第339話 長い一日の終わりに
「んじゃあ、お疲れぇ!」
「っしたぁ!」
離宮の食堂にアネゴな
あの『召喚の間』で儀式めいたやり取りをしてからすぐに、俺たちはホームグラウンドたる『水鳥の離宮』に戻ることができた。
そこからは【熱導師】の笹見さんが本領を発揮し、すかさず風呂の準備がなされ、今は遅い時間の夜食としゃれ込んでいるという状況だ。
『召喚の間』での別れは淡白なものだった。
言いたいことを言い終わった女王様はミルーマさんたちを守護役にして、王室区画『黒い
思い返してみれば、彼女は当たり前のように墨色の革鎧を着込み、苦戦しながらも魔獣を倒すことに躊躇はなかった。道中で対峙した人たちを諭し、敵対する者にも堂々と振る舞う姿は、なるほど王の在り様というヤツなのかもしれない。
同年代の女子がそこまでできてしまうことに驚くべきか、尊敬すべきか、それとも憐れむべきなのか、なんとも心中が複雑にさせられる。
行われているだろう王様と第一王子とのやり取りについては俺たちの管轄外だが、できれば親兄弟としての扱いを大切にしてもらいたいと思ってしまう。
アヴェステラさんやアーケラさんがいるのだし、それなりに取り仕切ってくれるのを祈るしかない。
その場に残されたヴァフターたちは目立たないようにキャルシヤさんたちイトル隊が連行していった。潜伏しているバークマット隊の所在も暴露したらしい。これでヴァフター一党は完全に女王様の裁量次第ということになる。
あのヴァフターがそう判断したということは、彼なりの勝算があるのだろう。女王様の手の上でどれだけ踊るつもりなのかは想像できないけれど、そこは好きにすればいい。
それとは対照的にシャルフォさんたちヘピーニム隊は堂々としたものだった。
勇者との接点があるという理由で、今回急遽勇者付きに回された人たちではあったが、立派に役目を果たしての凱旋だ。平民騎士爵が隊長なので派手な栄達は難しいにしても、王都軍における今後の立場は明るい。
以前までならその栄誉が平民風情めが、なんていう妬みになっていたかもしれないが、上が変わったのだ、まさか女王様がシャルフォさんたちを無下に扱うこともないだろう。
「いいなっ。美味い!」
「やっぱ肉だよ、肉。血が戻ってくる」
「ジャガイモもいいなっ! 付け合わせはやっぱこれだよ」
で、俺たちが夜食と称して夜も遅くに食べているのは、牛肉ステーキと付け合わせのジャガイモだ。
夜中にステーキとかどうなんだとも思うが、手早く作れて材料が準備できていたのがソレだったというだけだ。せっかく四層から持ち帰った素材だしな。
四層で採れる素材、牛肉とジャガイモとくれば、肉じゃがが連想されてしまうのだが、アウローニヤでは醤油が確認されていない。食べる方の俺たちも無念ではあるが、それ以上に料理をする側、つまり
アウローニヤスパイスを使いこなす佩丘の創作料理でもアリなのだろうけれど、今日のところは栄養素が大切なので、わかりやすい料理となった。
「ちゃんと食べてる?」
「ああ。
「もちろんよ。
「……おう」
俺の向かいの席に座る綿原さんが、俺と横に座る馬那にお母さんみたいなコトを言ってくる。
近くにはシッカリとサメが浮かんでいるのだが、食事中ということもあり、色は白い。これこそ彼女なりの気遣いなのだ。サメがいるとホッとしてしまう俺のメンタルケアにもなるわけだしな。
肋骨と足首をやられた俺、腕を骨折した
怪我をしたのは上記の三人だけではない。殴り飛ばされた
俺と一緒に総長に突撃をかけた綿原さんだって肘の辺りを捻っていたらしい。
「【聖術】で無理やり治して、【造血】で血も補充。で、ドカ食いしたら元通りってか。鍛えるにはもってこいなんだけどな」
「なんか寿命縮みそうだよね」
運動部的発想でピッチャーな
「食べた方が魔力の回復も早いし」
「やっぱり魔獣の肉って魔力が多いんだろうね。しかも階層が深い方がっていう、ありがちなパターンで」
文系少女の
「たしかに、ふむ。深い階層の魔獣の強さと、そこから得られる魔力の関係か。詳細な検証はなされていないが──」
そこに堂々と割り込んでしまうのが我らのシシルノさんだ。やっぱり最高だよ。
経験値的に考えれば深い層の魔獣の方が魔力を持っているのは当然の感覚だけど、だからといって食べた時の魔力回復にまでは数値的根拠のある研究には及んでいないらしい。
「大根と牛肉のカロリーを比べるなんて、なんかイヤね」
「でも綿原さん的には牛の血がしっくり来てるんだよな?」
「そ」
綿原さんが微妙に女子っぽいコトを言うが、それに返した俺のネタ的な言葉にも嬉しそうにするのはどうなんだろう。牛の血が気に入る女の人とか、普通にホラー系なんだけど。
こんな感じで、深夜の食事はクーデターの直後であっても和気あいあいとしたものだ。
ただそれでも、時々表情が陰るクラスメイトがいる。俺は【観察】に頼っているが、察しの良いメンバーならたぶんお互いにわかっているんだろう。
油断すると湧き上がってくる負の感情だ。【平静】を使いつつでも蓋をしておかないと、どこかで不安定になりそうで怖い。
こういう時に一年一組がクラス丸ごと召喚で良かったと思ってしまう。心の弱い俺だけど、目の前で騒いでいる連中の仲間と一緒なら、そう、大丈夫だ。
一晩経って朝起きたらスッキリ、なんて感じになることができればいいのだけど。
◇◇◇
「みなさん、お疲れ様でした。ご無事でなによりです」
「アヴェステラさんたちこそ」
ドアがノックされ、アヴェステラさん、アーケラさん、そしてヒルロッドさんが談話室に現れたのは日付が変わったとほぼ同時だった。来訪すること自体は聞いていたので、食後にこうしてダベっていたところに、念願の登場だ。
アヴェステラさんに
それがなにより喜ばしい。
「来てもよかったんですか?」
「一刻程度ですが、陛下にお許しをいただけましたので」
委員長が念のために確認すれば、アヴェステラさんは微笑みを浮かべたまま俺たちを見渡した。
「遅くなっても構いませんよ。わたくしもみなさんと同じ【睡眠】持ちですから」
さらにはイタズラな笑みまで追加してくる始末だ。クーデターが成功したことで、アヴェステラさんもテンションがちょっとアガっているのかもしれない。
仲間外れなガラリエさんはちょっと面白くなさそうな顔で、ヒルロッドさんは苦笑いになっている。
まさかとは思うけれど、ガラリエさんは十一階位を狙える位置に来ているし、【睡眠】を取る気だったりして……。最近のノリからして、やりかねないところが怖い。
「じゃあ【睡眠】を持っていない俺から、君たちが気にしているだろうことを報告させてもらうとするよ」
本来ならアヴェステラさんが仕切るべきシーンだと思うのだけど、ヒルロッドさんはいつにも増してお疲れの様子だ。
ここのところ『灰羽』への根回しをしていたし、今日は一日中王様たちの近くにいたのだから、疲れもするだろう。それでも任務を成功させた
「お陰様でミームス隊は全員無事だ」
その言葉に、全員がホッとしたように息を吐く。それこそまさに俺たちが一番に聞きたかった内容だ。
詳しくは聞いていないが、いや、あえて向こうから言い出さなかっただけだろうけど、キャルシヤさんのイトル隊と、ミルーマさんのヘルベット隊は人数が減っていた。怪我人が脱落したのか、それとも……。
同じくジェブリーさんのカリハ隊にしても、迷宮にやって来た時は人数を減らしていたし、隊長たる本人が大怪我をしていたという有様だ。
そんな中で聞かせてもらえたミームス隊の無事は、隊員のみなさんにお世話になった俺たちとしても本当に嬉しい知らせだった。
「付け加えることといえば、そうだね……、『黒い
「ハウーズが?」
ヒルロッドさんの口から飛び出した驚きの名前に、因縁を持つ佩丘がピクリと眉を上げた。佩丘だけでなく、騎士職連中全員と、そして
「ああ、君たちが助けたあの五人が、揃って立ち向かってきたよ。触発されたのか、王兄殿下までもがね」
結果などは聞くまでもないだろう。戦闘力が皆無なアヴェステラさんがここにいて、十三階位を揃えたミームス隊が全員無事だと聞いたばかりなのだから。ついでにたぶん、余裕で手加減したことも目に見えるようだ。
「女王陛下にも理解してもらえると信じて言うがね……、陣営が違っただけで、彼らは立派に戦ったよ。命に別状はない」
「陛下も彼らの献身を無下にはなさらないでしょう」
やっぱりそうか。ヒルロッドさんの妙に晴れやかな表情と、真面目さの中に優しさがにじんでいるアヴェステラさんを見れば、こういうオチが待っているのは想像できた。
「アーケラさんは……、その、納得できたのかな」
そこでアーケラさんを労るようなコトを言ったのは、お湯弟子でアネゴな笹見さんだ。
「ええ、王兄殿下は、ご立派に振る舞ってくださいました」
「そう。それならいいんだけど、さ……」
「わたくしは嬉しく思っています。この顛末は、あの方が望んだものではないでしょう。ですが、抗おうとしてくださいました。その気概を見ることが、わたくしにはできたのです」
いつもより少しだけ多い口数で言い切ったアーケラさんは、ちょっとだけ寂しさを込めて微笑んでいる。
今や王兄殿下となった第一王子の侍女という立場だったアーケラさんに、思うところがあるのは当然だ。彼女は王子様の身の安全を確保するために女王様に協力することを選択した。
それを悔やんでいるのか、自分を責めているのではないかと勘繰ってしまうのは、年上なお姉さんに対して失礼かもしれない。それでもアーケラさんは仲間のひとりで、だから俺たちは気遣ってしまうのだ。
「そっちの様子はわかったよ。なら今度はこっちの番かなぁ」
ちょっとしんみりしてしまった空気を振り払うかのように、ベスティさんが口を開いた。
「そうだね。勇者たちの活躍を聞きたいとは思わないかい? アヴィ」
シシルノさんもそれに乗っかる。
「うん、俺も聞きたいと思っていたんだ」
「是非お願い出来ますか。でなければ自室に戻ることもできません」
そこにヒルロッドさんとアヴェステラさんが続く。
なんだか白々しい展開ではあるが、まあいいか。
ところでなんだが、一番重要なハズな気のする王様の態度について、誰も話題にしないのはいいのだろうか。
◇◇◇
「地上で戦うなんて、考えたくもないです。絶対勝てませんよ、あんな化け物」
「ミルーマとキャルシヤが組めば勝てていただろうとは思いますが、それにしてもみなさん……」
万感の思いを込めた俺の言葉に、アヴェステラさんが嘆息する。
一年一組の激闘はクラスメイトたちが代わる代わるに説明する形になった。
途中で誰かがツッコミを入れたり、シシルノさんやベスティさんが茶々を入れたりと、随分と長い話になったと思う。道中の部分は軽く流したけれど、四層での出来事についてだけでも一時間以上かかったんじゃないだろうか。
女王様が九階位を達成してしまったこと、
『公表すべきか、手順も合せて検討すべきですね』
なんていう感想が出てくるあたりはアヴェステラさんらしかったが、女王様も考えてくれているはずなので、よくよく話し合ってほしい。もちろん、俺たちとも。
「ヘルベット団長の言っていた通りだよ。迷宮で女王陛下を護りながら戦うという条件ならば、『緑山』に勝る部隊がアウローニヤに存在するかどうか」
「ヴァフター隊とヘピーニム隊がいなかったらムリでしたよ」
感心しきりのヒルロッドさんに、いちおう俺が謙遜しておく。持ち上げられすぎるのは、今後の俺たちのためにもならないかもだしな。過大評価はダメ、絶対。
「わたしからもいいかな」
ガヤを担当していたシシルノさんが、そこで会話に乗り込んできた。
「わたしの所感だがね、彼らは迷宮と一緒に戦った。味方にしたと言った方がいいのかな。王国も学ぶべきだよ」
「モノは言い様だねぇ」
シシルノさんのソレっぽい表現をベスティさんが茶化す。
だけどたしかにシシルノさんの言っていることはそのとおりだ。上手い言い回しだとも思うし、カッコいいのが心地いい。
『緑山』は緊急レベリングをして、魔獣をけしかけて、最後にトラップまで使わせてもらった。綿原さんは魔獣の血を最大限に活用していたし、ほかの術師の使った水や石も全部が迷宮産だ。
俺たちは迷宮と一緒に戦った。総長たちはそれができなくて敗れた、なんていう表現をしたらカッコつけすぎかな。
そうさ。俺たちは一丸となって、あんな化け物に勝利したんだ。
「ヤヅ、さん?」
高らかに喝采を上げるようなシーンなのに、俺の名を呼ぶアヴェステラさんの声には動揺が混じっていた。
「え? なんです?」
「
横に座っていた綿原さんの手が俺の手に被せられたところで、自分がガタガタと震えていたことに気が付く。
あれ、なんでだ?
それになんで、綿原さんは涙を流しているんだろう。
「八津くん、わたしもだから。わたしも胸が苦しいの。落ちていくあの人の顔がこびりついていて……」
「綿原さん……」
「迷宮の中にいたあいだは必死だったし、やることもあったから。でもね、離宮に戻ってきて安心したら、もう」
震える声で心情を吐露する綿原さんだが、さっきまでの食事中にふと表情を暗くする仲間が何人もいたことに、俺は気付いていた。俺もそのひとりで。
「ワタシもデス。ワタシはあのおじさんに矢を立てマシた」
グシャリと顔を歪めたミアが、涙を溜めた緑色の瞳を歪ませている。
「イヤなヤツだったけどな」
「俺は……、知らねえよ。あんなのは、よ」
海藤と佩丘も涙こそ流していないが、表情をこわばらせて、掠れた声だ。
五人ともが総長が転落していく光景を見ていた仲間だ。
視界の端に、なにも言えないままで俯いている先生が映る。
今回の一連の騒ぎで一年一組は誰も殺していない。
戦闘があった以上、行動不能に陥るような怪我はさせたが、それでも【聖術】で回復できる範囲だ。ジェブリーさんのように後遺症が残るようなこともないだろう。
そして近衛騎士総長は、行方不明。あくまで行方がわからないだけで……。
それでもなあ。キツいな、これは。痛かったはずの足首を握る手の感触が、離れていった瞬間こそが繰り返し思い出されてしまうんだ。
「わたしが命令を──」
「わたしはみなさんと戦えたことを誇りに思います」
先生が悲鳴のような声を上げかけたのを遮って、ガラリエさんが力強く言い切った。
「あの死闘を見届けることができたのは、わたしの宝です。一生涯胸に抱き続け、弟たちに語るでしょう」
「ガラリエ、さん」
真剣な表情でまくし立てるガラリエさんに、誰かが掠れた声をかける。
「みなさんは勇者である前に若者です。戦いのない環境にいた、ただの学徒です」
それでもガラリエさんは止まらない。
台本が無い、とりとめのない言葉だからこそ、何故か胸に刺さるのだ。
「怯えて当然です。震えるのも当たり前です。泣いていいんです! そんなみなさんだからこそ、わたしは愛おしく思うんです。勇者であろうとなかろうと、わたしには関係ありません」
そこまで言うのかというセリフに、アヴェステラさんとヒルロッドさんがぎょっとしたような顔をガラリエさんに向けた。
「あ……」
それに気付いたガラリエさんの語りが尻つぼみになり、一気に顔が真っ赤に染まった。
「言われちゃったねぇ。わたしもガラリエと一緒だよ。みんなはわたしの可愛い弟や妹たちだからさ」
ニヤニヤと悪い笑顔でベスティさんがガラリエさんをからかうようなセリフを吐くが、そこに嘘があるようには感じない。
「カッコよかったよ、みんな。強くてカッコよくて、最高だって思った」
一転明け透けな笑い顔になったベスティさんは、恥ずかしげもなく俺たちをベタ褒めしてのけた。
「なんか……、力抜けました。ははっ」
「わたしも、かしら」
俺と綿原さんはちょっと体勢を崩して、お互いに寄りかかるようになるくらいに脱力してしまう。ああ、プカプカとサメが泳いでいるなあ。
本当に大人ってすごいな。かなり強引だとは思ったけれど、それでも懸命に俺たちを励ましてくれるんだ。
というか、この場にいる人たちが優しいのか。こっちに呼ばれてからろくでもない大人もたくさん見てしまったわけだし。
「ところで気になったんだけどさあ、ナツキはどうなの?」
「え? 僕?」
そこでベスティさんは隅っこに姉と並んで座っていた
五人……、違った。アレを見ていたのは六人だったじゃないか。
しかも石をぶつけて、ラストアタックを持っていったのって……。
「えっと、無我夢中だったし。悪者をやっつけたぞ、って、思ったかな」
「
「ええっ? なんでさ
どうやらクラスで一番かわいい弟系男子な夏樹は、とんでもない大物か、もしくは危険人物だったらしい。
深夜の談話室にいろいろな感情が入り混じった笑い声が響いて、長い長い一日が終わろうとしていた。
先生が口を半開きにして固まったままでいるのは、見なかったことにしておこう。
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