第367話 計画された戦闘手順
「ほらほら、
ムチを片手にしたチャラ子の
「わかってるって。頼んだよ『アサガオ隊』。ユーコピーだ」
左右を赤いサメに監視されながら、俺は軽く手を挙げて指揮権を疋さんに引き渡した。
「へっへ~。アイコピー、ってね。
「おう!」
楽しそうにニヘらと笑った疋さんは、口調と似合わないシビアなカウントダウンを始めて、クラスメイトのみんなが気勢を上げる。
ちなみに【奮術師】の
ハトを無力化するために突入するメンバーはほとんどが大盾もちだし、盾に頼らないアタッカーはスピードクイーンな
四人ともが十一階位を達成しているし、むしろハトへの手加減を心配してしまうようなメンツだな。先生あたりは手加減上等なのだけど、ミアと春さんはちょっと心配かも。
ところで俺としてはミームス隊まで妙にテンションが高いのが気になるのだ。
もしかして、俺の指揮よりノリがいいんじゃないだろうか。これってまさか俺なんかより──。
「悪ノリよ」
「いや、だけどラウックスさんたちまで」
自分の存在価値を見失いかけた俺に声を掛けてきたのは、攻撃部隊に参加せず後衛隊の護衛に回った
牛と馬の血でできた赤いサメを三匹、悠然と付近に泳がせている様からは風格すら漂ってくる。
ぶっちゃけ対空戦闘に滅法強い【鮫術師】の綿原さんと【熱導師】の
後衛組が一緒にいると、どうしても守備に意識が行ってしまうからな。
「八津くんの悪者ごっこが過ぎたから、意趣返しってヤツじゃないかしら。ほら、ヒルロッドさんが疲れた顔になっていたし」
「……やらかしてたかあ」
「わたしとしては楽しかったからアリなのだけどね」
「だよなあ」
女王様をダシにしてアホなテンションになっていた俺だけど、アウローニヤ側にはなかなかストレスとなっていたようだ。もちろんシシルノさん、ベスティさん、アーケラさんは除く。
「それに隊長役が
「そ、それってアリなのか?」
「さ?」
なんか俺の存在価値が微妙に揺らいでいる気もするんだけど。
たしかにそういえば、俺たちの知り合いには女性隊長さんが多い。ヘピーニム隊のシャルフォさん、イトル隊のキャルシヤさん、ヘルベット隊のミルーマさん。ヘルベット隊は女性騎士部隊だから当然としても、ほかの二人は男の人を引き連れての隊長さんだ。
とはいえ、これには理由もあって、アウローニヤという国は貴族の腐敗も酷いのだが、実は仕事における男女差は中世ヨーロッパ風にしては驚くほど少ない。そのあたりは別の機会にでも。
などという俺の葛藤を他所に、勢いよく門を突っ切っていく『アサガオ隊』を横目で見送る綿原さんはモチャリと笑った。ちょっと意地悪な味付けがされているような、そんな笑顔で。
◇◇◇
「いやぁ~、アタシにはムリだわぁ。あんなのよくやってられるねぇ、八津は」
刻限とされた三分を待機した俺たち後衛組は、約束通りの時間を待って広間に突入した。
そんな俺たちを迎え入れた『アサガオ隊』隊長たる疋さんの言葉は、微妙な感じに疲れている。
「ちゃんとできてるじゃないか」
「一体残ってるしぃ、何人か怪我したし~、技能使いまくりで魔力もさぁ」
たしかに一体だけハトが空にいるけれど……。あ、夏樹の石が撃墜した。
「やったよ!」
「さんきゅ~ね、夏樹。
墜落してきたハトに疋さんが素早くムチを巻き付けて【魔力伝導】を掛けていく。
「ああ、うん」
地面に落ちたハトの無力化を忍者な草間に頼む疋さんは、見事に指揮官しているんだけどなあ。
ついでにいえば七体のハトは全て角を折られた上に、羽の数枚がもぎ取られていて、立派に無力化は完了しているし、一体も倒し切っていない。
十分すぎる成果だよな、これって。
強いて言えば【聖盾師】の田村と、部屋に入ってきたばかりの【聖導師】な上杉さんが、何人かの治療に回っているくらいか。
たしかに怪我も多いかもしれないが、ハトの速度や攻撃に慣れるという意味では、アリといえばアリなんだけど。いや、怪我を前提に考えるのはあまりよろしくないか。
「でもここからっしょ? ムリムリ、アタシは絶対ごめんだわぁ」
「八津くんっ、正面から足音。来るわよっ!」
草間がハトを処理していくのを見ていた疋さんが急に別の方を向き、続いて中宮さんの鋭い声が広間に響く。二人の視線は同一方向、俺たちが突入してきた扉とは、反対側にある門を見ていた。
この広間には最初からハトがいたので、向こうからやって来るのは当然つぎの魔獣ということになる。草間が言っていた牛か馬が十体。なるほどたしかに疋さんの言うとおり、ここからが本番だ。
「だからハンドオーバー。ユーコピーだねぇ、八津」
「アイコピーだ、疋さん。お疲れさま。後衛で周辺警戒と護衛をしながら鳩の始末を見ててくれ」
「うっげぇ、やっぱ趣味悪いよ、八津はさぁ」
ウゲっと舌を出した疋さんだけど、素直に前線を背にして後衛を護れる位置取りに移動していく。
道中でムチを使って散らばっているハトを集めるなんていう芸当までしてみせるのだから、大したものだ。
じゃあ俺も頑張るとしようか。本家本元【観察者】のお仕事だ。
「前線騎士はミームス隊と一緒に二列横隊。
「うん」
真っすぐ突撃をしてくるタイプである馬や牛がたくさん来るのに対しては、【氷術師】の深山さんが得意とする『氷床』が初手の定番となる。
「草間、正確な数を」
「牛だけだよ。十一体!」
「いいね。昼は牛肉祭りだ」
草間に【気配察知】を頼んで正確な種類と数を確認してから、いちおう余裕ぶった指揮官っぽいセリフも忘れず吐いておく。うん、完全に自己満足だな。
そして、ここからがミソだ。
「鳩のトドメ、アヴェステラさんには申し訳ないけど、女王様を優先して十階位を目指してください!」
「異存ありません」
「賜りました」
後方に向けた俺のセリフにアヴェステラさんと女王様が格式張って返事をよこす。言い方が固いなあ。
本来ならば八階位のアヴェステラさんのレベリングの方が、九階位の女王様より優先されるべきだ。
身分の差? レベリング中の『緑山』にそんなモノが存在するはずもない。
ひとりだけの八階位で後衛職なアヴェステラさんは、悪く表現すれば完全にお荷物となっている。
足の速さでも、防御力でもだな。攻撃力については最初から期待していないし、そもそもアヴェステラさんの神授職である【思術師】は、基本的に迷宮戦闘に向かないのだ。育てたら結構優秀な指揮官になれるのは想像できるけれど、彼女の本分は地上でのお仕事なんだからどうしようもない。
そんなアヴェステラさんだけど、たぶんハトを二体、ヘタをしたら一体倒しただけで九階位を達成できるはずだ。
そういう前提があるにもかかわらず、なぜ九階位の女王様を優先するのか。繰り返しになるが、これはロイヤル接待などではないぞ。
「三体か四体で十階位、イケると思います。
「任せてっ!」
「しかと」
九階位の女王様だって四層の魔獣ならば、小型のハトでも三体倒せば十階位を見込むことができる。
元気っ子な奉谷さんに【身体補強】をお願いして、昨日までお借りしていた秘伝の宝剣を使えば、後衛組でもハトを倒せるのはとっくに証明済み。
王家伝来の短剣なのに、単に強い武器を持ち回してるみたいな扱いがアレだけど、本来の持ち主に戻り新たな力に目覚めたりは……、するわけないよな。
「それとどこかで一回だけ、【神授認識】をしてみてください」
「はい。そちらも間違いなく」
戦闘モードで口調が格式張っている女王様に念を押すが、あちらとしてはいまさら俺に言われるまでもないだろう。横にはシシルノさんもいてくれるのだし、実験については問題ない。
ついでに疋さんと草間が暴れるハトを抑え込んでくれているので、そっちについても大丈夫。
「来たぞっ!」
最前列ど真ん中に陣取るヒルロッドさんが鋭く魔獣の襲来を叫んだ。
背後の配慮はここまでだな。
草間の言うとおり、正面の扉から登場したのは、たしかに牛が十一体だ。ただし一度に門を潜れるのは四体か五体ってところだろう。
ほかのメンバーからしてみれば数が曖昧になりそうな渋滞具合だが、俺の【観察】は一部でも視界が通れば全部が見えるも同然だ。
「盾構え!」
「おう!」
俺の叫びに最前列から揃った声が返ってくる。
以前まではここで微調整を指示していたこともあったが、今ではそんな必要もない。
ミームス隊との共闘は昨日の段階で調整も終わり、ここで意識がズレることもなさそうだ。あったとしてもチャラ男な
本当に、みんなすごくなったものだ。
「アウローニヤの集大成だ。ヒルロッドさんたちに安心してもらえるくらい、立派にやってのけるぞ!」
「おう!」
何故か思いがほとばしってしまい、出てきたのは恥ずかしいセリフになってしまったが、クラスメイトたちは今まで以上に大きな声を返してくれる。
それどころか、ラウックスさんたちミームス隊の人たちもが唱和してくれた。
まったくもってズルい人たちじゃないか。
「もう心配なんてしていないさ。むしろ今後の俺たちの方がね」
台無しだよ。ヒルロッドさん。
◇◇◇
「っらあぁぁ!」
「とうっ!」
深山さんの『氷床』に足を取られた牛どもが体勢を崩しながら前衛の盾にブチ当たる音が響き渡り、受け止める野郎たちの大声がそこに被さる。
何故か爽やかな戦隊モノみたいな掛け声をしているのは、文系オタな【風騎士】の
ちゃんとやってくれているようだから文句をつけることもないのだけれど、妙に目がキラキラしているのがな。あんまり調子に乗りすぎるなよ?
「しゃうっ!」
「えいやっ!」
「あぁぁぁい!」
「イヤァァッ!」
敵が十一体とはいえこちらの騎士は十三人もいるし、いっぺんに対峙する魔獣は、せいぜいが三体から四体といったところだ。
一度受け止めて体勢さえ崩してしまえば、ウチご自慢のアタッカー女子たち……、ひとりは先生だから女戦士がバキバキと牛の足を折りまくってくれる。嫌な音があちこちで響いているが、嫌悪感こそ湧くけれど、それで手が鈍るメンバーなどは前線にはもういない。
とはいえミームス隊が居ないとすればこっちの大盾は兼任となる【剛擲士】な
十三階位まで上がったらタイマンとか張れるようになれるのだろうか。
「六体までは倒して構わない。できたら十階位組を優先してくれ!」
「わかってマス!」
俺の指示に元気に答えたのはそういう手加減が一番できなさそうなミアだ。
「なんか信用されてない視線デス。ちゃんとメイスしか使ってまセン」
「あー、悪かった。期待してるから」
「デス!」
声と共に一気に姿勢を低くしたミアが牛のすぐ脇を駆け抜け、低い音を立てながら魔獣の足が折れ曲がる。
アレは【嵐剣士】の春さんスタイルか。片手だけだけど、よくもマネができるものだ。やっぱりミアは天才タイプだというのを実感させられる光景だな。
中宮さんがモニョってしまう気持ちもわからなくもない。同時にそれを受け止めて昇華させられる中宮さんの立派さもだな。
さて、牛の扱いについて、十一体中六体までと注文を出したのには意味がある。
というか直前の作戦会議で合意も得ているので、俺がさっきから叫んでいるのは再確認程度の意味でしかないのだ。
五体を残して逃げるとか、引き撃ちとかそういう戦法ではない。
牛には可哀想だが……、全然可哀想じゃないな。とにかくだ、キッチリカッチリダメージを与えて瀕死にしておくのが作戦だ。
何故かといえば──。
「十階位です」
背後から女王様の凛とした声が聞こえてきた。
「【身体強化】を取得しました。いつでも行けます」
そう、我らがリーサリット女王陛下は【身体強化】を候補に出して、この場にいる。
そもそもそれをネタにして、忙しい中なのに今回の迷宮を強行したのだから。
「四体目で達成だよ。残念ながら【神授認識】は、通らなかったそうだ」
「申し訳ありません」
遠慮の無いシシルノさんの報告に続き、女王様が詫びの言葉を入れてくるが、それは予想どおりなので問題ない。
むしろ牛の始末の方が……、間に合ってないな。
十一体の牛は全てが広間に侵入してしまっている。
そのうち倒し切ったのが三体。瀕死が三体。中途半端が五体か。もうちょいかかる。
「アヴェステラさんに宝剣をパスしてください。こっちはあと三分くらいでイケると思いますから」
「『パス』? ですか」
「えっと、渡すってことです。ごめんなさい」
「いえ、お国の言葉をひとつ知れましたから」
ごめんなさい女王様。これもまた日本語じゃないんだよ。
シシルノさんが目を光らせ、アーケラさんがメモを取っているようにも見えるのだけど、辞書としては役に立たないと思うんだ。
「術師組、後衛の護衛を続けてくれ。さあ、アヴェステラさんも『レベルアップ』ですよ!」
「頑張りますね」
ワザと使った単語の意味は、俺たちが何度も言っているせいでアウローニヤ勢にも通用する。
ため息を吐きながらもちょっとアガったような声で、アヴェステラさんは作業に取り掛かった。
◇◇◇
「九階位のままです。申し訳ありません」
三分ほどをかけてアヴェステラさんは残ったハトを倒し切ったのだが、残念ながら十階位には届かなかったようだ。
二体目のハトで九階位を達成したアヴェステラさんだが、そこから二体では足りなかったか。
「十分じゃん!」
「ありがとうございます、ヒキさん」
すかさず疋さんが気軽に励ましの声をかけるけれど、そのとおりだよ。
今日についてはまだ半分くらいの時間が残っている。野菜かハトに当たれば、たぶん一体でイケちゃうんじゃないだろうか。
で、牛の方も整ったかな。
「こっちは準備ができました。アヴェステラさんたちも見届けます?」
「……そうですね。立ち合いましょう」
俺の言葉に対し、アヴェステラさんはまるで大事な式典に参加でもするかのような声色で返事をしてきた。
これから起こること。ある意味、たしかに儀式なのかもしれない。
目の前に広がっているのは倒し切った六体と、そして全ての足と角を折られた五体の哀れな生贄たちだ。全部牛だぞ、念のため。床はもう血塗れ。
その血を糧に暗黒な行いが始まろうとしている。
「存分にどうぞ、陛下」
「ありがとう。ヒルロッド」
さっき牛を使って【神授認識】が通るかどうかの検証をした時と似たような光景がそこにあった。
ヒルロッドさんたちミームス隊が総出で一体の牛を取り押さえ、アヴェステラさんから受け取り直した王家の宝剣を携えた女王様が、静かな佇まいでそこに立つ。彼女の両脇に侍るのは
なぜ
これから女王様は牛を倒す。
後衛職である【導術師】の女王様が牛をどうにかできるのかと問われれば、理屈ではできるんじゃないかなあと思うだけの理屈は揃っているのだ。
十階位の【聖盾師】だった
条件は十階位であること、王家の宝剣、奉谷さんからの【身体補強】。そして女王様が今さっき取得したばかりの【身体強化】だ。熟練度に不安はあるが、強化系技能は最初にガツンときてから、そこからジワジワ伸びる傾向が強い。
そんな田村にしたところで、【身体強化】を取得したのは二十日くらい前でしかないから、熟練度もまだまだだろう。
こうして条件を田村と比べてみれば、絶対にいけるとまでは言えないが、それでも時間をかけさえすれば。
「やります」
短剣を両手持ちにした女王様は怯える様子もなく横たえられた牛に近づき、少しだけ腰を沈めてから腕を斜め前に突き出した。
牛の弱点である『腹部にある頭部の喉元』に切っ先が埋まり、ゆっくりとだが見えている短剣の刃が短くなっていく。刺さっているんだ、間違いなく。
ズブズブという鈍い音が広間に響き、それを見守る皆が息を呑む。
「いけるか」
誰かの発した呟きが妙にクリアに聞こえた。間違いなく、全員が同じ気持ちだろう。
女王様はいつもの冷静な表情を崩し、鼻にしわを寄せ、目つきをどこか獰猛なものに変えて、それでも行為を続行する。俺はそこにいつか見た、スイッチの入ったミアを思い出す。
牛の傷口から噴き出た赤紫の血液が床を濡らし、女王様の体にも降りかかるが、だからといって制止する者などここにはいない。
ただただ、女王様の奮闘を見守るばかりだ。
なんかこう、どこからどう見てもヤバい儀式だよな、コレ。
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