第284話 残された僕たち:【忍術士】草間壮太
「……僕が、もっとちゃんとしてれば。僕の、せいだ」
「止めなよ
弱音を零した僕を、茶髪の
違う。そうやって自分を悪者にして、誤魔化しているだけなんだ。本当に悪いって思ってたら、もっと違う言い方になるはずなんだから。
口調はいつもの軽い調子だけど、涙声になっている疋さんを見てしまうと、カッコ悪い自分を再認識させられた気分になってしまう。悔しいな。
「待つしかないよ。王女様が動いてくれているのは間違いないし、僕たちにできるのはここで待機して、必要になったら即行動できるようにしておくことだ」
「委員長」
強面な
「止めろ佩丘。意味ないコトすんな」
「だぞ。佩丘手前ぇ、キレてもカッコ悪ぃだけだ」
鬼みたいな顔をしている佩丘君にも
怒っていても、三人がこういう状況でも変わらないのは、なんだかとても頼もしく思えてしまう。
僕たちは迂闊だったのだと思う。
うずくまる人を見て、警戒しながらも近づいてしまったし、そちらに気を取られ過ぎてうしろから人が来ているのをわかっていたのに、そちらへの対応が甘かった。名前も知らないのに、顔見知りだったからなんていう理由で。
委員長なんかは相手が用意周到過ぎたと言うけど、僕なら、【忍術士】の僕ならなんとかできたかもしれないと、どうしても思ってしまうんだ。
結局、階段でのごちゃごちゃで前後不覚になっていた僕たちがなんとか正気に戻れた時には、賊は消えて、そして仲間が三人もいなくなっていた。
「あいつら、速かった。たぶん十三階位はあったと思う。姿勢さえ崩れてなかったら、追っかけられてたのに」
歯噛みする
完全に計画的な拉致、それが僕たちの認識だ。
ハシュテルの時みたいに行き当たりばったりなやり方じゃない。周到に計画していたやり口。
『みなさんは離宮で待機していてください。全力での捜査をお約束します』
地上に戻ったアヴェステラさんは、そこに打ち倒されていた警備をしていた騎士たちを見て冷たく言い放ち、警護も付けずにその場を立ち去った。王女様のところにいったのはわかるけど、あまりの怒気に僕たちは口出しをすることもできなかったのが悔しい。
「容赦しない」
片膝を突いたまま、木刀を絨毯に突き立てるようにしている副委員長の
彼女だけじゃない、
頼みの
「拉致という形を取ったんだ。……殺されるようなコトはないと思う」
吐き捨てるような委員長の言葉は理解できる。だけどさ、それとこれとは違うんだし、委員長だってそれはわかっているはずだ。
「委員長さ、どうして落ち着いていられるの?」
「まさかだよ草間。どんなに【平静】を使っても、僕はこんなに怯えている」
どうしてもイラだって委員長を詰問してみれば、震える指先を見せつけられた。ごめん、わかっていたはずなのに。
僕と同じようにそれを見た、クラスメイトたちが黙り込む。
『軍部のツテを総ざらいしてくるよ。アーケラ、ベスティ、ガラリエ、君たちは残っていてくれ』
アヴェステラさんと同じように、シシルノさんも護衛を付けずに飛び出していった。
『自分に動かせるのはミームス隊だけだ。それでも最善を尽くすよ』
離宮で待ってくれていたところで経緯を聞かされたヒルロッドさんもすぐに行動してくれて、今はもうここにはいない。ヒルロッドさんの激怒というには生易しいくらいの感情を見たのは、ハシュテル襲撃以来だった。
離宮の談話室は沈黙に包まれている。
八津君たちは以前、二層に転落するなんていう事故を起こしたことがあった。
だけど今回は、そういうのとは明らかに違う。明確な悪意をもって拉致されたんだ。委員長の言うとおりで、あそこまで計画的にしでかした人さらいだ、三人が別の場所で殺されていたなんてことはないのもわかる。
だけどそれは理屈でしかないんだよ、委員長。なにかが間違えば、八津君たちが反抗的な態度をしていたら、もしかしたら……。胃の中に石をたくさん詰め込まれたような重たさを感じる。
「あのさ、僕が【気配遮断】使って──」
「ダメだ、草間」
自分でも迂闊だとわかっていて言ってしまった言葉は、優しい顔をした
「ここで誰かの単独行動なんて、明らかなメリットがないかぎりあり得ない。草間に役立ってもらうのは、むしろ【気配察知】だろ? お前は俺たちの目……、なんだから」
気持ちを押し殺しながら僕を諭す古韮君は、最後の部分でしまったという表情になった。
そうだよね。だって僕たちの本当の目は……。
「お風呂とごはんにしまショウ」
「……ミア」
普段の彼女からは考えられないくらい平坦な声をしたミアが、雰囲気とは真逆なコトを言い出した。中宮さんがそんなミアを見て、少し悔しそうな顔をする。
そっか、ミアの言ってることが正しいからだ。
僕たちは模擬店の残り物で軽く食事をしただけだから、本当なら今頃はお風呂上りの夕食の時間帯。なのに僕たちは談話室で俯いて、血に汚れた革鎧を着たままだ。運んできた素材なんて、適当に放り出してきてしまった。
だからって、このまま座っていても始まらない。
「そうですね。アーケラさん、お湯をお願いできますか? わたしと佩丘くんは料理の支度を」
ミアの言葉を受け取めた
そんな彼女の背後には、黒い影が見えている。これは、完全に怒ってる時の上杉さんだ。逆らってはいけない状態の彼女になっている。
野生なミアと知性の上杉さんの意見が一致してしまえば、そうそう覆せる人なんていない。それこそ綿原さんくらいかな。いや、彼女なら同調するか。
ああもう、どうしてもこの場に居ない仲間のことばかりが頭に浮かぶ。今だってお湯を沸かすなら笹見さんだろうと考えてしまうんだ。上杉さんが気を使って名前を出さなかったっていうのに。
「そうだね、着替えて食べて、このまま何もなければ交代で睡眠も取ろう。迷宮と同じ警戒態勢で、シフトは……、僕と中宮さんで仕切るよ」
ミアと上杉さんの意見を採用した委員長は、最後の言葉で寂しそうな顔になった。
迷宮委員の二人、八津君と綿原さんがいれば、こういう場を仕切ってくれていたんだろうな。笹見さんなら大きな声でみんなを励まして。
「まったくあの三人には困ったものデス」
「ミア、あなたがそれを言うの?」
さっきの言葉から一転、ワザとらしく明るい声になって軽口を叩くミアを中宮さんが咎める。
みんなだって二層転落事故を思い出したはずだ。ミアなんて張本人なのに。
あの時と違うのは相手が魔獣じゃなく、人間だってこと、か。
「だからこそデス。助け出しマスよ。今度はワタシが助ける番なんデス」
「……ええ。そうね。わたしたちなりに感張りましょう」
中宮さんの言葉にみんなが頷いた。
◇◇◇
「アヴェステラさん、シシルノさん、コレっていいんですか?」
委員長が呆れたような声で確認をする。
談話室の壁に張り出されているのは、王城全体の詳細な地図と部隊名まで網羅された近衛騎士団、王都軍の組織図、ついでに行政関係の詳細な分担まで。
言葉の少ない夕食が終わったタイミングで離宮にやってきたアヴェステラさんとシシルノさんは、おっかない笑顔のままでそれらを僕たちに託してくれた。
「機密だろ、これ」
軍オタの馬那君が唸っているけど、そんなにすごいものなんだろうか。
たしかに僕たちが見たことのある資料にこんなのはなかったけど。
行政や軍の組織図には但し書きみたいな感じで、家や派閥なんかの人間関係まで描き込まれているし、王城の地図を見れば区画ごとに管轄する部署が丸わかりだ。
「王女殿下の許可はいただいています」
「わたしの方は無許可だよ。軍の詳細組織図なんて、持ち出しが発覚すればどうなることやら」
キリっとした顔のアヴェステラさんと邪悪な笑顔なシシルノさんの言葉は正反対だったけど、お互いに咎める様子は欠片もない。
「王女殿下は本件において『王命』を拝しております。とはいえ体裁上ですが」
「それは、どういう権限になるんですか?」
アヴェステラさんの言う王命というのがどの程度なのか、委員長は気になるようだ。
「王女殿下はあらゆる部署に対する監察権限を得たことになります。なるのですが……」
「『勇者拉致』に関してのみで、ついでに言えば協力的な部署は少ないだろうね。彼らには痛い腹が多すぎる。無関係な連中ですらのらりくらりをしてくるのが目に浮かぶようだよ」
顔を渋くするアヴェステラさんの言葉をシシルノさんが引き継いで説明してくれた。
以前から僕たちが感づいていた通りで、この国の王様は甘く見られているらしい。僕の想像する王様なんてなにかを言えば全部が通るみたいなイメージだけど、ここでは違う。
それが良いことなのか悪いことなのかといえば、委員長や上杉さんは良い悪いではなく、間違っていると断言していた。亡国、だったかな。
「王城の中は小さな城が幾つもあるような状況だからね。さて、どうしたものか」
腕を組みながら壁の資料を見つめるシシルノさんだけど、その目は血走っていて普段の様子と違うのがわかってしまう。
「シシィ、まずは今時点での情報をわたくしから」
「うん。アヴィもわかってきたようだね。全ては情報からさ」
「元からですよ」
アヴェステラさんとシシルノさんが鬼気迫るような表情でそんなやり取りをするものだから、一年一組は逆に冷静になってきている気がする。もしかしたらワザとかと思うくらいに二人は必死なんだ。
「ゲイヘン軍団長とキャルシヤ団長からの全面協力は取り付けました。『緑山』顧問としてミームス隊も『灰羽』から独立して行動できています」
流れるようにアヴェステラさんが状況を説明していく。ヒルロッドさんは戻ってきていないけど、今も走り回ってくれているのかな。
対する僕たちは、とにかく最後まで聞くだけ聞いておく姿勢だ。書記担当の
「わたくしはこのあと、『紅天』のヘルベット団長に話を通しに行きます。ガラリエ、同行を願えますか?」
「わかりました」
王女様の言っていた戦力は大きく三つ、ゲイヘン王都軍団長、『蒼雷』のキャルシヤさん、そして第三近衛騎士団『紅天』の団長さんだ。
「そして実行犯ですが」
「わかったんですか!?」
アヴェステラさんから出てきた決定的なセリフに、思わず委員長が叫んでしまった。委員長だけでなく、ほかのみんなも驚き顔になる。
事件が起きてから三時間くらい。こんなに早く犯人の名前がわかったのなら。
「はい。王都軍第二大隊、パラスタ隊に所属する第一、第二分隊です。迷宮での活動予定、確認された容貌が一致していました。パラスタ騎士爵本人も参加していたようですね」
聞いたことのない名前だけど、犯人が割れたと聞いてみんなが息を呑みながら続きを待つ。
「第二大隊でもかなり有力な戦力で、十二、十三階位の兵士で構成された精鋭部隊です」
「だからあんなコトが」
次に出てきた情報に今度は中宮さんが口を挟んだ。
八津君たちを連れ去った賊は、三人を抱えたまま迷宮の入り口、『召喚の間』にいた警備の人たちを蹴散らして、あっという間に逃げ去ったらしい。
蹴散らしたといっても、最低限邪魔になった人たちを突き飛ばしたくらいで、とにかく逃げることを最優先したみたいだ。
十三階位の人たちが本気で逃げれば、迷路みたいな王城だから、身を隠すことだってできるのかもしれない。僕たちが慌てて『召喚の間』に駆け込んだ時は、倒れている人とかで現場は大混乱していて、犯人の影も形も無かったのを思い出す。
足に自信があった春さんが悔しがっていたけれど、階段から転げ落とされたのがマズかった。アレも狙ってやったんだろう。
「パラスタ隊は隊舎に戻らず、未だ行方不明です。地上待機していた第三分隊も今日の昼から姿を消していたようで、そちらもまた」
犯人は行方不明だと苦い顔をしたアヴェステラさんは言う。
「そしてパラスタ隊なのですが……、第三王女派閥なの、です」
「はあっ!?」
信じられない言葉に、春さんが大声を上げた。クラスメイト全員どころか先生までもが驚きに目を見開いている。
「わたくしと『同じ』なのか、それとも直前で転んだか。どちらにしても、かの隊は敵です」
苦しそうに語るアヴェステラさんは、パラスタ隊とかいうのは敵だと断言した。同じっていうのは……、アヴェステラさんが宰相派に見せかけているっていうところか。
「可能性が高いのは『宰相派』でしょう。『第一王子派』は混乱状態ですし、勇者を拉致したという点で『抗戦派』の線も薄いと思われます」
『抗戦派』というのは軍部に多い考え方で、帝国と戦争をしてから有利な条件で講和をしようという派閥だ。ただ、王都にはほとんどいないはずの勢力、だったかな。今回のクーデターでは蚊帳の外みたいな扱いだったはず。
「王女殿下の動きが速まったのを察知したのか、それとも勇者の名声が広がったのが原因か……、そういう詮索は後回しですね」
そこまで説明してからアヴェステラさんはいったん喋りを止めた。
クラスメイトたちは黙り込んでしまっている。
また『宰相派』なんだ。何度か見たことがあるけど、普通に優しそうなおじいちゃんなんだけどな。人間が信じられなくなりそうだよ。
「話はわかったよ。それでアヴィ、王城の詳細地図などわたしも初めて見るワケだが、持ち込んだ意味はあるんだろう?」
「はい。この場のみなさんには、犯人や勇者たちがどこにいるのかを推測していただきたいのです。逃走した犯人が確認されたのは、こことここ、最後がこちらになります」
沈黙を破ったシシルノさんが先を促せば、アヴェステラさんは王城の地図の数か所に印をつけた。たったの三か所か、少ないよな。
「王女殿下は人を動かすことと情報の収集で手一杯です。できることは全てやるべきだと、みなさんにはこちらを」
「だけど材料がこれだけだとなあ」
僕たちのやるコトが『推理パズル』だと聞かされた田村君がヒントの少なさに唸る。犯人がどこに逃げたかを予想するなんてできるのかな。
「随時最新の情報はお伝えしますし……、それと、こちらです」
アヴェステラさんがいつも手にしている鞄から紙の束を取り出した。ほかの資料は離宮に来たとたんに見せつけたのに、随分もったいぶったやり方だよな。
「今回の計画における協力者、調略中の者、敵対する可能性が高い者、および属する派閥、それらの一覧です。裏切りが発覚したあとでお見せするのは恥ずかしいですが……」
「それって」
一息で言い切ったアヴェステラさんの言葉の意味に、委員長が絶句していた。遅れて気付いたみんなも僕も。
「これが全てです。雑多な約定などは省きましたが、王位簒奪に関与するであろう人物の情報が、ここに全部。材料として使ってください」
「いいんですか、って聞くのはヤボですね」
「ええ。存分に使ってくださって構いません」
とんでもない資料を委員長に手渡したアヴェステラさんは、無理やりみたいに微笑んだ。
「最後に、これだけはハッキリとお伝えしておきます。王女殿下は『三人の勇者』を切り捨てたりはしません。ですがもし、非情な判断をされた場合、わたくしは勇者のみなさんに付きましょう」
それだけを言い残して、ガラリエさんを引き連れたアヴェステラさんは談話室から立ち去って行った。
◇◇◇
「やるだけならタダだ。ほかにできることもねぇし、な」
「そうだね。やろうか」
部屋の隅に置かれたテーブルの上で山積みになった資料を見ながら、田村君と委員長が頷きあう。もちろんみんなからの異論はなかった。
綿原さん、笹見さん、……八津君。早く戻っておいでよ。
せっかく仲良くなったんだし、僕もロボットアニメ談義をしたいんだ。戻ったら一緒にプラモを作ろうって約束もしたじゃないか。だからさ。
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