第368話 執り行われた儀式




「が、がんばれ!」


「そうだよ女王様、頑張って!」


「腰デス。腰を使うんデス」


「ま、魔力が足りなくなったら、いつでも言ってくださいっす」


「負けるなー」


 おかしい。さっきまでは邪悪教団のオカルト儀式めいたナニカだったはずの場が、今では運動会か部活の試合で味方に声援を送るような、青春的なフィールドに変化している。

 学校行事で緊張感が続かないという、じつに学生らしい理由でもって、厳かな雰囲気は一分もたたず霧散していた。


「血生臭い青春って、どうなのかしらね」


綿原わたはらさん……」


 必死になって女王様を応援する者、温かい声援を贈る者、中にはドン引きしているヤツもいる。

 そんな中で綿原さんは平静モードで、俺は若干引いている側だろうか。


 スプラッタ耐性が強い綿原さんは、ワリと早い段階で魔獣との戦いに順応した側だが、それでいて恐怖に強い方ではない。

 そういう性格が反映されたのが後衛職の【鮫術師】なのではないかというのが俺の予想だが、本人は大満足で今も赤紫なサメを漂わせているのだからあながち間違っているわけではないと思う。



 少し離れたところから見守っている俺と綿原さんだが、王女様のやっていることはさっきからちっとも変わっていない。ただひたすら手にする宝剣にありったけの力を込めて、魔獣の急所のさらに奥に届けとばかりに必死に腕を伸ばしているだけだ。


 覚えたての【身体強化】。『クラスチート』が効かないので効果の低い【身体補強】。そして本人の身体能力……。


「女王様ってさ、田村たむらより運動神経良さそうだよな。体力も」


「それ、田村くんの前で言ったら面倒くさいことになりそうだから、気を付けてね」


「ごめん」


 俺の包まない言葉に、サメを浮かばせながら女王様を見物していた綿原さんが、マジ顔になって忠告をしてくれた。

 ポロっと出てしまった言葉だが、これはたしかに俺も言い過ぎた。そもそも俺自身が誰かに誇れるほどの筋肉を持っているわけでもないしな。


「もうちょい。もうちょいだ!」


「がんばれー!」


 途切れることのない声援を受けながら女王様は必死に短剣を押し込んでいるが、やはり最後のほんの少しが固いようだ。


 短剣の寸法的には牛の急所に十分届くのだけど、見ているだけでも本当にもどかしい。ましてや当人の気持ちを考えると。

 ここまで刺しこめるだけでも十分に後衛離れしているのだけど、それでもなんだ。



 もしもこの作戦が失敗してもリカバリーは難しくない。

 野菜なりハトなりを探して五、六体も倒せば、女王様は十一階位になれるだろう。【身体強化】という巨大なアドバンテージを得た今の女王様ならば、俺などより余程簡単に到達は可能なはずだ。


「最後は心デス!」


「踏み込めぇ!」


 それでもなんだよな。やたらと熱くなって応援しているクラスメイトたちと、綺麗なお顔を鬼の形相にしてまで必死になっている女王様を見てしまうと、やっぱり成就させてあげたくなるのが人情というものだ。


「女王陛下。声を」


「タキ、ザワ、様?」


 そんな女王様をすぐ傍から静かに見守っていた滝沢たきざわ先生が、それがさも当たり前のことのように普通に言葉をかけた。


「叫びで構いません。意志を込めた言葉を、音に変えて」


 そういえば以前先生が言っていたことがある。


 イザ戦いにおいて体が強張ってしまった時、理由が恐怖でも苦痛でもそれを考える前に、まずは声を出すことから始めろと。

 叫ぶことさえできてしまえば、そこから先は二歩目となるのだ。一歩を踏み出せたなら、二歩だっていけるだろう、なんていう理屈を。


「故郷に伝わる武の奥義です。ふふっ、女王陛下だからこそ教えたのですよ」


「勇者様の……、故郷……」


 あいにく武術には詳しくない俺なので、先生の言っていることが本当なのか煽りなのかは判別できない。

 だけど先生はマジ顔で俺たちにそう教えてくれたし、あの中宮なかみやさんも深く頷いていた。


 それよりなにより今、先生は女王様に対し、優しく微笑んでいるのだ。

 そして俺は気付いてしまった。そうか、女王陛下は俺たちと同世代。ハウーズ救出の時もそうだったが、先生からしてみれば女王様……、リーサリットという人は子供なんだ。


 アウローニヤの人たちからしてみれば思いもつかない視点だろうし、俺たちからでも女王様は年齢にそぐわない化け物みたいな思考と行動力を持つ人物に映っている。

 けれど、それを重々承知した上で、それでもなお先生は──。



「さあ、声を出してください。想いを込めて」


「想いを、込める……」


 その言葉に促された女王様は短剣をグリグリするのを継続しながらも、そっと目を閉じた。


「……アウローニヤは、ダメな国です」


「はい?」


 てっきりここで気合の入った叫び声と共に女王様が覚醒するシーンかなにかが起きると思っていたのだけど、なんだか様子がおかしい。

 これまでを振り返るように述懐みたいな語りを始めた女王様に、先生も間の抜けた声を出してしまったようだ。何が始まろうとしている?


「お父様、先王陛下やお兄様は、ひたすら自らの気に入ることにしか目を向けず──」


 これは大変よろしくなさそうな語り出しだ。なんとなく長くなりそうな予感がするんだけど。


「王家を奉ずる立場でありながら、ただひたすら自己の保身と欲にのみ忠実な臣下たち。バルトロア、ベリィラント、ジャスリム、ケドルナ、ガルカンハ、パルハート、オウラスタ、ギッテル──」


 なんか人名らしき単語がズラズラと並びたてられていく。最初のふたつは宰相と近衛騎士総長で、途中から女王様に従わなかった官僚貴族や騎士団長の名前、だよな。


 ある意味で暗黒儀式の呪文詠唱みたいになっていて、音の響き的には場にふさわしいのかもしれない、なんて現実逃避な思考をしてしまう。


「帝国も帝国。なにが大陸西方戦略。ジアルト=ソーンなどと尊大な。国力十倍? わたくしにどうしろとっ」


 続いて出てきたのは帝国の悪口だ。

 いつものですます調が怪しくなった女王様のセリフは、単語の羅列みたいになっている。


「国家総動員? 緊急税制? 冒険者強制動員制度? 国力が落ちる一方ではないですか!」


「あの、想いを込めるというのは、そういう意味では」


「いえっ、言わせてください。タキザワ様っ!」


「は、はぁ」


 これはなんか違うんじゃないかと先生が声を掛けるも遮られてしまった。

 もうひとり、女王様の隣に控える中宮さんの顔は、ああ、引きつっているなあ。すでに二歩くらい距離を取っているじゃないか。護衛なんだからそこは粘らないと。



「悲しい、わね」


「綿原さんはそういう感想になるのかあ」


 寂しげな表情を浮かべた綿原さんはそっと目を伏せているわけだが、これはそういう話なんだろうか。

 そのくせ俺を盾に使って女王様の視界からサメを隠しているし。なんで本体より先にサメを?


「大変、なんだね」


「女王様もいろいろあるんだろうさ」


「亡国、か」


 クラスメイトたちも様々な表情でそんな女王様に感想を述べている有様だ。


「陛下……」


 アヴェステラさんは絶句し、ガラリエさんは苦しげに、さすがのベスティさんまで悔しそうな表情になってしまった。

 それでもアーケラさんは微笑みを小さくした程度で済ませているし、シシルノさんに至っては、むしろ興味深げに目を輝かせながら女王様の言葉に耳を傾けているようだ。


 ヒルロッドさん? ミームス隊の人たち全員と一緒になって目を背けているぞ。顔色は真っ青だ。


 これってアレかな。今の話を聞いていた人間は、あとから消されるとかそういうパターン。



「わたくしは……」


 あ、まだ続いてたのか、女王様のこれ。


「わたくしは、冒険者に憧れていたのです」


 これは初耳だ。十歳くらいの時に政治に目覚めた、みたいな話は聞いたことがあったけど。


「王女として生まれた身です。不相応な願いであることはわかっていました。わかってはいたのです」


 さっきまでの黒い熱量から一転、静かな語りになった女王様だけど、目に籠る光はむしろ力強さを増しているようにも感じる。


「体裁として階位を上げるために迷宮に入ることはあっても、それを冒険などとは言えないでしょう」


 そりゃあ幼い第三王女に冒険をさせるわけにはいかないだろう。

 傷のひとつで護衛の首がどうにかなりかねない。ミルーマさんあたりが介錯してくれそうだな。そのあと責任を取るとか言って自らも。


「幼い頃には迷宮と見立てて、隠し通路を渡り歩いてみたものです」


「それって」


 そんな暴露に小さくツッコミを入れたのは古韮ふるにらだった。律儀なヤツめ。


 そういえばあったよな、そんな小話。女王様が王城の隠し通路を網羅しているってネタだったけど、てっきり死に設定だと思っていたよ、俺は。


「それなのになぜ冒険者強制動員制度ですかっ! 冒険者が逃げ去るに決まっています」


 くわっと目を見開いた女王様がここまでで一番の大声になった。


『冒険者強制動員制度』。アウローニヤ独自の法律で、国内に登録された冒険者を軍部が強制的に徴発できてしまうようにしたものだ。


 国籍を持たず、自由であることを誇りとするのが冒険者の生き様とされている。しかも何故か万国共通で。

 どういう経緯でそうなったのかは不明で、迷宮誕生と共に発生した冒険者という職業に就いた人間たちのあいだでは常識らしい。もはや千年単位のお話だな。


 彼ら冒険者は国籍を持たないことで人頭税を取られない。代わりに迷宮から様々な素材を持ち帰り、国はそれらの取引に税をかけることで、結果として国に利益をもたらすというのがこの世界における常識だ。

 さらには国籍を持たないにしても、故郷やホームグラウンドを想う気持ちは人一倍で、いったんコトが起きれば国に徴用されるまでもなく真っ先に立ち上がるのだとか。


 そういう理由もあって、各国は盛んに冒険者を優遇する制度を取っているらしい。

 そりゃそうだ。迷宮に入るイコール階位が上がるのだから、そういう集団が自動的に味方の戦力になってくれるなんて美味しすぎる。冒険者を大事にしてさえおけば。

 周辺で冒険者を軽視している国なんてアウローニヤと聖法国アゥサくらいのものらしい。聖法国は教会の権力が強すぎるという事情もあるが、両方とも勇者絡みなのがなんだかなあ。


 これから俺たちが向かう予定になっているペルメッダ侯国なんていうのは、まさに冒険者依存度が高くて、その力を背景に帝国と魔王国との中継地点として立場を得ているというのだから凄い話だ。


 という冒険者マメ知識さておき、今は女王様だったな。



「わたくしは今、生きています」


 女王様の語りは続く。


「生きて、迷宮に入り、そして戦っています。王女だからと、【導術師】だからと諦めた冒険をしています!」


「陛下……」


 なんか感動した様子のガラリエさんの声だけど、それでいいのだろうか。


「みなさんの力を借りて、とてもちっぽけではありますが、それでもわたくしは冒険を……」


「お見せください、陛下っ! そのお力を!」


 ガラリエさんに続けて、どうやらアヴェステラさんもすっかり乗せられているようで、掛ける言葉にも力が入っている。


 なんかいい感じの話になっているなあ。

 いや、俺が冷めているわけでなく、女王様の気概もわかるのだけど。


「わたくしは……、わたくしは、冒険者になりたいっ」


 そこは『勇者』じゃないだろうか。


「そこは『勇者』じゃないか?」


 古韮……、お前。気が合うな。口に出すか出さないかで大違いだが。



「この国を、アウローニヤを立て直し、わたくしは迷宮に潜りたいっ! 何度も、何度だって!」


「できますよ。陛下なら、リーサリットさんなら、きっと」


「タキザワ、様」


「さあ。心を込めて、叫んでください」


 年齢相応の口調になった女王様に、先生は優しく声を掛ける。


 テイクツーなのは見なかったことにして、いい感じを作り出しているな。さすがは先生だ。ああいうのを場の空気を読むとでもいうのだろうか。

 先生からしてみれば、頑張っている子供を応援してあげたいという気持ちに嘘はないんだろう。リーサリットさんなんていう呼び方なんてできるのは、先生だけかもしれない。


「はいっ。るぅぅあぁぁあああっ!」


 先生の言葉に輝くような笑顔を見せた女王様は、一転これまで以上に獰猛な顔つきでもって、迷宮中に響き渡るような雄たけびを上げた。



 ◇◇◇



「あっちの扉。たぶん大根だ。五体か六体」


 警戒に当たっていた忍者な草間くさまが新たな魔獣の接近を告げる。


「女王様の儀式を邪魔させるな!」


「儀式?」


「あ、いや。いいから処理だ、処理。芋煮会やるぞ」


「大根相手に芋煮会っておかしくね?」


「いいから! アヴェステラさん、いちおう準備、準備!」


「え? わたくしがですか?」


「あったり前でしょう!」


 それを聞いたクラスメイトたちが一気に色めきたつ。


 すでに女王様は二体の牛を倒し終え、今は三体目に取り掛かっている最中だ。

 たぶんこれで、最悪でももう一体で十一階位が達成されるだろう。


 そんな大切なシーンをダイコンごときに邪魔させるわけにはいかない。

 ついでにダイコンの方はアヴェステラさんの十階位にはもってこいの相手でもあるわけだし。あ、女王様が宝剣を使ってる最中じゃないか。


「ほらほら八津やづくんだってレベリング対象でしょう?」


「あ、ああ」


 綿原さんに促されて、芋煮会の会場に俺は向かうのだった。って、そうじゃない。



佩丘はきおか馬那まな、ガード! ミア、海藤かいとうひきさんは遠距離攻撃。誤射で倒してもいい。草間、アサシンモードだ! 術師は一斉攻撃」


 イレギュラーに対応する指示を出すのだって俺の役目だ。というか、それが本来のお仕事だよ。


 現状で女王様の接待をしているメンバー以外の全部を迎撃に割り振っていく。


「やらかしそうなのって、ミアだけじゃん」


「なに言ってるんデスか朝顔あさがお。ワタシはヤレばできる子デス!」


【聴覚強化】で敵との距離が読めているのか、ミアをからかう疋さんには余裕がタップリだ。


「来るよ~」


「おう!」


 そんな疋さんのコールと共に、俺たちが侵入に使った側の扉から六体のダイコンが飛び込んでくるのが見えた。


 直後、矢が放たれ、ボールが飛び、ムチが躍る。

 サメが舞い、石が唸りを上げて魔獣に向かい、複数の水球と、さらには鋭い氷の針が。


『緑山』の誇る遠距離攻撃部隊の総攻撃に勢いを削がれた魔獣は、次々と俺たちの目の前に落下し、一部は騎士の盾に弾かれる。


笹見ささみさん、上杉うえすぎさん、鍋いける?」


「三十分も前からできてるよ!」


 ダイコンの弱体化を見届けた俺が問いかければ、アネゴな【熱導師】の笹見さんが快活に笑って返してくれた。


 こんなこともあろうかと、女王様が儀式を始めた段階で鍋の準備だけは進めておいたのだ。用意あれば憂いなしだな。


「八津くん、はいっ!」


「ありがと、奉谷ほうたにさん」


 ロリっ娘の奉谷さんから【身体補強】をもらい、俺は短剣を手にする。


「アヴェステラさんは宝剣が返ってくるまで待ちです。ごめんなさい」


「はい。お気になさらず」


 そうはいっても俺たちは気にするんだよな。絶対にアヴェステラさんを十階位にしてあげたい。


 手際よくダイコンの足を千切り、葉っぱを切断していく仲間たちを見ながら、俺は決意を新たにするのだった。



 ◇◇◇



「やったわね」


「ああ。やった、んだよな?」


「なんで疑問形なのかしら」


「アヴェステラさんがなぁ」


「仕方ないじゃない。まだ時間はあるわよ。自分のコトを喜びなさいな」


 迷宮の床に座り込む俺を見下ろすようにした綿原さんが、サメを泳がせながら威風堂々と辺りを見渡している。

 だけどどうやら俺自身が十一階位を達成したことを大喜びしていないあたりが、ちょっとだけご不満の様子で。



 ワチャワチャしながらだったダイコン相手の芋煮会はついさっき終わり告げ、女王様が相手をしていた牛も始末がついた。


 結果として女王様は三体目の牛で十一階位を達成し、残る二体のトドメを担当した疋さんも十一階位となった。

 芋煮会メンバーは俺が十一階位になることができたが、残念ながらアヴェステラさんは二体のダイコンを倒すにとどまり、九階位のままだ。


 女王様からアヴェステラさんへ宝剣のパスが遅れたのが理由だけど、もうちょっと上手くやれたような気もしている。

 待ち時間を使ってじっくり煮込んではみたのだが、これ以上はダイコンが勝手に死んでしまうという上杉さんの判断を聞いた俺が慌ててしまったのが反省点だな。

 いちおう階位上げ優先順位は俺だったから問題行動ではないのだけれど、こういう場面で焦るのはよくない。


 とはいえ、一気に十一階位が三人も増え、その中のひとりは──。


「【睡眠】を取りました。これでわたくしも勇者の仲間入りですね」


 リーサリット女王陛下は輝くような笑みでそう言い放つ。ここで【睡眠】とは恐れ入るよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る