第134話 大人の立場と子供のやり方




「ばっかじゃねえの」


「だね」


 吐き捨てるような古韮ふるにらの言葉に藍城あいしろ委員長が同意した。

 まったく俺も同感だ。


 いそいそと立ち去っていったハシュテル副長もバカだし、それに頭を下げてまでヒントを請うた俺もバカだ。

 それに加えて、俺が教えてもらったのは救出のための手がかりだという事実を、みんなが理解していることがツラい。視線から物理的な圧力を感じるぞ。

 むしろみんなが口にするバカの比重が副長より俺の方にかかっている気がする。



「けれどまあ、気持ちはわかるよ」


 普通なら俺の考えなんてわかるわけがない、と思うところだろうけれど、委員長の目は誤魔化せそうにない。


「保険をかけるのは正解だと思う」


 やっぱりか。


 俺はなにも善意で行動したわけではない。これは資料集めと同レベルだと思うようにしている。

 やるにしてもやらないにしても、材料が無ければ動きようがないのだから。


「要はアレだろ。ヒントはヒルロッドさんに渡して、俺たちは別行動でもいいんだ。トラブルは避けるに限る」


 古韮も俺の気持ちを代弁してくれた。本気で助かる。

 あのまま副長に逃げ切られたらノーヒントになっていたかもしれない。みんなの了承を貰う暇がなかったのは申し訳ないと思っているから。


 どうしてこう迷宮に入るたびに事件が起きるのやらだ。これが物語補正ってことなんだろうか。


「今回はノートラブルで終われるかと思ってたんだけどなあ」


「ヤヅ……」


 ため息を吐く俺に対するヒルロッドさんの目はいつになく厳しかった。



「ヒルロッドさん、俺は助けに行きたいなんて言ってません。むしろ反対なくらいです」


 言うべきことはハッキリ言っておかないとだ。

 フリじゃない。これはツンデレのフリなどではない。心の底から面倒なコトになったと思っている。


「だけどヒルロッドさんたちの立場だってあるし、俺たちで話し合った結果がもしそうなったら、その時のための材料は必要です」


「すまないな、ヤヅ。……大人の事情はくだらないね」


 苦しそうに頭を下げるヒルロッドさんがむしろ可哀想で仕方ない。俺みたいなのに同情されたくないかもしれないけれど、それでもそのうちヒルロッドさん胃が壊れそうで。俺たちみたいな厄介な連中のお守もやっているわけだし。


 この場面は責任がハッキリしていて、そこからあの大馬鹿副長が逃げたということだ。もしかしたらハウーズがなにかをしでかした可能性もあるから、副長が全部悪いとまでは言い切れないけれど。

 どちらにしろヒルロッドさんに責任はない。それだけは心に刻んでおかないとな。



「ヒルロッドさん、さっき副長が言っていた決まりは本当なんですか? 遭難者を助ける義務というのは」


「法や騎士団規則で決められているわけではないけどね。迷宮に入る者の不文律というやつだよ」


 委員長の確認に、ヒルロッドさんは苦そうな顔で頷いた。

 それを聞いた委員長も顎に手を当て考え込んでしまう。


「この場合、勇者の引率と遭難者の捜索、どっちが優先になりますか?」


「……勇者だよ」


 ヒルロッドさんの返事に間があったけど本当なのだろうか。

 俺たちを危ない目に合わせたくないから、あえて。



「ヒルロッドさんをはじめとしたミームス隊のみなさんでは言いだしにくいでしょう」


 そこで会話に割り込んできたのはガラリエさんだった。微妙に当事者から外れているからこそ口を挟めるということかもしれない。


「ハシュテル副長からヒルロッドさんへの言葉を命令と受けとるかどうかです。その場合、副長は勇者をないがしろにした指示を出したことになりますが」


 たしかにガラリエさんの言うとおりアレが命令だったとしたら、ヒルロッドさんにも立場がある。従うのが道理だろう。だけどおかしくないか。


「副長は命令ではなく義務と言っていました。彼が地上で報告するとなれば、まず間違いなく……、言うまでもありませんね」


「『そんなことは言っていない』ですか」


 ガラリエさんの追及じみた言葉に黙り込むヒルロッドさんに代わって、委員長が答えを言った。これだから大人の世界は。



「めんどくせえし、くだらねえ」


 ヤンキー口調で嫌な沈黙を破ったのは佩丘はきおかだった。


「四人が落っこちた時と同じでいいじゃねえか。俺たちは勇者だ。ヒルロッドさんよ、従ってもらうぞ、ください」


 俺たちが二層に落ちた時にみんなが降りてくる理由にした『勇者のワガママ』をここで使うということか。だけど語尾がおかしなことになっているぞ。


「ハキオカ、まさか君は」


「俺は助けに行く、だ。それが一番マシだ、でしょう?」


 絶句するヒルロッドさんに向かって堂々と佩丘は言ってのけた。そして語尾がおかしい。


 マシ……、一番マシか。たしかにそうかもしれない。


「理屈や建前は委員長に任せる。だけど俺は、モヤモヤしながら戻りたいとは思わねえ」


 言いたいことは言い終わったという風に、佩丘は腕を組んで黙ってしまった。勝手なヤツめ。


 だけどこれで空気が変わった。方向性とでもいうか、今まで推移を見守っているだけだった一年一組のクラスメイトたちは、自分を主体にどうしたいかを考えるような素ぶりを見せ始める。



「ダメだよ。これは王国の問題で、君たちには──」


「ごめんなさいヒルロッドさん。助けに行くでも逃げるでも、この場は勇者のワガママで通せます」


「アイシロ……」


 委員長の言いたいコトはわかるが、それをしてしまうと俺たちの立場が微妙になるかもしれない。

 だからこそヒルロッドさんは渋い顔だ。


「みんな、時間がもったいないから多数決だ。ただし別行動は無し。いいですね、先生?」


 言いつのろうとするヒルロッドさんを遮って、委員長は宣言した。そして先生を見る。


「わたしは一年一組の一員です。みんなで決めたことに付き合いましょう」


「そうくると思っていました」


 キッパリと言い切る先生に爽やかな笑みで返す委員長の構図だ。言葉にすることはあまりしないけれど、こちらに来てから先生はこの態度を覆していない。



「判断材料を並べるよ」 


 そこからの委員長は素早かった。


「最初は僕たちの心だ。危険であるとわかっていても、遭難者を助けたいと思うかどうか。相手は『あの』ハウーズさんやパードさんたちだ」


 そう言われてしまうと助ける気が激減するな。ワザとだろ、委員長。


「危険で予定外の行動だということを前提に考えてほしい。僕だって痛いのや怖いのは嫌いだからね」


 そうして委員長は肩をすくめる。クラスのタンク役がなにを言っているのだろうか。


「危なさの度合いは、僕にはちょっと判断できないかな。八津やづ?」


「はぐれた場所は群れの近くだ。現場に行ってみないとだけど、逃げた方角は絞り込めると思う。だけど──」


 こうなる予感はあったから、会話の途中でも地図は確認しておいた。


 副長の言っていた遭難地点が真実なら、ハウーズたちの逃げただろう方向はある程度絞れる。群れに接触する形でひっきりなしに魔獣が現われたとすれば、そこから続く部屋の構造からどのあたりにいる可能性が高いのかも。

 アイツらだったらビビって避けるだろう狭い通路が途中にあったのが、絞り込みに大きなヒントになっていた。ハザードマップがこういうところで役に立つとはな。


「あくまで想像でしかない。向かう先の魔獣は多いし、そこにハウーズたちがいるとも言い切れない」


 そもそもとっくに、たとえばパニクって魔獣に突撃なんてマネをしていたら、その時はもう。

 いや、それを考えたらおしまいか。


「戦力的にはここにいる全員で組めば、二層の魔獣なら十分勝負になると思う。ガラリエさんとミームス隊のみなさんに全力を出してもらえば」


 逃げ出したハシュテル副長たちの階位は知らない。そっちはどうでもいい。

 責任から逃げた上に、俺たちに変な責務を負わせようとしたのは許せないけれど。地上に戻ったら憶えていろよ。


 だけどここには十階位以上の近衛騎士が八人もいる。


「キチンと逃げ道を考えながら、焦らず時間を使ってでもっていう条件付きなら、なんとか」


 イザとなれば逃げる。ハシュテル副長たちは七人でも逃げるハメになったということを忘れてはいけない。

 それでも俺たちは三十二人で【聖術】使いが三人もいる。長丁場の戦いなら分の悪い賭けにはならないはずだ。



「ごめん。俺にはそれくらいしか言えないし、責任の取りようもない」


「当たり前だね。言っただろ、材料だから気にしないで」


 自信なさげな俺にかけてきた委員長の言葉は、とんでもなく男前だった。いい顔をして笑っているけど、少し震えているのが俺には見えてしまう。

 みんなの命をベットした賭けなんて、委員長も怖いんだろうな。



「本来の目的だったはずの階位は上がるだろうね。コレは良い材料かな」


 それでも委員長は笑いながら続けた。ポジティブなネタを持ち出して、みんなの苦笑いを誘う。

 すごい度胸をしていると、俺は本気で委員長を見る目を変える。これがウチのクラスの委員長か。


「最後にこれは大声では言いにくいけど、ヒルロッドさんたちの立場もある」


「アイシロ、それは気にしなくていいと」


「いいじゃないですか。判断材料を全部並べて僕たちの意見、という名のワガママを言うだけです。じゃあみんな──」


 食い下がるヒルロッドさんの言葉をあっさり受け流した委員長は、いよいよ最後の言葉を述べるようだ。


「賛成と反対、棄権の三つだ」


 棄権もアリなのか。たしかにアリだな。

 コトがコトだ、決められないというのもひとつの答えかもしれない。



 ◇◇◇



「救助に反対は田村たむら海藤かいとう、古韮、ひきさん、八津、綿原わたはらさん」


 一分後、俺たちの多数決は終わった。

 反対は六人。わりとハッキリ物を言うタイプが手を挙げたといえるだろう。潜在的にはこっちに票を入れたかった連中は多いはずだ。


 俺も悩みはしたが、やはりここは反対だ。指揮担当だからというのを置いたとしても、リスクが高い。

 自分でも心が狭いと思うが、相手がハウーズたちというのも大きいな。あんなのに恩を着せたところで意味があるのかどうかすら怪しい。



「賛成は中宮なかみやさん、馬那まなはるさん、奉谷ほうたにさん、佩丘、ミア、それに僕と……、先生の八人」


 賛成に回ったのは正義感や責任感が強いか、ポジティブ側か。馬那は……そうか、自衛官志望だったな。


 それよりなにより滝沢たきざわ先生だ。手を挙げるにしても反対の側だと思っていたのに。

 先生が反対票だったら……、同数だった?


「ごめんなさい。少しだけ、いいですか」


 そんな先生が発言を求めると、委員長は黙ってそれを促した。



「本来なら教師として生徒を危険にさらすなど、ありえない行為です。理解はしているつもりですし、責めてくれて構いません」


 そう言葉を紡ぐ先生はとてもツラそうで、苦しそうで見ていられなくなりそうだ。だけど俺たちは聞かなければならない。誰がなんと言おうと、たとえ本人が否定しても、先生は俺たちの先生だ。


「ハウーズさん、でしたか。彼は子供です。みなさんと変わらないくらいの年頃の……、子供なんです」


 そういうことか。先生の理屈はそこにあったんだ。


「子供を助けるために子供たちを頼るなど、本末転倒なのもわかっているつもりです。申し訳なく思います」


 ギリっと音が聞こえるくらい先生は両拳を握り込んで、それでも俺たちの方を見ている。



「彼らを大人が見捨てました。それでもです。わたしたちが手を伸ばせば助けられるかもしれないと、八津君は言ってくれました。子供に背中を押されたんです。責任を負わせるつもりはありませんよ?」


 名前が出てきてビクリとした俺を見て、先生は優しく微笑んでくれる。


「とても誇らしく思います。そんなみなさんを頼りたいと、だからわたしは……」


 結果の数合わせは先生の中でも当然できているだろう。それでも先生は一度挙げた手を、いまさら入れ換えたりはしなかった。


 それはとりもなおさず、先生が俺たちを信じてくれているから。



 微笑みをひっこめた先生は、目つきを素早く切り替える。


「どうせなら七階位を達成してしまいましょうか」


 獰猛な獣がそこにいた。先生ならやりかねないから怖い。



 ◇◇◇



草間くさま


「うん。【魔力察知】を取ったよ。うわあ、こんな感覚なのか」


 話が決まればコトを進めなくてはならない。最初に動いたのは草間だった。


「感想はあとで聞くよ」


「これ、取得コスト重たかった。使用コストも。使い続けるのは七階位までムリかも」


「【身体操作】が遠のいたか。けどまあ、忍者っぽくていいじゃないか」


「だね」


 長めの前髪にメガネという雰囲気は暗めの草間だが、意外とサッパリしているところが面白い。人は見た目じゃないというけれど、俺はみんなにはどう見えているのだろう。



「あーあ、やっぱりこうなっちゃうよねぇ」


「ごめんね朝顔あさがおちゃん」


「いーよいーよ。鳴子めいこはそうだろって思ってたし、アタシだって助けられるモンなら、ねぇ」


 反対票の疋さんと賛成票だった奉谷さんに遺恨は見当たらない。票数は置いておくとしても、お互いにどう出るのかわかっていたのだろう。

 そういう面では海藤や古韮、そして綿原さんもサバサバしたものだ。



「やるからには全力ね。八津くん、いっそレベリングも同時並行する?」


「先頭は騎士団にやってもらうから稼げないかな」


「残念」


 地図を指でなぞる俺を見下ろしながら、綿原さんは不敵に笑う。明確に反対に手を挙げたのは意外だったけれど、コトが決まってしまえばいつもの彼女だ。そこに陰りはない。


「ちっ、善人どもが」


「うるせぇぞ、田村。グチグチ文句言うな」


「正義バカ気取りかよ、佩丘」


 あっちでは田村と佩丘がバチバチとやっている。仲がいいな。



 さて、俺も準備完了だ。


「みなさん集合です。委員長、いいかな」


「ああ、指揮は八津だ。ユーコピー?」


「アイコピーだ」


 さっきまでの多数決から、再び指揮権を渡してもらう。


 ついでに渋々と俺たちの行動を容認したヒルロッドさんだけど、ひとつ条件が付いた。



「誘導と指揮を任せるよ、ヤヅ。ゆーこぴー? だったかな」


「アイコピーです。いまさらですけど本気ですか? ヒルロッドさん」


 なんと三十二人、全体指揮をやらされることになったのだ。


「経路案内から戦闘指示まで、君に任せるのが一番確実だと思うのでね。俺たちの動きも憶えているのだろう?」


「……いちおうは、まあ」


「君はそういう人間だよ。立派に勇者のひとりさ。大丈夫、責任は俺が取る。これはヒルロッド・ミームスからの正式な依頼だ」


 ヒルロッドさんの言葉はなんともくすぐったいが、役割りは重大だ。それでもヒルロッドさんは責任を持つと言ってくれている。さっきのハシュテル副長との違いが物凄いな。



「がんばってね、八津くん」


「ははっ、綿原さんのサメに期待してもいいかな」


「もちろんっ」


 苦笑する俺に、綿原さんはモチャっと笑いかけてきた。うん、元気が湧くよ。


「じゃあ、いちおうの経路を伝えておきます。各人自分の地図と合わせてください」


「はーい!」


 元気な声でみんなが答えてくれる。その中にベスティさんやガラリエさんまで混じっているのがなんともはやだ。アーケラさんはいつも通りで、ミームス隊の人たちは大真面目。


「途中で変更する可能性もあります。その時はごめんなさい」


「えー!?」


 変なところでまで声を揃えないでくれ。



 ◇◇◇



「さっきは判断材料にしたくなかったから言いませんでしたけど」


 いざ出発となったところで委員長がヒルロッドさんたちに向かって語り掛けた。


「勇者が自発的に助けに行くという結論になれば、王国の心象も良くなるでしょう? これで結果が良ければなお一層です」


「アイシロ、君は本当に」


 ガックリと首を垂れるヒルロッドさんに委員長は笑いかける。だけどその笑顔に妙な色が混じっているような。


「それにハウーズさんって宰相のお孫さんでしたよね。恩は売れるだけ売っておきましょう」


 ウチの委員長は勇者で黒くて、そういうところがとても頼もしかった。


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