第161話 弱気とチャラ気
「出たのはいいっすけど、俺、取れないすよ、コレ」
「
「あ、あの、わたしも、ちょっと」
「でもさ、
「狙いやすいかな。それいいかも」
「ワタシ向きデス!」
案の定、夕食の場で一年一組は大騒ぎになった。
話題はもちろん【視覚強化】と【遠視】について。
訓練から帰ってきた連中に話をしてみたら、全員が窓際に突っ走っていった。そこにアヴェステラさんとシシルノさんも混じっていたのはいい思い出……、なんだろう。そういうことにしておいた。
結果、【視覚強化】が生えたのがミア、
そして【遠視】の方はミア、藤永、
ミアはそんなものだろうなと想像していたが、まさか藤永に視力系がポンポン生えるとは思っていなかった。身体系の時といい、なんなんだろうアイツは。
会話にも出てきたとおりで、藤永と深山さんの場合は魔術を狙いやすくできるなら、将来的にアリな選択肢になるかもしれない。本当に当分は先の話だろうけど。そんな夢のある二人を見る【石術師】
夏樹は石を飛ばすのがウリの術師だ、思わぬところで視力系技能が話題になれば、欲しくなるに決まっている。
「なあ夏樹」
「なに?
話しかけてはみたものの、やっぱりいつものノリには戻っていない夏樹だ。女子は弟系と呼んでいるし、男子連中は犬系と呼称する夏樹だが、しっぽがへにょんという状態だな。
「これは確信だけど、たぶん【視覚強化】と【遠視】は全員に出ると思うぞ」
「なんでさ」
ああ、いつもの夏樹なら「だよねっ!」くらいの返事になるはずなのに。これが曇りというヤツか。
「ほら
「
「ああもう」
あれだけ仲がいい春さんでも苦戦しているようだ。まあいい、俺は言うべきことを言うだけだ。
「理屈はあるぞ。【視覚強化】が出たのは速い動きをキッチリ見てきた人。【遠視】は普段から遠くを見ていた連中だ」
【遠視】が出たメンバーが顕著だ。
さておき。
「付け加えるなら、元の視力は関係ないってことだ。ここが大事だと思う」
なにせメガネ女子の白石さんに【遠視】が生えたのだ。
「だからほら、夏樹だって大丈夫だ。俺も【遠視】は欲しいからさ」
「……うん」
「ありがとね、八津。ハルも夏と一緒に【遠視】を目指すよ」
少しだけ元気を出してくれた気もするし、俺にできるフォローなんてこれくらいのものだ。
それと春さん。気合はわかるけど、バリバリの近接アタッカーたる【嵐剣士】に【遠視】は要らないような気がするんだが。
「でさ、そこでウジってる
「いいんだよ。僕なんかさ」
夏樹がなんとかなりそうだと見て取った春さんが、つぎにこれまた横でウジウジと絨毯を指でいじっている草間に声を掛けた。定型文みたいな返事を草間がしているけれど、なにかこう違和感が。
たしかにまあメガネ男子とはいえ【忍術士】なんていう神授職の草間だ。視力系技能が出ないのはショックかもしれない。あ、わかった。
「【気配遮断】、ワザと使ってないだろ、草間」
「……バレたか」
独りにさせてくれオーラを出しているわりには、普通に姿かたちを感知できるんだ。要は構ってくれモードというわけだな。なんとも面倒くさい態度をしてくれる。
「ほらほら、浮かれている人たちは落ち着いて。出てない子もいるんだから」
アガっている連中と、サガっているヤツら。面倒くさい空間になってしまった食堂に副委員長の中宮さんの声が響いた。パンパンと手を叩く、お手本のような学級委員ムーブをカマしている。テンプレ万歳だ。
「『見ること』の専門家に聞きましょう。八津くん、どうなの?」
「え? 俺?」
そんな中宮さんは俺にサクっとバトンを投げてきた。なぜそこで俺に振るかな。
「あー、俺も【視覚強化】は出たけど【遠視】は持ってない」
仕方なく立ち上がって現状をまとめつつ、みんなが納得の希望を持てるようなコトを言わないとならない。ソレっぽい仮説はあるので、それをさも自信があるように振る舞うだけだ。やれる。
「傾向はハッキリしてると思うんだ。あとはそれを追いかければいい」
「どーすんだよ」
俺の言葉にどちらも候補になっていない【聖盾師】の
「動いているモノをとにかく見る。先生や中宮さんのがいいかな。本気で動いてみてほしい。中宮さん、いいよね? 先生も」
「わかったわ」
「ええ」
提案しておいてなんだが、先生と中宮さんの本気を追えるヤツがどれくらいいるだろう。階位の差はほとんどないだろうから、イケるかどうかは微妙なところだ。確実なのは俺とミア、かろうじて海藤あたりか。
ちなみにこの場にはメイドさんたちがいるので『本気』の意味はちょっと違う。一年一組だけになったときだけの本気だ。このあたりは言わなくてもみんなに伝わっているだろう。
「技能と関係なく達人の動きは参考になるだろうから、ただ漫然と見るんじゃなくて、いつもどおり『どうしてそうするのか』もシッカリ聞きながらがいいと思う」
「うぃーす!」
このあたりは勉強と一緒だ。意味なく暗記をしても仕方ない。ちゃんとそこにある意味を考えながら憶えれば理解も深まるというものだ。
以前に先生と中宮さんに言われたコトそのままだけど、俺も意識してやっている。
「それと朝晩、起きてからと寝る前に窓から景色を見るようにしよう。これは絶対イケると思う。もちろん俺もやる」
「うん。それアリだと思うよ」
そして本命はこちらだ。
新技能が現れていない野来が軽い感じで同意してくれたので、俺としても話を続けやすい。
「夜景なんてのもいいと思う。もしかしたら【遠視】と【暗視】の両取りなんてあるかもな」
「いいねぇ、ソレ」
同じく出現していない
「
「あ、それ……、こっちは星座が違うから」
疋さんは気軽に白石さんに話を振ったのだが、そこはちょっとマズいツボだった。
ここが異世界であるという証拠はいくらでもある。俺たちがいた『宇宙』にある、地球によく似た別の惑星ではない。あくまで異世界、別の宇宙というのが
『同じ宇宙で物理法則が違うというのは、ちょっと考えにくいかな』
魔力の存在やそれに伴う技能の存在。もうこの段階で委員長的には『別の世界』が確定するらしい。同じ宇宙の中で場所、この場合は星によって物理法則が違っていること自体が想像できないらしい。
委員長はそれくらい魔力の存在にインパクトを受けているということだ。
かろうじてあり得るのが、同じ宇宙でも遥か未来か過去というパターンらしいが、そういうところがいかにもSF好きだな。宇宙の年齢によって物理が変化する可能性だそうだ。わけがわからない。
どういう理屈をこねまわそうとも、ここが俺たちの知る地球である可能性は、ほとんどゼロだ。
ゼロだったはずなのだけど──。
『地球の過去か未来、迷宮が全部を呑み込んで、作り直して吐き出したとすれば』
などと委員長がトンデモ理論にまでたどり着いたので、俺たちはそれ以上考えるのを止めにした。なにかこう、危なそうな気がしたので。
疋さんと白石さんの会話からどうしてこうなるかといえば、星座の違いだ。
正確には星の位置が別物らしい。もっといえば配置どころか、種類も数も違うのだそうな。
なのに月はある。こちらの言語、フィルド語にも『月』に対応する単語は存在しているし、俺にしてみれば普通にアレは月だ。
だけど白石さんや野来、ほかにもミアとかにいわせると、アレは月ではないらしい。
大きさや色はやたらよく似ているのに、クレーターが違うのだとか。図鑑とかで見たことがある『なんとかの海』というやつだ。
異世界モノに慣れている俺や
◇◇◇
「でも碧さ、こっちの星座も勉強したんだよね? 教えてよ」
「う、うん。いいよ」
少し微妙になった空気の中でも疋さんは引き下がらなかった。ケラケラと笑いながら白石さんに迫っていくところがすごい。
俺は彼女のそんなところを、ちょっと尊敬していたりする。
俺は自分に与えられた【観察者】という神授職を、最初の頃はハズレジョブだと思っていた。
それでも綿原さんと俺はみんなの前で最初に技能を取得して、なにができるのかを積極的に模索することになる。神授職に頼らなくても、知識でも心意気でも、なんでも使ってだ。
そうこうしているうちに綿原さんは動けて守れる術師になり、俺は指揮官という役割を得た。もちろんクラスメイトたちが追放などということを微塵も考えていなかった結果でもある。
そんな俺や綿原さんと違う形でもうひとり、ハズレジョブがいた。
術師たちはなにをどうしたらいいのかわからない連中が多かった。当たり前だ。魔術など、誰もが使ったことがなかったのだから。
だけど役割は明確だったし、ひたすら熟練を上げることに専念すればよかった。強いていえば【奮術師】の奉谷さんと【騒術師】の白石さんが、前例の少なさで方向性が見えにくかったくらいだろう。
疋さんの場合、そこそこ前例あったのがマズかった。【鞭士】や【長鞭士】の存在だ。そして彼女が運動未経験だったのも。
騎士職の五人は全員が未経験者だが盾の練習をひたすらやればいい。残りの前衛は【忍術士】の草間を除けば全員がその道の経験者だった。そんな草間は早々に【気配察知】を取って、斥候ルートに突入する。
【嵐剣士】の春さんこそ剣の使い方は知らなかったが、短距離走のエキスパートとして体の動かし方自体はなんとかなってしまったのが、疋さんには堪えただろう。
やるべきことはわかっている。前例もある。だけど上手くできない。
しばらくのあいだ、疋さんは談話室の片隅で革ひもを使った鞭の練習に明け暮れることになった。使ったこともない道具をひたすらに、試行錯誤しながら。
三回目の迷宮で索敵担当として役割を見出し、四回目でついに【身体強化】を手に入れた疋さんは、それまで積み上げてきた練習の成果を示してみせた。
これだけなら不遇職から努力で駆け上がったサクセスストーリーになるだろう。事実そのとおりだし。
俺が彼女を尊敬するのはそこではない。もちろん努力は認めているが、もっと別の部分ですごい女子だと思っている。
疋さんはずっと『チャラい』ままなのだ。
もう、最初から、途中でも、そして今もまさに。
「いいっしょいいっしょ。みんなでこっちの星座憶えて、勝手に占いとか考えてみない?」
「ふふっ、
「いい結果の占いだけだけどねぇ」
そんな疋さんの軽さが、一瞬だけ暗くなった白石さんに灯りをともした。
自然と誰かを元気づけるというタイプなら、女子ではミアや奉谷さんが真っ先に思いつくが、疋さんも負けてはいないと思う。ちょっと毒の入った喋り方と、実は恋愛脳なあたりがちょうどいい感じでクラスに受け入れられている。
アレで本人はわかってやっているのか、それとも素なのか、俺にはわからない。わかる機会などたぶんないと思うが、それでもいいんじゃないかな。勝手に俺が尊敬していればいいだけだ。
「ほらほら、夕ごはんが終わったら最終チェックよ。模擬店の機材は
「わかりました。みなさん、しっかりやりますよ」
「はーい!」
食事を終えた綿原さんが立ちあがり、言葉で俺たちの尻を叩いた。横に立つ上杉さんも、店を開くとなればマジモードで、とても反抗する気にはなれない。最初からそんなことをするわけもないが。
そのあとで【視覚強化】と素の視力の関係が話題になって、綿原さんを含むメガネ系連中がアタフタする一幕があった。アイデンティティがどうたらこうたら、本体がどうだのこうだの。
この世界、ガラス技術が結構しっかりしているから、イザとなったら先生みたいに全員が伊達メガネでいいんじゃないだろうか。
「【水術】でコンタクトレンズとか、どうっすかね」
藤永、これ以上場を混乱させないでくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます