじゃないぞ。
「それではわたくしはこれで。夜分にお時間をいただき、ありがとうございます」
アヴェステラさんが立ち去ろうとしたその時だった。
「あの、僕たちは……、アヴェステラさんたちを信用していいんですよね?」
絞り出すようにその言葉を発したのは委員長だ。
俺たちがずっと気にしていること。前回の【聖術師】と今回の貴族の件、一年一組に対する扱い、そういうのを全部ひっくるめた、かなり踏み込んだ発言だと思う。
たぶん聞いても意味がない。アヴェステラさんがどんな返事をしたところで、それが本当だなんていう証明は誰にもできないのだから。
「召喚されてからずっと、一年一組はアヴェステラさんたちに良くしてもらっていると思います」
それでも委員長は続けた。
俺たちは居場所を与えられて、食事も着替えもできている。あまつさえ風呂までもだ。
向こうの要望とはいえ、しっかりとした訓練と装備をして、ヒルロッドさんたち護衛もつけてもらってから迷宮で階位を上げることもできた。提供してもらった資料に今のところ間違いや矛盾はなくて、シシルノさんとは開けっぴろげな議論を交わすこともできた。
だけどその中に嘘や思惑が混じっていないとは限らない。
委員長の質問に大した意味は無い。それは間違いない。だけどそれでも、俺たちの心には影響があるかもしれない。
「わたくしはみなさんの信に応えたいと願っています。……もちろん王女殿下も」
いつもとほんの少しだけ違う微笑みを浮かべてから、アヴェステラさんは帰っていった。
◇◇◇
「ごめんね、みんな」
「いいわよ。言いたくなる気持ちもわかるから」
委員長が頭を下げて、クラスを代表するように中宮さんがそれを流す。
一年一組だけになった談話室で、俺たちはいつもどおり日本語で話していた。
いちおう
「考えても答えが出ないことでウジウジしても仕方ないわ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「はいはい。それより明日以降のコトよ」
まだ次回の迷宮入りは決まっていない。
やることは決まっている。技能の熟練を上げながら、武術素人の俺たちは修練を積むのみだ。
体力も技術もまだまだ。やれることは山ほどあるわけだから。
「そいでさ春、海藤。身体の使い方ってのを教えてよ」
「お、おう」
「どういうこと?」
ぱっと切り替えた疋さんに迫られて、海藤と春さんがアワを食っている。
「走り方ひとつでもフォームとか意識するんでしょ?」
「そういうのがたぶん【身体操作】にいいと思う」
疋さんの空気に馬那も乗った。
そうして三々五々にクラスメイトたちがいつもの空気を取り戻していく。
「八津くん、明日だけど盾のぶつけ合いしてみないかしら」
「いいけど、突然だね」
「今日の決闘を見ていればね。これでも元運動部だからかな、こういうのって燃えるのよ」
「俺もかな。受けて立とうじゃないか」
「意気や良し、ね」
綿原さんもすっかり切り替えを完了しているようで、いつもどおりの面白い笑顔で話題を振ってきた。
そうだな、みんなのノリに俺も乗ろうか。でも今の綿原さんの突撃、受け流すなんてできるのかな。
アヴェステラさんの最後の言葉。『王女殿下も』ね。
そういう微妙な匂わせ方を高校一年生にされてもなあ。それが狙いなんだろうけど、どっちにだって取れるじゃないか。
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