第283話 暗転




「じゃあ俺たちは戻るから、こっちはよろしく」


「任されたわ」


 軽く手を振る俺に、サメを纏わせた綿原わたはらさんもまた気軽に返してきた。


 迷宮泊も三日目の夕方になり、俺たち『緑山』は地上に戻る前に開催する模擬店の準備をし終わったところだ。

 今日一日の成果だが、階位を上げることができたのは【嵐剣士】のはるさん、【霧騎士】の古韮ふるにら、【岩騎士】の馬那まなの三人。全員が十階位だ。

 巨大な群れに襲われるようなトラブルもなく、無難に戦った成果として付いてきたのは真っ当なリザルトだった。


 三人が取った技能はそれぞれ、春さんが【魔術強化】、古韮と馬那は【広盾】。

 春さんの風が強くなって、古韮と馬那の盾が大きくなったぞ。



 さて、騎士系神授職のメンバーが攻撃も心がけるようになったお陰で、彼らの階位の上がりが早くなってきたのが最近の傾向になる。


 一年一組は最初の頃、後衛のレベリングを重視してきた。理由としては平等にみんな仲良く、とかではなく、後衛職の柔らかさを危険視したからだな。相対的に硬い騎士職は攻撃を控え、結果としてレベリング順位を下にしていたのだ。

 だが、三層で戦うようになり、後衛職でもとくに柔らかグループでは『どうやってもトドメを刺せない』魔獣が登場するようになった。たとえ瀕死であろうとも、大丸太に短剣が刺さらなかったのだ。ちなみに【鋭刃】を取得した赤目の切り裂き魔こと深山みやまさんは、ギリギリ成し遂げた。ズルいぞ。


 そういう後衛では倒せない、もしくはトドメを刺すのに手間がかかる魔獣を騎士たちが倒すことで、レベリングが捗ったというわけだ。



『クーデターを目前にしている以上、手間と時間をかけて後衛の介護をするよりも、上げられる前衛は上げておこう。ただし後衛でもイケそうな魔獣はなるべく流すということで』


 今回の迷宮に入る前に俺が言ったのは、なんとも中途半端な意見だが、それはみんなに受け入れられた。言い出したのが柔らかグループで介護される側の俺からだったし、白石しらいしさんや奉谷ほうたにさんも真っ先に賛同したというのもある。


 ただしこのやり方には明確なデメリットが存在していた。

 十階位になった前衛が増える程、経験値ロスが発生しやすくなるという現象だ。三層の限界階位となる十階位達成者は、それ以上の階位になることはできない。そんな状況で後衛に倒せない魔獣が大量に現れればどうなるか、ということだな。

 もちろん実戦経験というプレイヤースキルと、技能の熟練は稼げるだろう。それでも階位が上がることで強化される魔力量は、残念ながらそれに勝ってしまうのだ。


 三層でコレなのだから、四層に挑んだらどうなることやら、だな。



 という泣き言じみた考えに則って、模擬店班を残した俺たちレベリング班は今から『三層に戻る』。

 模擬店については前回ドタキャンした手前、どうしてもやっておきたいし、同時にレベリングもしたいということだ。とくにまだ八階位なアヴェステラさんをなんとかしたい。そういう意味でも泣きの一回というわけだな。


 メンバーは初日の午前中に分割したメンバーとほぼ同じではあるが、【石術師】の夏樹なつきと【熱導師】の笹見ささみさんをこっちに引き抜いた。

 二層での分割とはワケが違うので、模擬店は忙しいかもしれないが、レベリング組を増強した形になる。なんとか後衛系でも十階位を生み出したいのだが、筆頭格の【鮫術師】綿原さんはイラスト配りで忙しい。同じく十階位が近い【雷術師】の藤永ふじながは【氷術師】の深山さんと一緒になって皿洗いに奔走しているところだろう。


 そんな感じで、俺たちは再び三層を彷徨うのだ。



 ◇◇◇



「あ、おかえりなさい」


 模擬店の撤収作業をしている上杉うえすぎさんが俺たちに声をかけてくれる。ナチュラルにおかえりなさいなんて言ってくるあたりがさすがは小料理屋の娘さんだ。それだけで嬉しくなってしまう俺も大概チョロいな。


 二時間くらいを使って三層を徘徊してきた俺たちだったが、アヴェステラさんは八階位のままだった。

 ヘビやミカンは見当たらず、シカやらカボチャやら大丸太やら、要は後衛では倒せないタイプの魔獣と散発的に遭遇するだけの行軍。群れに突撃をかける時間もないので、こういう結果になっても仕方ないのだが、とても無念ではある。


「なんか気まずいんだけど」


 その代わりというわけではないが、【忍術士】の草間くさまが十階位を達成した。

 長い前髪とメガネに隠された表情はよくわからないが、どうやら恐縮しているようだ。べつに気にすることはないのにな。


 そんな草間が取ったのは【視野拡大】だ。

 ウチのクラスでは定番技能だのだが、ニンジャなクセに持っていなかったのを気にしていたからなあ。草間の場合は【気配察知】【気配遮断】【魔力察知】というユニークスキルを持っているぶんだけ基本が遅れがちではあるのだ。

 代わりに草間がとてつもなく頼りになる斥候であるのは皆が認めるところだから、そこは安心してほしい。



「撤収完了よ。名残惜しいけど……」


「仕方ないよな。もう一度機会があるといいんだけど」


 パンパンと手を叩いて帰還を促す綿原さんは、残念そうな表情をしていた。俺としてももう少し、という想いはあるが、二泊三日もアヴェステラさんを拘束してしまったのだ、これ以上はさすがにマズい。

 当初の目標である八階位は達成したのだし、それで良しとするしかないだろう。


「よう、お疲れさん」


「あ、どうもです」


 移動を開始しようとしている俺たちに、声をかけてくれる人も多い。綿原さんが自慢げにサメを浮かべながら、笑顔でそれに答えている。


 名前を知らない人がほとんどではあるが、見知った程度な兵士たちはそれなりに多い。

 残念ながら【観察】には記憶チートなんて付いていないので、瞬間の解像度は高くても、映像としては忘れてしまう。そのあたりは一般人と変わらないのだ。

 おぼろげに、会ったことがある人だったなあ、くらいでしかない。



「聖女さん、今度も頼むぜ」


「怪我をされないのが一番なんですよ」


「いやあ、そのとおりだ」


 上杉さんの顔を見た兵士が気軽に声を掛けていく。


 一年一組が出している模擬店『うえすぎ』では治療も行っている。ついでに魔力供給なんかも。

 今回の迷宮では上杉さん以外のヒーラーを連れて行ってしまったが、魔力タンクとして深山さん、白石さんや藤永が頑張ってくれたはずだ。


 移動中でも辻ヒール、辻魔力譲渡はちょくちょくやっているので、ウチのヒーラーと魔力タンクは名が売れている。

 目立つという意味では、いつも謎の魚を連れているメガネ女子もワリと有名な部類だ。派手だからな。


 平民や平民上がりが多い王都軍の兵士や、迷宮に潜る騎士たちは総じて勇者に好意的で、気さくな態度を取ってくれる人が多い。

 俺たちが地上の揉め事よりも迷宮を好ましく思うのも、こういう部分があるからだ。


 なんていうフラグは立てるものじゃないんだろう。



 ◇◇◇



「うしろに七人。さっき挨拶してた人たちだね」


 念のためといった風に草間が報告してくれるが、警戒の色は薄い。

 迷宮一層から地上へ戻るための長い階段を俺たち『緑山』は登っている最中だ。


 前回は綿原さん用の珪砂を満載にして帰ってきたのもあって、今回はガチで真っ当な素材を持ち帰ってきている。騎士職な五人などは肩に大丸太の素材、というか直径五十センチ、長さは三メートルくらいの木材を担いでいて、謎の特訓風景にすら見えるような状況だ。


「これはいい訓練になる」


 なんか自衛官志望の馬那まなが嬉しそうだが、自衛隊ってこんなことをするのか?


「結構遅くなっちゃったし、ヒルロッドさんが心配してるかもだね」


「予定の一時間遅れか。まあ仕方ねえだろ」


 陸上少女のはるさんが地上を気にするセリフを言えば、お坊ちゃんな田村たむらが自分の腕時計を見ながら返す。ただし春さんは背中に巨大なシカの胴体部分を背負っているし、田村もカボチャを三つ革紐で縛って肩からぶら下げてだ。


 そんな感じで一年一組は前衛だけでなく、後衛まで含めて大荷物を抱えていた。

 それでも九階位と十階位の集団は、ふらつくこともなく階段を歩く。生徒や先生だけでなく、従士グループのシシルノさんたちや、しまいにはアヴェステラさんまで、なんらかの素材を満載にしているのだ。

 どこかマンガとかで見かける大荷物を背負った夜逃げのようなシーンを思い出させる光景だな。


 普段はここまでしないのだが、階位も上がって力も付いたことだし、どれくらい素材を持って帰れるかを試しているという側面もある。もちろん国と民に貢献する勇者ムーブな部分も。



「これなら文句もないわよね」


「やりすぎじゃないかなあ」


 一段前を歩く綿原さんはサメを泳がせながらも、担いでいるズタ袋には大量のリンゴが入っている。俺も似たような恰好で、こちらはミカンだ。


 基本的に近衛騎士は最低限の素材しか持ち帰らない。かさばるモノは運び屋に任せることになる。

 王都軍の場合は自分自身と運び屋で半々といったところだ。三層の素材はダブついてはいるが、それでも持ち帰ればボーナスが付く。気合を入れる者もいれば、適当で済ませる人もいるらしい。


 俺たちが担いでいるのは全て今日の昼間に狩ったぶんで、たしかにウチのクラスは魔獣を倒しまくっているが、今の三層はそれができるくらいに魔獣が多い。


「今はいい気分で素材を持ち帰っているけど、この国って余ったらどうするのかしらね」


「ちゃんと王都に流通してくれるならいいんだけど」


 コンビニの娘だけに綿原さんはそういう部分が気になるようだ。俺としてもせっかくの素材がこの国の人たちの役立てばいいとは思っているが、どうにも上が信用できないからなあ。


「そのあたりはアヴェステラさんや王女様に任せましょう」


「なんか黒い方向に使いそうだな、それ」


「それならそれで、かしらね」


 軍や騎士団の持ち帰った素材は、種類ごとにそれぞれ食料部などの管轄部署に回されることになっているが、途中でなにがどうなっているのか怪しいものだと俺たちは踏んでいる。

 ならば『緑山』が持ち帰ったモノは、王女様の野望の糧にしてもらっても構わないくらいの考えだ。自分たちの衣食住さえ保証されていれば、そこから先の薄暗い部分にまで目を光らせるつもりはないのだから。



「この先で立ち止まってる人たちがいマス。六人。一人は……、うずくまってる?」


 もう少しで地上といったあたりでそんなコトを言ってきたのは、前の方を歩いていたミアだった。【遠視】でも使っていたのかもしれないな。


 後方を歩く俺からは階段の先なので【観察】が届かないが、なにか異常でも起きているのかもしれない。

 うしろからも別の部隊が登ってきているようだし、こんな場所で待ち伏せというのもちょっと考えにくいと思うのだけど。


「騎士組は前に出てくれ。アヴェステラさんたちは真ん中で。素材はいつでも放り出せるように」


 念には念のために、うしろからみんなに声を掛けておく。


 俺たちはどこでだって襲われるかもしれないという警戒心を持っている。持たざるを得ないと言った方が正確か。ハシュテル事件以来は殊更にだ。

 ここまでは適当に歩いていたが、少し陣形を変えておいてもちょっと窮屈になる程度で移動自体に問題はない。みんながいつでも対応できるような態勢になっていく。



「あれは……、さっき模擬店で体調が悪いと言っていた人です。大丈夫だといいのですけど」


 少しだけ階段を登る足を緩めて警戒しながら進む俺たちだったが、隊列の真ん中あたりに移動していた上杉さんが知っている顔のようだった。


「ああ。何度か店に並んでた連中だ。名前は知らんが、第二大隊の……、どっかの部隊だとか言ってたか」


 丸太を担いだまま最前列に出たヤンキーな佩丘はきおかも知っている人たちらしい。


 全員ではないが、緊張感が一気に薄れていく。前に出て【観察】でもしようかと思っていたが、そこまでの必要はなさそうかな。



「足音っ!」


「うしろ!?」


 そんな緩みかけた空気を切り裂くように、ひきさんと草間が同時に叫ぶ。うしろってどういう意味だ?


 そういえばうしろからも人が来ているのだった。俺たちが歩きを緩めれば、そりゃあ追い付かれもするか、なんていう間の抜けた思考が頭をよぎるが、それどころではない。

 疋さんと草間の焦った声は明確に異常を伝えていたのだから。



「ぐっ」


「きゃっ!」


 あわててうしろに振り向こうとした瞬間、腰に重たい衝撃がきた。思わずうめき声が出てしまったが、同時に聞こえたのは綿原さんの悲鳴だ。


 途端頭に血が上るが、事態はそれだけですまなかった。


 身体が空に浮かんでいる? 突き飛ばされた? 階段から落ちる?

 違う。腰の辺りに太い腕が絡まっていて、俺は持ち上げられていた。あまりに突然なせいで視界がブレた先では、綿原さんも腰を掴まれ抱えあげられているのが見える。


「なにすんだい!」


 さらにはアネゴな笹見ささみさんの声も聞こえてきた。まさか彼女も。



「なにをっ!?」


 驚愕の色がこもった声を上げたのは滝沢たきざわ先生だ。


 その声に励まされるように必死になって顔を上げて状況を確認すれば、その場にいた全員が抱えられた俺と綿原さん、それと笹見さんに視線を集中させていた。

 すでに先生や中宮なかみやさんは荷物を放り出して、こちらに向かって動き出している。


「違う! うしろだ!」


 叫ぶ俺の視界の先には、前方にいた集団がこちらに振り返っていた最前列のクラスメイトたちを蹴り飛ばそうとしている光景が映っていた。うずくまっていたはずの男も、普通に立ち上がっていやがる。


「がっ!」


 背中を蹴られた古韮ふるにらが苦悶の声を上げ、そのままみんなを巻き込むように階段を落ちてくるのがスローモーションのように見えてしまう。野来のきも、馬那も。みんなが。


 丸太を背負ったメンバーが蹴り飛ばされたのだ、隊列を作っていた皆が巻き込まれながら、将棋倒しのように崩れていく。こうなってしまうと階位も技能もあったものじゃない。


 完全に前後でタイミングを狙っていたとしか思えない手際だった。


 前とうしろを合せて十三人とはいえ、こんな状況にされてしまっては連携した対応などできるわけがないし、しかも俺を脇に抱えているこの男、階位が高い。いたずらで古韮に似たようなコトをされたことがあったが、それよりもはるかに強い力で抑え込まれている。



「三人で十分だ。いくぞ!」


 俺を抱えていた男が叫ぶと同時に、頭になにか布のようなモノがかけられ、視界が暗転する。

 最後に見えたのは崩れ落ちる白いサメと、頭に黒い袋を被せられた綿原さんの姿だった。


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