第162話 塩の山




「出席番号二十五番、【瞳術師】のシシルノ・ジェサルだ。今日から二日、よろしく頼むよ。ふははっ」


 とても嬉しそうに出席番号と自分の名を名乗るシシルノさんは、俺たちと同じような迷宮装備を身につけていた。宿泊オプション込みで。

 戦闘時に動き回るわけではないシシルノさんは布団代わりになるマントをキチンと着込み、たぶん使うことはないだろうバックラーとメイスまでを持ってきている。律儀というかなんというか、彼女の場合は俺たちとお揃いにして楽しんでいる雰囲気がある。



 一年一組に巻き起こった【視覚強化】騒動の翌日、俺たちは離宮の談話室で第五回目になる迷宮行の最終ミーティングをやっている。

 メンバーは毎度おなじみなの二十二人プラス六名。アヴェステラさんとヒルロッドさんのお二人は見送りだけだ。


「お荷物なのは自覚しているよ。せめて自分のぶんくらいは自分でと思ってね」


 そう言ってニヤつくシシルノさんは、たしかに独りでも迷宮泊が可能なだけの物品を持っている。ただし魔獣と遭遇しないで、そして自炊ができればという条件で。

 ちなみに前回意味不明に着用していた『薄緑の白衣』はマントと被るのでオミットされた。シシルノさんの定義がちょっとだけ揺らいだ気もするな。


「荷物はやめてください。シシルノさんは『視る』のが仕事でしょう」


「まあそうなんだけどね。わたしとしてはむしろ、君たちが何をしてくれるかの方が楽しみなのかもしれないんだ。何に驚き、何を喜び、そして何を考えるのか」


 藍城あいしろ委員長のツッコミを軽く受け流して反撃を入れてくるシシルノさんだが、言っていることが本音くさいのがなんともはやだ。人間観察という感じがないわけでもないが、シシルノさんにかかると俺たちと一緒にいること自体が意味を持つのかもしれない。



「ジェサル卿はわたしが守りますので」


「硬いよ、ガラリエくん。わたしのことはシシルノでいい」


「……わかっています。シシルノさん」


 今回の迷宮でシシルノさんの専属護衛をやることになっているのがガラリエさんだ。十階位の【翔騎士】がマンツーマンで護衛とは豪勢な話だが、シシルノさんにはそれくらいの価値がある。【魔力視】という技能もそうだが、本当に大切なのはその頭脳だ。

 アウローニヤにとっても、俺たちにしても。それをこの国はどれくらいわかっているのか。



 俺たちが王国に囲われるようになってから四十日以上が過ぎ、いろいろな人と出会って会話もしてきた。ジアルト=ソーンという帝国のコトを聞いてからは、それを前提に法律や慣習、組織図なども調べ直してみてわかったのだが、やっぱりアウローニヤは日本人的に見るとかなりヤバい国だ。

 後先を考えていないようにしか思えない税金や徴兵。その割には変な金の使い方や、爵位を上げて威張ることばかり考えているようにしかみえない貴族の人たち。宰相の孫や近衛騎士総長のように王室をないがしろにするようなコト、つまり『王家の客人』につっかけるようなマネをしでかしても、どれくらいお咎めがあったのやら。

 平民を虐め、貴族はやることもやらずに尊大で、王室は蔑ろにされている。これで大丈夫はないだろう。


 本当に国家の危機だと自覚しているのか、それとも諦めて開き直っているのか。


 もちろん俺たち視点でいい人たちもいる。『灰羽』のラウックスさん、『黄石』のジェブリーさんやヴェッツさん、近衛付き【聖術師】のシャーレアさん、王都軍のミハットさんやシャルフォさん、ついでに王都軍団長も。みんな好感が持てる人たちだ。

 第三王女も間接的には良くしてくれているのだけど、なんとなく裏がありそうで、いい人認定は難しいかな。いつも特殊な会い方ばかりでまともに向き合って話をしたこともないし。


 そんな中でも勇者担当の六人は接する機会も多くて、俺としてはもはや気心も知れたつもりだ。

 アヴェステラさんやメイド三人衆に裏があるのは間違いないが、それでもどこか信じられる気がしている。ヒルロッドさんはどこからどうみても苦労人だし、そしてシシルノさんは研究バカとしか思えない。


 勇者担当者の中で、一番最初に一年一組の面々が信頼するようになったのはシシルノさんだろう。彼女が優しかったからとか、誠実な行動が多かったからではない。強いていえばそういうキャラ属性だったからとしか。裏表を感じないからな、シシルノさんからは。

 年上お姉さん研究バカキャラとか、俺としては大好物だ。このあたりはなんと委員長ですら頷いてくれた。女子たちの視線は冷たかったが。

 女子からしてみれば、婚約破棄からの実力派キャリアウーマン路線がツボったらしい。とくに白石しらいしさん、ひきさん、そして先生に。なぜか先生もなんだよな。

 大したコトでもない風に過去を嗤ってみせた彼女は、たしかにカッコイイと思う。


 大人の体裁がよくわかっていない俺たちからしてみれば、『科学的な考え方』を前面に押し出して物事を話すシシルノさんは、飛び抜けてこちら側に感じるのだ。ズバズバと主張はするし、こっちに近づきながらも本当に俺たちが嫌がる部分には押し入ってこない。そういうところが気持ちいい人だ。



 そんなシシルノさんは、これからどうする気なのか。とくに帝国絡みで。

 映画で見かけるような死んだと思ったら実は生きていて歴史の証人になりました、みたいなタイプにも思えるし、物語の終盤でひとり残って自爆ボタンを押す係をやりそうな気もする。


 できれば研究バカな彼女にはそのままであってほしいと思うのだ。

 俺はシシルノさんのことを存外気に入っているのだろう。気に入るとかいう表現が失礼なら、人として好感を持っているでもいい。男女の好き嫌いじゃないぞ。

 よくとっ捕まっては研究談義に付き合わされている白石さんなどは、俺よりずっとシシルノさんのことを好いていると思う。だからこそ、なんだけど。


 今の俺たちにできることは、今回の迷宮でシシルノさんに満足してもらって、無事に地上に戻るくらいだろうな。できれば七階位にしてあげて。



「ほら、行こうじゃないか。迷宮がわたしたちを待ち構えてくれている」


「食べられそうなこと、言わないで下さいよ」


「そんな迷宮に音を上げさせるのが勇者だろう? 迷宮の罠をかいくぐり、謎の真相に迫るんだ」


「勘弁してください」


 シシルノさんと委員長の掛け合いでひとしきり苦笑いをしてから、一年一組一同は迷宮に向かった。

 ところで俺は迷宮の罠にガッツリ嵌ったクチなんだけど。



 ◇◇◇



「よ、よお。勇者様のご一行かい」


 王都軍の迷宮装備をした人たちのひとり、たぶんここの隊長さんらしき人が突然現れた若造の集団、つまり俺たちに声を掛けてくれた。滅茶苦茶言葉遣いに迷っている。


「普通に話してくれていいですよ。ねえ、シシルノさん」


「ああ。そんなことを気にして迷宮にはいられないからね」


 気に病んだ委員長が、こちらで最年長かつ格上な王国人のシシルノさんに話を振って、いかにもな返事をしてもらった。じつはこういうやり取りを、ここに来るまでに何度かしていたりする。

 現在のアラウド迷宮は王都軍だらけだからな。



『召喚の間』でアヴェステラさんとヒルロッドさんと別れてから三時間くらい。最短経路で一層を抜けた俺たちは、本格的に二層の調査に入った。


 俺や白石さん、奉谷ほうたにさんは魔獣に遭遇した場所や種類、現れた方向を、【魔力察知】が使える草間くさまと、まさにこのために同行しているシシルノさんは、部屋ごとの魔力の気配を記録していく。

 もちろん現れた魔獣は俺たちの経験値だ。


 群れの存在が確認されてからというもの、魔獣の出現頻度には明確な偏りが出ているようだった。群れ以外の場所で遭遇する魔獣が少ないのだ。たまに接触してもこちらは六人くらいで十分対応できる程度の数しか現れない。

 まず間違いなく群れに魔獣が集まっている。それが魔獣の習性である可能性もあるが、どちらかといえば単純に魔力の偏りが大きいからだろう。魔獣が協力し合うような行動を見たことはないし、そんな記録も残されていない。アレは人を察知すれば我先にと襲い掛かる。それだけの存在だ。



「ああ君たち、すまないが」


「は、はい」


 自分が最上位と見られていると理解しているシシルノさんは、やわらかく隊長に話しかけた。こういうのって、相手からしてみれば優しい口調の方が怖いんだろうな。少しだけ気を抜いた様子だった兵士たちに緊張が走るのが見て取れる。


「塩は二部屋先でここから一本道。そうだね?」


「そうです!」


「勇者たちに見せてあげたいんだよ。いいかな」


「もちろんです」


「だそうだよ。行こうじゃないか」


 聞いていてちょっと兵士たちが可哀想になるようなやり取りのあと、シシルノさんが顎をしゃくって俺たちを促した。そういう悪の女幹部みたいな仕草が似合っているから始末に悪い。


 この先にあるのはアラウド迷宮二層で三か所確認されている『塩』の出る部屋の内、地上から最も近い場所だ。

 ここから目的地までは一本道で、俺たちが今いる場所には扉が五つも存在している。そのうち二つが魔獣の群れの方向に配置されていていつ魔獣が溢れてきてもおかしくない、そんな場所がここだ。塩の採れる部屋を守るための最終防衛線といったところだな。階段の周囲と並んで、二層の最重要地点のひとつだ。



 そう、塩だ。


 内陸国であるアウローニヤには海がない。王都パス・アラウドは広大なアラウド湖のほとりにあるが、そこにあるのはもちろん淡水だけだ。

 もしかしたら岩塩の出る場所があったり、どこかの国から輸入されているかもしれないが、相手が塩だけに資料には載っていなかった。塩対応という意味ではなく、軍オタの馬那まな曰く、塩は戦略物資だそうだから。国家機密というヤツだな。


 俺たちが見せてもらった地図の縮尺がアバウト過ぎたのや、王国軍の正確な数がわからないのと同じ理屈で、塩に関する情報も制限されていた。などという政治的な話でも理屈は通るのだが、なんとも疑わしい。アウローニヤは本当に地上から塩を得ていない可能性が結構高いから。


 この国の迷宮依存度というか、依存心がなあ。


 委員長や上杉うえすぎさんにいわせると、資源が出る場所があればそこに依存するのは人として当然のことらしい。それこそが文明発祥の基本なのだから、と。地球の人間たちが水辺の肥沃な大地で農業をするようになったからこそ、社会ができあがって今の俺たちがいるわけで、その条件がこの世界では迷宮にあたるということだ。


 そこに資源があるのだからそれに依存してなにが悪いと聞かれれば、そうですねとしか返せない。


『迷宮文明といえるかもしれませんね』


 どこか遠くを見るような瞳でそう語る上杉さんであった。歴女のツボはどこにあるのか、俺にはよくわからない。



 ◇◇◇



「すげえ」


「これ、本当に塩なの?」


「すっごいね!」


 厳重に警備されていた部屋を通り過ぎてすぐ、それこそさっきの部屋から五十メートルも離れていないくらいの場所にソレがあった。


「崩れた壁?」


「そんな感じだねえ」


 色白な深山みやまさんとアネゴな笹見ささみさんが並ぶと月と太陽といった感じだが、言っていることには俺も同感だ。


 五度目の迷宮で初めて目にする光景。不壊オブジェクトであるはずの迷宮の一角が崩れて、壁際には大小の白い破片が転がっている。

 俺たちが入ってきた扉しか出入口のない部屋のちょうど向かい側に、白いがれきの山としか表現しようのない一角があった。幅は壁一辺分で十メートル以上。がれきの奥行きは三メートルくらいだろうか。高さが十メートル近くある壁の半ば程からソレは剥がれ落ちるようにしていて、よくよく見れば崩れた部分の先には普段通りのしっかりした迷宮の壁があるのがわかる。



「これが迷宮の塩だ。といってもわたしはココ以外の塩を知らないのだがね」


 ちびっ子が自慢の光景を見せつけて自慢げなごとく、シシルノさんはじつに楽しそうな顔をしていた。俺たち全員がそれぞれの驚き顔なのだから、彼女の性格からしてみればしてやったりなのだろう。


「あの、海とか山とかからは」


「文献で読んだことはあるよ。アウローニヤに海は無いし、岩塩があるかは知らないね。輸出入についても管轄外だから」


 わりとセンシティブなことを朴訥筋トレ野郎こと馬那が聞いてしまったが、シシルノさんはあっさりと返事をしてくれた。ただし知らない、というだけだが。

 海は当然として『岩塩』に相当するフィルド語があるのだ、アウローニヤには無くてもこの大陸のどこかには岩塩があるということだろう。それはまあいい。


 なんにしろここにある塩は想像以上に大量だし、迷宮ルールで『一定期間目を離していれば』復活するという代物だ。魔獣と同じルールが適用されているというのが恐ろしいな。

 最初に迷宮から塩が採れると聞いた時は、ソルトゴーレムが出るのか、それとも宝箱かと想像したものだが、答えはコレだ。

 壮大な光景ではあるが味気ない。



「ほとんど真っ白だな。塩田知識チートとか、アホらしくなってくる」


「アレか、流下式塩田」


「そうソレ」


 異世界オタの古韮ふるにらがしみじみと呟くが、それは俺も知っている。アラウド迷宮は『竹』が出るから、それと組み合わせれば最強の図式だったのだが、現物がコレだからなあ。

 精製する必要を感じさせない真っ白な塩。こんなのがあれば苦労して地上で塩を作ろうなどとは思わないだろう。


「三か所あるって話だけど、魔獣が来たら収穫どころじゃないな。ここはどうなんだ? 八津やづ


「だからだよ。さっきの部屋に兵士がたくさんいた理由。魔獣の群れがスレスレの位置にある」


「これを見れば納得だな。絶対死守だろ、こんなの」


 現状を古韮とで再確認するが、ここに到達する経路としては、さっき立ち寄った部屋が最後の分岐になる。しかもあそこは群れの存在が予測されている区画に隣接しているときたものだ。ここからさらに魔獣が増えれば、もしもがあり得る。



「でも八津くん、予定どおりなんでしょう?」


 ビビる俺と古韮だったが、なんてことはないといった感じで綿原わたはらさんが計画を語った。たしかに予定どおり。


「ああ、本日のレベリングスポット第一弾だ。ミッションは塩を守れ、かな」


「とりあえずの目標は、全員が六階位ね」


「そういうこと。俺もやっと六階位だ」


 いまだ五階位なのはクラスで六人。

 そのうちひとりが俺なのだが、まずはここで全員のレベリングだ。もしかしたら先生やミアが先に七階位になったりして、などというフラグは口にしないでおこう。


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