第338話 勇者が認めし女王陛下
「なあ
「ねえ、八津くん」
いざ地上だというタイミングで、オタ仲間の
しかも話しかけた相手は俺。
先頭を歩くヴァフターたちを含めて全員の足が止まり、皆の視線が俺と古韮たちに集中する。
いや、たぶんだけど、古韮と野来の声がダブったなんてろくでもないコトに決まっているし、そこまで注目するような事態じゃないと思うのだけど。
「あーっと、じゃあ野来に譲るわ」
「
「そのネタは百回以上やってるから」
アウローニヤの人たちには伝わらないネタを繰り広げる二人だが、古韮のフルネームが
「注目されるとやりにくいなあ」
「そうだよな。野来と古韮の言うことなら、そうなんだろうなあ」
照れたように苦笑を浮かべる野来に、俺は容赦なくツッコム。こうでもしておかないと、俺まで共犯者にされてしまいそうだからだ。
「で?」
「えっとさ、八津くん。これってアレだと思わない?」
「どれだよ」
思わせぶりな野来のセリフに古韮は同意するように頷きを繰り返し、俺はいちおう問い詰める。
ああ、なんとなく答えが見えてきた。
「地上に戻ったらそこって『召喚の間』でしょ? 僕たちが呼ばれた場所」
「そう、だな」
やっぱりそうだ。野来はそういう物語的な未来を妄想していやがる。そして、その可能性に酔っているのだ。
同時にそれに乗っかりたくなっている俺もいるわけで、我ながら変な感じのテンションになっているのが自覚できる。
そろそろ周りのクラスメイトたちもツッコンでくれないかな。ミア、きょとんと音が聞こえるような顔をしていないで、バカなコトを言って助けてくれよ。
「『俺たちは成し遂げたんだ』」
「『僕たちは勇者としてこの地に呼ばれ、勇者として振る舞い、そして勇者としての責務を果たし──』」
古韮と野来による中二呪文詠唱攻撃が発動した。
特徴としては詠唱の段階でダメージが入るというか、モノによってはそっちの方が攻撃力が高いという、恐ろしい攻撃手段だ。
「それはまさかっ!」
「そういうことなのかいっ!?」
そんなオタ二人組の言葉に、あろうことか女王様とシシルノさんが乗せられてしまった。
こっちの世界の人にあっち側の耐性は無いだろうし、むしろ女王さまやシシルノさんが、こういうのを大好きそうなタイプなのが始末に悪い。
役にハマるのは構わないが、本気にしてもらっては対応に困るのだけど。
「行きましょう、女王様。答えはすぐ先にあるのですから」
「はい……」
ちょいイケでオタクな古韮が意図して渋くした声で女王様に進言し、俺がなにも言えないうちに移動は再開されてしまった。
女王様などは、ちょっと考え込んでしまっているじゃないか。古韮、野来、あとで責任取れよ、お前らが。
そうして胡散臭いムードのまま、俺たちは地上に辿り着いた。
「じゃあ八津。キメ台詞を頼む」
「古韮……、お前、どこまで」
「指揮官で迷宮委員で、ついでに『こっち側』だろ?」
古韮がかなりの無茶を振ってきたが、なんで俺はこんな大役を担わなければいけないのだろう。
◇◇◇
何度も何度もの繰り返しになるが、俺たち山士幌高校一年一組の目標は日本への帰還だ。
もちろんそこに全員揃ってという文言も追加される。
召喚初日には異世界なんていう状況のせいで、ちょっと変なテンションになってしまい帰還を渋ったメンバーもいたにはいたが、今ではそんなコトを考える者などひとりもいない。
そうだよな、チャラ子の
となれば、帰還の
さて、そんなクラスメイトたちは、当然帰還についての議論を交わした。それこそ数えきれないくらい。
新しい知識が得られれば、階位が上がれば、新しい技能が出現しては、そのたびに話し合ってきたものだ。体を動かしながらでも喋る時間はいくらでもあったから。
会話の中で、帰還の手段として挙げられた事柄は多岐に渡った。どんなにくだらなくて、極小の可能性であっても切り捨てるなどということはあり得ない。
いつしかそういう雑多なネタは、大きくふたつのカテゴリーに分けられるようになった。
『技術説』と『物語説』だ。
学説みたいな表現だよな。シシルノさんが大喜びしていたのは記憶に新しい。
『技術説』は、技能説、現実説と呼ばれることもある。
要は、技術的に山士幌に帰還する手段を探ろうというものだ。当たり前な主張に聞こえるが、そこには荒唐無稽な要素として魔力の存在が横たわる。というか、地球の科学的な手段で帰るなんてムリに決まっているじゃないか。
よって魔力だ。可能性として一番高いんじゃないかとされているのが、迷宮のどこかにいわゆる『転移陣』みたいなモノがあるのではないかという考えだな。それこそ『召喚の間』が大本命だ。
ほかには神授職や技能の可能性も想像できる。たとえば【転移】なんていう技能が生えたりしないかという展開だ。もしくは誰かが【時空導師】みたいな神授職にジョブチェンジするとか。
『八津が【観察者】から【観測者】に変わるっていうのが一番アリなんだよな』
この話題でも古韮が俺に対して無茶を言ってきたが、嫌だよ、何千回もタイムリープしそうな職なんて。
それでもまあ、俺たちを地球に飛ばせるような技能や人を探すというのは、アリだといえばアリだと思う。
アウローニヤならば【導術師】の女王様が一番可能性がありそうな人物だ。次点で科学者的にシシルノさん。ほら、マッド科学者がタイムマシン、もとい転移装置を作るっていうのはよくあるお話だし。
ほかに出てきた名前としては『魔王』や『謎の賢者』なんかもあるが、それは遥か旅路の果てで出会うタイプの存在だ。ちなみに魔王は本当に存在しているのがこの世界だったりもする。
結論として『技術説』は、物理的に地球への帰還手段を探すという、ごく当たり前の思考でしかない。
迷宮のどこかに、誰かの技能や神授職に、もしくはそういう手段を持つ人物に帰還の手段が存在していることを前提として、とにかく迷宮に入るしかないだろうという、実に現実的な考え方だ。
対して『物語説』とは。
ぶっちゃけこちらはほぼネタだ。
異世界召喚なんていうのは俺たちからしてみればラノベでしかない。アニメでもマンガでもいいけれど、要は空想の産物なのに違いはなく、ならばそれを前提としたらどういう感じになるのだろうという思考だな。
帰還の技術を探すのとは似てはいてもアプローチが全く違う。むしろゲーム寄りな考え方だ。
簡単に表現してしまえば、クエスト達成、イベントクリア、ゲームでエンディングを迎えればいいという、凄まじくアレな、もはや妄想レベルの説になる。
これもまたシシルノさんやベスティさんにバカウケしていた。
そんな都合のいいおとぎ話をアリなんじゃないかと考えるのは、古韮、野来、
アウローニヤに召喚されてすぐ、一年一組は初代勇者の物語を聞かされた。
アラウド迷宮に出現し、国を興し、旅立ち、そして魔王を倒して消えた者たちがいたのだというアレ。一部では魔王討伐のあとで西の聖法国に流れ着き、そこで生涯を終えたなんていう説もあるが、では次の勇者たる俺たちはどうすればいいんだというコトだ。
当然、先代と同じ行動をする必要はどこにもない。そうする理由も理屈もないしな。
だけどもし迷宮や、もっと規模を大きく考えてこの世界や神様的な存在がなにかの意味を込めて俺たちを呼び出したとしたら……。考えたくもないが、ストーリーに登場するキャラクターとしての行動を完遂することで、帰還が果たされるのではないか。
『ふざけんな!』
『いや、可能性は可能性だよ』
こんな話題になった時、ヤンキーな
さて、【思考強化】を使い、オタ特有の脳内早口でも振り返りが長くなったが、今まさに古韮や野来が俺に振ってきたのは、この『物語説』を前提とした帰還ネタだ。
言いたいことはわかる。
苦境に陥っていたアウローニヤの巫女に呼ばれ、俺たちはその人物の手を取る形でここまでやってきた。そして彼女、リーサリット第三王女改め女王陛下が当初の目標を達成したのが、まさにこの瞬間と捉えることもできる。
ましてや階段を登り切った今、俺たちが踏み込むのは『召喚の間』。一年一組が呼ばれた場所なのだ。シナリオとしては、アリだろう。
その時、謎の光が『召喚の間』を満たし、気付けば俺たちは山士幌高校一年一組の教室にいた、なんてな。しかも日本では時間が三分しか経過していなかった、なんていうオチまでつけてだ。
だけどな──。
「まだ『追放』されてもいないのに、物語が終わるわけないじゃないか」
「とんでもなくメタいな、それ」
俺は求められているだろうネタを含んだセリフを言い放ち、古韮はしっかりとツッコミを入れてくれた。
これでいいんだろう?
女王様がクスリと笑ってくれたので、俺としても報われたよ。サメも楽しそうに泳いでいるしな。
◇◇◇
「お前ら、アホやってないでとっとと行くぞ」
「おーう」
バカにしたような声のお坊ちゃんな
もちろんというか残念というか、その時不思議なコトは起こらなかった。
どうやら俺たちの物語はまだ続くらしい。メタいメタい。
「お待ちしておりました。女王陛下」
『召喚の間』に入った『緑山』一行に対し、最初に声を掛けてきたのはキャルシヤさんたちイトル隊のメンバーだった。横には『赤天』の騎士たちも並ぶ。
俺たちがくぐった迷宮の門から向かって右側に列を作り、全員が膝を突いている。うん、騎士っぽくてカッコいい。
どうやらイトル隊は
連行していた宰相たちの姿は見えず、キャルシヤさんたちのフルプレートはなにも無かったかのように綺麗になっている。磨いたというより着替えたってところかな。
「ご苦労でした、イトル。ゲイヘンとラルドールは?」
「ゲイヘン軍団長は行政府の鎮圧を継続、ラルドール事務官は『黒い
完全に余所行きの人名を使う女王様が問えば、キャルシヤさんもそれっぽく返す。
女王様もキャルシヤさんも、普段はアヴェステラさんのことをラルドールだなんて言わないものな。
ではなぜかといえば、この場にいるのがキャルシヤさんたちだけではないからだ。
右列にイトル隊がいるのに対し、左列には『蒼雷』や『黄石』の騎士が跪いている。さらには王都軍の人たちもだ。チラホラではあるが『紫心』『白水』『灰羽』の姿も見えるのだけど、ここに来ていて大丈夫なのだろうか。とくに『白水』の本部なんて大混乱だと聞いたのだけど。
共通しているのは全員が腕に黒い布を巻いているということだ。すなわち勇者サイド、実態としては女王様に恭順する人たちであると示している。
そこにスパイが混じっていてもおかしくないのが、この国の悲しいところだな。
「バークマット、ヘピーニム、護衛任務をありがとう。列に加わりなさい」
「はっ!」
「はいっ!」
『緑山』の両脇にいたヴァフターやシャルフォさんたちが女王様に名指しされ、歓迎の列に混じっていく。ヴァフターたちの動きがスムーズな辺り、慣れているものだと感心させられる。あれでも近衛の団長だものな。ちょっと慌て気味のシャルフォさんとの違いが際立つのが、なんとも。
「ヘルベット。わたくしの守護を任せます」
「はっ!」
そう言ってから女王様は跪く騎士や兵士たちの作った回廊を前に進む。名を呼ばれたミルーマさんたちヘルベット隊はその両脇を固め、完全警護の態勢だ。
そうして十歩ほど進んだ女王様は、ピタリと立ち止まってからこちらに向き直る。
それに合わせるようにヘルベット隊の面々も百八十度の転回だ。練習でもしているのかと思うくらい自然な動作だな。さっきのヴァフターといい、近衛はこういうのが出来て当たり前なのかもしれない。体育の授業や卒業式の練習を思い出して、ちょっと苦い感じになるのが俺だ。苦手なんだよなあ、こういうの。
「此度起きたアウローニヤにおける騒乱、勇者の皆様方には大変なご無礼をいたしました」
そう言ってリーサリット女王陛下は明確に頭を下げた。
周りの人たちが膝を突いているからといって、かなりヤバい光景だが、これは打ち合わせ通りだったりする。
つっ立ったままの俺たちとしてはすごく気まずいのだけど、勇者は偉いのだから仕方ないと受け入れるしかない。さっきせっかく『みなさん』になった呼び方が元に戻ったのがちょっと寂しいかな。
抜かりなく俺たちの傍で膝を突いているシシルノさん、ベスティさん、ガラリエさんを見降ろす形になるのも。
今回の騒ぎは宰相や近衛騎士総長を筆頭とする面々が王家をないがしろにし、さらには帝国に通じていたことが原因であり、それを憂い、気に病を患った王様が退陣を決意、統治能力を鑑みて第三王女リーサリットを後継に選んだ、というのが対外的な筋書きになる。
勇者が第三王女に命じた朝の前フリはどこにいったのか、ここで今やっている茶番はなんなのか、という話ではあるが、その辺りの情報が混乱するのは当たり前のことで、むしろあとになってから時と場合に合せて調整するのが腕の見せ所だというのが女王様とアヴェステラさんの見解だ。怖いなあ。
「アウローニヤが正統の下、レムト王家による正義の統治を築き上げることに期待しています。リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムト陛下」
「ご助力に感謝いたしております」
これが今回のクーデターにおける最後の一幕だ。
もちろん明日以降も小競り合いや血生臭いコトが起きるだろうし、式典じみたことも開催されるだろうけれど、当日に行われる茶番、もとい儀式はこれがトドメになる。
なにがトドメって、勇者が元第三王女を明確に『陛下』と呼称したのだ。王家が認定した勇者が女王の戴冠を認めるというのもアレな話だが、箔付けになることは間違いない。権威と権力の分離とかいうのを、授業で習ったような気がする。
書類上での禅譲はアヴェステラさんが万端に仕上げているはずなので、女王様がアウローニヤの王様であることを盤石にするためのセレモニーがこの場で行われたというわけだな。
整列した一年一組の一歩前にいる先生が、小さく息を吐いたのがうしろからでもわかる。
離宮に戻るまでは安心しきれない気持ちはあるけれど、それでも先生、みんな、お疲れ様。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます