第183話 勇者の名声
「それじゃ明日から一泊二日ということでいいかしら」
「異議なーし!」
朝の談話室に綿原さんの声と、それに答えるクラスメイトたちの返事が響く。
次回の迷宮を明日からにしたいという希望は、この場にいる王国側の人たちにも了承された。
とはいえシシルノさんとアヴェステラさんがこれから王都軍団長に話を通してくれるので、現時点で確定とはならないが。
「中二日で迷宮か。君たちは本当に」
ヒルロッドさんは呆れ混じりだが、今の王都軍と第四、第五騎士団はこれくらいのローテーションで調査に当たっている。
俺たちの行動が調査の邪魔にならない限り……、ここはむしろ歓迎されていると思いたい。とにかく迷宮に入る頻度が高くても、問題行動にはならないということだ。
それよりむしろ。
「シシルノさんたちは、大丈夫ですか?」
十階位騎士のガラリエさんは問題ないだろうが、シシルノさん、アーケラさん、ベスティさんが心配だ。シシルノさんは七階位になった時に【体力向上】を取ってやる気は満々だが、熟練がな。アーケラさんとベスティさんにしても術師だから──。
「わたくしは【体力向上】を持っていますから」
「あ、わたしも。軍上がりだからね」
と、アーケラさんとベスティさんは軽く言ってのけた。
さすがは隠密系城中侍女。ベスティさんはいろいろ話をしてくれたけれど、アーケラさんは未だ謎の多い人だよな。
「わたしももちろん大丈夫さ。【魔力視】がないと、君たちも困るだろう?」
安請け合いしてくれたシシルノさんだけど、サポートはしておかないとだな。
それにいちおうではあるが調査名目の迷宮行だ。【忍術士】
というかシシルノさんが勇者に同行しているのもお互いのワガママみたいな部分もある。彼女くらい有能な魔力判定ができる存在なら、本来は三層にカンヅメでもおかしくない。
「短期間で迷宮に入らないというのも、単なる慣習でしかないからね。わたしとしては望むところだよ」
シシルノさんの言うように、階位や技能があれば超人化できるような世界だ。やろうと思えば迷宮に泊まることができるのも実証されているわけで、短い間隔で迷宮に挑むこと自体、体力的には何の問題もない。慣習については、むしろ精神的な部分が大きいのだろうと俺たちは想像している。
魔獣の姿がアレだからなあ。
むしろ生物の常識から外れすぎているお陰で俺たちとしては助かっている部分もあるのだけど、SAN値を削ってくるフォルムはいまだに【平静】の熟練度を上げてくれているような気がする。
「二層では『柔らかグループ』の階位上げが目標ね。とくに七階位の人はトドメを刺さないように注意してください。ミアは弓禁止よ。
「わかってマス」
「おう。盾役やっておくわ」
綿原さんの時々敬語交じりになる打ち合わせは続く。
今回の二層では非常事態でもない限り、ミアと海藤の飛び道具は封印される。さすがに丸太相手にクリティカルはないと思うが、ミアはやったことがあるからな。海藤のボールにしてもウサギ相手なら当たり所で一撃がありえる。
ミアは近接アタッカーとしても優秀だし、海藤は盾の練習も兼ねて今回はそちらに徹することにしてもらおう。
二層では七階位組の経験値がムダになるので、極力トドメは六階位に譲る。できれば多くを通称『柔らかグループ』に配分する予定だ。
六階位で柔らかくないのは【風騎士】の
術師の藤永は【身体強化】持ちなので柔らか組には入れてあげない。【聖盾師】の
『柔らかグループ』の結束は固いぞ。男子は【石術師】の
「じゃあここからは、
「受け取ったわ」
話題が迷宮泊から今日の行動予定に移ったところで、綿原さんはバトンを副委員長の
「午前中は『迷宮のしおり』の確認と明日の荷物の準備ね。料理班は念入りによろしく」
「わかりました」
ポンポンと指示を並べていく中宮さんに、料理班長の
今回も模擬店は出す予定だ。
昨日委員長から出てきたように、俺たちは味方を増やしておきたい。ということで厳戒態勢が続く限り、階位上げと平行して炊き出しを続けるつもりだ。いつまでもとなるとさすがにどこかで手を引くだろうけど、その時にはキチンと理由を周知する。筋は通しておかないとな。
それに加えて今回は別の手段でも勇者の名を高める作戦を練っている。
偽善者ごっこが好きなわけではないが、取れる手段は全部試しておきたい。クラスの中では思いついたらどんなにくだらなくても構わないから、とりあえず提案してくれという空気ができている。自由闊達というやつだ。これが意外に難しいのは中学時代に思い知っているが、一年一組の場合は本当に自由だから恐ろしい。
「午後は訓練ね。新しい技能に慣れておくのを重点的に」
新しい技能を取ってからはまだ二日や三日しか経っていない。さすがに使いこなすとまではいかないだろう。とはいえ熟練を稼がないとキツそうなのは綿原さんと
「夜はもう一度『しおり』と荷物の確認。復習は大事。はい!」
「復習は大事!」
全員で唱和する。
午前中にしたことを少し時間を空けて、夜にもう一度することで万全に近づけていくのだ。こちらに来てからずっとしていることのひとつではあるが、もし山士幌にいたままだったらここまでやっていただろうか。
毎日が合宿のようなものなのでサボりようがないというのは大きいだろうな。もしひとりでこの世界に来ていたらどうなっていたことやら。
アニメもゲームもなくて、代わりにあるのは世界の謎と、それを解き明かそうという仲間たちとの会話だ。どっちが面白いかといわれれば、どっちもになるだろう。そう想えることがとても幸運だな。
◇◇◇
「はい治りましたよ。痛くはないですか?」
「あ、ああ。助かったよ」
迷宮二層の一角に我らが聖女たる【聖導師】上杉さんの涼やかな声が響く。返事をしたおじさんは、なんとも複雑な表情だ。
娘ほどの年頃の女の子が迷宮にいること、そんな子に怪我を治してもらっていること、どうやら相手は勇者と呼ばれている人物らしいこと、そんないろいろな情報に戸惑っているのかもしれない。
王子様と宰相と一緒という嫌な晩餐から二日後、昨日一日を準備に充てた俺たちは、予定通り迷宮に潜っている。メンバーは前回と一緒で、一年一組二十二人とシシルノさんとメイド三人衆。合計二十六名の団体だ。
そんな俺たちは今、実に勇者なムーブをカマしている最中だった。
「ほら、もう大丈夫だ」
「ありがとよ、あんちゃん」
「感謝してくれていいぞ」
こっちでは【聖盾師】の田村も治療を終えたところだ。アヴェステラさんたちのようなあからさまに偉い人には敬語なのに、普通の兵士にはタメ口なのがなんとなく田村っぽくて面白いな。年上相手でも立場に合わせて口調を変えるとか、器用なマネをするものだ。
それにしてもだ──。
「なんていうか俺の中の善が苦しんでる」
「いまさらでしょう。自作自演でもないんだから、これは立派な人助けよ」
「そりゃそうだけど」
勇者が平民兵士を治療していくなどという美しい光景を眺めながら、俺と綿原さんはヒソヒソ声で会話をしているところだ。
『辻ヒールなんてどうかな』
弟系男子の
夏樹のことだ、人助けなのだから単純に良い行いだと思って言ったのだろう。キャルシヤさんたちの救援した件が頭に残っていたのかもしれない。
ネットゲーム用語である『辻ヒール』とは、まったく関係のない間柄でも怪我人がそこにいればヒールをしてあげるという、見返りを求めない善行だ。こういう言い方をするとそんなことは当たり前に聞こえるが、舞台はゲームであるからして助けなくてもなんの問題もない話である。現実なら即救急車案件だな。
用語の解説は置いておいて、助ければ感謝されるのは当然のことだし、じつに勇者らしい行いだと思う。 これはやる価値があるだろうと、その場は明るくまとまった。
だが俺はそこにひと手間入れるコトを考えてしまったのだ。
現在二層の調査並びに群れの削りは七階位の兵士たちがメインになっている。十階位クラスの人たちは三層の調査に駆り出されているから仕方のないことではあるが、七階位とは二層の限界階位であると同時に『互角の戦い』になりやすい階位でもあるわけだ。
もちろん上もそんなことはわかっているのだが、人手が足りないものは仕方がない。数には数をということで、王国では異例の短期ローテーションが組まれている。
ところで二層には王都にとって欠かせない、重要な区画がいくつか存在している。
ひとつは前回訪れた塩の部屋。もうひとつは鉄の部屋だ。ついでに三層への階段区画も重要といえるだろう。
鉄の部屋とはいっても鉄のインゴットが転がっていたり、アイアンゴーレムが出るわけではない。ただそこに鉄鉱石が転がっている部屋のことらしい。
塩の部屋は前回の迷宮で確認したとおり、ギリギリだったけどいちおうの安全は確保されている。
それに対して二層にふたつあるという鉄の部屋は両方が群れの中に入ってしまっていて、そこまでのルートを開拓中というのが現状だ。塩に比べれば鉄の方が重要度は低いとはいえ、それでも王都の大事な産業だ。一刻も早い確保が必要とされている。
それでもやはり、重点は塩の部屋と三層へ続く階段に置かれているため、鉄の部屋までのルート造りはもっぱら五階位から七階位の兵士が動員されているのが現状だ。
当然怪我人は出るだろう。だけど優秀な【聖術師】は三層へ回されている。
目安として二十人の部隊に一人という割合で【聖術】使いは配置されることになっているが、資料を読む限り手薄な箇所がある。群れの存在が分かり切っているからこそ調査の必要性が薄く、イザとなった時に撤退が許されている鉄の部屋界隈を削る部隊などが代表例だった。
念入りな調査の成果としてハザードマップの精度が上がったお陰で、撤退もしやすくはなった。これ自体はいいコトなのだが、そこに甘さというか非情な決断が発生してしまう。軽い斥候と最悪逃げればいいという前提に基づいた部隊編成だ。
王都軍の団長は有能であると同時に現実的な人だと思う。
ある程度以上の実態調査と最低限の資源確保に全力を傾けた戦力の配分をしているのは、資料を見てよくわかった。ただそこにある程度の損耗を前提にしている部分があったのが、俺の気にかかったのは事実だ。
軍人さんなのだから仕方ないのはわかる。たしかに無傷の勝利はムリかもしれないが、思い切りが良すぎないかと。
なので俺はそこを突くことにした。
「すまないな、嬢ちゃん」
「いえいえ。通りがかっただけですから」
感涙しながら礼を言う兵士さんと、それをさらりと受け流す聖女の姿は美しい。通りがかったと言い切る笑顔が上杉さんの真骨頂か。
「辻ヒールっていうか、予定巡回ヒールだよな」
ボソっとこぼす古韮だけど、まさにそのとおりだ。
「ウィンウィンだからいいじゃない。
俺を肯定してくれる綿原さんだけど、いいんだ。俺が怪我人を『期待』してこのルートを設定したのは事実なのだから。
怪我人がいたから救急車が出発したのではなく、怪我人がいそうな場所を救急車が巡回しているのだ。辻ヒールならぬ『流しヒール』だな。
俺は鉄の部屋周辺を開拓している部隊の予定経路に被せる形で初日のルートを設定した。
群れがあるのはわかっているのだから、俺たちのレベリングは捗る。ついでに鉄の部屋解放の手伝いもなるし、こうして怪我人を見つければ横合いから魔獣を殴りつけた上で、彼らを助けることもできてしまうのだ。結果として勇者の名声も上がる。
誰も損はしていない。
だけどその中に、怪我人がいたら助けてウハウハだな、と思っている俺がいて、ちょっと自己嫌悪に陥っているだけのことなのだ。
「はい。魔力は溜まった?」
「ああ、ああ。助かりました」
勇者の善行は【聖術】だけには留まらない。【魔力譲渡】を持つ【奮術師】の奉谷さんは、魔力が枯渇しかけていたこの部隊の人たちに魔力を渡していた。『辻魔力タンク』である。なんだそれ。
魔力に余裕ができてきた一年一組のにおいて死にスキルになりかけてきた奉谷さんの【魔力譲渡】だが、実は所有している人がものすごく少ない技能だ。奉谷さんの場合【魔力浸透】のお陰でレートこそいいものの、それでも渡すことのできる魔力にはロスが発生する。百を渡して相手のMPが百回復するわけではないのだ。クラスの中では魔力の色が一緒だからマシだが、ほかの人たちが相手なら半分近くは捨てることになる。
せっかく上げた階位で得た内魔力を、誰がそんな技能を取るために使うというのか。マジックポイントとスキル獲得ポイントが『内魔力』という形で一括りになっているこの世界のシステムが悪い。
術師系神授職の多くの人が候補として出していても、実際に取得する人が極端に少ないのが【魔力譲渡】という技能だ。
それが今、迷宮で苦しむ戦士たちの心に光をもたらしている。
上杉さんが聖女なら、奉谷さんはさしずめ天使か。身長が百五十に満たないロリっ娘が、いいおっさんたちに魔力を授けていく。
こいつはヤバい光景だな。あとでどんな話になって広まることやら、今から震えが止まらない。
こうして第六回目になる俺たちの迷宮行は、勇者ムーブを伴いながらそこそこ順調な滑り出しをみせていた。
懸念材料がないわけでもないのだけれど。
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