第344話 自由となれる空間




「アヴェステラさんも一緒、なのかな」


「はい?」


 元気ロリな奉谷ほうたにさんがキラキラと輝く瞳でアヴェステラさんに問いかける。さも当然なことのようにだ。


 この国での滞在期限を告げられた俺たちは、アウローニヤでは最後となるだろう迷宮を所望し、そこに女王様が同行するという話になった。

 終盤で俺と弟系男子な夏樹なつきの暴走もあったが、メガネクールな綿原わたはらさんのサメアタックや、陸上女子のはるさんが放つお姉ちゃんビームで、なんとか落ち着きを取り戻した談話室は、迷宮アタックについて確認を行っているところだ。


 そこで飛び出したのが、奉谷さんの言葉だった。


「あ、いえ、わたくしは地上ですることが……」


「そっかあ」


「ホウタニ、さん?」


 お断りの言葉を発するアヴェステラさんを見上げる低身長な奉谷さんが、ちょっとしょんぼりだけど大丈夫、我慢するから的なムードを醸し出す。圧されるアヴェステラさん。


 普通に考えればアヴェステラさんが迷宮に入る理由は、あまりない。

 前々回の迷宮でご一緒したのは、当時王女様だった女王様をレベリングするためのモデルケースにしたかったことと、クーデターの最前線に第三王女名代としてアヴェステラさんが参戦すると聞かされた俺たちが、勇者のワガママを発動してまで彼女を強化することを望んだという経緯がある。


 ぶっちゃけ女王様の階位上げ練習についてはシシルノさんで間に合っていたので、半分はアヴェステラさんを迷宮に連れ込むための言い訳みたいなものだ。


 そんなアヴェステラさんは見事八階位を達成して地上に凱旋し、そして王位簒奪において重要な仕事を果たしてのけた。

 聞いたところでは、階位が必要になるシーンはなかったようだが、そんなことはどうでもいい。あくまで保険だったのだし、なにより俺たちの心の安寧のためにやってことだから。


 というわけで、繰り返しになるがアヴェステラさんが迷宮に入る積極的な理由は、あまり存在していないのだ。



 理性としてはアヴェステラさんが迷宮に入るなんて、今の忙しい状況ではナシなんだろうと俺も思っている。

 だけど、感情としては奉谷さんの気持ちもわかるのだ。とてもすごくわかってしまう。クラスメイトの誰しもが、多かれ少なかれそう思ってしまっているのだろうことも。


「え~、アヴェステラさんも一緒しようよぉ」


「こらっ、朝顔あさがおちゃん。アヴェステラさんは忙しいんだから。ですよね?」


 奉谷さんに乗っかるようにチャラ子のひきさんもアヴェステラさんの同行を希望すれば、副委員長で真面目女子な中宮なかみやさんがたしなめる。

 だけど語尾にちょっとの希望が滲んでいるぞ、中宮さん。彼女がソレをやるのは、ちょっとあざとすぎやしないだろうか。


「アヴェステラさんだってすぐに十階位になれると思うんだけどね」


「だなあ。そっちの方が箔つくんじゃないすか?」


「それはまあ、そうでしょうけれど……」


 メガネ忍者な草間くさまが軽い感じで十階位を扱い、野球少年の海藤かいとうは、ちょっと生臭い表現を使ってきた。


 女王様が十階位を達成して、それすら盾に権威を誇るならば、傍に侍るアヴェステラさんもまたしかりという理屈だ。



 ◇◇◇



 この国の後衛系神授職は総じて階位が低い。


 経験値ラストアタックシステムが適用されるこの世界において、物理的な力が伸びにくい後衛は、階位が上がれば上がるほどレベリングがキツくなる。だいたい五階位あたりから階位上げに時間がかかるようになってきて、七階位が上限というケースが多いのだ。

 さらに付け加えると、七階位を目指すのは攻撃系術師か【聖術】使いがほとんどで、女王様のような【導術師】、シシルノさんの【瞳術師】、そしてアヴェステラさんの【思術師】などの非戦闘系後衛職は五階位もあれば十分とされている。


 タチが悪いことに、そういう後衛系神授職を持つ貴族の多くが血統の力で行政府にポストを持っていて、金と人脈と派閥を合せることで世襲を貫いているのがアウローニヤだ。

 階位を上げれば名声は得られるが、そこまで苦労はしたくない。そこで出てくるのが実にくだらない言い訳だ。


 曰く、迷宮に入り魔獣を狩るのは穢れた行い、と。階位を上げること自体は職を授けし神の思し召しだが、だからといって自らの命を失うのは国家の損失である。ならばそこそこ体裁が保てる程度の階位があればいい。しかも接待レベリングで極力自らの手を血で汚さないように丁寧に。

 迷宮に籠り、階位を上げるのとは関係なく素材を持ち帰るのは、下賤な者がすべきコト。


 言い訳がなぜか仕事の貴賤に変換されている実態を知った俺たちは、なんともいえない気持ちになったものだ。

 そういう姿勢が勇者に対しても貫かれていたから、俺たちはイラついた。勇者ブランドを看板に仕立て上げるために崇めつつも、魔獣スレイヤーとして使える異邦の蛮族と蔑む連中に。お陰で迷宮騎士団『緑山』を立ち上げるのに都合が良かったというのが女王様の談話だ。


 今となってはどうでもいい話だな。


 ざっくりまとめると、この国では血統、コネ、金なんかのほかにも、神授職と階位でマウントを取るという方法があるが、後衛職でそれをやる人はほぼいないということだ。

 女王様は、まさにそれを活用しようとしている。



「なあアヴィ」


「なんでしょうか、シシィ」


 そして満を持してとばかりに俺たちのシシルノさんが動きをみせた。アヴェステラさんが身構える。

 楽しい間柄だよな、この人たち。俺が大人になっても、クラスメイトたちとこうやって仲良くやっていられるのだろうか。そうなれたら嬉しいのだけど。


「姫殿下、失礼、我らがリーサリット陛下は十階位を達成するだろう。勇者たちが導くからね」


「そうでしょうね。確信しているし、信頼もしています」


「だがそれだけじゃないんだよ、アヴィ」


 そう語るシシルノさんの語尾は何処か長い。『アヴィ』の部分が、心持ち『アヴィ~』って感じになっている。

 悪い表現をすれば、粘っこくて煽り気味とでもいうか。いや、実際そうなんだろうなあ、アレ。



「アーケラとベスティはもちろん、わたしも十階位だ。ガラリエは十一だよ」


「……そうなるのでしょうね」


「アーケラは王兄殿下との同行を願うかもしれない。ベスティとガラリエは陛下の支えとなるだろう。十階位のベスティが、ね」


 厭らしい言い方をするシシルノさんが、アヴェステラさんを煽っていく。

 お前だけ八階位だけどいいの? と。


 ところでアーケラさんの今後についてだが、俺たちはもちろん知らないし、今の発言はシシルノさんの勝手な妄想のはずだ。

 元第一王子は前王妃様や弟の第二王子と一緒にウニエラ公国に行くことになるはずだけど、アーケラさんについていく意思はあるのだろうか。

 止めるつもりはないし、それがアーケラさんにとっての望みならば、俺としては応援してあげたいと思う。五歳以上も年上のお姉さんに対する心配ではないかもしれないけれど。


 そんなアーケラさんは黙ったまま微笑みを浮かべるだけだ。



「では、十階位となるシシィ。あなたはどうするのですか?」


「もちろん勇者と共にあるさ」


「シシィ……」


 ノータイムでとんでもないことをほざいたシシルノさんに、アヴェステラさんがガックリと肩を落とす。

 アヴェステラさんからしてみたら、ちょっと意趣返しをしようとしたら十倍くらいの攻撃になって返ってきたってところだろうか。


 それとシシルノさん、お気持ちはすごく嬉しくて、俺としても一緒についてきてもらいたいのだけど、立場と国籍をどうするつもりなんだろう。


「『魔力研』の所長って『宰相派』だったよねぇ。望んだら所長くらいなら、簡単になれるんじゃない?」


「わたしがトップ? ははっ、ベスティは研究費で国を傾けたいのかな?」


 ベスティさんが生々しいコトを言っても、シシルノさんは鼻で笑って流すだけだ。

 一体どこまで本気なのやら。こういうのをミステリアスな女性というのだろうか。絶対違うな。



「アヴェステラさんが今後、陛下のお傍で重要な役を務めるのは確実でしょう。陛下の治世を護るためになりふりを構わないという意思があるならば、階位を上げるのにわたしも賛成します」


「ガラリエ、あなたもですか」


 ついにはガラリエさんまでもが参戦だ。


 なりふりを構わない、つまり女王様の傍にいる者として、使えるモノはなんでも使うべきだとガラリエさんは言う。この場合なら後衛の【思術師】なのに十階位というラベルだな。


「もちろんわたしも努力しましょう。十三階位はもちろん、そこで止まるつもりもありません。ね、ナカミヤさん」


「はいっ!」


 自らも精進しますと宣言するガラリエさんは、中宮さんに話を振った。

 そういえば以前、ガラリエさんは十一階位を目指すべきだと焚きつけたのはウチの木刀女子だったか。



「なんだかみんなの今後について語り合おう、みたいになっちゃったわね」


 アウローニヤの担当者たちがやいのやいのしている状況で、サメを浮かべた綿原さんが俺に話しかけてきた。


 具体的な話はまだだけど、女王側についた人たちが今後の王国で優遇されるのは当たり前だ。

 自分が知る限りなら、この場にいる勇者担当者六人全員、『紅天』のミルーマさん、『蒼雷』のキャルシヤさん、ゲイヘン軍団長、王都軍のシャルフォさん、後遺症が心配だけど『黄石』のジェブリーさんやヴェッツさんあたりは確定かな。もしかしたらミハットさんやシャーレアさんも。

 ヴァフターについては残念でしただろうけど、それでもある程度の温情はあるんじゃないかな。


 呆れた顔で様子を見ているヒルロッドさんなんかはどうなるんだろう。『灰羽』の団長? ケスリャー団長は今のところ政治的に生き残っているし、ヒルロッドさんが団長っていうのはガラじゃないような気もする。ミームス隊の隊長だけでもお疲れ気味だし。



「でも奉谷さんの言いたいことはなあ」


「そうね、わたしも鳴子めいこと同じかしら」


 苦笑を浮かべる綿原さんの肩越しに、この話題の発端になった奉谷さんを見てみれば、彼女はニコニコと笑いながらコトの推移を見守っているようだ。

 奉谷さんがアヴェステラさんを誘った気持ちは理解できるんだよな。クラスメイトの多くもそう思っているのだろうし。当然、綿原さんだって。


「あの、いいですか」


 控えめな口調なのに、部屋中に響き渡るような大声で発言したのは、メガネ文学少女の白石しらいしさんだった。確実に【大声】を使ったな、今。

 こういうガヤガヤした会話シーンではあまり表に出てこないのに、どうしたんだろう。彼女の横で笑っている野来のきが背中を押したりでもしたのかな。


「わたしも、アヴェステラさんと一緒が、いいかなって」


 静かになってしまった談話室に白石さんの声が響く。音を操る【騒術師】の本領発揮、とはちょっと違うけれども、場の支配は完璧だ。


「お仕事が忙しいのは、わかります。大変な時期だって、いうのも」


「シライシさん……」


「ワガママを言ってる自覚もあります。でも、これもお仕事だって思ってもらえたら」


 どこか必死さの籠った白石さんの言葉を聞いたアヴェステラさんの表情は……、曇ってはいなかった。


 あの顔は知っている。俺や妹の心尋みひろが母さんにちょっとワガママを言って、困らせた時の表情。決して怒っているわけじゃなく、さてどうしたものかとため息を吐きつつ、すでに叶えてあげる算段をつけているような。


 まだ三十手前のはずなアヴェステラさんに、俺たちはお母さんの面影を被せてしまったのかもしれない。

 父親なヒルロッドさん、母親はアヴェステラさんとシシルノさん、お姉ちゃんはアーケラさんとベスティさんにガラリエさん。滝沢たきざわ先生は別枠としても、一年一組にいる二十一人の高校一年生が持てる視点なんて、そんなものだと思う。


「最後に全員で迷宮に入れたら、いいなって」


 白石さんが言いつのった言葉が全てだ。

 これは単なる俺たちのワガママでしかない。


「全員揃って、もちろん女王様も一緒で」


 そこで女王様にも言及した白石さんだが、この辺りは各人の感覚の違いもあるかもしれないな。


 この場にいる二十八人が揃って迷宮に挑んだことは、実は一度もない。

 そもそもアヴェステラさんと一緒に迷宮に入ったのは一度だけだし、その時はヒルロッドさんたちミームス隊は同行していなかった。


 だからこそ、最後にここにいる全員で迷宮に入ってみたいと、奉谷さんや白石さんと同じように、俺もそう思うのだ。


「シライシさん、ひとつ聞きたいのですが。どうして迷宮にこだわるのですか?」


「それは……、迷宮が一番自由、だから?」


 アヴェステラさんの問いかけに白石さんは首を傾げて疑問形で答える。


 おかしな解答だよな。だけどそれが一年一組の本音でもあると思うのだ。


「自由……、ですか」


「わたしたちもいろいろ考えましたけど、やっぱりお城って難しいんです」


 ここで白石さんが言っているのは、王城で為されている政治やら権力闘争やら、ついでに俺たちへの蔑みなんかも含めたゴタゴタだ。それならむしろ迷宮の方がマシだという意味になる。

 昨日のクーデターなんて、本当なら付き合いたくもない事柄の最たるものだったし。


 だって俺たちは王城の中と迷宮しか知らないのだから。一度だけ湖に出たことがあるけれど、アレは王城と一緒みたいなものだったしな。行動の自由がもうちょっと広くて、アラウド湖観光や王都の城下町巡りとかがあればもうちょっと違っていたかもしれない感覚だ。

 一年一組にとってアラウド迷宮という場所は、過酷ではあるものの、大人の汚い部分を見ないで済む、そういう清浄な空間に思えてしまって……。


 これじゃあまるで俺たちが迷宮ジャンキーみたいだが、そういう意味ではないぞ。だけど、何故か迷宮は特別な場所だと感じてしまっている仲間たちは多いのだ。


 そんな特別な場所だからこそ最後に一度だけ、みんなで一緒の時間を過ごしてみたい、白石さんや奉谷さんはそう思っている。

 クラスの全員がそうというわけではない。割りとドライな古韮ふるにら田村たむら、ポヤっとした深山みやまさんあたりはそこまでこだわっていないような気がする。もちろん先生もだな。

 だからこれは完全なるクラスの総意とは言えない。だけど、それでも。



「……わかりました。そもそも女王陛下の迷宮泊は難しいので、二日目だけをお願いするつもりでしたから」


「じゃあ」


 ため息を吐いてから笑顔になってくれたアヴェステラさんに、奉谷さんの表情がパアっと音を立てて明るくなる。ホント、おひさまみたいだな。


 召喚された二日目に俺たちはこの人たちと自己紹介をし合って、そこからずっと、七十日近くを一緒に過ごしてきた。


 最初の内こそ王国のスパイなんだろうな、くらいには思っていたし、たしかにそれは事実だったんだろう。当時の王女様の息がかかっていた人たちも多かったし、アヴェステラさんなどはその筆頭だ。


 だけどこの人たちは誠実で、俺たちの考え方、やり方に寄り添ってきてくれた。

 決して俺たちの嫌がることを強要しなかったし、魔獣との対決や米騒動なんかで落ち込んだ時には励ましもしてくれた人たちだ。女王様がどうだと言わんばかりに突きつけた、とんでもない誓約書に名前を書いてくれてもいた。

 家庭の事情でサインこそしなかったものの、ヒルロッドさんはほかに劣らない気構えで俺たちと向き合ってくれている。


 今この瞬間、この世界に呼ばれて幸運だったことを挙げろと問われれば、俺はふたつかみっつを言葉にするだろう。


 ひとつは一年一組二十二人が一緒だったこと。これはもうさんざん自覚していることだ。もうひとつは最強チートではないものの『勇者チート』と『クラスチート』があったこと。

 そして三つ目は、勇者の担当者が目の前にいる、この六人であったことだ。


 そう考えてしまうくらい、この人たちは俺にとっての大切になってしまっている。



「──そこにわたくしも同行させてください。勇者の力で、わたくしを十階位にしていただけますか?」


「おう!」


 一年一組の全員が大きな声でアヴェステラさんに答えてみせた。


「頑張って『アラウド迷宮のしおり、最終版』を作らないとね。頼むわよ? 迷宮委員の八津やづくん」


「こっちこそよろしく。迷宮委員の綿原さん」


 前言撤回。良かったことがもうひとつ、四つ目は綿原さんと仲良くなれたこと、かな。


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