第409話 ここをキャンプ地としてから




「完っ璧に廃墟だな」


「僕、こういうの、写真見たことある」


「なんかおっかないよね」


「ここに泊るのかよ」


「……やめにしない?」


「そうね。わたしもかなりイヤかも」


 そこに宿泊するという予定は、一斉に巻き起こった身内の拒否感によって変更される空気になっている。


 計画書を作ったのがアヴェステラさんやガラリエさんだったとしても、実行責任者はいちおう『緑山』だ。臨機応変というよりか、この場合は緊急避難かな。

 べつにそこで朽ち果てている建物の壁が血で汚れているわけでも、広場に見たくもないモノが転がっているわけでもないのだけど……。


 ただひたすら人の気配が全く感じられない、かつて村だった空間。ここはたぶん中央広場みたいな場所だったんだろう。

 いちおうこのあたりだけは土が踏み固められていて、雑草も少なめだ。地面だけならキャンプするにはいい場所ではあるんだけど。



「焚火の跡があるな。足跡は軍靴だ。数は……、二十くらいか」


「時期は?」


「十日以上ひと月未満ってとこです」


「東方軍の視察で間違いなさそうですね」


 さらには軍が立ち寄った痕跡も発見された。


 ヘピーニム隊の斥候さんことミトラーさんとシャルフォさんのやり取りは、最近ここに来たとされていた東方軍の記録と一致していることを表している。

 逆に言えば今日の一泊程度で東方軍と鉢合わせ、なんてことにはならないわけだ。これは朗報ってことになるんだろう。



 今日の宿泊地として辿り着いた廃村は、予想以上に酷い有様だった。


 ほぼ倒壊している十軒ほどの家と、雑草まみれになった通りらしき跡。

 あちこちの建物が不自然に壊れているのは、東方軍の連中が焚火にするためとかを理由にして、薪代わりにしたのが想像できる。


 事前の情報からして、ここで山賊がヒャッハーしたというわけではない。若者が徴用されて、お年寄りだけでは村が維持できなくなったという経緯でできた廃墟は、住民だった人たちの無念を代弁するかのようで、俺たちの心を削ってきた。

 迷宮で魔獣と戦うのとは別の形で精神を攻撃してくるんだな、こういうのって。ウチのクラスに廃墟マニアはいないのか、全員が楽しくなさげな空気になっている。


 ついでに時間帯も悪かった。

 苦労してここに到着した時点で十八時過ぎ。日はすでに傾き始めていたのもあって、若干赤いんだよな、全体的な風景が。


 虚しい風が吹き抜けているのが白々しくて、誰かが【風術】を使っているんじゃないかと疑いたくなってしまうくらいだ。

 該当者は三人、【嵐剣士】のはるさん、【風騎士】の野来のき、そして【翔騎士】のガラリエさんだけど、さすがにそれは穿りすぎか。一番やりそうなのは……、いやいや、いかん、くだらないことを考えている場合ではない。



 それにしてもすごいなミトラーさん。九階位の【探索士】だけど、どれくらい前に人がいたかまでわかるんだ。

 技能とはまた別の技術というかノウハウか。ウチの滝沢たきざわ先生や中宮なかみやさんの武術も大概だけど、こういう地味だけど大切な力っていうのは俺たちが持っていないものだ。


「すみません。教えてもらってもいいですか」


「あ、僕も」


 ここで名乗り出ない手はない。一緒になって斥候担当の草間くさまも手を挙げた。


 俺には【観察】があるし、草間だって【視覚強化】持ちだ、技能を補助にできる。

 土の状態から人のいた痕跡を探るなんていう技術が今後役立つかどうかはわからないが、ミトラーさんと一緒にいられるのもあと三日もない。スルーするわけにはいかないだろう。

 コツさえつかめればイケそうな気もするし。


「俺が勇者様にモノを教えることになるとはなあ」


 ニカっと笑うミトラーさんは四十くらいの細身のおじさんで、ちょっと斜めに構えるニヒルな人だ。


 草間と同じく【気配察知】を使える貴重な存在だけど、アタッカーとしての能力には欠ける。草間は忍者だけあって、普通に前衛できてるからなあ。

 それでも今後の迷宮事情を考えれば『緑風』に絶対必要な人材といえるだろう。



「けれどその前にだ」


「……ですね。人がいるかどうか調べないと。草間、悪いんだけど──」


「ひっ、ひとりじゃヤだよっ! 護衛、護衛付けてよ」


 ミトラーさんが授業は後回しと告げ、俺もそれに同意する。

 なのに忍者な草間はこのザマだ。護衛とかじゃなく、ひとりじゃ怖いって意味だよな、それ。お前なら【気配遮断】を使えば問題ないだろうに。


 一時間もすれば日も暮れそうだ。ここでのキャンプが否定されたとしても、明るいうちに村のどこかに誰かが、もしくはナニカが潜んでいないか確認しておく必要がある。


 小さな村なので大雑把な見回りは終わっているものの、崩れかけた家の中を隅々まで調べたわけではない。

 金目のモノがあるとは思えないし、あっても放置するのは確定として、こういう場面での【気配察知】は本当に便利だ。いちいち倒壊スレスレの建物に入らないですむのはデカい。


はるさん。一緒してやってもらえる?」


「いいよー。お巡りさんだねっ」


 すでに動き出したミトラーさんを見送りながら、春さんに草間の護衛を頼む。


 父親が警官な春さんは、正義感溢れるこういう任務が大好物だからな。度胸満点でトレイン戦法もやってくれるし、将来は婦警さんとかを目指すんだろうか。



「このあいだにどこでキャンプするのかも決めましょう。ここが嫌だって思う人、挙手」


 自身も手を挙げながら綿原わたはらさんが決を取る。


「僕は手を挙げたからね」


「ほら、行くよ。草間」


 春さんに追い立てられるようにして家だったモノがある方に歩き出した草間が、ちゃんと勘定に入れてくれとアピールしているけれど、そんなにここでキャンプはイヤか。


「別の場所で決まりね。八津やづくん、探してきてもらえるかしら」


「おう」


 八割方がこの地でのキャンプを否定した結果を受けて、綿原さんは俺にミッションを発注してきた。


 手を挙げないことで気にしないと表明したのは、春さんと弟の夏樹なつき、そして強面な佩丘はきおかだけ。妙なところで図太いよな、夏樹は。


 普段ならもう少しはココでも気にしないっていう声も出たかもしれないが、今夜に関してはしんみりムードを避けたいという事情がある。

 今日だけはっていう理由が。


 ちなみに多数決にガラリエさんとヘピーニム隊は参加していない。このあたりの最終決定は、余程の悪手でもない限り、一年一組の要望を通してくれることになっている。

 もちろん意見やアドバイスは大歓迎だけどな。


「キャンプ地探しなら……、ミアもお願い。護衛は海藤かいとうくんと、委員長、馬那まなくんでいいかしら。先生もお願いします」


「がってん承知デス!」


 綿原さんのご指名にミアは満面の笑顔を振りまきながら、腕まくりポーズで答える。相変わらず頼られるのが大好きなミアだなあ。


 それでもたしかにキャンプとくればミアって感じだ。海藤は【遠視】持ちで、藍城あいしろ委員長はもしもの時のヒーラー、馬那はなんとなくそういう知識がありそうなタイプってところか。滝沢たきざわ先生は……、用心棒的な何かだろう。

 さすがは綿原さん、的確な人選をしてくる。


「残りはここで荷車の護衛ね。ガラリエさん、シャルフォさん、お願いします」


「はい」


「了解しました」


 綿原さんはこれでいいかと目上にも確認をする。


 不審人物探しもキャンプ地選定も重要だけど、なによりの一番は荷車の安全だ。

 めぼしい場所が見つからなければ、気持ち悪くてもここでキャンプをすればいいだけのことだが、荷車に何かがあれば被害は甚大だからな。



「夏樹くん、石を集めて荷車に積んでおいて。わたしは砂集めをするから」


「うん」


「たくさんは重くなるだけだけど、予備くらいならあって損はないでしょう」


 そして自分もやるべきことをするんだと言わんばかりに、綿原さんは砂集めを宣言する。たしかにこの場所なら小石や砂集めは捗りそうだ。責任感ある鮫女さんである。


「ほら、広志こうし、行きマスよ!」


「お、おう。西側は来る途中で見てたから、あたりはついてる。東側に抜けよう」


 ミアに背中を押されるように急き立てられた俺は、ゴーストタウンを横断することを決意した。そう時間に余裕があるわけでもないからな。


 これは足跡の勉強は明日の朝かな。ミトラーさんを予約しておかないと。



 ◇◇◇



「テント張り終わったよー」


「全員分の確認できてる?」


「もっちろん。見張りもするんだから、余るくらいだよ」


 ここに到着してからほぼ一時間。

 滅びた村から東に百メートルくらい離れた場所を、俺たちはキャンプ地と設定した。


 雑草塗れではあるが、たぶん元は畑だったのだろう。

 比較的平らで、ゴツゴツとした石も転がっていない。近くには小さな川も流れていて、イザという時にも【水術】使いが対応しやすい場所だ。


 これで雨でも降られたら結構面倒なことになるかもしれないが、雲は少なくて、野外に慣れたヘピーニム隊の人たちが言うにはそっちの心配はなさそうだとか。一緒になってミアまで頷いているものだから、なんとも微妙な気持ちにさせられる。

 妖精顔な美少女エセエルフは、いったい何者なんだろうな。


「虫よけの薬、撒いてきたきたよ。効果ってあるのかな」


「迷宮産でお墨付きらしいぞー、それ」


「へぇ」


 すでにテント、というか天幕チックな革製のドームが六つも設営を完了していて、周囲を守るように荷車が配置されている。ひとつあたり十人は横になれそうな大きさだ。

 たった一時間でここまでできてしまったのは、ヘピーニム隊の人たちの手際もあるし、なにより十階位やら十一階位の超人たちの存在があるからだろう。地面に杭を刺すのに素手でグリってしただけだもんなあ。



「いちおう荷車にロープ巻いてきたよ。なんか来たら足止めくらいにはなるかも」


「手を洗ってきな。そろそろだからねえ」


「楽しみだねー!」


 テント群の横にはバーベキューセットが設置されて、佩丘たちが炭火を起こしている最中だ。


 本来なら雨が降った時に荷物を守るために使う革のシートが五枚も敷かれ、靴を脱いで上に座ることができるようになっている。どうしても俺たちは靴を脱ぎたい衝動に駆られるんだよな。寝る時なんてとくに。


 迷宮泊ではここまでできなかったが、下は普通に土だし魔獣が現れるわけでもない。

 もちろん警戒を解くつもりはないけれど、せっかくの『宴会』だ。リラックスムードでいきたいと思うのは当然だろう。



「灯りって、倒れたりしないですよね?」


「近くに水桶を置いてあるから大丈夫さ。【水術】使いが三人もいるんだろう?」


 すでに陽は沈み、キャンプ地の周囲に突き立てられた槍の上には鉄の籠みたいなパーツがくっつけられて、そこに入った薪が炎を上げている。革のシートもそうだけど、槍といいバックラーといい、使い道が豊富な便利グッズみたいなノリだな。


 アウローニヤにはアウローニヤなりに積み重ねてきた文化や技術があるということなんだろう。


 ちなみに使われている薪だけど、イタルトから仕入れたモノであって、村を打ち壊して集めたわけではない。そういう意見が無かったわけでもないが、これまた多数決で否決された。

 いかに無人で放棄された家とはいえ、やっぱり見ず知らずの人が生きていた場所を切り崩すのはためらわれたのだ。


 幸い物資には余裕があるし、生き死にの瀬戸際でもない。

 こういうのにシビアそうなタイプのシャルフォさんも、笑って俺たちの考え方を受け入れてくれた。



「準備はどう? 佩丘くん、美野里みのり


「おう。いつでも焼きに入れるぞ」


「みなさんが手伝ってくれたので、こちらも」


 キャンプの方が万端と確認した綿原さんが食事の準備はどうだと問えば、佩丘と上杉うえすぎさんが軽快に返事をする。


 本日開催されるのは、毎度おなじみシンギスカンパーティ。この時のために冷凍までした羊肉を、はるばる王都から引っ張ってきたのだ。

 野外キャンプで夕食となれば、どう考えたってカレーかジンギスカンな俺たちだからな。カレーの完全再現には至っていないが、この国は香辛料が豊富なので、佩丘が野菜たっぷりのアウローニヤ風スパイシースープを作り上げている。


「すごいね。いっぱいだ!」


 それを見た夏樹が大きな声を出してしまうのもムリはない。


 上杉さんの前にある大皿、ひっくり返したバックラーには、おにぎりが山積みになっているのだからな。彼女ひとりだけでなく、先生やミア、白石しらいしさん、笹見ささみさんも手伝って大量生産されたのだ。

 今日は設営の方に回ったけれど、俺も手伝ったことがあるし、一年一組はすっかり串モノとおにぎりが上手になったと思う。もちろん飯盒炊爨はんごうすいさんもだけど。



「じゃあ始めますね。みなさん飲み物は行き渡ってますか?」


「おーう!」


 今日の仕切りは綿原さんのままでいく。

 シートの上に靴を脱いで立ち上がった彼女が自分のマグカップを足元に置いて、周囲を見渡した。白いサメが一匹、夜空に舞う。


 バーベキューコンロの前に立ったままで焼肉奉行をする強面な佩丘、手伝いとしてそこに並ぶ寡黙な馬那、毒舌の田村たむら以外のメンバーはシートの上に座り、各自が飲み物を入れた鉄製のマグカップを持っている。アルコール無しなのは、もはやデフォだ。

 ところで焼肉部隊はむっつり系のヤツらばかりだな。豚串の時もそうだったけど、頑固一徹な焼肉路線でも目指しているのだろうか。


 ほかにも木皿やらスープ用のカップやらがシートの上には所狭しとならんでいる。食事に妥協したくない俺たちは、こういう食器を結構な量になっても運んできているのだ。ヘピーニム隊の人たちには申し訳ないが、彼らは俺たちに学ぶのだとかで、道中の昼食などで積極的に手伝いに参加してくれた。

 勇者式迷宮泊の練習になるんだとか。


 ただし今日の夕食は一年一組だけでの製作である。

 当然それには理由があって──。



「ほら、主役なんだから立って、りん


「はいはい」


 綿原さんに促された木刀少女、中宮なかみやさんがその場で立ち上がった。


「みんな、せーので行くわよ」


「おう!」


 声のトーンを一段上げた綿原さんがそう言えば、場の全員が一斉に声を上げる。もちろん俺も一緒だし、なんとガラリエさんやシャルフォさん、ヘピーニム隊の人たちまでもだ。

 いいね。とてもいい。なんか照れて頬が赤くなっている中宮さんもいい感じだ。


「誕生日おめでとう!」


 全員が声を揃えて叫べば、その響きは星が瞬く夜空に散っていく。


 アウローニヤに飛ばされてから七十六日。地球のカレンダーで換算すれば今日は六月の二十四日となる。

 一年一組の副委員長にしてサムライガール。『緑山』最強格の頼もしいエースアタッカー。【豪剣士】の中宮凛なかみやりんは、本日十六歳になったのだ。



「こっちに来てから五人目か」


「俺は三月だから、それまでには山士幌に戻りたいかな。古韮ふるにらは八月だっけ」


「八月一日。ひと月ちょっとだな」


 横に座っていたイケメンオタの古韮ふるにらがボソっとこぼしたセリフを俺が拾う。


 誕生会自体は嫌いじゃないし、むしろ楽しいくらいなのだけど、時間の経過を実感させられる瞬間でもある。

 髪や爪が伸びて、背も伸びて、年を取って。戻った時に、家族は俺の顔を見て何て言ってくれるのかな。


 それでもだ。明日でも一年後でも、たとえ十年かかったとしても、俺たちは日本に帰る。



「じゃあ誕生日のプレゼントです。はい、どうぞ」


「……ありがとう」


 みんな向けの敬語になっている綿原さんから手渡された小さ目の紙の包みを手にした中宮さんは、普段に比べてやたらと照れくさそうで新鮮だ。


 学校にいた三日だけなら、キリっとした美人さんで厳しそうだなっていうイメージしか持てなかった中宮さんだけど、こっちに来てからいろんな顔を見た。

 ヒルロッドさんに噛みついてみたり、必死な顔になって俺たちを助けに来てくれたり、先生絡みで暴走したり。


 俺にとっての中宮さんは、はっちゃけることも多いけど、それでも強い芯を持ったカッコいい系女子ってところかな。たまにポンコツになるところも、これまた萌えポイント。


「これって……」


 包みを解いた中宮さんは、『ソレ』を手に乗せて微妙な顔をしている。だろうなあ。そうなるって思ってたよ。


 彼女へのプレゼントは緑色のリボンだった。俺たちのシンボルカラーだな。それはいいんだよ、そこまでは。

 ただし緑一色ではない。何故か白いサメの刺繍入りなんだ。ちなみに綿原さんは指示出しをしただけで、製作には関わっていないとか。いや、三針くらい参加して、ギブアップしたという噂は伝え聞いているのだけど。

 もちろんメインは刺繍が得意なひきさんが頑張ってくれた。


 両端に一匹ずつ白いサメが刺繍された緑のリボン。


「そのサメが、いつもあなたを守ってくれるわよ。凛」


なぎちゃんあなた、自分の趣味をいい話みたいにするのはどうなのかしら」


 胸を張ってドヤる綿原さんと困った表情の中宮さんという図だ。誕生日としてはどうなんだろうな、これ。


「イヤだったかしら」


「……いいわよ。ありがとう。朝顔あさがおちゃんもね」


 けれども十年来の付き合いがある女子二人は分かり合っているのだ。

 ついでに製作者もバレバレであるらしい。


 綿原さんはモチャっと笑い、対する中宮さんは頬を赤くしながら薄く笑って、そのまま後頭部に手を回す。


 普段から高い位置を地味な革紐で結んだポニーテールを中宮さんは解き、綺麗な黒髪が夜空に溶け込むように広がった。ああ、綺麗だな。

 一部の男子連中が息を呑むのが伝わってきたが、お互い言わないのが花だろう。


 そういえば、教室での中宮さんって赤いリボンだったっけ。こっちに来てからすぐに使うのを止めてしまった記憶がある。あれはあれでなにか由来があるのか、たぶん大事にしまっているのだろう。


「うん、こんな感じかしら」


「いいわよ。似合ってる。とくにサメが」


 新たにゲットした細めのリボンで髪を結んだ中宮さんは、顔を赤くしながらも、名の通りに凛とした姿を皆に晒している。

 たしかに綿原さんの言うとおり、とても似合っていると思う。サメもいいアクセントだと思うぞ、結構本気で。



 ミアと並んで綿原さんは天才肌だ。対する中宮さんは努力の人。

 綿原さんは料理が上手というわけでもないし、刺繍も苦手。それでも興味のあること、どうしても必要となった場合の吞み込みは早い。たとえば二層に落ちた時の盾の扱い方とか、最近ならばサメの制御とか。


 中宮さんはそんな綿原さんの天才性を羨ましく思っているのか、どこかライバル視をしている気配がある。そして綿原さんはそう見られている自覚もあるのに臆しもしない。むしろイジりのネタにするくらいだ。

 不思議な関係を持つ二人だけど、そこに陰湿さを感じないところが一年一組なんだよな。


 片や正統和風キリリ系ポニーテール美少女で、もう一方はメガネクール系鮫美少女。どこか似ていて、それでいて違う。

 隙さえあればお互いにイジり合う二人だけど、それでもやっぱり仲良しなんだと俺は思うのだ。



「おう、肉焼けたぞ。早く食えよ」


「始めてもいいかしら」


 焼肉担当の佩丘がジンギスカンの焼き上がりを伝えれば、綿原さんはモチャっと笑ったままで中宮さんに進行を確認する。


「好きにしていいわよ」


「主役の許可も下りたので、始めましょう。みなさんせーの!」


 呆れたように促す中宮さんの声に応えるように、綿原さんがコールした。


 考えてみたら、サメ以外でこんなにテンションをアゲている綿原さんも珍しい。

 イタズラっぽいところがある彼女だけど、サメの刺繍といい、今のやり取りといい、中宮さんと絡めているのが楽しくて仕方がないって感じだ。


「乾杯!」


 一年一組とガラリエさん、ヘピーニム隊。合せて三十七人の声が響き渡った。


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