第282話 迷宮内で王女様談義




「はい、正真正銘、アヴェステラさんが倒して手に入れた『ヘビタン焼き』ですよ」


「そ、それは、なんというか、ありがとうございます……」


 料理長の上杉うえすぎさんはまさに聖女の微笑みで、ヘビタンのアウローニヤ風串焼きを手渡すわけだが、それを受け取るアヴェステラさんはとても微妙な表情だ。


 それもそうだろう、はたして王城の文官さんが自分で狩った魔獣の肉を喜ぶだろうか。

 どうやら俺たち一年一組は、いつの間にか随分とアラウド迷宮に毒されていたのかも……。いやいや、迷宮に慣れただけで、我を失ったわけではない。俺たちは正常で、真っ当だ。


 そういえば昨日からの食事は全部アヴェステラさんとは関係ないモノばかりだったものな。強いていえばオレンジジュースが混じっていたけど、アレは液体だから気が付かなくても仕方ないか。



「ええっと、じゃあ本日の結果ね」


 微妙になった空気を吹き飛ばすように我らが迷宮委員の綿原わたはらさんが、殊更ワザとらしく声を張り上げた。言うまでもなく周囲には三匹の白いサメが揺蕩たゆたっている。


八津やづくんと、あおいが九階位!」


「うえーい!」


 綿原さんの宣言に、クラス全員が歓声を上げた。


 そう、午後の戦闘で俺と大人し系文学メガネおさげ少女な白石しらいしさんも九階位になったのだ。

 これにより、一年一組は全員が九階位を達成したことになる。惜しくもアヴェステラさんは八階位のままだが、それは明日以降の頑張り次第。

 なんにしろ最低限の目標は二日目にして達成されたと思って間違いないだろう。


 おれと白石さんはここで魔力温存のために技能は取らない。

 俺としてはかなりとてもすごく【身体操作】が取りたいのだが、特性としてのソレが取得を許してくれないのが残念だ。


 こういうのに詳しい野球少年の海藤かいとうや陸上女子はるさんに聞いたところによれば、【身体操作】を使いながら体を動かすと、意識しながらどの筋肉を動かすか、関節レベルでどの骨がどれくらい可動しているのかが認識できるらしい。

【身体操作】の本質は、自分がなにをしているのかをやたら詳細に認識して、操作できるようになる技能といえる。裏を返せば即効性に欠けるということだ。

 運動経験者や元々センスがある人間が使えば、最適な動きを自身の意思で調整できるという特大なメリットに繋がるが、素人が取った場合は覚えが良くなる、間違いを正しやすくなるという範囲に留まってしまう。


 とはいえ、俺だってここまでの二か月を盾の練習に費やしているのだ、取得すれば確実に動きは良くなるという確信はある。間合いを測れる【目測】と相性が良さそうな気もするし。



「だけどここで俺が取っても、か」


 思わず零してしまうが、わかっているのだ。むしろ俺の役割から考えれば【思考強化】や【魔力回復】の方が適切なんだろうということは。


「十階位になったら堂々と取りましょう。ビシバシ鍛えてあげるから」


「綿原さん……」


「わたしだけじゃないわ。先生もりんも、春も、海藤くんもバリバリ鍛えてくれるから、覚悟なさいな」


 サメを背後に従えた綿原さんにそう言われてしまえば、俺に抗う術もない。これだけ短い会話なのに鍛えるっていう単語が二回も出てきたような。

 俺はどこまでこの子に取り込まれてしまったんだろうなあ。



「さて、つぎは十階位。先生と佩丘はきおかくん!」


「うおーう!」


 俺に釘を刺した綿原さんは、続けて新たな十階位達成者を発表した。


 滝沢たきざわ先生の十階位は順当だが、【重騎士】の佩丘についてはやはり【剛力】の影響が大きい。大丸太はムリでもシカやヒツジならば、メイスで倒せるくらいの攻撃を繰り出せるのが今の佩丘だ。

 盾で受けてメイスを振るう。ただそれだけをひたすら繰り返してきた騎士連中は、後衛組のように短剣を持ち出さなくても魔獣を打倒できるくらいの力と技を身につけた。


「わたしは【頑強】を取りました」


 先生が取得したのは【頑強】。騎士職の全員が取得しているが、アタッカー組では初となる。先生は【一点集中】や【聴覚強化】なども候補に残しているが、素手が前提で盾も持たない戦闘スタイルなので、こちらとしても安心できる選択だろう。


「俺は【広盾】だ」


 そして佩丘が選んだのは【広盾】だ。魔力でもって疑似的に盾をほんの少し大きくする、アウローニヤの騎士たちでは当たり前といっていいくらい、定番中の定番な技能とされている。

 なのに一年一組では初というところが、身体能力そのものを優先にしてきたウチらしい。まあ、素人が武器系の技能を先に取ってどうするのか、というのが出発点だったのだけど。



「それで八津くん、明日はどうするの?」


「うーん。四層はさすがに怖い」


「そうよね」


 食事をしながらだけど、綿原さんと俺の会話はみんなに聞かせるためのものだ。


 迷宮内での行動は基本的に俺と綿原さんが相談しながら、みんなの意見を聞いて決めるのがウチのやり方になっている。この手の話で遠慮がちなヤツもいるが、意見があるなら口を出すように先生や藍城あいしろ委員長から言われているので、ワリとポンポン文句も出てくる。それ以上に冗談や謎のツッコミも多いのだけど。

 最近だとそこにシシルノさんやベスティさんまで加わる始末だ。



「アヴェステラさん、今の四層ってどうなんです?」


「十二番階段付近は抑えているようですが、群れの規模が大きいようで……」


 事前に資料で知ってはいたが、裏事情を持っているかもしれないアヴェステラさんに確認をしてみても答えは一緒だった。


 三層と四層をつなぐ階段は複数あるが、地上との連絡を考えれば最短経路となる十二番階段が調査されたのだが、そこには魔獣がどっさり待ち構えていたというオチだ。


 王都の食糧事情と経済のメインは迷宮の二層と三層で賄われている。肉、皮、鉄、塩などなどは三層までで基本的な部分は揃えられるのだ。

 だからこそ国は二層と三層の開放を優先した。十三階位という四層を歩ける者までを三層に投入することで迅速に、かつ消耗を避けながら。


 そういう風に主導をしたのはゲイヘン王都軍団長だった。

 それが王都の民のためなのか、それとも失敗の汚名を背負いたくなかったという理由なのかはどうでもいい。四層からの素材は生きるためには必須ではないのだから、堅実な作戦だと思う。


 同時にそれを良しとしない者もいた。

 総じて四層の素材は貴重であり、値の付くモノも多い。たとえば牛肉という高級食材であったり、中宮さんの使っている木刀の素材だったり、俺たちの革鎧の材料だったり。

 そんな価値あるモノを早急に求めている集団がこの国にはいる。金や素材を貯め込んで、帝国に降りたい連中だ。迷宮に入ることを避けているような偉い貴族たちこそが、四層開放を望むのだからタチが悪い。


 現場にこだわるゲイヘン軍団長が王女様に付くと決めたのが、なんとなく理解出来てしまうな。



「アヴェステラさんの話を聞いて、四層に行きたい人っている?」


 この場には、そんな綿原さんの問いかけに手を挙げる者はいなかった。


 一年一組が最初に三層にチャレンジした時は、現場はある程度調査が終わっていたし、階段付近で群れのいない場所を選んでチマチマとレベリングをした。だからこそ六階位が多く残されていても、俺たちは戦えたというのが現実だ。


 階層が深くなるごとに魔獣は強力になり、上げることのできる階位よりもキツくなるとされている。とくに後衛職は攻撃力不足でラストアタックが取れなくなるのだ。俺たちもそれは十分に実感させてもらっている。

 要はレベルとモンスターの強さが一致していないということだな。ゲームバランスが悪すぎて、プレイヤーから文句が出そうだぞ。


 そういう理由もあって、アラウド迷宮において現実的に行動できる最下層は四層となる。五層からは普通にチャレンジャーの領域でしかない。

 そんな四層で上げることのできる限界が十三階位。この十三という階位が、アウローニヤにおける頂点層だ。マスターレベルってか。

 十四階位のキャルシヤさんや十六階位の近衛騎士総長がどれだけ化け物というか、チャレンジャーかという理由がこれだ。


 話を戻して、階段を降りてすぐに魔獣がうようよしている四層に降りるのは、あまりに危険な行為といえる。

 強気なミアや佩丘、海藤かいとうはるさんあたりも残念だけど諦め顔なのが、現実を物語っているようなものだ。



「明日も三層の群れだな。シャルフォさんみたいに『親切』な人たちに会えればいいんだけど」


 いくらクーデターが目の前だからといって、焦って大怪我をするのも馬鹿らしい。俺としての結論は明日も三層で頑張りましょう、だ。


「明日もヘピーニム隊が来てくれたらよかったのにね」


 サメと一緒に苦笑を浮かべた綿原さんだが、それはないだろう。

 別れ際に明日はオフだと明言されてしまったからなあ。なんなら迷宮で待ち合わせしたかったくらいなのだけど。



 ◇◇◇



「あの……、わたくしからもよろしいでしょうか」


 明日の行動予定の確認と夕食も終わりかけた頃に口を開いたのはアーケラさんだった。

 普段は微笑むばかりで寡黙な人が、こうやって自分から何かを言おうとするのはとても珍しい。もしかしたら初めてかも。


 しかもアーケラさんは真顔だ。


「決行日のわたくしですが、ミームス隊、つまりアヴェステラさんに同行させていただきたいのです」


「アーケラ……」


 アーケラさんの発言は、今回の迷宮とは全然関係がなかったが、それでも重要なコトだった。

 聞かされたアヴェステラさんは困ったように複雑な顔になっている。


「王女殿下から当日の行動予定を聞かせていただいてから、ずっと考えていたのです。アヴェステラさん、どうか殿下にお口添えを願えませんでしょうか」


「理由を聞かせてもらえますか」


「第一王子殿下……、バールラッド殿下の説得を。わたくしならば」


 バールラッド・フォール・レムト。それがこの国の第一王子の名前だったと思う。

 アーケラさんはクーデターにおける最大目標のひとりを説得したいと、そう言っているのだ。



「アーケラ、あなたに王女殿下のお心は理解出来ていますか?」


「はい。バールラッド殿下に近しいわたくしが王女殿下に付いたとなれば、説得も容易になるかもしれません。荒事になったとすれば力でねじ伏せるだけのこと。その場合はわたくしが責めを負えばいいのです」


 元々第一王子派のアーケラさんは、王子様とは歳も近いし、たぶん距離も近かったのだと思う。

 そんなアーケラさんが諦めたとなれば、説得の材料にもなるが、同時に裏切者という感情を抱かれて当然だ。



「そうです。王女殿下はわかっていてなお、あなたを使わない選択をされました。そういう方です」


 たしなめるような言い方でアヴェステラさんは王女様の優しさを説く。


 たしかにあの王女様は勇者だからという理由があっても、最大限にこちらの要望を呑むような提案をしてくる人だった。


「アヴェステラさんの言葉の通りでしょう。ですが思うのです。王女殿下はわたくしから名乗り出るのを知っているのではないかと」


「……わかっているのですね、アーケラ。そう、そういう方なのです」


 真っ黒だったかあ。


 無理やり命令を出すのではなく、自分から名乗り出るのを待つ。お互いにわかっているのに、心の手続きを踏んで顔を立てるようなやり方だ。


 なにが『そういう方』なのだか。


 慈愛の微笑みを浮かべるアヴェステラさんの向こう側に幻視される王女様に、俺を含めたクラスメイトたちがドン引きになっている。わかっていないのはミアや奉谷ほうたにさんたち数名だけだ。

 さっきまで真面目顔だったアーケラさんは、普段以上の微笑みになっているし、なんて怖い人たちなんだろう。


 普段からおっとりとしていて微笑みを絶やさないアーケラさんだが、今は真っ黒に見える。っていうか、ワリと上杉うえすぎさんとキャラがカブってるよな、アーケラさん。

 ふと上杉さんの方を見れば、なぜかすぐに目が合ってニッコリとされた。やっぱり同類だろ。上杉さんへの信仰心を深めるから、お咎めはなしでお願いしたい。



「ふむ、理路と利害を操り、そこには心情までも含まれるか。実にいいね。ますます姫殿下の治世が楽しみになってきたよ」


 悪い顔で笑うシシルノさんは王女様を絶賛だ。


 聞いたところでは、シシルノさんはこれまで王女様とはあまり会ったことがなくて、本質を見たのがこのあいだの王女襲来の時だったらしい。そこでガッツリと気に入ってしまったのだとか。


「わたしも両親が世話になったからね。もちろんそうやって義理人情で手駒を増やそうとしてたんだろうけど、約束を破ったところは見たことないかな」


 最初から第三王女派のベスティさんが太鼓判を出す。

 その顔はいつも通りに明るくケロリとしたものだし、本人は納得しているのが伝わってくる。


「わたしの家もそうですね。没落した御家ですが、帝国との通信に噛ませてもらい、報奨をいただいています」


 そして難しい顔をしたガラリエさんもだ。


 だけど王女様はそれだけではない。

 キャルシヤさんは父親の罪とはいえ、ほぼ脅し同然に、ヒルロッドさんに至っては引くに引けない状況にしてから、家族を人質に取るようなコトをした。


 あの第三王女からは、イザとなれば手段を選ばない怖さみたいなものを感じるのだ。

 そう、イザという時。クーデター当日こそがまさにそうなんじゃないだろうか。


 文官のアヴェステラさんを戦場に出そうとしたり、保険のために自分自身は迷宮に入り、そこから逃亡の手段も用意するという判断の出来る人。


「直接の場は設けられませんが、わたくし、アヴェステラ・フォウ・ラルドールがアーケラ・ディレフの言葉をリーサリット殿下に伝えましょう」


「ありがとうございます」


 綺麗な顔をした怪物の笑顔が頭によぎる俺を他所に、アヴェステラさんとアーケラさんは約束を交わしていた。



 ◇◇◇



「わたし、なんだか苦手よ、あの王女様」


「得意な人なんてクラスにほとんどいないと思う。委員長か上杉さんくらいじゃないか?」


 深夜、半交代で起きている俺の横には綿原さんがいて、サメをイジりながらボヤきっぽいコトを言っている。


 無事【睡眠】を取得したアヴェステラさんは、昨日もそうだったけどしっかり眠れているようだ。神スキルだよな、やっぱり。


「それ、美野里みのりにチクってもいいかしら」


「勘弁してくれ」


 それと実は、俺の中では綿原さんも王女様を理解出来そうなタイプに思えているのだ。だけど苦手なのか。ちょっと当てが外れた気がするな。



「素直に言えば尊敬もできる人だと思ってる。だけど、わたしはイヤ。なんか悲しい気がするの」


「悲しい、か」


 綿原さんのその言葉は、なんとなくだが胸に刺さった。


 俺と綿原さんは別の人間で、違う性格をしていて、だから人物評も変わってくる。

 だけどこうして会話をしていけば、お互いに理解し合ったり、新しい発見ができるような気がするのだ。綿原さんもそう思っていてくれたら嬉しいのだけど。


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