第312話 四層に至る




「牛と馬、ハト、ビート、ダイコン、白菜、ジャガイモ、桃、レモン、それと三ツ又丸太」


「やるじゃん、あおい


「おさらいだから」


 大人し系文学少女の白石しらいしさんがそらんじたのは、四層の魔獣だ。チャラ子で茶髪のひきさんが大袈裟にそれを褒めれば、白石さんはテレテレとなってしまう。


 そんな心温まる光景だが、俺たちが歩いている、もとい降りているのはアラウド迷宮四層に向かう十五番階段だ。毎度のことではあるが、白石さんの可愛げな声で並べた単語と、これからすることのギャップが酷いと思う。


「いよいよ牛かあ」


海藤かいとう、実家的にそれってアリなのか?」


 うしろの方から気合の入ったピッチャー海藤の声が聞こえてきたのだけど、お前、実家は酪農家だろうに。俺もだけど。


「なんだよ、八津やづ。牧場のせがれだからこそだろ」


「俺は新入りだからな」


「戻ったら嫌でも肉体労働だぞ。覚悟しとけ」


 海藤の言うことはごもっとも。酪農家は一年三百六十五日が仕事となる職業だ。牧場長自体は伯父さん、つまり母さんの兄がやっているし、甥っ子の俺は大した目標もなく夏休みあたりのバイトという名目の手伝いで小遣い稼ぎを狙う下っ端だ。家業は従兄弟が継ぐだろう。

 海藤のように姉と一緒に家を盛り立てる覚悟など持ち合わせていない俺としては、せいぜい大変さを知ることくらいが関の山だ。社会勉強的ななにかだな。


「まあいいさ。牛でも馬でもぶっ飛ばせばいい。気合入れろよ、八津」


「海藤くん、八津くん、それよりもジャガイモよ。ついに炭水化物」


 小麦農家の娘な一面を持つ白石さんが海藤と俺の会話に乗ってきた。魔獣の確認をしていたあたりから彼女らしくもなく、ちょっとテンションが高かった気がしたのはそういう意味だったのか。



 たしかに肉類と野菜、ついでに果物などは三層まででも豊富に倒せ……、もとい手に入れることができるのがアラウド迷宮だ。そんな中で唯一不満だったのは、穀類をはじめとする炭水化物系の魔獣が三層までに存在していなかったことだ。

 それが四層で補える。ましてやそれがジャガイモともなれば、否が応でも俺たちのテンションが上がるのも無理はない。


「牛とか馬はわかるけど、ダイコンと白菜、それにジャガイモが高級食材かあ」


「野菜の値上がりなんて、たまにニュースになるけどな」


 白石さんと海藤が交わす言葉に俺の脳みそがバグりそうになる。


 ここは異世界だけど、俺たちは日本人の感覚を捨てられないでいる。むしろ捨てたら負けだと、みんなで決めているくらいだ。

 高級食材としてのジャガイモね。地球だって地域によって高いモノ安いモノがあるのはわかる。だけど、ジャガイモが高い国なんてあるのだろうか。ジャガイモ自体を作っていないで、輸入もしていない国はあるかもしれないけれど。



 正直なところ、俺はジャガイモが大好きだ。

 蒸かしてバターとか、フライドポテトとか、イモモチとか、コロッケもいいな。とにかくなんでもウェルカムだぞ。


 米の時もそうだったが、無いなら無いで諦めはつく。だが、存在を知ってしまうともうダメだ。

 それに手が届きそうな今ならなおさらに。うん、俺は今、猛烈にジャガイモが食べたい。


「八津くん?」


 半身でこちらを振り返った綿原わたはらさんが、不思議なモノを見るような目で俺を見ていた。もちろん魔獣の血で作られた三匹のサメも一緒に。


「あ、いや」


「変なコト考えている時の顔よね」


 顔に出ていたか、俺のジャガイモ愛が。だけど綿原さんは俺の前を歩いていたわけで、どうやって判別できたのかは不明だ。サメか? サメなのか?


「迷宮とか戦いとか、今の状況とかじゃなくって、もっとくだらないこと」


「お見通しにも程があるよ」


「……だけど、すごく大切なこと。違うかしら?」


 エスパーなのでしょうか綿原さんは、と言いたいところだが、俺の顔とノリを的確に認識した彼女が勘付くのもわからないでもない。


 クラスのみんなは山士幌にいた頃を想うことが多いわけで、そういう時にそれぞれがどういう態度を取るのか、そんなパターンも見えてくる。言動だったり、微妙な挙動だったり。

 だからそう、お互い敏感になってしまうのも仕方ないだろう。ああコイツ今、日本のコト考えてるんだなってわかってしまうのも。とくに米騒動の辺りから、顕著になった気がするな。


 だから綿原さんは『大切なこと』っていう言い方をしたんだ。

 俺だって綿原さんが日本のコトや、なんか悪いコトを考えているのに気付く時もある。口調とか笑い方とか、サメとかで。


「いや、その。俺ってジャガイモ、好物なんだよ」


「……そ」


「綿原さんは?」


「もちろん好きよ。……肉じゃがが好物かしら」


「いいね。家それぞれの味ってのが面白いよな、肉じゃが」


 綿原さんとのジャガイモ談義だが、なぜか後方から生暖かい視線が飛んできているような気がする。


 具体的には海藤やら白石さんやら、ロリっ子の奉谷ほうたにさんやチャラ子のひきさんまで。

 会話に混ざってくればいいのに。俺はみんなとジャガイモ談義したいと思っているぞ。



「わたしも、君たちが『にほん』のコト考えてるの、結構わかるかな」


「ふむ、わたしはさっぱりだよ」


 そこで入った後方からのツッコミはベスティさんとシシルノさんだった。

 ガラリエさんは王女様のガードに専念しているのか、周辺警戒を怠らないでいる。


 たしかにベスティさんはノリは軽いけれど、人をよく見るタイプだと思う。そしてそういうのに頓着しないシシルノさんはさすがのフリーダムさだ。やっぱり楽しい人たちだよな。

 この場にいないヒルロッドさんやアヴェステラさん、アーケラさん、キャルシヤさんやミルーマさん、みんなが無事で再会できるといいのだけれど。



「ふふっ、そう言い切れるベスティがうらやましいですね。シシルノも」


 微笑みながら王女様はそう言うが、声にはどこか寂しさが混じっている気がした。


 そんな言い方することないのにな。王女様と一緒に行動しているのは一年一組だぞ?


「なに言ってるのかなぁ。アタシたち、王女様のこと仲間だって思って、こうやって歩いてんだけど」


「ヒキ様?」


「そうす。一緒に頑張れば、仲間す」


「……カイトウ様」


 ほれみたことか。疋さんも海藤もズルいヤツらなんだよ。


 あれはいつだったかな、俺がキャルシヤさんに狙われているとかそういう話題が出た時か。疋さんがハッキリと俺のことを仲間だから引きはがしたりさせない、なんて言ってくれたコトを忘れやしない。

 チャラいくせに、情が篤いんだから卑怯な女子だ。


 海藤なんかは朴訥なスポーツ野郎だから、どストレートにチームメイトってのを表に出してくるし。


「ありがとうございます。このような状況で不謹慎なのは承知ですが、それでも皆様と同行することが叶い、本当に嬉しく思います」


 王女様の言葉には本心がこもっているような、そんな気がした。



「もちろんシャルフォさんたちも仲間だからねー!」


「はい。ありがとうございます。光栄に思います」


「そんな固っ苦しくなくてもいいのに」


 突如前方に声を掛けた元気ロリっ子な奉谷さんに、シャルフォさんはチラっとこちらを見てから笑顔をみせる。


 どうやら俺たちの会話に前衛側の連中は聞き耳を立てていたようだ。王女様が絡んでいたのもあるのだろう。


「ヴァフター、さん」


「俺は何も言ってないだろ、ナカミヤ。勇者の怖さは骨身に染みてるよ」


 さらに前の方では木刀女子な中宮なかみやさんが、黙って先頭を歩いていたヴァフターに念押しするような会話を繰り広げている。


 ここからアンタが仲間扱いになるのは、よっぽどなコトでもない限り不可能だと思うぞ。



「それじゃあ仲間も増えたことだし、四層の魔獣について復習しましょう。この中で一番詳しいのは、実際に四層で戦ったことがあるヴァフターさんたちです」


「ワタハラ、お前なあ」


「みんな、気になることがあったらどんどん質問しましょう」


 普通の学校だったらイジメかとも思えそうな綿原さんの無茶振りだが、相手は拉致の実行犯で、こちらは被害者だ。しかも怪我をさせられた当事者。


 綿原さんのちょっと前を歩く、同じく被害者でアネゴな笹見ささみさんが苦笑いをしているが、口は出さないようだ。俺もちょっとどこまでイジっていいのか難しいので、ここは黙っておくことにした。


 すっかり賑やかになった『緑山』一行は、初となる四層を目指す。



 ◇◇◇



「マジでジャガイモかよっ!」


「やばっ。八津くん、隣の部屋にも魔獣がいる。五体くらい!」


 イケメンオタな古韮ふるにらの叫びに、【気配察知】を使ったメガネ忍者の草間くさまが発した警告がカブった。


 階段を降りてから三部屋目、ネタとして話題にしていた【双体二脚芋】、つまりジャガイモが四層初になる魔獣だった。それが七体。

 フォルムとしては十五センチくらいのジャガイモ二個がつるで繋がり、それぞれに枝のような足が二本ずつ生えているといった感じだ。馬那まなに言わせると、昔の武器でボーラとかいうのに似ているらしい。両端に分銅が付いた紐を振り回して相手を絡めとる武器だとか。


「やるぞ! 基本は『王女陣』のまま。足の先にマヒ毒だ。とにかく受けて慣れよう。ヴァフターさんたち、頼みます!」


「おうよ!」


「あの、できれば『リーサリット陣』で」


 俺の声掛けにヴァフターが答える。せっかくの四層経験者たちだ、せいぜい手本を見せてもらうとしようじゃないか。

 王女様が何か言っているが、そっちは聞こえないふりだ。


 ジャガイモの攻撃方法は、まさにボーラそのものらしい。本体になる二個の重しが自発的に地面を蹴って、回転しながら飛んでくる。ジャガイモ本体の重量がそのまま打撃になり、もしも足や腕に絡みつかれたらマヒ毒も食らうのだ。体当たりと毒の組み合わせとか、さすがは四層だけあってイヤらしい強さだな。



「左側の壁際五キュビには近づくな。罠が二か所! イザとなったら撤退もあるので位置取りに注意!」


 さらに面倒なのは、四層からは明確にトラップが増えるという点だ。


 三層に比べて心持ち青い壁や床を【観察】してみれば、この部屋にもトラップがあることが見て取れる。戦闘状態なので詳細な位置までは伝えることができないが、それでも手で指し示して危険を通達した。

 ちなみに『キュビ』についてはこの場の全員に教えてある。クラスメイトたちはほぼ正確に、それ以外はおおむねレベルで把握できていると思う。



「ほうら、よく見とけ。倒しちゃマズいんだろ?」


「ヤバかったらお願いしますけどね」


「言ってろ」


 魔獣が七体で、こっちの十三階位盾も七枚。今回ばかりはヴァフターたちの存在が頼もしい。

 最前列に並んだヴァフター隊の大盾はガンゴンと音を立てながらも、的確にジャガイモの攻撃を受け止めてみせた。伊達に経験者をやっていないな。


「で、蔓を切るわけだ」


 盾でジャガイモをはじき返したヴァフターは、手にした剣で蔓を切断する。

 だけどそれでフィニッシュとはならない。


「この芋、両方が生きてるんだよな。毒もそのままで、跳ねて攻撃してきやがるんだ」


 そう、このジャガイモは本体こそが急所なのだが、蔓が切れたとしても両方が独立して動きを止めない。

 蔓が急所なら笑えるのだが、実質二体の魔獣が繋がって、複雑な動きをしているのだ。


「けどまあ、蔓がなくなれば弱くはなる。あとは勇者さんたちならヤレるだろ?」


「イヤァッ!」


 どこか格好をつけた風にニヒルな笑みを浮かべたヴァフターが絶妙にうざったいが、そこに甲高い奇声が被せられた。


 ヴァフターが分割したジャガイモの片割れに突如鉄の矢が生え、そのままの勢いで壁際まで吹き飛び、停止する。倒しちゃったのかよ。

 こんなことをやってのけるのはこの場にただ一人。我らがエセエルフ、【疾弓士】のミアに決まっている。すごいぞ、初手でクリティカルかよ。



「蔓がちぎれて動きが単調になれば、イケマス!」


「おい、俺のすぐ脇通ってったぞ!? ちゃんと狙えてるんだろうなっ!?」


「気にしたら負けデス」


 抗議するヴァフターだが、それに対するミアの冷徹な発言に、最前列にいるヴァフター隊の七名が肩を震わせた。


 俺たちはヴァフターに恨みを残しているものの、暴力的な手段でイジメようなどとは考えていない。なんといっても滝沢たきざわ先生がケジメを取ってくれたからな。口ではまだまだイジるけど。

 お気楽タイプなミアは怒りも、そして鎮静までの期間も短い。ぶっちゃけ俺などよりは余程ヴァフターを許しかけてはいると思う。


 今の矢だって、味方誤射をしないという確信があってのことだ。そうだよな?



「おい、お前ら、急いでちぎれ。勇者に獲物を流すぞ!」


「はっ!」


 ミアの行為にビビったヴァフター隊は慌てて芋の蔓の切断にかかる。


「できれば足もちぎってください。マヒってもすぐに治せますから」


「わかったよ!」


 ここで魔獣を倒しにいかないあたり、ヴァフターたちもわかっているんだよな。そうだよ、俺たち勇者は獲物をお望みなのだ。なので俺は要求を追加した。


「優先は海藤、笹見さん、委員長だ。たぶん一体か二体で階位が上がる。だよね、奉谷さん?」


「うんっ、たぶんだけど八津くんの言うとおりだよ!」


 王女様のレベリングを優先したいところだが、せっかくの初戦だ。レベルアップ直前のメンバーに任せて戦力を上げておきたい。


「海藤と野来のきはいったんスイッチ。海藤の階位が上がったら戻すぞ」


「おう。アレにボールを当てるのは難しそうだ」


「うん」


 俺の指示に【風騎士】の野来が素早く反応し、後衛に向かってきてくれる。さすがは動ける騎士だな。


 王女様を護衛する海藤を野来と入れ換えるのは事前の取り決めにあったパターンのひとつだ。なんといっても野来とガラリエさんは師弟関係にある。お互いに動きを知っているので、もしかすると海藤ガラリエペアより連携が取れてしまうくらいなのだ。



「ガラリエさんもいよいよだねぇ~」


「ええ、わたしが十一階位を目指せる機会です。ナカミヤさんが焚きつけれたのが昔のようで」


 後方警戒をしてくれている疋さんが軽い口調でガラリエさんを煽っていく。


 出会った時点でガラリエさんの階位は十だった。

 つまりこれまでの戦いに同行していたガラリエさんは、階位を上げる機会が皆無だったということになる。それでも彼女は文句のひとつも言わずに、ひたすら俺たちを守ってきてくれた。シシルノさんの護衛がメインではあったが、時にはアヴェステラさんを、そして今は王女様を。


 そんなガラリエさんがレベリングの機会を得たのだ。

 護衛ばかりをさせていてはもったいないじゃないか。大丈夫、王女様とシシルノさんを守るコンビネーションはいくつも用意してあるのだから。


「十一階位になったらどうするのかなぁ?」


「もちろん【睡眠】ですよ」


「仲間だもんねぇ」


「ええ。そのとおりです」


 疋さんはニンマリと笑い、それに対するガラリエさんはいつも以上に優しげで、そして獰猛に微笑んでいる。


 そんな感じで一年一組初となる四層での戦いは始まった。


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