第337話 褒め殺しは食らうとキツい
「なんでお前が機嫌を悪くするんだかなあ、タムラよ」
「……」
苦笑を浮かべるジェブリーさんに対し、ふくれっ面の
結果として【聖導術】の成功率は半分以下といった感じになった。
手首が落ちていた人は、ちゃんとくっついたのだけど、指が自由に動かせない。
目が潰れていた人は、眼球自体は復活したし瞳を動かすこともできるけれど、視力が回復しなかった。
腕が肘から先が無く、あるべきパーツが行方不明な人は、切り口が少し盛り上がる程度で欠損した部分がニョキニョキと生えてくるようなことはなかった。
七人中四人が、事実上手術前と大して状況は変わらないという結果だ。
死なない限り完全復活、なんていう夢は見ていなかったが、思った以上に【聖導術】は微妙であることが判明したわけだな。
「俺の足はある。感触もあるし、まあ不自由かもしれないが立つこともできそうなんだぞ?」
そしてジェブリーさんの足はつながったけれど、どうにも思い通りに動かない状態のまま。
「納得いかねぇし、検証のしようもねぇ」
「そりゃなあ」
田村が人体実験を繰り返したいようなコトを言い出すが、ジェブリーさんは困ったような笑い方になっている。たぶんジェブリーさん本人は、ここまででも十分じゃないかと思っているのだろう。
どうしたって田村の言っていることにはムリがある。
まさかこんな重傷患者を都合よく用意できるわけもないし、そもそも完治しない原因として思い当たる要素が多すぎるんだ。
怪我をしてからの時間、パーツの有無、切り口の状態、本人の心持ち、魔力の状態、そしてなにより【聖導術】自体の熟練度。それをケース別にわけて検証? できるわけがない。
犯罪者を使った人体実験が不可能ではない文化ではあるが、俺たちの精神がムリなので当然却下だ。
治療が終わった後で田村が何度も患者たちに【治癒識別】を使ってみたが、アイツ曰く完治ではないけれど治っている状態、などという中途半端な判定が出たらしい。【治癒識別】も随分と曖昧なコトをしてくれる。
「力不足です。申し訳ありません」
「いえっ、ウエスギ様に落ち度などっ!」
頭を下げる
治療中に誰かが上杉さんの名を呼んだせいか、しっかり名前呼びになっている。というか最初は聖女様呼ばわりだったのだが、それは止めてほしいとお願いした結果がコレだ。
そんな彼だが、上杉さんの【聖導術】で怪我が治ったわけではない。この部屋に運び込まれた時までと同じで、肘から先の左腕を失ったままだ。
それでもこうして涙を流さんばかりに感謝の言葉を述べているのは、アウローニヤのお国柄的に【聖導術】を受けることができたという体験そのものが理由だろう。神様の奇跡に触れた、みたいな?
その人ひとりだけなら【聖術】と【聖導術】の違いがわからずに疑ってかかってもおかしくない状況だが、七名の内の三名は、何かしらの形で欠損部位が修復されたのだ。二名ほど残念そうな表情をしている人もいるが、それでも文句より先に感謝の言葉が飛び出している。
あの人たちには口止めをお願いすることになっているのだけれど、はたしてどこまで黙っていられるのだろう。物語的には酒場で酔っぱらってついポロリとかそういうパターンだな、これって。
個人的に思うのは大仰に【聖導術】と現代医学チート……、というほどでもないが、それなりの手順を重ねてこの結果だ。上杉さんや田村に一切の落ち度はなく、全力を尽くした結果とはいえ、聖女バレが怖いとか何の話だったのだか、くらいの感覚なんだけどなあ。
要は【聖導術】があるからムリが利くというわけではないということだ。【聖導術】はハイヒール、くらいの感覚でいないとな。そもそも上杉さんの聖女的なパワーは別の地平にあるわけだし。
「あれ、ほっといたら『聖女教』が生まれそうだな」
そんな光景を眺めていた俺に、こういう方面でオタクな発想を持ち出す
「すまん、俺もう入信してるんだ」
「
二人して笑い合ってしまう。ウチのクラスの連中は信者が多そうな気がするんだ。
「で、それ
「……」
「気付いてないわけないんだろうけどな」
「わかってるなら言うなよ」
あの綿原さんのことだ、たぶんサメとメガネスキャンで俺の信仰心などお見通しだろう。
それをわかった上で、俺との距離感を保ってくれているのなら、こんなに嬉しいことはない。って、キモいな今の俺、確実に。こういう性格は矯正した方がいいのかもしれない。
「でだ。少々痛くても時間を掛けて可動域を広げていけば──」
「疲れたなって思うちょっと先くらいまで歩くのを日課にするといいかも」
あちらでは理学療法士志望の
対象者はジェブリーさんともう一人、手首がくっ付いた人だ。
「ああ、心掛けるさ」
「大変だろうと思うけど、ずっと続けてたら、きっと良くなるから。続けることが大事なんだから」
気安く返事をするジェブリーさんに、ちょっとだけ涙ぐみながら春さんが声援を送る。
もはやどっちが患者なのやらだが、気持ちはわかるよ。
◇◇◇
「では戻りましょうか。名残惜しくはありますが」
中途半端な聖女ムーブと勇者によるフォローがひと段落したあたりで、女王様が地上への帰還を口にした。
考えてもみれば、この状況で女王様には迷宮に居残る理由はない。むしろ一刻も早く地上に戻り、政権を奪取してからの体制作りに励んでもらうべき場面だろう。
それでも彼女はジェブリーさんたちへの治療どころか、その先に待っていたリハビリの説明まで見届け、そして名残惜しいとまで言った。
「せっかくですので、ヘピーニム隊とヴァフター隊にも同行していただきましょう」
「陛下、それは……」
ヘピーニム隊はいいとして、懲罰部隊のヴァフターたちを女王の凱旋に付き合わせるのはどうなのか。そういう意思を込めた苦言を入れるのはもちろんミルーマさんだ。
けれども俺には女王様の気持ちが、なんとなく理解できる。
「一緒に大冒険した仲だもんね!」
「はい。ホウタニ様の仰る通りです」
ということだ。さすがは元気ロリ。
マンガとかに出てくる敵が改心して味方になるパターンと経緯は違うが、それでもヴァフターたちは頑張っていたと思う。
もちろん勇者や女王様への心証を良くしようという意思はあったはずだ。それでも、するべきことをしてくれた彼らには、俺としては百点満点の評価をしたい。あの人たちがいなかったら、絶対総長に負けていたのだし。
「まさかバークマットを──」
「それでは示しがつきません。ですが、王国軍人として確保しておきたいと考えるのは、当然でしょう?」
「……御心のままに」
ヴァフターの罪に目をつむって『黄石』の団長に残す気なのかとミルーマさんが言うまでもなく、女王様はソレを切って捨てた。だけどそこに追加して生臭いコトを言い出すのが、これまた女王様っぽいな。
立場上仕方ないのはわかるのだけど、もうちょっとロマンの方にウエイトを置いてもいいんじゃないだろうか。
◇◇◇
「わたくしは今日の全てを忘れません」
地上へと続く階段を登りながら、女王様が俺たちに笑顔を見せた。
ヴァフター隊が先頭で、続くのは『緑山』、背後を守るのはヘピーニム隊だ。
女王様はミルーマさんたちヘルベット隊に守ってもらうのが本来のはずなのだけど、本人の希望で『緑山』の後衛に混じってガラリエさんが直近で護衛をするという、いつもの形になっている。ミルーマさんたちは『緑山』のすぐうしろ、女王様の背中を間近に見ながら階段を歩いている感じだな。
絶対聞き耳を立てているだろうし、女王様になにかあれば秒で駆けつけられる位置取りだ。
俺たちから無体はしないので、そこは安心してほしい。口調によっては不敬判定が下るかもしれないが、そこはミルーマさんも流してくれるだろう。
「勇者の皆様方と迷宮を歩いたこと、階位を上げられたこと、戦場を共にできたこと、そして勝利を得たことを……」
そんな隊列で歩く俺たちに語り掛ける女王様は、指折り数えるように今日の思い出を並べていく。
聞いているこちらとしても、情景が思い浮かんできてしまうような語り口だ。走馬灯とかじゃないだろうな。
「今登っているこの階段は、そのまま玉座へと続いているように思えてしまうのです」
「それフラグっぽいです」
あんまりなお言葉に思わずツッコンでしまったのは、他ならぬ俺だ。
不敬をしないように心掛けていたのに、俺はなにをしているのだか。心なしうしろにいるミルーマさん辺りからの視線が鋭くなったような気がする。
「あ、その、この前の拉致で、俺たちはこの階段の途中で襲われました。だから最後まで……」
必死に思いついた言い訳を口にしておこう。
チラっと前方のヴァフターたちを見ると、心なし体が縮こまっているような気もする。実行犯でなかったとはいえ共犯だからな、アイツら。
「そうですね。ヤヅ様の仰る通りです。事を為し終えるまで、油断をするわけにはいきません」
「は、はい」
慌てる俺を取り成すように女王様は軽く笑ってくれた。
そういう対応をしてくれるのは本当に助かる。
とはいえ、周りの連中は苦笑いで済ませてくれているし、なんなら俺がツッコまなければ、ほかの誰かがやっていたんじゃないだろうか。そういう意味では全員が共犯みたいなものだ。
「本当にいろいろ、あったね」
そこで唐突に語り始めたのはメガネ文学少女の
「今回で十回も迷宮に入ったんだよね。わたしたち」
「そういえばそうだねぇ。記念すべき十回目は王女様と一緒ってかぁ。ああゴメン、女王様だった」
白石さんのセリフに
女王様と言い直しはしたものの、悪びれた風はない。
完全な大人相手ならなるだけ敬語にはしているみんなだけど、女王様は同年代というのもあって、どうしてもな。女王様本人も俺たちがフランクな方が嬉しそうにするし。
「お気になさらず。わたくしこそ、未だ実感していません。むしろ迷宮の余韻に心が向いてしまっているようです」
だから女王様の返事もこんな感じになる。
ところで俺が思うのもなんだが、迷宮ジャンキーみたいな言い方はどうなんだろう。
「何度も報告書を読み返して、わたくしもみなさんと一緒に迷宮を歩いた心持ちになっていたものです」
「あははっ、女王様、『みなさん』だって」
俺とは違って、そういうところに明るくツッコミを入れるのが奉谷さんだ。やはりツボをわかっている人は強い。
「それは……、失礼いたしました」
「ボクはそれでいいんじゃないかなって思うんだけど、みんなはどう?」
口に手を当てて恐縮する女王様に、奉谷さんは温かい追い打ちをかける。
最初の頃にアヴェステラさんにお願いしたこともあったな。あれを言ったのはたしか、
「僕たちこそ失礼な言葉遣いでごめんなさい。だけどうん、勇者の皆様、なんて言われるよりはいいかなあ」
「あたしとしてもムズ痒いと思ってたんだよねえ」
「様付けも止めてくれていいんですけど」
「みんな……、もうちょっと敬語を使おうよ」
隊列のそこかしこから気やすい返事が飛んでくる。
最後のは、困ったような
本来注意すべきかもしれない先生は、黙ったままで前方を警戒中だ。先生は一貫して俺たちの態度や口調には注意をしてこない。先生を辞める宣言をした先生なりの境界線みたいなものがあるんだと思う。
「クサマ様、これはわたくしなりの『きゃら』付けですので」
「うえぇ。なんでそんな単語知ってるんですか」
「シシルノにはいろいろ教わりましたから」
今回の迷宮で女王様とシシルノさんはずっと近くにいて、しかもコソコソ相談事をしている時間も長かった。だからといって日本語講座までやっているとは思わなかったけど。
シシルノさんの知っている偏った日本語知識が女王様にまで感染するわけか。
そのうち普通にオタトークとかできるようになるんじゃ……。これは胸が熱くなるな。
「そういえばシシルノ」
「なんでしょう、陛下」
そんなどうでもいい会話が地上への階段に響く中、女王様はシシルノさんに話題を振った。本当に近くなったよな、この二人。ベスティさんとかミルーマさんが嫉妬したりしないといいんだけど。
「先ほどシライシ様の言ったとおり、勇者のみなさんはこれで十度目の迷宮でしたが、このような短期間で十一階位を達成したという話はあるのでしょうか」
女王様の問いかけは、実に勇者アゲな内容だった。
ラノベとかでよくある、主人公スゲーなセリフをワザとやっているのかというくらいの展開だ。こういうのがわかる古韮とか
あと、白石さんまで小さく鼻息を荒くしなくていいから。
「そうですな、全ての記録を知るわけではありませんが、わたしの記憶にはついぞ」
「なるほど、さすがですね。伝承に伝わる勇者も、みなさんのようだったのかと思ってしまいます」
すごくテンプレっぽい誉め言葉をいただけて、これにはクラスメイトたちも小さくガッツポーズだ。俺の近くを泳ぐサメも、どこかピチピチしているような。
褒められたこと自体より、ラノベ的ムーブを喜んでいる俺はなんなんだろう。
「彼らの成長速度はたしかに素晴らしいものがありますが、むしろ評価されるべきは迷宮に入る頻度かもしれませんな。陛下もご存じでは?」
「今日で確か……、延べ二十日、でしたか」
女王様に対すると随分慇懃な感じの口調になるシシルノさんが、話を膨らませる。
それに乗っかる女王様にしても、なんで正確な数まで知っているのだろう。延べ日数なんて、俺はだいたいそれくらい程度でしか把握してなかったぞ。いや、報告書を読みまくっているのは聞かされているけど。
「彼らが始めて迷宮に入ってから、まだ五十日にもなりません。そのうちの二十日を迷宮に費やした。その意味を汲み取っていただければ」
「……なるほど」
シシルノさんの言葉に女王様が深く納得した表情になる。
うしろにいるミルーマさんたちの方から息を呑む音が聞こえた気がした。
シシルノさんの言いたいことはわかる。アウローニヤの常識では、こんな頻度で迷宮に入るなんてことは余程の事情がない限りあり得ないからな。ましてや迷宮泊にこだわるなんてのは完全な常識外だ。
序盤は知識集めと訓練で時間を使ったが、一回目から数えると半分近くの日数を迷宮で過ごしたことになるのか。我がことながら一年一組は迷宮マニアだな。
でも最近は魔獣が増えているお陰で王城そのものが厳戒態勢になっていたし、俺たち程ではなくても、結構迷宮に入る人は増えていると思うのだけど。
「迷宮を共にすることで、みなさんの実像が理解できたように思っています。あり得ないほどの努力を積み重ね、考察を怠らないからこそ、みなさんは勇者なのですね」
ベタ褒めの女王様のセリフに、さすがに口の中が甘ったるくなってきた。もうこの話題、切り上げてもいいんじゃないのかな。
「わたしが彼らに見たものは、行動と探求です。さて勇者だから可能なのか、それともやってのけたから勇者なのか」
「わたしとしてはどっちでもいいかなぁ。この子たちと一緒だと、面白いからね。お陰でわたしも九階位だし」
シシルノさんと、ついでとばかりに会話に加わってきたベスティさんもそろそろにしてほしい。
ガラリエさんまで薄っすら笑っているし。
「わたくしが九階位などと、想像もしていませんでした」
「わたしも同じくですな。人を導くのもまた勇者、なのかもしれません」
「同感です。まさに伝承のとおりに」
女王様とシシルノさんが勝手にわかり合っているけれど、もはや一年一組はげんなりだ。
一部楽しそうにしているのもいるけどな。ミアとか奉谷さんとか疋さんとか
そういう明るくて素直な連中はさておき、俺としては自分勝手に必死なだけだから、大人たちからそうやって評価されると、どうしてもくすぐったくなってしまうのだ。
「そろそろ地上ですよ。上はどんな感じなんでしょうね」
苦笑いが混じった声で委員長が地上への到着が間近であることを告げる。
上は夜中と言ってもいい時間だろう。およそ十二時間ぶりに、俺たちは地上に戻るのだ。
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