第182話 ほのぼの迷宮雑談




「あの宰相は僕たちと敵対したいわけじゃない。味方というか、手駒にしたいってところなのかな」


 談話室に響く藍城あいしろ委員長の結論が虚しい。


 わかってはいたことだけど、勇者ブランドを自分のモノにしたいと考えている人たちがいるということだ。それこそ第三王女にしても。

 問題なのは向こう側が俺たちを囲った上でなにをしたいか。ただ権勢欲を満たすだけならいいけれど、三年後には起きるとかいう帝国との戦争かもしれない。それに加担するのだけは避けたいな。



「結論としては出し抜くしかない、と」


 あぐらで腕組みの古韮ふるにらが悪い顔で笑う。コイツめ、ちょと楽しくなってきているな。


「相手の予想以上に強くなって、味方も増やす。そのためには──」


「この国には悪いけど、ちょうど都合がいいコトが起きてるのよね」


 言葉を続ける古韮に乗っかるかたちで、綿原わたはらさんまでもが悪仲間になってしまった。


「都合がというか、こんなだから俺たちがここにいるのか。なんだかなあ」


 そして田村たむらがボヤく。


 卵と鶏じゃないけれど、迷宮の魔力がおかしくなっているからこそ、俺たちがここにいる可能性ってやつだな。どちらにしても今現在この国が魔獣を持て余しているのは、俺たちにとって好都合だ。



「やること、変わんなくない?」


「だよね」


 ひきさんの言葉に夏樹なつきが同調するが、それを言ったらおしまいだ。


「違うわよ」


 そこに敢然と立ち向かったのは綿原さんだった。腰に当てた腕がサマになっている。


「これまで以上にいろいろやるの。練習も、新しいネタも、イラストも増産するわよ」


「それと心意気も」


「もちろんよ」


 せっかくなので綿原さんのセリフに乗っかっておいた。

 二人で笑い合う。俺も悪い笑顔ができているだろうか。



「じゃあ『今までどおりで今まで以上に』がクラス標語だね。新しいアイデアを思いついた人は、いつでもいいから発表」


 ベタな結論になってしまったが、新たな標語が委員長から発表された。


「知識チート系は気を付けないとな」


 古韮の念押しが最後にくっ付いたが、そこなんだよな。料理チートくらいならいいような気もするけれど。



「あ、そういや委員長さ」


「ん? なに、はるさん」


 覚醒のせいか、昨日の夜から機嫌がいい春さんが気軽な感じで委員長に話しかけた。


「王女様や宰相さんがどんな人かってのはわかったんだけど、王子様はどうなの?」


「……第一王子はあんまりモノを考えてないタイプだと思う」


 少し間をおいてから返事をした委員長はなんとも微妙な表情をしている。


「悪くいえば軽挙妄動。良くいえば、臨機応変かもだけど、どちらかというと……、軽い?」


「ワタシに似てマス」


 委員長の王子評を聞いて、そこに謎の突撃をかけたのはミアだった。


 王子様は金髪碧眼のイケメンで、歳は二十ちょっとくらいの見た目は本当にキラキラしたカッコいい兄ちゃんだ。なんとなく高貴なオーラも発していた気がする。

 対してミアは金髪で緑の瞳の超美少女。まあ、いい勝負にはなっていると思う。


 だけどそういう意味じゃないよな。

 みんなもどうツッコンだものかと迷っているようだし。


「あんまり考えずに宰相さんの提案を前向きに受け入れるとか、ワタシはいつもああいうノリデス」


 たしかにミアにはそういう部分があるとは思う。物事をポジティブに捉えて身軽に動くというか。


「だからみんながいてくれて助かってマス。んふふぅ」


 妖精みたいな顔をした金髪美少女はそう言って、イタズラ小僧のように笑った。ズルいよなあ。


「まあうん、こっちこそミアのこと頼りにしているよ」


「まかせてくだサイ」


 力コブを作るミアを見た委員長が笑い。引っ張られたクラスメイトたちも笑い声を上げた。半分くらいは苦笑いになっているような。



 ◇◇◇



馬那まな……、お前なあ。戦車はダメだろ、戦車は」


「これは戦車じゃなくて、戦闘装甲車両──」


「同じだろ」


「違う」


 談話室の端に並べたテーブルの方から田村と馬那の会話が聞こえてくる。あの二人は知識チート班だったか。戦車って、なにをやっているのだか。



 就寝時刻まで二時間くらい残っているが、クラスメイトたちは思い思いに好き勝手をやっている。

 先生や中宮さんは組手紛いなことをして、それを見学している連中もいるし、次回配布のためにイラストを描いているのもいる。面白いところでは窓から外を見ながら星座がどうこうなんてやっているグループも。【視覚強化】と【遠視】狙いなんだろう。夜景が相手だからもしかしたら【暗視】もか。


 上杉うえすぎさんや佩丘はきおかたちは厨房にこそ入っていないが、次回の模擬店メニューの打ち合わせのようだ。和風アレンジだとかなんとか言っているのが聞こえてくるが、醤油と味噌なしでいけるのだろうか。


「二層と三層の時間配分ね。どうしたものかしら」


「もうちょっとだけ七階位を増やしてから三層にしたいんだよな。できれば柔らかいグループを」


 そんな談話室の一角で次回の迷宮について話をしているのは綿原さんと俺。毎度おなじみという感じで嬉しい。話題としては迷宮委員の打ち合わせといったところだ。半分雑談みたいなノリでもあるけど。


「そうだよね。わたし、三層の魔獣ってやっつけられなさそうだから」


 そしてなぜか深山みやまさんもいる。藤永ふじながと一緒でないのは珍しいが、アイツは騎士組と一緒に筋トレをやっているようだ。そりゃまあ年がら年中一緒ということもないのは当たり前か。


 そんな深山さんは俺と同じく『柔らかグループ』の一員だ。

 俺と彼女のほかには奉谷ほうたにさん、白石しらいしさん、夏樹、それと上杉さんと田村がメンバーになる。要は後衛で【身体強化】を持っていない連中。

 そして全員がまだ六階位なのがちょっとした懸念材料だ。


 三層の魔獣は当たり前だが二層に比べて倒しにくい。

 たとえ前衛が弱らせてから取り押さえていてさえ、非力な後衛ではトドメを刺しにくいというのが現状だ。それは前回の迷宮で思い知った。


 弱らせる側も手加減を測りかねているわけだし、トドメ側だって危険が伴う。いくら全員が【痛覚軽減】を持っているからといって、怪我なんてしたくはないのだ。



「二層を巡るデメリットは?」


 一緒に迷宮委員をやってる綿原さんが重々承知なことを、俺はあえて深山さんにぶつけてみた。


「えっとね、七階位の人たちが間違ってトドメを刺したら、もったいない?」


「はい正解」


「えへへ」


 奉谷さんとは別のベクトルでポヤポヤタイプの深山さんはニヘっと笑うが、綿原さんの口元はモチョっと歪む。怖い怖い。


 さておき、そこが問題だ。

 現在一年一組の七階位は十人。ほとんどが前衛だ。例外なのは【熱導師】の笹見ささみさんと【鮫術師】の綿原さんだけど、二人は半前衛みたいなノリだから。


 つまり本来フィニッシュを決めるはずの前衛が、二層ではそれを禁じられることになる。ミスって魔獣を倒しきってしまえば、それは捨て経験値だ。やらかしの筆頭格はもちろんミアだな。

 だからといって手加減の度合いを間違えて危険な目にあうのもアホらしい。



「じゃあ綿原さん。三層の方の問題点」


 わたしにも質問しろという空気を感じたので綿原さんに振ってみる。


「魔獣が強くて倒しにくいことかしら。前衛ですら本気でいかないとね。手加減して調整とかは、まだちょっと危ないわね。今の段階でできそうなのは羊くらいかしら」


 さっき脳内で俺が考えていたとおりの模範解答が返ってきた。やっぱり綿原さんはわかってくれていて、そこで嬉しくなっている俺がいる。


「だけどべつに八階位が増えてもいいんじゃないかしら。そうしたら手加減だってしやするくなるでしょ?」


「うんうん」


 続けてもっともなコトを言う綿原さんと、それに頷く深山さん。そのとおりなんだよな。



 俺たちはなにも全員仲良く七階位で統一しましょう、とかいう話をしているわけではない。

 少しでも後衛の安全を確保するために、ただそれだけのことだ。それに術師が伸びるのはここからこそだと俺たちは見込んでいる。【魔術強化】【魔術拡大】【多術化】【遠隔化】。向き不向きはあるが、ベースの術に補助技能を被せれば、術師たちは今以上に活躍できるはずなんだ。

 もちろんそうあってほしいという願望も多分に混じっているが、たとえ魔術が威力不足でも階位が上がれば後衛なりに硬くて強くなれるのだ、上げない手はない。魔法使いだってレベルが上がればステータスが伸びてHPだって上がる理論だな。


「一層の頃とは、考え方も変わっちゃったわね」


「最初の頃は後衛の階位が優先だったもんなあ」


「怖かったね」


 綿原さん、俺、深山さんが笑い合う。過去形で言えてしまうくらいには、慣れてしまった。


「全員の七階位は騎士団の条件だから、それは絶対に仕上げたいかな」


 こちらは政治的条件とでもいえばいいのだろう。

 クラスの強さとかバランスも大切だけど、魔獣の増加が続いているあいだに是非とも達成しておきたい目標になる。

 一刻も早く中途半端な立場から脱却して騎士団として活動できれば、自由度だって上がるはずだ。



「半分半分でどうかな?」


 悩む俺たちだったが、深山さんから面白い単語が出てきた。


「半分?」


「うん。今回も一泊二日でしょ? 初日は二層で二日目に三層」


 聞き返した俺に対する深山さんの返事は折衷案だ。考えなかったわけではないが、たしかにこのあたりが落としどころかもしれないな。状況次第で予定を変えてもいいわけだし。


 ちなみに次回の迷宮泊も一泊二日を予定している。

 二層の階段付近は警備も厳重で宿泊しやすい態勢にはなっているのだが、地上にこまめな報告をしておきたいのと、同行者たち、とくにシシルノさんの体調を気遣ってのことだ。

 今の一年一組ならば、二層限定という条件で一週間はイケると踏んでいる。三層はまだまだ無理。


「わたしも賛成。初日は二層で慣らしながら七階位を増やして、どこかのタイミングで三層、かしら」


「模擬店の時間も考えないと」


「そうね。だったら──」


 深山さんの提案に綿原さんも乗っかって、話が転がり始める。


 もともと雑談みたいな話題からスタートしたが、こうやっていろいろ考えてある程度の広がりをみせてくれるのは楽しい時間だと思う。

 どちらにしろ話し合った結果を明日の朝にはみんなに報告することになるし、そこでもまた異論反論が飛び出してくるはずだ。


 俺たちはこうやってワイワイしながら物事を進めていく。そんなやり方が俺は嫌いではない。



「ねえコレ見てよ、八津やづくん」


「恥ずかしいって、夏樹くん」


 そんなまったりムードに入り込んできたのはお互いにくん付けで呼び合う夏樹と草間くさまだった。夏樹が紙を手に持っているけど、なにがどうした。


「草間くんが描いたんだって、コレ!」


 妙に興奮した様子の夏樹が差し出してきた紙には、どうやら草間が描いたなにかがあるらしい。

 迷宮で配るイラストの練習でもしてたのか?


「これって……」


 受け取った紙に描かれていたのは、ロボットだった。


「『甲殻騎』かよ」


「うんっ! すごいよね」


『機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ』。そっち系の典型的悪役令嬢が地球から転移してしまった女性とバディを組んで、ロボットに乗って大暴れするという小説だ。アニメ化もされていて、それに登場するロボットが『甲殻騎』。搭乗者の不思議な力で動く、甲殻獣と呼ばれる動物から剥いだ殻で作られているという設定で、生物的なフォルムが特徴だ。どこかで聞いたことのあるような設定だけど、オマージュとかリスペクトというやつだろう。


 そんなことよりもだ。


「上手いな。マジで」


「だよね!」


 なぜか草間は黙ったままで、受け答えをしてくれるのは夏樹の方ばかりだな。


 綿原さんと深山さんも覗き込んではいるが、首を傾げるばかりだ。そっち側ではないようでちょっと残念。


 それにしても上手い。まさか草間にこんな才能があったとは。



「盛り上がっているのに悪いんだけど、コレって配れるの? 枚数描くのも大変そうだし」


 水を差してきたのは綿原さんだ。

 まあ確かにこっちの世界では通用しない気もするし、配るための枚数も稼げないだろう。だけどコレはコレでロマンだろ。


「草間」


「な、なにかな八津くん」


 メガネの向こう側にある草間の目にシッカリと視線を合わせる。


「コレだけど、俺にくれ。頼む」


「い、いいけど。いいの?」


「うん、これがいい。これはいいものだよ。草間のサインも入れてくれ。八津くんへ、って付けてくれ」


「へへへ、そうかあ」


 お世辞じゃないぞ。ガチだ。

 俺と草間はがっつりと握手を交わした。なぜかその上に手を添える夏樹。冷めた目をする女子二人が気になるが、これは男の世界なんだよ、とか言ったらマズい世の中だったか。



「けどまあ、ロボットは伝わらないか」


「だよね」


 少しだけ落ち着けば、さっきの綿原さんの言うことももっともだ。この世界にロボットは早すぎる。だが草間の才能を眠らせておくのも。


「あ、僕が得意なのってロボット限定だからね?」


 どうしてそう尖った。いやたしかに俺も好きなアニメのキャラ絵ばかりだから、気持ちはわかるのだけど。


「カッコいい鎧じゃ、ダメ、かな?」


 そこで控えめな言い方だけど、前向きな意見を出してきたのは深山さんだ。そうか、そういうのもアリかもしれない。ならば。


「草間、ドレスアーマーとかどうだ」


 この国には女性騎士も多い。そっち方面の需要があるかもしれないじゃないか。


「え、それジャンルがちょっと」


 そんな感じで一年一組の夜は更けていった。


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