第168話 研究者の心意気
「シシルノさんは除外です」
「これでも出席番号二十五番だよ? 仲間に入れてくれてもいいじゃないか」
「それはそれ、です」
会心の笑みを浮かべるシシルノさんが不敵に文句を言い放つが、そちらを見もしないで魔獣を倒し続けている
「ノーカン! ノーカン!」
「そーだ、ノーカンだ!」
「ズルはいけないデス!」
前衛陣からも抗議の声がこちらに届く。だけどミアはそこまで言って大丈夫なのか? ズルとまではいわないが、自分に返ってくるぞ。
シシルノさんが余裕を持っていられるのは、メイド三人衆が護衛をしていたからに他ならない。
魔獣が流れてくれば、術師のアーケラさんとベスティさんが牽制し、なにより十階位の【翔騎士】ガラリエさんがいる。一年一組の前衛からこぼれた敵などものともせずに、せっかくだからとシシルノさんにトドメを譲っていたのだ。それはいい。間違った行動ではないから、俺からも何も言わなかったのは事実だ。
ただひとつ、俺たちには誤算があった。
「いやあ、もうちょっとだとは思っていたんだけどね」
「シシルノさん……」
なおも笑うシシルノさんに
「ならシライシくん、ここからはわたしの近くで戦ってみるといいよ。獲物は譲るとしよう」
これがシシルノさんだ。そもそも七階位になったのだから、トドメ禁止メンバーリストに追加されたのだが。
今日になってからシシルノさんがトドメを刺した魔獣は、五体。
要はシシルノさん、とっくの昔からギリギリ六階位だったらしいのだ。それこそ俺たちがアウローニヤに召喚される前から。
コレをズルと言わずしてなんとする。
「あー、シシルノさん」
「どうしたんだい、アイシロくん」
「いや、
酷く言いにくそうな顔をした
今さっき綿原さんが最後の一体を倒して、この場での戦闘はいちおう終わった。近くに魔獣は見当たらないし、少しくらいなら話す時間はあるだろう。
「どうでもいいとは言わないけどさ、シシルノさんが七階位になって良かった、じゃダメなのかな」
委員長の言い放った決定的なセリフに皆が凍り付く。
そもそも俺たちは三層に行きたいという理由で七階位を目指していたはずだ。
それなのになぜ競争みたいなマネを。いつの間にか手段が目的になっていた。先生あたりは気付いていてあえて放置していた可能性も高いが、それはそれで同罪みたいなものだと思う。
「八津、
ここで俺と奉谷さんの名前が出るということは、七階位への進捗についてだな。
「えっと今が五刻だから、あと一時間、もとい半刻あれば。うん、予定よりは良いペースだと思う」
シシルノさんたちもいるからこちらの時間表現に合わせるのが面倒だな。
それはいいとして、当初の予定では十二時、六刻を目途に三層チャレンジの最終決断を下す予定になっている。二層の調査も兼ねた午前中の進路はすでに半分を過ぎたくらいで、悪いペースではない。
そしてなにより思った以上に連携が上手くいって、予想外の速さで魔獣を倒せているのは事実だ。
「七階位五人の達成は──」
「ヤヅくん?」
「シシルノさんも加えて六人なら、まあイケると思う」
セリフの途中でシシルノさんから不必要なツッコミが入ったから言い直したが、今となってはどうでもいい話だった。
そもそもメイドさんたちを勘定に入れないで言っていた数字で、六階位のシシルノさんがより安全になっただけのコトだ。クラスメイトたちがムキになっただけでしかない。俺も含めてだけど。
「行こうじゃないか。わたしを含めて『六人』が目標なのだろう?」
「……そうですね」
かき回した張本人たるシシルノさんに促されるのは複雑だが仕方がない。なんだか七階位レースがちょっと冷めてしまっただけで。
「わたしは【疲労回復】を取ってみたよ。やはり迷宮探索は疲れるものだしね。さあ、進もう」
「なんでそうなるんですか」
その発言にはさすがにツッコミを入れてしまった。
シシルノさんは【瞳術師】。魔力を含めて、モノを見ることに優れた神授職だ。一年一組やこちらでの知り合いを全部合わせた中で、もっとも俺と似たタイプといえるだろう。
それでも彼女は俺と違って見る方向だけに技能を特化させている。【魔力視】【魔力察知】それに【体力向上】を持っているのは聞いているが、会話をした感じ、【視覚強化】あたりは確実だろう。要するに素早く動けない斥候という、よくわからない技能構成を持っていることになる。頭脳と合わせて調査員としてはとても優秀なのは間違いないのだけど。
なのにここにきて【疲労回復】を取ったと自己申告するとは。
「居座る気マンマンじゃねえか」
横からボソリと
シシルノさん当人は大人しめなクラスメイトと親しいが、田村や委員長と理屈が通った話をするのも好んでいる。
倍近くも年上のお姉さんとちょっと嬉しそう話す田村は、結構危ない方向に進んでいるんじゃないだろうか。
シシルノさんがどこまで俺たちと一緒にいるかはわからない。
少なくとも騎士団設立までを含めて一年一組がアウローニヤにいる限りは、可能な限り同行したがる気がする。気がするどころか確信だな。
そしてシシルノさんは合法的にそれをやるために突っ走れるタイプだ。『魔力研』所長の机には何通辞表が届いていることだろう。
そんなシシルノさんと一緒にいられる時間を俺たちも楽しく思っているから始末が悪いな。
「君たちに同行していると、迷宮が答えをくれる気がするからね」
いざ移動を再開しようとしたところで、シシルノさんがクラス全員を見渡しながら言う。
「答え、ですか」
「そうさ。ヤヅくんはどう思う?」
『応えてくれる』ではなく『答えをくれる』ときたか。
「……シシルノさんは」
「もちろん君たちの帰還を願っているさ。それが迷宮の出す正解だと思いたい」
そう言うシシルノさんは俺たちの行く先、迷宮のさらに向こう側を見ているような気がした。
「わたしはそこに至るまでの経過と結果の全てを知りたいという欲に溢れた、ただの『観察者』だよ。奇遇だね、ヤヅくん」
「俺はそこまで考えられませんよ」
あくまで研究者視点のシシルノさんと俺とでは、観察に対する気構えが違いすぎる。俺は手段でシシルノさんはそれ自体が目的。
「少し悔しいが、君こそが【観察者】だ。存分に使い倒してやるといい」
「それはもう」
すごく遠まわしにも感じたけれど、もしかしたらこういうのがシシルノさんなりの応援なのかもしれない。マッドな言い回しが、ちょっとだけ俺好みなのがズルいぞ。
「そこで【観察者】のヤヅくん、調査の進捗はどうなのかな?」
「予定していた二層の調査範囲は終わってます。むしろ一割増しですね」
「素晴らしいと言いたいところだが、あくまで今回は群れの外周だけだからね。魔力的な特異も見当たらなかったのだし」
気を取り直してシシルノさんと確認をすれば、ちょっとだけ残念そうな返事がきた。異常現象が起きればいいとでも思っていたのだろう。
魔獣を削るという意味で、俺たちは必要以上をこなした。だが、今後の予測につながるような発見はなしだ。たしかにそこは惜しいと思う。
「それも結果です」
「やはり君たちは研究者向きだよ」
発見を期待すると同時に、なにも無いことを確認するのも調査や研究だ。
そのへんのことを分かり合えるということ自体が、シシルノさんには嬉しいのかもしれない。
◇◇◇
「ふふん」
七階位になった綿原さんが胸を逸らせていた。ワザワザ鼻息が荒いのをモニュっとした口で発音しなくてもいいのに。
俺たちが今いる場所は、三層に降りる階段の少し手前だ。時刻は六刻。俺たち的には正午になる。
七階位競争を勝ち抜いたのはシシルノさんは除外として、ミア、
そんなメンバーの中で新たに七階位になった海藤と春さんは【反応向上】を取得した。本当に同じビルドが続いているのだけど、仲がいいな。
【剛擲士】の海藤は遠距離ならボールを投げて、近づけば盾を持って騎士と同じような戦い方をする。対して【嵐剣士】の春さんはひたすら動き回ってメイスで殴りまくるという近接特化型だ。そんな二人がずっと同じ技能になっているのは、それだけ一年一組が基本技能ばかりを狙っているという証明みたいなものになる。基本スキルは大事なのだ。
「はい、こんにちは」
そしてついさっき七階位になった綿原さんだが、彼女の傍には『二匹』のサメが砂から頭を出して俺の方を向いている。
普段使いの【砂鮫】よりは小さくて、二匹の動きがほぼ一緒という姿は、ある意味可愛らしい。
彼女が取ったのは【多術化】だった。【反応向上】とどちらにするかかなり悩んだようだが、後衛としての本分に目覚めたのだろうか。
「八津くんが【反応向上】だったから、かしらね」
「なんでさ」
「さあ?」
なぜ俺とのカブりを避けるのか意味不明だが、サメ使いの綿原さんにとって【魔術強化】【魔術拡大】【遠隔化】そして【多術化】は必須になるだろう。
なにせサメが大きくなって、数が増えて、遠くまで泳げるようになるのだから。
「頭も増やしたいし、それからリアル路線もいいわね」
綿原さんの夢は尽きないようだ。
「ねえ、
「な、なにかな?」
二匹のサメを引き連れた綿原さんに話しかけられた夏樹はちょっとビビりが入っていた。
綿原さんに対抗しているわけでもないのだろうけど、アイツの周りでは石が二個、いつでも動き回っている。そういう努力を忘れないあたりは偉いと思うぞ。
「【多術化】を取ってみてわかったけど、別々に動かすのって大変なのよ」
「だよね。僕も最初はそうだったかなあ」
そんな夏樹だからこそ、綿原さんも感覚を聞きにいったのだろう。
これまで誰かが技能を取るたびに使い勝手などを発表し合ってきたものだが、実際に取得した者同士でなければ伝わらないイメージはあるものだ。
綿原さんのサメは大きさが縮んだのは当然としても、以前に比べて動きがぎこちなく、そして揃ってしまっている。夏樹がバラバラに動かしている石とは大違いだ。比べてみると差がハッキリとわかってしまうな。最初の頃の夏樹もこんな感じだったかもしれない。
「がんばるしかないわね」
綿原さんがこちらを向いて、両手を握りしめながら気合を入れた。ぞいってか。
◇◇◇
「なあアンタら。本気で行くのかい?」
「ちょろっとだけですよ。許可は貰っています」
「それならいいんだけどよ。気を付けてくんだぞ?」
「はい、ありがとうございます」
一年一組が炊き出しをした部屋から三層への階段までの間取りは魔獣の出現が少なくても、厳重に警備されている。三層から逃げてきた兵士たちがいたとすれば、ここが重要な救助ポイントになるからな。当たり前の配置だ。
迷宮のルールみたいなものだが、階段そのものは完全な安全地帯で、出入り口付近は比較的魔獣が薄い傾向が強い。だからといって階段で治療や休息というのもつらいところなので、こうして階段周りは警備を厚くしているわけだ。人為的に安地を作っている状況だな。
そんな警備の人たちが、三層に向かうという俺たちのコトを心配してくれていた。
一年一組プラス四名が、お試し的に三層に挑戦することは上に通達されている。
今回の場合は総責任者の王都軍団長だな。それに加えて俺たちの訓練を受け持つ近衛のトップたる近衛騎士総長、さらにはアヴェステラさん経由で両殿下も承知のはずだ。
なのでここで警備の兵士たちが俺たちを引き留めるなんてことはできない。
それでも心配してもらえるというのは、やはり結構嬉しいものだ。炊き出し効果が出たのかもしれないな。
「アンタらのメシ、美味かったぜ」
だからといってフラグを建てるのは止めてもらえないだろうか。
感動しているのもいるけれど、オタクリーダー
「えっと、次回があったらまたやりますから、たぶん」
「おう、絵描きのねえちゃんか。いや、勇者サマだったな、すまねえ」
「いえ、絵描きの方がちょっと嬉しいです」
どうやら綿原さん的にはイラストレーターの方が勇者より優先度が高いようだ。たぶんサメの方がもっとだろうけど。
イラストについては俺も負けていられない。元々俺は日本にいた頃からずっと、そっち方面を狙っている側だからな。
問題なのはだ、綿原さんのサメは可愛らしくデフォルメされていてわかりやすいのだが、俺が描きたいロボットとか美少女絵がこちらで受け入れられるかどうか。
だがしかし、綿原さんたちのイラスト配布はウケていた。そんな光景を微笑ましいと思うと同時に、ちょっとうらやましくもあったのだ。とくにハーナちゃんからのお返事イラストとかが。
文化侵略的ななにかに怯えてばかりではいけない。
「そうか。一度試せばいいんだ」
「どうしたの?」
「俺もなにか描くからさ、ベスティさんあたりに見てもらえば、こっちでウケるかどうか判定できるかなって」
「……最初にわたしに見せてくれたら、認めてもいいわよ?」
「なんで許可みたいになってるんだろう」
「だって、八津くんが描きそうな絵って……、アレでしょ?」
「どれだよっ!」
綿原さんが想像しているような絵も嫌いではないが、そこまで節度がないわけがない。いやいや、彼女がどんな絵を想い描いているかなどわからないのだ。わかるべきでもない。
ここはやはりロボか。それとも二等身キャラでいくべきかも。ううむ。
「どうして悩んでいるのか知らないけれど、そろそろ行きましょう。三層が待っているわよ」
「牙をむかないことを祈るよ」
「そういう言い方、八津くんぽいわね」
迷宮に入るたびにトラブルに巻き込まれる俺たちだ。そんな一年一組が三層に突撃する。
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