第24話 身体と知識と




 それから三日を俺たち山士幌高校一年一組の面々は午前中は座学、午後は訓練という、実に体育会系のノリで過ごしていた。


「やっと【疲労回復】が出たデス。ワタシが最後なんて話がおかしいデス」


 楽勝気味で歩いていたトップ勢は、これじゃあ足りないと背負うリュックの重量を倍にした。

 結果、【疲労回復】の登場が最後になったのが加朱奈カッシュナーミアだ。恐るべきは野生児体力。疲労という概念が無いんじゃないかと疑っていたくらいだ。

 今のところだれも【疲労回復】を取る予定はないけれど、これで全員候補技能にすることに成功したわけで、やはり勇者だとシシルノ教授が歓喜していたのが印象的だった。


 俺は俺で取得に合計四割弱も使った【観察】と【体力向上】を常時使っていたから、毎日魔力がカツカツだった。それでも一晩寝れば回復しているのが実に素晴らしい。離宮のベッドは宿屋か、はたまた実質無料だけに馬小屋か。先生の取った【睡眠】の性能次第で俺もとは考えている。コストも軽いし。

 それでも【観察】の性能が上がったかといえば、よくわからない。世界がスローになることもなければ、一秒後の未来が見えるわけでもない。微妙職の微妙技能なのかどうか、とにかくもやもやする。



【体力向上】にしても似たようなものだ。


『ちょっと楽になったかも?』


 誰かがそんなことを言ったけれど、まさにそのとおりだった。

 技能のお陰なのか、素の体力がついたのかが判別できないのだ。さすがに長時間とはいえ四日間継続的に歩いただけでこれだけ楽になるなどないだろうから、後者のみってことはないと思う。

 普通に持久力がついたのか技能のお陰なのか、どちらを喜ぶべきか悩ましいところが変に異世界的でややこしい。


 それでもクラス全体は一応順調だ。


 逆に綿原わたはらさんは【鮫術】を見せていない。いいかげんどこかでぶっぱさせてあげないと可哀相かもしれない。

 訓練場だとほかに訓練している人が多いので、未知でしかもたぶん魔術系の技能を見られたくないのだ。暴発もありえるし、ありえなさそうだが本当に生ものの鮫を召喚したら大騒ぎになるに決まっている。

 それも今夜解消される予定だ。そうだといいな。



 今日もまたメイドさんたちはだいたい十刻(二十時)くらいに退出する。そこからが俺たちの時間なわけだが。


「ふっ……、ふっ……」


 同じリズムで息を吐き出しているのは、タオルを右手に握ってシャドーピッチングをしている海藤かいとう

【剛擲士】はモノを投げて相手を攻撃するタイプの神授職だ。中学までピッチャーをやっていた経験が異世界で神授職として発現したかどうかは、この際どうでもいい。山士幌高校に野球部が無いのも……、そっちはよかったのか? 本人は納得しているんだろうか。


「すぅっ、ぱぁっ」


「ふっ……、ひゅっ!」


 部屋のすみっこで謎の超近距離鬼ごっこをしているのは滝沢たきざわ先生と副委員長の中宮なかみやさんだ。

 先生は空手で、中宮さんは木刀が専門なのだけど、部屋では二人とも素手。やっていることはガチの殴り合いとかじゃなく、足運びと捌きの練習なのだとか。ときどき先生のパンチが飛びだしたり、中宮さんの組み技という名の関節技が発動するけれど、それでも互いにダメージを入れないという約束事は守られているらしい。


 それ以外の面々も腹筋やら腕立て伏せやらスクワットを黙々とこなしている。なぜならば。


『疲れにくいなら、疲れるまで体を動かせばいい』


 という実に体育会的理念がミアから提案されたのだ。実に野生なエルフだった。


 当人がそこまで考えていたか不明だが一理はあった。

 技能は使えば使うほど、そしてギリギリまで追い込むほど熟練度が上がりやすいと推測されているからだ。これは王国の資料からも読み取れた。


 事実みんなの【体力向上】やほかの技能は、使えば使うだけ少しずつだが消費魔力が微妙に減っているのだ。実感は薄くても熟練度は上がっているぞ!

 ちょっとでも目に見える結果を得てしまった俺たちは、ノった。ノってしまった。


 だから俺も鮫、鮫、鮫と呟きながら腹筋をしている綿原さんの横で、一緒になって腕立てをやっている。よし二百回突破!



 ◇◇◇



「身体を動かした後の風呂はいい」


「ああ、風呂無し異世界に行った人たちに申し訳ないくらいだ。八津やづは『風呂チート』やりたかったか?」


「【観察者】がどうしろと」


 俺と古韮ふるにらはでかい湯船に半分沈みながら、本日二度目の湯を堪能している。

 午後の訓練が終わって一回、食事とミーティング、夜の訓練をしてからもう一度。俺たちは夜に二回風呂に入るルーチンになっていた。

 食事の間に風呂を沸かし直してくれているアーケラさんはマジ女神である。湯が冷める時間まで想定して二回目はかなり高温にしているらしい。


『二回目は水の入れ替えをしていないので、魔力消費は大して変わりません』


 その言葉が真実であることを祈るばかりだ。

 事実、就寝の前に湯の女神様に祈りを捧げるヤツもいる。その筆頭はもちろん二代目湯の女神を目指している笹見ささみさんなわけだが、アーケラさん指導の下、彼女は【熱術】を熱心に練習する毎日だ。


 身体と技能を鍛えるのがメインになっている午後の時間を、俺たちはこんな風に過ごしている。



 ◇◇◇



 では午前中にしている座学の方はといえば。


「【痛覚軽減】は大体調べ終わったと思います。有効そうですけど痛いのが前提なのが、なんかイヤです」


深山みやまさんが【魔力察知】というのを見つけてくれました。シシルノさんの【魔力視】の下位互換だと思いますけど、消費魔力を調べるのに役立つかもしれません」


 技能関連担当の白石しらいしさんと野来のきがそれぞれ、朝の報告をしている。


 俺たちは大体三刻(六時)に起きて、アヴェステラさんたちが来る五刻(十時)までの間に、朝の支度と食事、そして二時間くらいの勉強会を開くことにした。

 勉強会といっても、前日にシシルノさんから教えてもらった話をレポートにしてみたり、システム関連の資料を俺たち用に分かり易く書きだしている感じだ。自由研究っぽいかな。


 五刻から二時間くらいの座学はシシルノさんが主役で、アヴェステラさんやヒルロッドさんが横から口を挟む形でこの世界ならではの話を聞くことになる。当然メインは神授職を中心にした魔力関連がほとんどだ。


 途中で白石さんたちが作ったレポートの発表などもする。

 その度にシシルノさんは大喜びで、昨日なんかは座学の半分は俺たちの発表と寸評の時間になってしまった。今日もそうなるような予感がする。


「『魔力研』でも賛否が分かれていてね。伝統と権威に対する冒涜だとか、新しい風がとか」


 学術論争は勘弁してほしい。



 ◇◇◇



 話が逸れて、意味があるのかないのか微妙な話題になることもある。まさに今。



「以上が『熱剣士バルパー』の物語だ」


 五分以上語り続けていたシシルノさんの話が終わった。


「似たような物語はいくつも残されている。作り話と嗤う者もいるけれど、事実も多く含まれているのは確実だよ」


 本日シシルノ教授が教えてくれているのは、そもそも『神授職』とはなんぞやという話題だった。


 バルパーという人物はもともと一介の【熱術師】だった。かなり優秀だったらしく王宮で召し抱える、つまり『騎士爵』を授ける栄誉を与えようとした。

 ところが彼には夢があった。父親がそうであったように剣に生きたいと願っていたのだ。バルパーは一度、国籍を持たない冒険者になった。

 しかし術師系によくある傾向で、階位を上げても『外魔力』は伸びず、剣士に向いた有効な技能も出現しない。それでも地上では訓練を欠かさず、迷宮に潜り、そして戦争にも参加して多大な功績を上げるに至った。


 その実直な姿勢に感銘を受けた王は直筆の召喚状をしたため、使者として高位貴族を派遣するほどの誠意を見せ、ついにはバルパーもそれに応え登城する。

 所属こそ軍の筆頭術師団であったが、特例として剣の所有を許されたという。


 三十年後、迷宮に大型の特殊魔獣が現われ、その討伐メンバーとして術師団を指揮したバルパーは片腕を失いながらも、最後はなんと『剣』でもってその魔獣にトドメを刺した。すごい。

 その直後、彼の技能候補に【剛剣】が現われ、神授職が【熱剣士】と変化したのだ。齢五十五であったらしい。

 その三年後【熱剣士】バルパーは老齢でこの世を去り、名誉近衛騎士として記録に残されたという。



 長い。いちいち長い。この国の資料にはこういう物語調の記載が多くて、この話にしても『術師系に剣士系技能が出現したら神授職の名前が変わったという事例もありましたよ』で済む。


 それともうひとつ。

 俺たちの逢ったことがある王国の人からは、ときどきこうして貴族と平民は別物と捉えている発言が飛びだすことがある。平民が王宮に召し出されるのはすごく名誉なことで、まるで人としての格が上がるかのような言い方をするのだ。

 実にナチュラルなものだから社会常識レベルの感覚なのだろう。アヴェステラさんやシシルノさんはもちろん、平民出身のヒルロッドさんまでそうなのだから根は深いと思う。


 日本人の俺としてはモヤっとするわけだが、それは置いておくとして。


「神授職が変わることに意味があるんですか?」


 そんな質問を古韮がした。システム絡みだと、どうしても気になるのだろう。


「それについては議論があるんだよ」


「議論ですか?」


「ああ、神授職が変わるのではなく、『神授職という表記』が対応しているのではないかという考え方だ」


 神をも恐れぬような説をシシルノさんが持ち出した。古韮が口をつぐむ。


「そもそも神授職が高位に変化することも、他系統に移ることも、先ほどの逸話も含めて実例として記録されているんだよ」


 どういうことだ? シシルノさんはなにを言いたい。


「神授職とは『才の目安』ではないか、ということさ。だから何かしらの理由で新しい才能が芽生えれば目安も変わる。神が人に天啓を下しているという意味では神授かもしれないね」



『神授職』が主か従かということかな。技能ありきで職が決まるのか、神授職があるから技能が限定されるのか。スキルセットでジョブの表記が変化するゲームもあった気がする。


「ねえ、この話って意味あるの?」


「わからないよ。伏線とかだったら面白いかも」


「なにかメタいわね。回収されるのかしら」


 綿原わたはらさんとヒソヒソ話をしている彼女は実に嬉しそうだ。


 俺と話をしているから、と言いたいところだが確実に違う。理由は簡単。

 今夜、俺たちは鮫を見ることができるかもしれないからだ。


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