第345話 本物で本当の勇者とは




「では、女王陛下とわたくしが落ち合うのは迷宮二日目、今日から三日後ということでよろしいでしょうか」


「その時にはもう、わたしは十階位だろうね」


「あ、わたしもだねぇ」


 なんとか落としどころをアヴェステラさんが探ってくれたというのに、シシルノさんとベスティさんが煽りにいく。仲がいいのか悪いのか。


「わたくしが確認しているのは、ヤヅさんとワタハラさんです」


 そんな身内の妨害行為を捨て置いて、アヴェステラさんの目は迷宮委員としての俺と綿原わたはらさんに向けられていた。ついでに綿原さんの傍に控えるサメにも。


 アヴェステラさんの参加が確定したということもあり、談話室は温かな空気になっていた。

 俺と綿原さんは迷宮委員としてアヴェステラさんと対面で打ち合わせをしているところで、シシルノさんやベスティさんは賑やかしを担当している。


 クラスメイトたちはめいめいに盛り上がっているようだ。総じて嬉しそうなのが、俺としても見ていてほっこりする。



「お二人が来るのを前提にした行動予定を組み立てます。合流する場所は十三番階段の三層側で、二日目のちょっと早めで四刻。それでいいんですよね?」


「ええ、みなさんの時間調整は正確ですからね。報告書を読んでいて驚きを隠せません」


「ええっと、よければ朝食を抜いてきてください。迷宮食でおもてなししますから」


 堂々とアヴェステラさんと渡り合う綿原さんが実に頼もしい。褒められてちょっと照れてる部分も可愛いし。

 藍城あいしろ委員長と田村たむらの腕時計のお陰なんだけどな。


 今の迷宮には最小限の人数しか戦える人を配置していないわけで、これまでのような炊き出しメニューとはまた違った、それなりに気合の入った朝食を用意することができる。調理するのは料理長の上杉うえすぎさんと副料理長の佩丘はきおかなんだけど、二人も気合を入れることだろう。


「リーサリット陛下もお喜びになることでしょう」


「わたしたちとしては、その中にアヴェステラさんが混じっていないと意味ないんですからね?」


「ありがとうございます」


 女王様の接待に手を抜くつもりはないけれど、それと同じかそれ以上に俺たちがアヴェステラさんを大事にしていることが伝わってくれていればいいのだけれどな。これまでの感謝の心を迷宮で示すというのも、アレではあるが。

 まあアヴェステラさんのことだ、わかった上でのそういう態度なんだろう。



「えっと、女王様とアヴェステラさんの護衛はミルーマさんたちのヘルベット隊ってことですよね?」


「そうなると思います。彼女は引き合わせるまでで、そこから退き返します。それ以後は『緑山』にお任せすることになるでしょう」


「じゃあミルーマさんたちのぶんも食事を用意ですね? 三分隊ですか?」


「はい。二十名ほどを考えておいていただければ」


 俺も気になる点は聞いておく。とはいえ、女王様を護衛する部隊なんて聞かずとも当たり前だったかな。


 なんとも責任の重たい話だ。あのミルーマさんが女王様を俺たちに託すのはこれで二度目になるのだが、こちらとしても相応の覚悟が必要になる。

 ミルーマさんの女王様への忠誠は、見ているだけでも物語の世界だ。前回はクーデターという異常事態だったから渋々俺たちに任せたという経緯があるが、今回はいちおう通常モードで、ミルーマさんからしてみれば勇者たちに女王様を取られたという受け止め方をされるかもしれない。


 だけどそれでも、俺には頼りになる相棒がいる。


「責任重大ね。タイミングを合せないとミルーマさんから怒られそう」


「ギリギリまで四層で稼げそうなルート選定はするよ」


「三層の待ち合わせ場所で朝食ね。五十人以上になっちゃうから場所も選ばないと」


 四層にいる時間を長くできればできる程、全員の階位を上げる余裕ができる。

 だからといって女王様とアヴェステラさんを合流地点で待たせるわけにもいかない。やれやれだけど、誘ったのはこちらの側だ。『地図師』の異名をフル稼働させてみせようじゃないか。



「すみません、ワガママ言っちゃって」


「いえ、わたくしも本当は望んでいたのだと思います。みなさんが言葉にしてくれましたから」


 アヴェステラさんとの会話から俺と綿原さんが密談に移行したタイミングで委員長が登場した。

 うしろには滝沢たきざわ先生もいて、小さく頭を下げている。すっかり引率の先生モードになっているなあ。それでも会話のメインを委員長に預けるあたり、先生のスタンスは変わらない。むしろ最近ではそういうのが普通に思えてしまうくらいだ。


 そんな関係性を理解しているアヴェステラさんも、当たり前のように委員長に返事をする。

 望んでいたという言葉に嘘はないんだろうと思わせるような笑顔が眩しい。


「シライシさんとホウタニさんがああして言ってくれたからこそ、思い出せたのです。迷宮なんて恐ろしい場所だとしか思っていなかったわたくしが見たものを」


「だろう? アヴィ。シライシくんはね、物事の本質を──」


「迷宮で過ごしたみなさんとの時間、あれが素敵な経験であったことを再認識してしまいました」


 妙にテンションが上がりつつあるアヴェステラさんは、茶々を入れてくるシシルノさんをシカトして話を続ける。


「今現在の王城で為すべきことは多く、わたくしごときは迷宮に入るにしても後日にすべきだと考えていました。せめて式典が終わってからでも構わないだろう、と」


「あ」


 饒舌になりつつあるアヴェステラさんを見て、綿原さんが小さく声を出し、そして一歩どころか三歩くらい後ずさる。


「正直を申せば、奔放に振る舞う女王陛下を羨ましく思っていたのでしょうね。なにしろ迷宮でみなさんと行動を共にし、素晴らしい光景を見ることができるのですから──」


 俺にも綿原さんが引いた理由が見えてきた。このモードなアヴェステラさんって、アレだ。迷宮に泊って佩丘はきおかの誕生会をやった時のノリじゃないか。

 シラフで酔っぱらったかのように、超テンションで語りまくっていたアヴェステラさんを思い出し、俺も綿原さんの傍に退避する。


 可哀想に、対面している委員長と先生は、俺のように失礼なマネができるはずもなく、ただひたすらアヴェステラさんの発する言葉の奔流に耐えるのみだ。



「なにしろ五日で戴冠式の準備なんだ。そのうち一日を使うなど、アヴィとしてはとんでもない決断なんだよ」


「シシルノさん……。はい、そうですよね」


 同じくアヴェステラさんをからかうのを諦めたシシルノさんが、俺と綿原さんの横にやって来た。


 シシルノさんの言葉はたしかにそのとおりで、意味するところは重たいと思う。神妙な顔で綿原さんが返事をするが、ここにきて重大な決定だったことを俺も噛み締めることになった。

 クーデターの後始末も残されているし、そこにダメ押しで強引な日程での戴冠式だ。しかも半分は俺たちを守るための方策として。

 女王様が抱える文官はそれなりにいるはずだけど、ご当人とアヴェステラさんを一日迷宮に入れるというのは、たしかにこれはよろしくないコトとも言えるだろう。


 俺たちは学生の立場だからって、ちょっと軽く考えすぎていたのかもしれない。


「だから礼を言わせてもらうよ。アヴィの友人として」


「お礼だなんて。わたしたちこそ考えが浅くって」


「いいんだよ。君たちはそれでいい。そんな君たちだからこそ、アヴィは本当の勇者を見ることができたんだからね」


「本当の、勇者?」


 シシルノさんの発言がアヴェステラさんのノリとは別方向で怪しさを匂わせてきて、綿原さんが怪訝な表情になる。同時に三匹のサメが警戒態勢に入った。攻撃をするわけではないのだけどな。

 もちろん俺も身構えるし、綿原さんに危機が訪れれば体を張ってでも……、ってなんの話なのやら。


「アヴィも言っていたんじゃないかな? 伝承にあるような清廉潔白、正義の化身、人のあるべき姿、そんな初代勇者を君たちはどう思う?」


「俺たちにはムリですし、そうなる気もありませんよ」


 シシルノさんの並べた勇者像に、俺とカブる部分が見当たらない。むしろげんなりしてしまうくらいだ。

 一部のクラスメイトがかろうじてひっかかるかもしれないけれど、俺たちはそういうのを望んでいないからなあ。


「そうさ。君たちはわたしとアヴィに本物の勇者というものを見せてくれたんだよ」


「買い被りにも程がありますって」


「そうかな?」


「そうですよ。俺たちはただの子供で学生です」


「はははっ、『にほん』という国は勇者だらけなんだろうね」


 そんなゲームのプロモーションみたいな言い方をしなくても、とは言えなかった。それを言ったら、話が脱線して暴走しそうな予感がする。

 さすがに綿原さんも閉口しているようだし、妙な褒め殺しはここまでにしてほしい。


「ではわたしは、アヴィを導いてくれたシライシくんを賞賛してくるとしよう」


「ほどほどにしてあげてくださいよ」


「わかっているとも」


 俺と綿原さんの空気を感じ取ったのか、シシルノさんは攻撃対象を切り替えるようだ。


 たしかにアヴェステラさんを心変わりさせるのに貢献したのは白石しらいしさんだけど、基本はシャイなのでお手柔らかにお願いしたい。

 残念ながら俺も綿原さんも、シシルノさんから白石さんを守り抜くなんて度胸は持ち合わせていないのだ。見捨てたとも言うけれど、白石さんだってなんだかんだシシルノさんとのお喋りを楽しんでいる節があるからな。横には野来のきもついていることだし、大丈夫だろう。



「本当の勇者、ねえ」


「シシルノさんは俺たちになにを見ているんだか」


「わたしとしては『本物のサメ』を見せてあげたいところだけど」


「俺は?」


八津やづくんは、わたしのサメを見届けてくれるんでしょう?」


「まあ、ね」


 未だ委員長に熱弁を振るうアヴェステラさんや、白石さんと野来の下に到達したシシルノさん、それ以外でも好き勝手に騒いでいるクラスメイトたちを見ながら、俺と綿原さんは笑いあった。



 ◇◇◇



「さて、みんなに確認しておくわね。第一目標は全員の十階位。もちろんシシルノさんやアヴェステラさんも含めてよ」


「おう!」


 十分ほど雑談を放置してから、『緑山』総員に綿原さんが今回の目標を語り始めた。


 せっかくアヴェステラさんも参加を表明してくれたのだ、ここらで意識の統一を図るのは悪いことではないだろう。


「アヴェステラさんは二日目からだから、初日は美野里みのりあおい鳴子めいこ夏樹なつきくんと八津くん」


 綿原さんが並べた名前は一年一組に残された九階位の面々だ。


 見事に柔らかグループなわけだが、小物な四層の魔獣、具体的にはジャガイモか大根あたりを二体か三体倒せば十階位は確実だろう。つまり、それほど手間をかけずに到達できる目標でもある。

 なにしろ煮殺し戦法は確立しつつある。アネゴな笹見ささみさんと夏樹、俺が昼間にやっていた自由研究が成果を見せる時がやってきたのだ。実地で試してみないとなんともいえないのが、なんとも惜しいのだけどな。


「シシルノさん、ベスティさん、アーケラさんもです。アーケラさんは遅れがちなので、余裕をみて二日目も使っていいかもしれません」


 続けて綿原さんは王国側のメンバーを挙げていく。


 地上のクーデターでがんばっていたアーケラさんは、前回の迷宮に参加していない。四層の魔獣が手つかずな彼女は同じ九階位でも、ちょっと遅れが出ているのだ。もしかしたら女王様の十階位の方が早いくらいかもしれないな。



「ここからがすごく大事なことなんですけど」


 全員の十階位は確定として、俺たちにはさらなる目標がある。それを言わんと、綿原さんは一拍溜めた。そういうところが綿原節だな。


「ガラリエさんの十一階位、これは絶対です。初日の中型と大型魔獣は、すべてガラリエさんに回します」


 綿原さんの神託にも似た発言にガラリエさん以外の全員が頷く。うん、いい感じで一体感があるな。ガラリエさん、この期に及んで遠慮は不必要だよ。

 ちなみにこの場合の回すとはトドメを譲るという意味で、むしろ接待を受けてほしいということだ。


 あえて絶対と言ったように、ガラリエさんの十一階位達成はもはや『緑山』の総意となっている。

 なにしろここにいるメンバーで、出会ってから階位が上がっていないのは二人しかいないのだ。ヒルロッドさんとガラリエさん。十三階位のヒルロッドさんは五層にチャレンジしないと階位を上げられないから仕方がないとして、十階位のガラリエさんは四層でならば狙える。


 ガラリエさんと最初に迷宮に入ったのは、たしか四回目の時だったと記憶している。俺たちが最初に挑戦した迷宮泊から。あれ以来ずっとガラリエさんは俺たちと迷宮を共にしてくれている。

 周りの連中が階位を上げて、その度に技能を取ったりして喜ぶ姿をずっと見ていたはずなのだ。自分一人がレベルアップできない状況でも、それについて文句のひとつを言うこともなく。


 武術女子な中宮なかみやさんがガラリエさんに階位を上げろと言った時、彼女はどう思ったのだろう。その日を夢見て嬉しくなったり、燃え上がってくれていたはずだと、俺はそう信じている。


 そんな未来を、今回の迷宮で達成するのだ。


「ガラリエさん、わかっていますね?」


「……ええ。わたしは十一階位を達成します。そして」


「そして?」


 サメを高く浮かべた綿原さんがまるで女王様のような笑みを浮かべてガラリエさんに問いかける。どんなムーブだ、それは。


「【睡眠】を取ります。ヒルロッドさんには申し訳ないですが、仲間外れはここまでですから」


「すよね!」


 敢然と宣言したガラリエさんに、野球少年な海藤かいとうが怪しい口調で合いの手を入れた。


 ぶっちゃけ十一階位の【翔騎士】がいまさら【睡眠】を取ることは、王国基準では意味不明な行いになる。

 だが、それでもなのだ。たとえほかに取るべき技能がたくさんあるとしても、だからこそガラリエさんは【睡眠】を取得すると言う。


「それが『緑山』の従士としてあるべき姿だと、わたしは考えます」


「俺からも応援させてもらうよ。そうだなあ、俺も十四階位を目指してみるのもいいかもしれないね」


 軽く頭を下げるガラリエさんにヒルロッドさんは苦笑を浮かべながらも、自らまで前向きな発言をしてくれた。



 五日後に『緑山』は解散してしまう。

 仮に明後日、ガラリエさんが十一階位になったとしても、彼女が『緑山』でいられるのはそこから三日間だけだ。それでも【睡眠】を取得する意味があると、ガラリエさんは確信をしている。


『緑山』が無くなったとして、ガラリエさんが『紅天』に復帰するのか、それとも女王様専属の護衛になるのか、俺たちには知らされていない。そもそも現状の近衛騎士団の体制をそのまま維持するのかすらわからないのだ。

 ガラリエさんの場合、功績を持ってして実家のフェンタ家を継ぐという選択肢すらあり得るのだが、彼女の性格からして、御家は弟さんたちに任せるような気がする。


 ただハッキリとしているのは、ガラリエさんは近衛騎士の体裁として得た十階位という縛りを解き放つ決断をし、さらには十一階位で留まるつもりはないということだ。

 十三階位は当たり前で、ヒルロッドさんと一緒に十四階位すら目指すかもしれない。


『迷宮泊』を手段として。【睡眠】を活用しながらだ。


 そう、俺たち『緑山』は、アウローニヤに迷宮での新しい戦い方を提示した。

 それが絶対的に正しい唯一などとつけ上がったことは考えていない。魔獣の群れが今後どうなっていくのかすらわからない今、模索は続いていくはずだ。

 俺たちのやり方はそんな状況に対応したノウハウのひとつになればいい。


 ガラリエさんやベスティさん、アーケラさんにシシルノさん、ヒルロッドさんたち。一年一組のこころざしを継いでくれる人たちがこんなにもたくさんいてくれる。

 これこそがシシルノさんの言う本当の勇者ってヤツなのかもしれな──。


「ねえ、八津くん」


「ん?」


「なにか浸っているみたいだけど、続けていいかしら?」


 クシャリと肩にサメが当たったところで我に返った俺を、綿原さんが微妙な表情で覗き込んでいた。


 ほかにもクラスメイトたちが面白そうな顔をして俺を見ている。もちろんガラリエさんたちもだ。

 やってしまったかあ。俺お得意の【思考強化】を使った謎妄想モードに入っていた。しかも今回はポジションの関係で、周りにまでバレバレで。


 綿原さんも俺など放っておいて、演説を続けてくれていていいのに。

 いや、迷宮委員として彼女の横に立っているのだ。自分だけ妄想に旅立っているのはダメか。ごめんなさい。



「戻ってきたならいいわ。続けるわよ」


「あ、ああ、頼むよ」


 彼女による確認事項はまだ続く。


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