第408話 土にまみれて




「せーのぉ。おーえす!」


「おーえす!」


 アネゴな笹見ささみさんの拍子に合わせて、俺たちは段差に嵌った荷車を押す。


 イタルトを出発してからそろそろ六時間。こんなことをする羽目になったのは……、六度目か。

 全員の革鎧が土に汚れているが、今日の予定先では風呂など望めない。


『緑山』プラスヘピーニム隊一行は、イトル領を出てすぐに進路を北東に変更した。

 本来の主街道とは違って各地の農村をつなぐ細い道は、整備状況が予想以下だった主街道の比ではないくらい劣悪だった。

 行商が使うという話のとおり、いちおうは荷車一台分ちょっとの幅は確保されているものの、倒木やら段差やら穴やら、分かっていても避けられないようなトラップが仕掛けられているような状態だ。


 とはいえこれもある程度は予想していて、覚悟の上での行動なのだけど、思った以上に過酷だった。


「なあ。ザルカット伯爵とかいうの、そんなにヤバいのかよ」


「ここまできて泣き言抜かしてんじゃねえよ、海藤かいとう


「わかってるって」


 普段は明るい野球小僧な海藤かいとうが、らしくもなくグチをこぼすくらいには楽しくない旅路だ。

 ヤンキーな佩丘はきおかの罵倒を受けても、海藤なら冗談で切り返すだろうところを素で返事をしてしまう有様か。



「ぶっちゃけ、十階位クラスばっかりだから採用できたルートだよな」


「高性能荷車を用意してくれたアヴェステラさんにも感謝だよ」


 土にまみれて荷車を押す俺に、横で頑張っている古韮ふるにらはこんな状況なのにヘラりと笑ってみせた。


 こんな状況だからこそ笑っていた方がいいというのは理解できるけれど、実行できるかといえば、クラスメイトの半分が関の山だ。

 こういうのに慣れているのか、ヘピーニム隊の人たちこそ普通の顔をしているのが、やっぱり軍人らしいと思う。


 一年一組はいい意味でも悪い意味でも顔に出やすいから。



 古韮の言うように、アヴェステラさんが調達してくれた荷車は高性能だ。高級という意味ではなくって。

 見た目こそシンプルで飾り気など欠片も無いが、とにかく頑丈な車体をというコンセプトになっていて、とくに車輪と車軸周りは王都でも有名な鍛冶職人の手によって作られたパーツが使われている。


「精度がいいから壊れにくいし動かしやすい。しかもスペアタイヤまであるときた」


「交換なんてやりたくもないけどな」


「ジャッキ要らずの力持ちの集まりだ。八津やづも含めて後衛職は見物してればいいさ」


「せいぜい【観察】させてもらうよ」


 イケメンなことを言ってくれる古韮の温情を、俺は素直に受け取ることにした。


 とはいえ、この荷車にも弱点はある。とにかく重たいのだ。

 頑丈に作られているのは大変ありがたいのだけど、車輪や車軸どころか本体にまで鉄のフレームが入っているので、総重量が同じサイズで普通に使われている荷車の倍近いのだとか。

 車軸の精度が良いお陰で、動き出してしまえば気にならないのだけれど、いざつっかかってしまうと大変というわけだ。


 だけどそれにも意味がある。


「しゃあ、やるぞぉ!」


「こうなったらとことんよ!」


 後続の荷車に取りついた佩丘と中宮なかみやさんが、開き直ったように声を張り上げる。群がるヘピーニム隊の四名も合せて六人だ。


「そいやあ!」


 佩丘の掛け声と共に荷車が持ちあがり、あからさまな段差を通り過ぎた。


 荷物を積載したままなのによくもまあ持ち上げられることに驚くと同時に、軋み音は立てるものの、まったく壊れる様子がない荷車も大したモノだ。


 これぞ王国軍が輜重輸送用に採用している荷車の最重量クラス。さらにそこから厳選された上澄みな車体の真価だろう。

 どんなに重くても頑丈であり、そこに十階位クラスの前衛職が居てくれれば、こういう豪快な進軍も可能になるのだ。



「ヘピーニム隊には頭が上がらないなあ」


「王都軍はマシらしいけど、ほかだと輸送って四階位とか五階位の仕事だって聞いたな」


 荷車を持ち上げているヘピーニム隊の人たちを見てしまうと、本当に今回の旅に付き合ってくれたことには感謝しかない。

 物流を重視する王都では、ゲイヘン軍団長の意向もあって王都軍は高階位の兵士も普通に輸送任務に参加している。北もマシな部類らしいけれど、西方軍と東方軍、南方軍などは古韮の言うように輸送は低階位者のお仕事扱いらしい。ならば高階位はどうしているのかといえば、荷車の『護衛』だそうで。


 馬鹿馬鹿しくてため息も出ないよな。

 だからこうして率先して荷車を引いてくれているシャルフォさんたちは、貴重というか真面目というか、とにかくありがたい存在なのだ。


 普通に主要街道を使って王都から王国東端まで四日。俺たちは途中から北に迂回してヤバい道を通りながら、同じく四日で踏破を目指している。

 このメンバーだからこそ可能な強行軍というわけだ。



 ◇◇◇



 丘陵地帯の途中で本日三度目にして最後の休憩中な俺たちは、そこそこに疲れていた。


「お湯、出来たよぉ!」


「お待たせ」


「順番っすよ」


 汚れも気にせずそこらに座り込んだ俺たちに声を掛けてきたのは、食事の裏方以外の分野でも皆を元気づけてくれる、頼もしい【水術】使いたちだ。


 アネゴな笹見さんとポヤっとした深山みやまさん、そしてチャラ男の藤永ふじなが。三人が大き目な桶にお湯を入れて登場すると、周囲から称賛の歓声が上がる。

 藤永が【水術】で川の水を桶に汲み上げ、【熱術】で笹見さんが煮沸し、そして深山さんが【冷術】で少しだけ冷ます。


 一年一組の誇る風呂コンビネーションは、旅の道中でも輝くのだ。


「ふあー、生き返るなあ」


「だなぁ。嬢ちゃんたち、ありがとよ」


「なに言ってんですか。みなさんのお陰で助かってるんだから、これくらい」


 ヘピーニム隊のおじさんたちが礼を言えば、笹見さんは朗らかに笑って返す。それだけでも元気になりそうなくらいだ。


 荷車を引いて薄汚れてしまった面々が各自手ぬぐいを持ってはお湯の入った桶に突っ込み、それで顔を拭っていく。

 生き返るんだ、これが。お湯が使えるという有難みがダイレクトに感じられるよな。



 今日と明日は野外でキャンプの予定というのもあって、当初は五右衛門風呂、わかりやすく表現すればドラム缶風呂という提案もあったのだが、覗き対策と荷物の大きさでキャンセルとなった。

 せめてもの代案が綺麗なタオルをなるべく持ち込んで、こうして顔と手足くらいを綺麗にしようという作戦だったのだけど、思った以上に効果的だ。


 それを短時間で、しかも燃料要らずでやってのけてくれるのが、笹見さん、深山さん、藤永である。


 よってこの三人、道中での魔力使用と力仕事は極力避けてもらっている。笹見さんと藤永は【身体強化】持ちなので、戦力としては俺なんかより上なのだけど、それでもだ。

 笹見さんは元気にコールをすることで、深山さんは飲み物を冷やして、藤永は……、なんかこうチャラい空気でみんなを励ます役を仰せつかっている。


 それでも通常の引き手ローテーションに入っているのは、一年一組スタイルではあるのだけどな。



「冷えているとなおさら美味しいわね、リンゴ」


「だなあ。大助かりだよ」


 青空を見上げながら迷宮産のリンゴを口に放り込む綿原わたはらさんは、ちょっと複雑そうな表情をしている。どうしたのやら。


「こういう時はサメは役立たずね」


 そういうことらしい。どこまでサメを万能化させたいのだろう、この人は。


「綿原さんは【身体強化】で頑張ってるし、ケイタールちゃんを喜ばせてたじゃないか」


「そうなんだけど、同じ術師としては、ね」


 そうやって自分を評価する綿原さんは、この旅に限ってはどうにも貪欲だと思うのだ。


 迷宮委員として物資を管理して、政治的な話にも付き合って、力仕事も厭わない。それでもそれ以上を求めているような空気がある。

 普段はできることとできないことを弁えているし、他者に頼るのを当たり前にしているのだけど、王城から外に出たせいもあってか、自分に出来る役目を模索しているような感じだな。


 コンビニの娘だからなのかは知らないが、どうにも綿原さんはお仕事探しが染み付いている気がする。将来が心配になってくるな。ワーカホリックとかで。


 魔力を節約するために一匹だけにしているサメもちょっとしょぼくれているし。

 ここで俺なんて、とか言ったら、お前は監視と全体整理で役立ってるって返されるからなあ。


 なんか考えろ、俺。



「……あのさ、夏樹なつきと組んでみないか?」


「夏樹くんと?」


「見える範囲で先行して、石と砂で目立つ穴を埋めるってできそう?」


「材料次第ね。珪砂は勿体ないし、夏樹くんの石も……、そのあたりに転がっているのを使えってこと?」


「魔力効率は悪いだろうけど、これも練習になるんじゃないかな」


「……そうね」


 なんとかひねり出した俺の提案に、綿原さんは白いサメを解除してマントの内側に珪砂をしまい込んだ。

 そのまま、じっと地面を見つめる。


 魔術はイメージだ。綿原さんの【砂術】は、彼女自身がそこにあるものを砂だと認識すれば発動できる。夏樹の石にしてもまたしかり。

 小さく砕かれた石、もしくは目の粗い土を砂と認識できれば。



「泳ぎなさい」


 そんな綿原さんの呟きと共に、小さな茶色いサメが地面から浮かび上がる。


 珪砂や魔獣の血からなら即時に生まれる綿原さんのサメだけど、今回は数秒を使った上に一匹で、しかも普段より小さめの二十センチといったところだ。それでも、そこにはサメがいる。


「……魔力の通りが悪いから、効率は最悪ね。だけど──」


「王城でも迷宮でもない外なんだ。手段は多い方がいい」


「そうね。地面の上を滑らせるイメージなら、もうちょっと楽にできるかしら」


 言葉のとおり、彼女のサメが地面スレスレまで降りてきて、さらには腹の部分を地面に埋めてみせた。埋まったというよりは背中側だけを地面に作り上げているのか。

 まさにイメージってわけだ。


「サメは泳ぐものでしょう? 砂を移動させるだけなら、こっちの方が魔力効率が良さそう」


「やってみるもんだなあ」


「ちょっと夏樹くんと相談しようかしら。前に出過ぎだって思ったら声かけてね」


「ああ、頼んだ」


 モチャっと笑った綿原さんは元気に立ち上がり、姉のはるさんと並んで休んでいる夏樹の方に歩き出した。


 本音を言えば俺とバディでいてくれるのが嬉しいから、心の中でモヤっとするものもあるのだけれど、そんな勝手なことを考えているよりも綿原さんのやる気こそが大切だ。

 頑張れ。距離は広がっても、俺はちゃんと見ているし、応援しているぞ。ストーカーくさいなあ、俺。



「いいんですか?」


「いいもなにもですよ。ガラリエさんこそ男爵なのに一緒になって」


 綿原さんと入れ違いになって俺の横にやってきたのはガラリエさんだ。


 意味ありげなイタズラっぽい笑い顔をする彼女に、俺は反撃するように男爵を持ち出してみる。


「それを言ったらタキザワ先生もでしょう。わたしは前衛職の騎士なんですから、率先して当たり前です」


 どうやら俺の攻撃は無効化されたらしい。ガラリエさんの笑みは動かなかった。


『緑風』の隊長として男爵になると決まった頃とは違い、ガラリエさんは穏やかに前向きだ。

 旅の道中でも進んで力仕事に手を貸してくれている。そうして働いて、近い将来やってくる責任ある立場を忘れようとしているのではなく、現場を知ろうとしている感じで。


 最初の焦りや、そこからの入れ込みが薄れ、冷静に自分の行く先を見つめているような。

 俺にはまだまだムリそうな境地に到達しているのを見ると、さすがはお姉さんで近衛騎士だと思ってしまう。


「こういう体験や、みなさんの創意工夫を学ぶのも、旅の目的のひとつですから」


 微笑みながらそんなことをサラって言ってのけるあたりがズルいなあ。


「フェンタ領が楽しみですね」


「ええ。みなさんの協力があってこそです」


 実は今回運んでいる五台の荷車の内、実質二台はガラリエさんの故郷、フェンタ領への物資だったりする。


 ガラリエさんもちゃんと女王様からご褒美が出ていて、今回の輸送物資もその一つだ。最大の報奨は現地に着いてからのお楽しみだけどな。

 さすがにフェンタ領全部になにかをばら撒くような量は運べないので、どちらかというと王都で手に入れることのできる嗜好品が多めに積まれている。


 たとえば北部のラハイダラ迷宮で『獲れる』ブドウから作られたワインを、これまた南部のバスラ迷宮で採れた珪砂を加工してできたボトルと合わせ、王都で瓶詰めされた高級ワインなんかがあったりして、なるほどこれが交易というものかと、妙な感心をしたものだ。



「でもここまでする必要あったんですか?」


 事前の説明を聞いて納得はしていた俺だけど、道中の苦労を実体験することで、どうしてもこういう言い方になってしまう。


「十中八九は何も起きないでしょう。ザルカット伯自身は王都で陛下に降った身ですから、勇者に何かがあれば首が飛びます。ですが陛下はアレを能力のある人物とは考えていないようで」


 ガラリエさんらしくもなく他人を無能呼ばわりしているが、ザルカット伯爵は中央に役職を持たない純粋な領地貴族だ。その点ではガラリエさんの実家であるフェンタ子爵家も同じだな。

 東部の主要街道をつなぐお隣の領地でライバル関係。


 ザルカット伯爵は明確に宰相派だった人物でもある。

 産業が低下しているせいで弱小勢力が多く、それ故『第三王女派』が根を伸ばした王国東方における最大の領地貴族、それがザルカット伯爵だ。


 先代が先見の明を持っていたらしく、ペルメッダ独立直後から王国では珍しい大麦を大規模に栽培しているとかで、実はそれをビールに加工して流通させているのだとか。

 もちろん製法なんかは秘匿してあって、ザルカットビールといえば、アウローニヤだけでなくペルメッダにも輸出されているほどのブランドらしい。


 アルコールなネタが続くと、先生には申し訳なくなるな。


 そんな余力がある領地だけに、宰相派としていろいろ優遇されていたらしい。

 そりゃあフェンタ家と仲良くできるはずもないか。



「問題は東方軍です。全軍が中央に対抗することはあり得ませんが、ザルカット伯の半私兵と化している部隊がありますので」


 ちょっとだけ表情を険しくしたガラリエさんが、王国東方軍について語り始めた。


「ザルカット伯が陛下に降ったことで、立場が危うくなる部隊長あたりが嫌がらせをしてくる可能性は残ります。それを抑えきれないだろうと、ザルカット伯は陛下にそう判断されているのです」


 王国東方軍はほかの軍と比べて数が少なく、結束も甘い。


 建前上は東の隣国であるペルメッダに対応する軍ではあるが、あちらは普通に友好国だ。規模も小さく、メインのお仕事は王国東部の治安維持となっている。


『東部で軍を維持するのは本当に大変なんです』


 以前聞いたことがあるガラリエさんの言葉だ。


 この世界における軍の強さは数と階位と、そして地元愛らしい。

 ミリオタな馬那まなや歴女の上杉うえすぎさんに言わせると、階位以外は地球でもそんなものだとか。加えるならば馬を含めた装備とか、階位以外の練度とか、質のいい作戦や指揮官やら、ちゃんとした国家戦略とかもあるらしいけど、そっちはさっぱりわからない。


 そういう観点からしてみれば、アウローニヤの場合は中央の王都軍と北方軍が強いことになるらしい。

 西は移住者が多くて、南は三つも軍があるのだけど徴兵ばかりで、要は郷土愛に欠けるよそ者が多いのだから。


 それでも西にはフィーマルト迷宮があって、南にはバスラ迷宮がある。

 つまり階位は上げられるし、食料も自給できるのだ。


 この世界の成り立ちが、とことんまで迷宮ありきというのがよくわかるな。

 王国東部にあったペルメール辺境伯が独立してペルメッダ侯国を作ってしまった結果、急激にアウローニヤ東部は衰退していった。ついでに帝国のせいで労働力を南に引き抜かれる有様。


 そんな残りカスを集めたのが王国東方軍の実態だ。


「宰相派に加担していたザルカット伯は南への徴兵逃れによって東方軍の支持を集め、領兵同然の扱いをしていました。東方軍団長ですら意のままに」


 横に座ったガラリエさんが吐き捨てるようにザルカット伯爵の悪口を言い始めた。

 普段はこういうことを言わない人なのだけど、コトが実家のある東部の扱いだからなあ。


 昨日宿泊させてもらったキャルシヤさんの地元、イトル領は年寄りと子供ばかりで、領民が帰ってくると聞いた代官のベゼースさんは涙を見せていた。

 たぶんガラリエさんの故郷、フェンタ領も似たようなものなのだろう。


 なのに、地元産業があって余力を持つザルカット領が、コネを使っての兵役逃れに加えて、それを餌に東方軍の一部を私物化か。

 政治力の差といえばそこまでかもしれないが、ガラリエさんが毒舌になってしまうのもわからなくもない。


 そんな東部情勢だけど、今回の女王戴冠で嵐が巻き起こることになるだろう。

 ザルカット伯爵がいくら急いで頭を下げたところで所詮は後続組だ。初手から『第三王女派』だったフェンタ家が優遇されるのは当たり前。

 となれば、ガラリエさんはもちろん、女王戴冠に協力した勇者だって恨まれている可能性はある。


 このあたりが今回裏道を使ってまでザルカット領中央部を通らない理由だ。



『いつでも首を切れるといっても、みなさんが怪我をされてからでは遅いのです』


 マジ顔の女王様が発した言葉に震えを覚えた一年一組だけど、俺たちは正義の味方でもなんでもない。

 悪政を働く卑怯な伯爵領に乗り込んで、印籠を振りかざして大暴れなんて絶対にゴメンだ。


 そもそも地元民にとって悪政とまで言い切れるようなことをしているかどうかすら怪しいしな。

 とはいえそれは本領の中央の、なんて名前だったっけ……。


「ザルカットラこそ栄えてはいるものの、伯爵領でも辺境が苦しんでいるのは間違いありません。むしろザルカット伯は辺境を犠牲にしているようで」


 それそれ。俺の心を読んだかのようにガラリエさんが教えてくれたけど、ザルカット領の中心、ザルカットラは東部最大の都市としてそれなりに繁栄しているらしい。

 この世界、似たような名前の街やら家名が多すぎてややこしいのだ。統一してくれたら助かるのだけど、五百年の歴史がなあ。


 さておき、同じ領地なのに辺境を切り捨てる、か。


 全部を助けられないならば仕方ないとも考えることもできるが、中央が栄えていると聞かされると、気分はよろしくない。

 体裁上、徴兵を完全に逃れるわけにもいかないとなれば、それをどこから抽出するか、という話だな。


「そのひとつが今日の宿泊場所ってことですか」


「ええ、気分は良くないでしょうが……。決して血が流れたような事件があったわけではありません」


「それはいい話ですね」


 俺とガラリエさん、お互いに気持ちのよくないキャンプ地に苦笑いを浮かべるしかない。


 この集団が今現在行軍しているのは、ザルカット領の北側に点在する村に行商人が訪れるための脇道だ。しかもすでにいくつかの村は離散して消滅している。

 もちろん人々がいなくなっただけで、完全な更地になったわけはないだろうけれど、果たしてどこまで生活の痕跡が残されているかも怪しいだろう。


 十日くらい前に東方軍がこのあたりを巡回したという記録が残されているのも、今回この道を選ぶことになった材料だ。捨てられた村に変な連中が隠れ住んでいたりしていないかのチェックらしい。

 ほかの領地なら怪しいモノだけど、ザルカット領内ならば記録通りにされている可能性が高いのだとか。ちゃんとしている理由が、伯爵の領地だからというのがズルいよな。



「地図で確認した川を越えましたし、目的地までは二時間か三時間ってとこだと思います」


「日が暮れるまでには到着したいところですね」


 俺が立ち上がると、ガラリエさんも並んで細い道の先を眺める。


 綿原さんと夏樹は二人して地べたを見つめて、石やら砂やらを動かしているようだ。

 休憩時間だったはずなのに、思いつけば即行動か。頑張ってるなあ。


 旅の途中で目指すは、村人が離散し捨てられた土地。うん、ろくでもないイベント発生のフラグは満たされた。

 とはいえ、俺たちはそこで別のイベントを開催する気が満々なのだけどな。


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