第281話 意外と楽しい共闘関係




「んっだらぁ!」


「っしゃおらあ!」


「とうっ!」


「とやあぁ!」


 体育館程の大きさを持つ広間の中央部では、敵味方併せて四十人程の戦士が混戦を繰り広げていた。


 あちこちでゴンガンと鈍い打撃音が鳴り響く。ほとんどが盾で受け止めるか、剣やメイス同士が打ち合うか、地面を打ち付けるかで発生しているモノではあるが、そこには一部『直接ダメージ』が入ったケースも混じっている。


 今回の模擬戦におけるレギュレーションはお互いに致命傷避けるという、かなり大雑把で荒っぽい内容だ。

 階位によって底上げされた身体能力と高性能の革鎧がそういうルールを実現しているわけだが、実際には双方共に暗黙の了解でやっていることも多い。


 技量に差があるならば手加減や寸止めもするし、治療に差し障りがありそうな部位には攻撃をしない。ついでにいえば当たり前ではあるが、ヘピーニム隊の剣士たちは鞘付きのままで戦っているし、こちらも短剣は抜いていない。もちろん【鋭刃】もご法度だ。

 剣術少女たる中宮なかみやさんの木刀や、空手家の滝沢たきざわ先生の拳などは、そのものが致命の武器ではあるが、それこそ技量を持つ者なので手加減をしているのは明らかだな。



「会議で会った段階ですでに強者だと感じてはいましたが、ここまで、ですかっ」


「あの時は六階位でしたから」


「それが今では十階位ですか。驚くべき成長です」


「……しゃうっ」


「くっ」


 十階位の【強剣士】シャルフォさんと対峙した十階位の【豪剣士】中宮さんの対戦は五分どころか、完全に中宮さんが押している。技能の数と技の引き出しの差なんだろう。

 両手持ちの木刀で盾を使わない中宮さんと、王国の剣士としてはスタンダードとなる片手長剣に中盾、ヒーターシールドを使うシャルフォさん。状況としては打ち込む中宮さんの攻撃をシャルフォさんが受けるか流すかで手一杯といったところだ。しかもアレ、中宮さんは本気を出していないだろ。



「ああぁい!」


「ぐあっ」


 先生の方も似たような状況だ。


 調査会議の見世物で戦った分隊長のひとりを相手に、パンチだけで戦っている。どうやら蹴りは封印しているようだな。相手は十階位で先生はまだ九階位なのだが、豊富な技能もあって一階位の差などはものともしていない。

 振り降ろされる剣を丁寧に捌き、適度に打撃を入れるという、こちらも中宮さんと同じく完全に調整といった感じの戦い方だ。たぶん本気になれば五秒とかからず勝負を決められるのだろう。



 なぜ彼女たちがこんな戦い方をしているかといえば──。


『テーマを決めておいた方がいいわね』


 という中宮副団長にして副委員長のお言葉があったからだ。

 迷宮内のことではあるが、コトが模擬戦だけに中宮さんの意見は重い。そう思わせるだけの気迫もまき散らしているし。


『向こうは十九人でこっちは二十一人。完全な集団戦は考えないで、一対一を意識しましょう。例外でペアを組むのは……、夏樹なつきくんと藤永ふじながくん、田村たむらくんと朝顔あさがおちゃん。それでいいかしら、八津やづくん』


 要は模擬戦の『一戦目』は、一年一組が得意とする連携を重んじた集団戦を封印しようということだ。


 ペアを組ませたのも普段はコンビネーションを持たない連中で、チャラ男の藤永が弟系の夏樹を守り、同じくお坊ちゃんな田村がチャラ子の疋さんを守るという単純なものでしかない。

 後衛職になる【熱導師】の笹見ささみさんと【鮫術師】の綿原わたはらさんは二人とも身体系技能を持っているし、魔術を補助的に使うことができるから問題無し、なのかな。彼女たちがどれくらい前衛職に通用するのかも、今回の見どころのひとつになるだろう。


 ベスティさんとアーケラさんは各人に丸投げだ。たぶん必殺技を繰り出せば、九階位の術師という王国ではレアな存在になってしまった彼女たちだ、なんとかしてくれるはずだろう。


 で、俺なのだけど。


『八津くんは防御に徹しながら、全体を見渡して。できるわよね?』


 などと煽られた。やらいでか。


「ぐおっ」


 だから俺は今、【観察】その他の技能をブン回しながら必死に攻撃を受け止め、それをしながら全体がどうしているかを把握しようとしている最中なのだ。



 楽勝モードなのは先生と中宮さん、それと金髪エルフのミア、ガラリエさんあたり。当初から勇者の護衛を任されてきただけあって、ガラリエさんは十階位でも上位の力を持っているというのがよくわかる光景だ。


 優位に戦えているのはスピードで振り回すはるさん、力業で押し返しているヤンキー佩丘はきおかといったところか。ペアを組んでいる四人も攻防をはっきりさせている分、楽に戦えているようだ。


 佩丘以外の騎士グループ、藍城あいしろ委員長、古韮ふるにら野来のき馬那まなたちは五分に戦えている。というか、受け一辺倒で攻撃はほとんどしていないのでそうなっているだけだな。自分たちの役どころをわかっている連中だ。


 そして劣勢になっているのは前衛側では、急造盾の海藤かいとうと、見えている忍者な草間くさまだ。本来の海藤は遠距離攻撃がウリだし、草間は忍んでナンボだ、苦戦もするだろう。

 あとは鮫女の綿原さん、アネゴな笹見さん、ベスティさんとアーケラさんも苦戦グループだな。いかに魔術で牽制ができているとはいえ、後衛職の外魔力の低さばかりはどうしようもない。

 それでも同じくらいの階位の術師が前衛職と戦えているというのは異常だと、あとで言われるハメになった。


 もちろん俺も苦戦側の一員だ。というか一番ひどい目にあっている気がする。

 技能をフル活用しているけれど、それでも何発かもらってしまった。キツいな。だけどここで降参したらあとでなにを言われるか。ちくしょうめ。



 ◇◇◇



「魔獣だよ!」


 模擬戦も終盤を迎えた頃、そう叫んだのは敗北判定をもらって脱落していた草間だった。


 攻撃性能よりこっちで活躍してくれるのが草間の本領だよな。数秒遅れでヘピーニム隊の索敵担当も声を上げた。

 あちらの索敵担当と【聖術師】は、軍からの指示で八階位まで上げているらしく、そんなところでも王都軍がいろいろと模索しているのが伝わってくる。攻撃系術師の導入はまだまだだけど、高レベルのヒーラーと斥候の必要性を理解してくれているのがちょっと嬉しい。


「ヘビが十、ミカンが二十くらい」


「指示を、ヤヅさん」


 草間の敵判別にシャルフォさんの声が被さった。

 本気で俺に指揮をさせるのかよ。



「草間とそちらの斥候お二人は戦闘から退避して索敵を続けてください。【聖術】使いさんも一時退避で」


「わかった。おかわりに警戒だね」


 俺の声に草間が素早く動き出せば、ヘピーニム隊の人たちも従ってくれた。


「田村、上杉うえすぎさん、奉谷ほうたにさんは治療。対象は海藤、古韮、野来、それとそちらのその人と、そっちの──」


 魔力に余裕があるウチのヒーラーたちには模擬戦中で怪我をしてしまったメンバーの治療を頼む。もちろんヘピーニム隊の人たちも対象だ。名前がわからないので指をさしていくしかない。失礼と思わないでくれるといいのだけど。

 そうしたらなんで自分の怪我を知っているのかっていう、気味の悪いモノを見るような目をされてしまった。俺としては見ていたからわかるとしか答えられないのだけど。



「大盾組は順次前線を作って、攻撃系は二列目に待機。藤永と白石さんは【魔力譲渡】。対象は──」


 前線を作りながら、模擬戦で技能を使い過ぎていた人たちに魔力を渡すように指示を出す。

 もちろんそれも見えていたぞ。


深山みやまさんは『氷床』。距離は八キュビで、幅は十キュビ」


「うん」


 前線の出来上がるだろう場所を予測して、その少し先に『氷床』を敷いてもらう。とっくに【冷徹】を使っている【氷術師】の深山さんは、普段通りにポヤっとしながら即返事をくれた。頼もしすぎるな。

 氷を張り終わったら魔力タンクに回ってもらうとしよう。後回しにしたが、とくに俺がヤバい。ついでに治療も。そっちは奉谷さんにお願いかな。


「ヘピーニム隊の前衛、もうちょっと隙間を開けても大丈夫です」


 だいたい整列が終わった最前列の陣形を調整してもらう。


 あちらとしては完全に受け止めてしまいたいようだが、ある程度はノーダメージでうしろに流しても問題ない。あまりムリして途中で崩れる方が面倒なことになるからな。


「最後にヘピーニム隊の人たちにお願いです。できるだけ殺さないで、うしろに回してください。そちらの【聖術師】さんも是非どうぞ。ヘビとミカンは美味しいので」


 無茶は承知だけど、これは本音だ。

 王都軍ならば魔獣即殲滅が当然だろうけど、ウチはちょっと事情が違う。ついでにそちらの【聖術師】さんもレベリングさせてあげるので、どうか了承してほしい。


「素晴らしい指示です。ヘピーニム隊各員、ヤヅさんの言う通りに行動を」


「はっ!」


 シャルフォさんが嬉しそうにしながら訓示をするが、ヘピーニム隊の面々は半信半疑といったところかな。それでも分隊長さんたちの表情に曇りはないようだし、ある程度は融通してくれそうだ。有難い。



 ◇◇◇



「やったよ! 九階位」


 戦闘終了直前、俺や白石さんと一緒になって積み上げられたヘビやミカンを突き刺していた奉谷さんがレベルアップを宣言した。羨ましいけど、素晴らしい。


「【身体操作】取りたいけど、ガマンだね」


 満面の笑みから一転、しょんぼりムードになるけれど、奉谷さんはそこからすぐ笑顔に戻るのだから面白い。ロリっ娘の表情がコロコロ転がるのは見ていてほんわりムードにさせられるというものだ。


 ここで奉谷さんは技能を取らない。

 クーデターでのイレギュラーに備えているのと、彼女はバッファー兼ヒーラー兼魔力タンクなんていう存在だ。小さな体にそれだけの役割を背負っている以上、魔力の温存が必須なメンバーなんだよな。


 俺も切実に【身体操作】を取りたいと思っているクチなので、気持ちは本当に、心の底からわかるつもりだ。同士よ。



「あの、ありがとうございます」


 そしてなんと、ヘピーニム隊の【聖術師】さんが九階位になってしまった。

 シャルフォさんたちが育てていたのもあって、どうやら直前まではきていたらしい。ちなみに三十歳くらいの普通のおじさんだったりする。


「いえ、隊のみなさんのお陰ですから」


「手際の良さがあまりにも……」


【聖術師】さんはなにか俺たちのことを褒めてくれているようだが、ヘピーニム隊の人たちが頑張って手加減してくれたのは間違いない。

 十階位の人たちならいざしらず、前衛にも九階位がいる以上、倒してしまいたい気持ちはあったはずだ。手違いで何体かは倒してしまったものの、大半が後衛まで流れてきたことには、正直驚いた。ここまで真面目にやってくれるとは。



「ヤヅさん、お疲れ様でした」


「いえ、シャルフォさんにはムリ言ってしまって」


「構いません。このままのやり方で行きましょう。移動先は?」


「……五分休憩を入れて、こんな感じで」


 シャルフォさんにそう言われてしまえば仕方がない。俺はマップを広げて指で予定のルートをなぞっていく。


「二部屋先で一度別れて、こういう経路で合流するのはどうでしょう。お互いに斥候を出し合って状況確認しながらですけど」


「なるほど」


 さすがにメンバー交換こそしないが、ふたつの部隊がいれば、やれることが増えるのは当たり前だ。

 いざ話を始めてしまえば面白くもなってくる。



「ここからこっちの部屋に魔獣を追い込んだらどうかしら」


「このあたりで待機して引き寄せるのもアリだな。大人数で戦うのに向いてそうだ」


 サメを引き連れた綿原さんが会話に加われば、近寄ってきた田村も意見を出す。何気に田村も地図読みが速い側だ。伊達に測量班長をやっているわけではない。


 地形というか部屋の構造や繋がり方に合せた戦法がポンポンと飛び出してくるのが楽しくて、気が付けば馬那や上杉さんも、あちらの分隊長さんまでもが参加して、その場はちょっとした軍議になってしまった。

 休憩時間も兼ねながら、いい感じの時間が過ぎていく


「着いてみないとわからない部分もあるけど、いろいろ試せそうですね」


「勇者についていくのは大変そうですね。では、そろそろ移動しましょうか」


 俺とシャルフォさんが頷きあったところで、対人訓練兼魔獣討伐が再開された。



 ◇◇◇



 そこからはもうどんちゃん騒ぎだ。


 ある部屋では奇襲で魔獣を挟み撃ちにしてみたり、別の場所では合同で引き撃ちをやってみたりもした。

 見た目がアレな騎馬戦は採用しなかったけど、代わりに海藤の肩車でうしろを振り返りながら指揮をしてみたら、バランスを崩した俺が転落するなんていうみっともないオマケもついてきたけど。


 合間合間に挟む対人模擬戦では、その都度中宮さんがテーマを持ち出して、謎の縛りプレイをするハメにもなった。あちらは前衛、こちらは前後混成での十対十バトルなんていう非道なのも。


 魔獣だらけな群れの付近でそんなことをしていれば、誰かしらの階位も上がるし、プレイヤースキルだって上達もするというものだ。

 俺自身もヘピーニム隊の人たちの動きがわかってきて、細かい指示が出せるようになる。そうして連携が洗練されていけば、魔獣の殲滅速度もあがる、と。



「感謝の言葉しかありませんよ」


「いえ、こちらこそ助かりました」


 心の底からという感情が伝わるようなシャルフォさんの賛辞に、こちらを代表して委員長がお礼を返す。


 夕方、迷宮に泊まる俺たちと、このまま地上に戻るヘピーニム隊は魔獣の群れがある区画を離れた。移動しながら本日のリザルトについて会話をしているのだが、お互いにテンションが高い。とくにヘピーニム隊が。


 なにせ、あちらは前衛職四名が十階位を達成し、二人いる斥候職の片方が九階位となったのだ。

 素材も貴重なモノから選び放題だったので、一日の成果としては破格ともいえるものになったらしい。


「ヤヅさんには迷宮で大隊の指揮を執ってもらいたいくらいですよ」


「は、はははっ」


 シャルフォさんの目が本気なのが怖すぎる。乾いた笑い声を返すことしかできないぞ。

 サメも近くに浮かんでいるし。


 途中から、言い方は悪いがヘピーニム隊の性能がわかってきたので、分隊単位で行動を指示したりしたのがマズかったらしい。個人単位でのダメージコントロールもやったし。

 要はふたつの部隊を同時に動かしてしまう俺を見て、シャルフォさんはとても感心したようなのだ。


 たしかに経路選択はしたし、戦闘では指示も出した。途中からは連携もハマったものだから、つい楽しくなってしまったのは認めてもいい。魔獣との戦いを楽しいと思うのはマズい感情だという戒めもついてくるわけだが。


 だからといって俺は人を駒だと思って動かすようなことはできる気がしない。クラスメイトたちに負傷前提の指示を出す俺が言っても説得力はないだろうけど、見えないところで、というのは絶対ムリだ。

 あくまで俺は【観察者】であって、見える範囲でだけ、そういう能力を与えられただけの存在でしかない。

 つまり机上で戦うような大隊指揮官などは、ご遠慮願うということだ。



「そうでしょうね。ヤヅさんはそれでいいと思います」


 なんてことを説明したら、シャルフォさんは笑って俺を認めてくれた。諦めてくれたんだよな?

 ゲイヘン軍団長とかに変なことを吹き込んだりしないのを祈ろう。


「ではわたしたちはこれで。勇者の健闘を祈ります」


「はい。お互いに」


 二層へ続く階段と宿泊部屋への分岐点で『緑山』とヘピーニム隊はお別れすることになった。

 シャルフォさんと軽く挨拶を交わせば、これにて共闘はおしまいだ。それを少し寂しく思ったのは俺だけではなかったのだろう、あちこちから別れを惜しむような会話が聞こえてくる。


 こうして迷宮泊の二日目は終わろうとしていた。


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