第169話 降り立つ前に




「最終確認だけど、レベリングは二の次だと思ってくれ」


「うーっす!」


 三層に続く階段を降りながら、クラスの意思をひとつにしていく。みんなからの返事が間延びしているような気がするのは、程よくほぐれているからならいいのだけど……、そうではないよなあ。


「階段の先には警備の人たちがいるだろうけど、お仕事の邪魔をしないように気を付けよう。助けてくださいとかダサいマネはしたくない」


「うぃーっす!」


「今日はお試しだけど、次回からは三層の調査をメインにしてもいいよって認めてもらえるくらい頑張ろう」


「おう!」


 俺と一緒でみんなにも不安はあるのだろう、【平静】を使っていてもなお、緊張しているのが伝わってくる。

 これで三回目になるが、初見の階層は怖い。一回目の迷宮でSAN値を削ってくる魔獣にビビり、二層に落ちた時には手強いモンスターとしての怖さを味わった。



「鹿、にわとり、大きい丸太、ゴボウ、リンゴ、足のあるへび……、それって蛇なのか?」


「セルフツッコミやめろよ、八津やづ


 三層に出現する魔獣を連呼しながら、自己矛盾?をしてしまった俺に、古韮ふるにらがツッコミを入れてくれる。ほんとに役どころをわかってくれているヤツだ。頼もしすぎて嬉しくなるな。


「それとスパイスの木がいくつか、カボチャ……、あとはなんだっけ?」


「ミカンとキュウリ、ね」


 漏れを補足してくれた綿原わたはらさんだが、たしか彼女はキュウリが苦手だったはずだ。魔獣的にではなく食材として。


 ちなみにリンゴやミカンは木にぶら下がった形ではなく、単体で登場するらしい。二層で下から運ばれてきた死骸というか実体を見たわけだが、ふつうにデカくて目玉と口があるリンゴだった。手足は切り落としてあったが、切断面がこれまたリンゴなのが始末に悪い。



「それと八津くん、大事なのを忘れたフリをしているのはワザとなんだよね?」


「綿原さんに譲るよ」


「うんっ。羊よ、羊。ジンギスカンよ!」


「うおおぅ!」


 綿原さんの大声に応えるように、みんなが歓声を上げた。

 アウローニヤ組も俺たちが羊肉を好んでいることは知っているのだけど、なぜかベスティさんまで一緒に声を出している。


 そう、アラウド迷宮三層には羊がいる。

 頭部と尻に位置するあたりに頭が前後合わせて二個ついているという意味不明な魔獣だけど、胴体だけは羊だ。ちゃんと羊毛も採れるので、この国では食材としてより衣服関連で重宝されているらしい。


 離宮の食事にも何度か出てきて盛り上がりはしたのだけど、モヤシがなにかこう違った。モヤシっぽいナニかという感じで。

 どうやら地上産だったらしいが、この世界特有の植物なのか、それとも品種改良が進んでいないのか、はたまた育て方なのか、判別はできていない。


 離宮や迷宮だけの生活でも、こういうところで微妙な異世界感を味わうことがたまにある。つい先日の星の配置なんかもそうだな。

 料理に詳しい佩丘はきおか上杉うえすぎさんにいわせると、謎スパイスなども地球のモノと対応させることができるらしいので、今のところこの世界だけでしか見ることができない『物体』はない。いちおう全てに『これは地球でいうところの』が通用してしまうのだ。


 もちろん迷宮と魔力を除けば、だけど。



「じゃあ野来のきに質問だ」


「ん、なに?」


「三層の魔獣で硬いのは?」


 食材、素材方面に向かった脳みそをバトルモードに戻して、あえて野来に質問をぶつけてみる。

 先生の真似っこではあるが、俺一人が延々としゃべっても仕方ないからな。教室で先生から質問をされるということは、授業を聞いているか、憶えているか、理解しようとしているかを問われているわけだ。

 しっかりと集中していれば間違っていてもいい。誰かが訂正すれば済むだけのコトだから。大切なのは姿勢だ。


 今までずっと適当に流していた野外学習を、まさか異世界にきてから真面目にやることになろうとは。

 それでもまあ、こうやって誰か彼かが口を開き続ければ、少しは緊張もほぐれるかもしれない。



「えっと、大丸太、カボチャ、リンゴが硬いかな」


「うん。俺の記憶でもそうだ。答え合わせできてよかったよ」


 リンゴが硬いのは嫌だな。それはそうとしてだ。


「ここで問題になるのは、そいつらに後衛職の攻撃が通るかどうか」


「だよね」


 俺の懸念に対し、ちょっと不安そうな顔で夏樹なつきが同意してくる。


 三層チャレンジにあたり、一番の問題になるのが敵の硬さだ。強さではないのがミソだな。

 アーケラさんしかりベスティさんしかり、後衛職に七階位が多いのは三層の壁を壊せないからだ。


 迷宮のルールでは魔力の掌握、言い換えれば経験値の取得はラストアタックした者にほとんど全部が入る仕掛けになっている。

 一層や二層の魔獣なら前衛のサポートがあればトドメを譲ってもらうことができた。だが三層の魔獣には、そもそも後衛の攻撃力では急所を抜けない種類が存在しているらしい。


 それが野来の挙げた、大丸太やカボチャ、リンゴだ。もちろん俺たちはそのことを資料でしか知らない。もしかしたらできてしまうのかもしれないが、この世界の後衛職は二層の限界階位、七階位でストップしている人たちが多いのも事実だ。



「前衛に後衛を助ける余裕がないかもしれない。なので今日一番の目標は、ひと当てしてみてどこまでやれそうなのか、それを確認する。いいよね?」


「おう!」


 初見階層は、そもそもからがスタートだ。後衛組でも倒せるという実績を作れるかが勝負になる。


「いけそうなら、そのままを伝えて次回からは三層メイン。ダメなら二層で七階位を増やすことになる」


「三層の方が効率がいい、なのよね? わたしたちが二層に落ちた時……、みたいに」


「うん」


 綿原さんは滑落事件のことを言いにくそうに触れたが、アレがあったからこそ今回の強引な三層突入が決断できた面もある。


 俺たち四人が二層に転落した時は全員が三階位だった。最終的に俺と綿原さん、上杉さんが四階位で、ミアに至っては五階位。かけた時間は一日弱だ。

 それくらい『適正を越えた』階層でのレベリングは効率がいい。敵を倒せれば、だけど。



「明文化されていませんが、アウローニヤの基準で三層への条件は『最低でも全員が七階位』ですね」


 あえて再確認してきたガラリエさんだが、もちろん俺たちはそれを満たしていない。

 今回の三層行きが認められたのは、二層の大騒ぎを経験したことと、迷宮の異常事態、王女様の思惑、もしかしたら近衛騎士総長の罠、なんかが混じってのことだろう。ついでに『勇者のワガママ』も追加されているかもしれない。


「調査は調査ですよ。今回は調査に耐えられることを証明するっていう、前段階ですけど」


「人手が欲しいのも事実でしょう。わたしとしては全力で助力するだけです」


 調査に必要なんだという建前で突き抜けようとする俺の発言を、ガラリエさんは薄く笑って流してくれた。

 彼女は十階位、つまり三層の限界階位になっている。三層でどれだけ活躍しても階位が上がることはない立場だ。だからこそ、助力と表現した。感謝してもしきれないな。


「これは三層を経験した者からの予想ですが──」


 ガラリエさんが続ける。


「苦戦はするでしょう。ですがみなさんなら戦えてしまうのだろうと、そう思います」


 そんな言葉がどれだけ俺たちを励ましてくれるか。

 資料の絵とバラした死骸でしか見たことがない魔獣を不安に思う俺たちだけど、大丈夫だ。好材料もシッカリあるからな。


 先生や中宮さん、ミアのようにアウローニヤ基準での階位を超える強さを持っている仲間もいる。

 二十五人に対し三人という分厚い回復役がいる。十分に硬い盾役がいて、いろいろなコトができる術師も揃っている。


 俺たちはやれるという自信があるからこの階段を降りているんだ。不安が多ければ滝沢たきざわ先生が認めるワケがない。



「陣形はいつもより近めで、とくに騎士は魔獣をうしろに流さないのを意識してくれ」


「おう!」


 具体的な戦い方に話をシフトさせる。


「術師はフレンドリファイヤに気を付けて、ミアと海藤かいとうは序盤の遠距離攻撃はナシで。ひきさんもムチを使う時は周りをよく見ながらで」


「アタシはまあ、ボチボチやらせてもらっちゃおうかな」


 明るく無駄口を叩く疋さんの態度が頼もしい。


 後衛を守るために取る密集隊形だ。遠距離攻撃は誤射が怖い。慣れるまでは遠慮がちにいくしかないだろう。


「強さや硬さの判定は先生と中宮さん、それと綿原さんでお願いできるかな」


「わたしも?」


 相対する魔獣を後衛が倒せるかどうかの判断は、先生と中宮さんが適任だ。なにしろそっち側の専門家だからな。ミアには絶対ムリなことだし、アタッカーでも武術ニワカなはるさんや草間くさま海藤かいとうにはできない役割りだろう。


 綿原さんに振ったのは後衛職としての目が欲しいから。

 後衛職で物理的攻撃力が一番高いのが綿原さんというのがクラスの現状だ。そして彼女にはそういう判定を下せそうなセンスがある。天才性といってもいいかもしれない、ミアとは似ていて別種の才能だ。性格が違うっていうだけのことだろうけど。



「最初はとにかく前衛だけで殴り倒す。その段階で先生と中宮さんで確かめてほしい」


「後衛でも倒せそうかどうか、ね」


「うん。頼む」


「まかせて」


 黙って頷く先生を横に、中宮さんが快諾してくれた。彼女がそう言うならば、できるということだ。


「そこから柔らかそうなのを……、鶏か蛇、適当な野菜あたりを一体ずつ後ろに流して──」


「そこでわたしからね」


「ああ、綿原さんが確かめる。もちろん遠慮は要らない」


 綿原さんなら俺の言いたいことはわかるだろう。この場合の遠慮をしなくていいとは、全力で殴れといっているわけではない。

 後衛の誰か、物理で最弱の部類になってしまう白石しらいしさんや奉谷ほうたにさん、あとは深山みやまさんあたりがトドメを刺せるかどうか、それについて忌憚なく言ってくれということだ。遠慮やおべっかはむしろ害悪に近い。これは命がけの行動なのだから。



「わたしは迷宮委員だからね。責任をもって判断させてもらうわ」


「助かるよ。俺もなるべく見ているようにするからさ」


 攻撃の通り具合、戦えているかの判断、イレギュラーはないか、サポートの必要性、それらに対して指示を出すのが俺の仕事だ。見ているだけの状態だったさっきまでの二層とは大違いだな。責任が重たい。


「僕たちの方が先に階位が上がりそうだね」


「まったくだ」


 藍城あいしろ委員長が気軽な発言をすれば、古韮も笑って乗っかる。

 同じく騎士組の佩丘や野来、馬那まなもそれぞれの表情で決意の色を見せてくれた。バラバラの性格の五人なのに誰も引け腰でないあたりが一緒なのは、やっぱり騎士向きということなのかもしれないな。

 まったくもって神授職というのはその人に似合っているのか、それとも隠れた何かがあるのか、意味不明なラベルだ。納得できる時もあれば、意外に思うこともある。



「じゃあ僕は予定通りに」


「そうだな」


 階段の終わりが見えてきたところで【忍術士】の草間が【気配遮断】を使った。

 声をかけてからの行動だったせいでみんなからは見えている。だが、気配はハッキリと薄くなった。離宮の談話室でも何回か試してもらったが、ここからちょっとでも視線を外すと本当にどこにいるのかわからなくなるからすごい技能だ。俺の場合は【観察】があるし【視野拡大】を持っているメンバーからは逃げられないだろうけど。


「へっ、これで一発芸でなければな」


「その表現やめてよ」


 悪口が得意な田村たむらが茶化せば、声を出してしまった草間の存在感が元に戻ってしまう。これでやり直しだ。


 本当に隠れ続けられればチートスキルのレベルになるのだけど、こうして声を出したり、大きなアクションをすればそこでバレる。田村のいう『一発芸』というのは、あながち間違った表現でもないのが悲しいところだ。


 武術どころか運動経験者でもない草間は、今のところ一撃が軽い。ミアのような天性のクリティカルも持っていないので、初手の牽制が役目になる。

 やらないよりはマシなのか、それとも一発目が重要なのかはシチュエーション次第だが、そんな草間に窮地を救われた俺からしてみれば、見事な忍者だと信じているぞ。


「気合入れてくぞ」


「ブッコミマス!」


 佩丘とミアの言葉に背を押され、俺たちは三層に降り立つ。



 ◇◇◇



「やあ、勇者のご一行か」


 階段を降りきった先の部屋には七人の近衛騎士がいた。

 ひとりは会議の場で見た覚えがある、たしか第四騎士団『蒼雷』の部隊長だったかな。この場を守っているということは、三層からの撤退についてすべてを任された実力者たちである証明だ。


「この辺りはあまり変わりない。実力試しにはもってこいだろうが、俺たちは手助けできないぞ。この場からは動けない」


 聞きもしないうちから欲しい情報を教えてくれるあたり、通達はされていたのだろうし、俺たちが今になってここに来た意味も理解できているのだろう。話が早くて助かる。


「ありがとうございます。なんとか頑張ってみます」


「ああ、俺たちもまたメシを食いたいからな」


「だからフラグぅ」


「行こう。こっちだ」


 本日二度目のフラグに小声で野来がつっこんで、それでも俺たちは移動する。


 こうして一年一組の三層チャレンジが始まった。


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